5章 現代の諸課題と倫理 

3.異文化理解と人類の福祉

5-3-4<異文化理解の意義>

4 次の文章を読み,下の問い(問17)に答えよ。

古来,世界の文明は様々な地域や民族の文化伝統が遭遇することによって,衝突,共存,融合を繰り返して成立してきた。人々の出会いは,しばしば民族移動や征服戦争などによって生じたが,やがて社会の混乱が収まると,異質な文化や宗教が相互に新しい結び付きを作り出した。それによってこれまでにない画期的な文化が創造され,人類の進歩に大きく貢献してきたのである。

例えば,アラビア科学はそのよい例である。7世紀にアラビア半島の一角で始まったaイスラームは瞬く間に広大な帝国を築き上げた。9世紀には 1 の施策のもとで,ギリシア科学の文献が大々的にアラビア譜に翻訳された。その結果,独自の思想や科学が発達したが,これら初期の文化活動の担い手のほとんどは,支配者であるアラブ人ではなく,ユダヤ教徒,キリスト教徒,ペルシア人イスラーム教徒,というように,異質な宗教や文化に属する人々であった。その後,イブン・スィーナー(アヴィセンナ)らによるアラビア科学はイスラーム支配下のイベリア半島を経由して,あるいは十字軍など を契機として西洋に伝わり,近代科学の誕生に大きな貢献をなした。イスラームの成立から西洋のbルネサンスの展開までにはいくつかの東西対立はあったものの,イベリア半島に典型的なように,長期間にわたって諸宗教間の平和的共存が見られたことによって,文明の発達と伝播が成し遂げられたのである。

ルネサンスや科学革命を経た西洋は,地球上で政治的,経済的に支配的地位を占めるにつれ、自らの優位を誇るようになっていった。確かに 2 の時代でも,モンテスキューの『ペルシア人の手紙』やヴォルテールの『マホメット』には当時の西洋社会に対する文明批評が見られ,19世紀にはヴェルディの歌劇「アイーダ」のように歴史的考証を経たものも現れている。しかし,中東や北アフリカについての関心には,物珍しいものに対する好奇心や趣味の範囲にとどまるものが多く,やがて次第に浅薄な東洋趣味へ傾いていった。さらに,科学技術の発展やc進歩の観念の重視を背景に,西洋の優越意識はますます強まった。

パレスティナ出身の現代の思想家サイードは、近代西洋の世界観の一つをd「オリエ ンタリズム」として批判したが、この批判は今日の私たちにとっても、他者認識や異文化理解に関する根源的な問題提起となっている。現代のボーダレス化した世界にあっては、e平和的共存がいっそう求められている。 A 

      

         問1 文章中の 1  2 に入れるのに最も適当なものを・次のそれぞれの@〜Cのうちから一つずつ選ペ。

    1  @メシア A預言者 Bカリフ C教皇

 2   @資本主義 A啓蒙主義  B人文主義 C社会主義

 

2 下線部aのイスラームについての説明として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 3

@ イスラームでは、神の恵みに感謝するために断食月が定められているが,昼間でも動物質のもの以外なら食べることができる。

A イスラームでは、クルアーンの思想が人々の日常生活を規定しているが,その思想は伝統的な部族社会の掟をも重要視している。

B イスラームでは,ザカートと呼ばれる喜捨が義務とされるが、これは宗教税とも呼ばれ,信者の相互扶助や貧民救済などに用いられる。

C イスラームでは,全知全能の神の前で人間はすべて平等であるとされているが,ムハンマドだけは神に次ぐものとして礼拝の対象となっている。

 

3 下線部bに関して、ルネサンスの思想家ピコ・デラ・ミランドラは哲学を通じて現実世界の対立を融和させようとした。彼の主張として最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選ペ。 4

@ 宇宙は何も知らない。人間の尊厳のすべては,考えることの中にあるので,人間は努めてよく考えるべきである。

A 人間は自由なものとして生まれる。人間の自由は各人のものであり,他人にはその自由を処分する権利はない。

B 人間は,何らかの行いによるのではなく,信仰によって万物から自由であり,すペてのものの上に立つことができる。

C 人間は自分の価値を自ら選ぶことができる名誉ある存在であり,自由意志によって創造的に生きることができる。

 

4 下線部cに関して、19世紀以降の西洋の思想家,ヘーゲル,JS.ミル,レヴィ=ストロースの見解として最も適当なものを,次の@〜Eのうちからそれぞれ一つずつ選ベ。ヘーゲルについては 5 に,JS・ミルについては 6 に,レヴィ=ストロースについては 7 に答えよ。

@ 各人の多様な個性の発展は,社会が不断に進歩していくためにも重要であるから、個人の自由に対する社会的制約は,他者に危害が及ぶ場合に限られるべきである。

A 世界の歴史とは,精神が人間の活動を媒介として,自らの本質である自由を自覚し実現していく必然的な進歩の過程である。この過程で自由な人間が次第に増えてくる。

B 近代から現代までの西洋社会を振り返ってみると,文明の進歩は,私たち人類を真に人間らしい状態にではなく、むしろ新たな野蛮状態へ導いたと言わざるをえない。つまり進歩が退歩に逆転したのである。

C 人間の精神は神学的,形而上学的,実証的という三段階を必ず通って進歩する。それに対応して,人間の社会もまた軍事的,法律的,産業的という三段階を通って進歩する。

D 有機体の進歩が同質的なものから異質的なものへの変化であることに議論の余地はないが,このような変化は文明全体の歴史のうちにも各国民の歴史のうちにもひとしく見られる。

E 停滞する未開社会と進歩する文明社会へと世界を二分し,後者が前者を支配し克服すべきだという従来の考えは西洋中心主義に基づく誤りである。未開社会の野生の思考と文明社会の科学的思考との間に価値の差はない。

 

5 下線部dに関して,次の文章を読んで,その趣旨として適当でないものを,下の@〜Cのうちから一つ選べ。 8

  『東洋の諸民族は,後進的,退行的,非文明的,停滞的などと様々に呼ばれる他の人々とひとまとめにされて,生物学的に劣っているがゆえに道徳的・政治的に教化されるべきものと見なされてきた。それゆえ東洋人は,西洋社会の中で排除されているある種の劣等な人々,(中略)つまり,その共通の特徴を述べるとすれば,嘆かわしいほど異質なという表現がぴったりであるような人々と同列に扱われてきたのである。東洋人が東洋人として,ありのままに見られ,注目されることはまれであった。(中略)東洋人は従属人種の一員であったがゆえに,従属させられなければならなかった。』

              (サイード『オリエンタリズム』)

@ オリエンタリズムは,東洋の特殊性や独自牲を強調する見解であるとされるが,実際には西洋寄りの観点から構成された東洋観である。

A オリエンタリズムにおいては,東洋は学問,芸術,商業における進歩の本流からはずれており,保守的で奇妙な世界として扱われてきた。

B オリエンタリズムにおいては,古来,東洋文化は西洋文化と対比して客観的に研究され,東洋人は西洋の中の異質な他者と見なされてきた。

C オリエンタリズムは,東洋を特定の見方で研究し,真実の姿とはかけ離れた異国情緒豊かなものとして表現してきた思潮である。

 

6 下線部eに関連して,平和について論じた思想家にカントがいる。その考えとして最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 9

@ 永遠平和を実現するためには,国家の進む方向を国民自身が決定しうる体制をもった諸国家による平和連盟が必要である。

A 文化の破滅が戦争をもたらすのであるから,文化の再生によってしか平和は実現できないが,その文化の再生を担うのは個々の人間である。

B 個人間の搾取が国家間の搾取の原因であるので,各国内部で労働者が権力を握り階級対立を廃止すれば,国家間の対立に起因する戦争もなくなる。

C 人間は好戦的本能を有するが,戦争の原因はこの本能にあるのではなく,社会的制度や伝統,慣習にあり,これらを変えることは可能である。

 

7 本文の趣旨に照らして A に入れるのに最も適当なものを,次の@〜Cのうちから一つ選べ。 10

@ 私たちは、過去において多様な文化の複合的構造の中から、時の体制に適合する文化だけが生き残ってきたことに鑑みて,文化を現在の政権や社会の要求に合わせていく努力をしなければならない

A 私たちは,過去において多様な文化をもつ人々の出会いが新たな文化・文明を創造したという歴史的事実を謙虚に学んで、他国の文化や伝統を尊重し,文明間の対話へ向かう遭を探らなければならない

B 私たちは、過去において成立した伝統文化の重要性については理解しつつも,現代のようなグローバル化した世界においては、むしろ今日の世界に通用する文化を形成していくように努力しなければならない

C 私たちは、過去においてそれぞれの国家が独自の文明を育ててきたことを歴史から学んで、自国の伝統文化に誇りをもち,これをできるだけ変化させることなく,未来へ伝えていかなければならない

[15-本]

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