第5章 現代の諸課題と倫理
3.異文化理解と人類の福祉
5-3-2<西欧中心主我とエスノセントリズム>
2 次の文章を読み,下の問い(問1〜6)に答えよ。
エスノセントリズム(自民族中心主義)とは,自らの社会集団を基準として,他の社会集団の文化を評価する態度をいう。いかなる文化にもその傾向はあるが,ここでは,歴史的に大きな影辛を与えてきた西欧中心主義について考えてみよう。
15世紀のいわゆる大航海時代以降,異文化社会に関する知哉が飛躍的に増大する中で,西欧では文化の進歩という観念が生まれた。その観念は,世界史を世界精神の自己実現の過程とする 1 の哲学体系のように,西欧社会の進歩を歴史的に意味づけようとするさまざまな思想に結実した。しかし,同時にまた,異文化社会をその独自性や内的一貫性において理解しようとはせず,野蛮・文明というステレオタイプで判断するという傾向をも,西欧社会のうちに生み出した。
こうしてたとえば,キリスト教を最高の宗教とする立場から,一神教は多神教よりも高等だとされ,諸民族に広くみられる 2 や神話的な世界観は原始的なものと見なされた。そして,非西欧社会の人々の生活に根差した禁忌や 3 も,単に迷妄としてのみ捉えられがちであった。こうした考え方にはまた、a西欧は産業の高度な発達によって物質的に豊かな社会を実現しているのに対し,わゆる未開社会は貧困の状態に停滞している、という評価が伴っていた。そして,西欧的な意味で近代化することが,あらゆる社会の目指すべき理念とされたのである。
植民地支配とも結びついたこのような西欧中心主義は,今日,まさにその西欧において深刻に反省され, A ということが認識されるようになっている。たとえば,未開社会に独自な「野生の思考」を見いだして,文明社会を優位とすることに疑問を投げかけるレヴイーストロースのような思想家も登場してきた。さらに,西欧がたどってきた近代化の過程そのものも再検討されている。そして,こうした発想の転換は,西欧のみならず,それをモデルに近代化を促進し,ともすればb自らの文化の独自性を見失いがちであった非西欧社会でも進みつつある。
国際化の時代を迎え,異文化との接触はますます増大している。しかし,西欧中心主義の克服や異文化との頻繁な出会いが,新たなエスノセントリズムを生み出してはならない。
c自らの文化的伝統を尊びながらも,それを絶対視することなく,多様な文化に目を向けて,対話の場を求めることが重要であろう。
問1 文中の 1 〜 3 に入れるのに最も適当なものを,次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選べ。
1 @ライプニッツ Aヘーゲル Bショーペンハウアー Cベルンシュタイン
2 @予定説 A浄土信仰 Bメシア信仰 C自然崇拝
3 @呪術 A芸能 B交易 C技術
問2 下線部aに関連して、そうした産業の高度な発達が西欧社会のうちに生み出した問題点を、マルクスはどのように批判したか。それを説明した記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 4
@ 労働は本来,人間が富を獲得するための方途であるが,資本主義社会を支える労働者たちは,自らの富の増大を目指して,他の労働者や資本家の利益を顧慮せず、際限なく雇用条件の改善を要求して社会を混乱させている。
A 労働は本来,人間が生産する喜びを通じて精神を陶冶する手段であるが,現実には生産性向上のための非人間的なシステムが重視される傾向にあり,その中で人々は仕事中毒症に陥っている。
B 労働は本来,人間にとって豊かで創造的な活動であるが,資本主義社会においては、労働が労働者から疎外されることによって,生産物のみならず,労働者自身までもが商品化されるという不幸が生まれている。
C労働は本来,人間にとって苦痛以外の何ものでもないが,豊かな生活を実現するために,その苦痛に耐えなければならないという状況に陥った人々は,今や退廃的な消費生活に向かっている。
問3 本文の文脈に照らして、文中の A に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 5
@ 非西欧世界の各々の文化には,西欧の近代的思考と同一の論理が存在する
A 非西欧世界の各々の文化には,西欧の近代的思考とは別の論理が存在する
B 非西欧世界の各々の文化では,幻想的で一貫性のない思考が支配的である
C 非西欧世界の各々の驚妄言は,西欧前近代に相当する思考が支配的である
問4 下線部bに関連して,柳田国男は日本文化の独自性を,文化の担い手となる人々に注目して研究した。柳田の考え方を説明した記述として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 6
@ 日本の文化の原型は,平安時代の貴族階級によって形成されたものであるから,日本の文化を理解するためには,当時の貴族の生活を描いた文学作品に関する研究が,何よりも重視されなければならない。
A 日本の文化の精髄は,武士階級によって形成されたものであるから,日本の文化を理解するためには,鎌倉時代から江戸時代に至るまで連綿として培われた武士道精神の何たるかを知らなければならない。
B 日本の文化の基層は,農民などの民衆によって形成されてきたのであるから,日本の文化を理解するためには,民間伝承や習俗の研究を通じて,そうした民衆の生活文化に迫っていかなければならない。
C 日本の文化は明治維新によって大きくさま変わりし,古い習慣や伝統は捨て去られてきたのであるから,日本の文化を理解するためには,西欧の学問や芸術を紹介することに努めた知識人に注目しなければならない。
問5 下線部cに関連して,異文化との対話を求めていく態度の実例として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 7
@ Aさんは,知り合いの留学生が一日5回の礼拝や断食などを行うことについて,それを奇異なものだと感じているが,そうした行為のもつ宗教的意味をその留学生に尋ね,理解する機会を得たい,と考えている。
A Bさんは,鯨肉を食べることは日本の食文化であるけれども,国際世論の大半がそれに否定的である以上,国際的な孤立化を避けるためには,いたずらに反論せず,文化のそうした独自性は捨て去ってもよい,と考えている。
B Cさんは,郷に入っては郷に従えと言われるように,日本人も外国に居住する以上はその国の習慣を重視すペきであるから,日本の習慣やしきたりを忘れて,生活様式をその国風に改めたい,と考えている。
C Dさんは、さまざまな国でテロや暴動が頻発することに胸を痛めているがこそうした暴力はつまるところ狭隘な信仰に由来するのだから,それらの国の宗教を徐々に別の穏やかなものに変えていくべきだ,と考えている。
問6 本文の趣旨に照らして,今日、世界の文化や歴史を理解する視点として適当でないものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 8
@ 世界には多様な宗教や文化が存在しており,日常的な習慣や倫理的な判断などをめぐって対立が伴いがちであるが,いずれか一つの文化を基準として他を評価するのではなく,共存への道を探る。
A 西欧近代社会のさまざまな成果は人類に多大の恩恵をもたらしたが,同時に非西欧社会の文化を抑圧するという側面をもっていたので,それらの成果を礼賛するだけでなく,その功罪を問い直してみる。
B 西欧近代社会には非西欧社会の文化を抑圧するという側面もあったが,人類に多大の恩恵をもたらしたので,非西欧社会はまず西欧にならって発達を遂げ,国際的に認められることを目指す。
C 世界に存在する多様な宗教や文化を野蛮・文明というステレオタイプで分類し,評価する態度は、地域や時代の特殊牲に拘束されたものであるから,それを克服していく。
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