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墓碑 -
インドの北の果て、ヒマラヤのはるかな稜線があの世とこの世を分かつあたりに、かつて仏教王国として栄えた都がある。
インド共和国ジャンムー&カシミール州ラダック。西洋の人々が、Moon
LAND(月世界)と呼び、インドの人々がTHE LAND BEYOND(向こう側の世界)と称するこの一帯は、周囲を七千メートル級の山々に包囲された陸の孤島、この世の果てだ。
ラダツクでは、住民の80パーセント以上がチベット仏教徒である。世間には、チベット仏教の葬式イコール「鳥葬」という先入観があるようだが、現在も鳥葬を行なっている地域はむしろ稀で、実際には「火葬」が主流になっているという。
ラダツクでも「火葬」が一般化しているが、ここでの焼き方は、死体を火葬場に持って行って茶毘に付し、残りの骨と灰を川に流すという従来の方法とは大きく異なっている。
ラダツクの仏教徒が死ぬと、まず、大地に薪が並べられ、死体は薪の上に寝かされて、そのまま火が付けられる。死体が焼けると、そのまわりを取り囲むようにして四方にコンクリートの壁が作られる。天井部分には木の枝がびっしりと並べられ、さらにその上から土が被せられる。上部をコンクリートで塞がない理由は、空気の流通をよくしておくためだ。そうすることによって、残りの骨もすんなりと土に還ることができるのだ。
壁の上には明るい色のペンキで吉祥模様や花などのイラストが措かれて、これがそのまま故人の墓となる。
墓には、死者の名前や生没年といった個人情報は記されない。そのため、通りすがりの人間の目には、それが誰の墓なのか何歳でこの世を去ったのか、何もわからない。
ラダックの人は言う。「それが誰の墓であるか、家族と、本当に親しい友達だけが知っていれば、それで十分ではありませんか。死んでまで名前や生没年を自己主張したところで、そこに何の意味があるでしょう。そのような執着を、私たちは好まないのです」
こうしたシンプルな墓が、月世界のように乾ききったラダックの大地のあちらこちらに、ぽつんぽつんと建てられているのだ。
死体のすぐ外側を取り囲むように壁が作られるため、墓の大きさはそのまま死者の体のサイズでもある。ときおり、明らかに子どものものと思われる小さな墓も見かける。「某家の墓」と刻まれた日本の墓と比べたとき、ひとりひとりが別の場所に葬られるラダックの墓は、どこか寂しげで、ひどく孤高なものに見えた。
「死との対話」 山田真美 著 株式会社スパイス(SPICE)
P.182から引用