JAMES BOND ..IS DEAD OR ALIVE!?

《Danjaq,LLC and United Artists Corporation》 製造販売:SIDESHOW TOY 撮影:あおいしんご


真っ暗なスクリーンを、特徴あるガンバレル・ロゴが横切ってゆく‥。
煽るようなストリングスに乗って現れる1人の男。そして…BANG!
銀幕のジェームズ・ボンドと観客の幸福な関係は、もう40年間も続いている。


“I admire your luck,mister…”
(「大したご幸運ですわね、ミスター…」)

“…Bond.James Bond.”
(「…ボンド。ジェームズ・ボンド。」)
『ドクター・ノオ』(1962,英)

勿論、幸運だけが初代ボンド、ショーン・コネリーを伝説の存在にした訳ではない。
原作者イァン・フレミングが描いたボンド像にまるで似ていない彼の起用(注1)は大抜擢
であり、シリーズ初期の監督を務めたテレンス・ヤングが、『マイフェア・レディ』よろしく
山出しの若造に洗練された所作を教え込み、冷戦時代の英雄に仕立て上げた。と、
言うのが通説になっている。

しかし、本当にそうであろうか?世の男達が羨望の溜息を洩らし、女達が熱い眼差しを
送ったのは、正絹のニットタイとシャツを引きむしり、トレードマークの胸毛を露わにする
場面であり、消音銃で射殺した相手を冷ややかに見下ろす場面であり、美女の唇を
その“大きくて残忍そうな口”で強引に塞ぐ、獣じみた愛し方にではなかったか…?

コネリー=ボンドの魅力とは、ジェントルな外見とは裏腹の野獣性に他ならない。
そして、それこそがボンドブームと呼ばれた60年代の熱狂(注2)の源泉なのだ。

もっとも、この現象もせいぜい『サンダーボール作戦』('65)辺りまでであり、コネリー自身が
地位や名声や高額のギャランティーと引換に、その野性味を徐々に手放し始めてからは、
急速に終焉に向かうこととなる。(注3)
2代目ボンド、ジョージ・レイゼンビーについては、ブームの尻拭いを押しつけられた
不運な役回りという他はない。


“There are very few people who haven’t 
heard of Bond.British secret service,007,
Licenced to kill.
He’s good,even my standards.”
(「ボンドを知らんとはもぐりですな。殺しの許可証を持つ英国情報部員007号。
優秀な男ですよ、私の目から見てもね。」)
『黄金銃を持つ男』(1974,英)

この台詞を3代目ボンド、ロジャー・ムーアは、まるで自動車のセールスマンの様に
快活に、澱みなく喋る。ムーアに汗は似合わなかったし、女を口説く姿も、どこか
物分かりの良い伯父さん風で、まるでセックスの匂いはしなかった。(注4)

時代は70年代、冷戦は決して熱くなる事が無いのが誰の目にも明らかになり、
ダーティ・ハリーを筆頭に、反体制派のヒーロー像がもてはやされる中を、
ムーア=ボンドは黒人運動、エネルギー危機、宇宙開発、デタントと言った
時事問題を相手に、決して熱くなることなく、飄々と戦ってゆく。非情である必要は
無く(注5)、本人が言うとおり“連続漫画のセンス”が画面に満ち満ちていた。

この事自体は、ムーアの責任でも罪科でもない、観客は彼のショウを充分に楽しんだし、
ボンド映画はポスト冷戦時代を乗り切った。惜しむらくは、交代の時期を誤ったために
定年退職のような印象を与えてしまったことであろうか…。


“You’re bloody late.”
(「とんでもない遅刻だぞ。」)

“…We have time.”
(「…まだ時間はあるさ。」)
『リビング・デイライツ』(1987,英)

確かに、4代目ボンド、ティモシー・ダルトンは“遅れてきたボンド”である。
『女王陛下の007』('69、ダルトン25歳)では早過ぎたかもしれないが、
『ユア・アイズ・オンリー』('81、ダルトン37歳)での4代目襲名が実現していたら(注6)
彼自身にとっても、息切れの目立った後年のロジャー・ムーアにとっても
シリーズ全体にとっても幸せな事だったろう。
しかし、そうはならなかった。麻薬、地域紛争、軍事独裁政権と言った80年代の
“社会の敵”と戦うはずだったダルトン=ボンドに与えられた時間は、あまりにも
短かった。酷薄さと甘さを兼ね備え(注7)、誰よりも原作に忠実なボンドを演じよう
としたダルトンだったが、肝心の原作そのものが既に尽き果てていた。

そして、配給会社間の揉め事等もあり、ジェームズ・ボンドは約7年間もの間
Licence Revoked、つまり免許失効状態が続くこととなる‥。


“Everything you risked your life
and limb for has changed.”
(「身体を張り、命を賭けたすべてが無駄になっちまったな。」)

“It was the job we ware chosen for.”
(「それが任務だったんだ。」)

“Of course you’d say that.”
(「言うと思ったよ。」)
『ゴールデンアイ』(1995,英)

“任務に忠実な男” 5代目ボンド、ピアース・ブロスナンの表情は暗く、そして硬い。
ここに、ブロスナン=ボンドの、と言うよりボンド映画そのものの葛藤が見てとれる。
つまり、『ジェームズ・ボンドは何の為に戦っているのか?』 その答えを、制作者を
含め、誰も見い出せないのだ。

ソヴィエト連邦が瓦解し、軍事独裁政権なるものも、結局は巨大資本のマーケティングの
結果にしか過ぎないことが判明した90年代、何を拠り所に、何を護るために戦うと
言うのだろう…?ロシアン・マフィアから北朝鮮まで、常にアイデンティティーの危機と
戦いながら、ブロスナン=ボンドは撃ちまくる。まるで沈黙を恐れるかのように…
本来、とても表情豊かな俳優である彼が(注8)、ボンドを演じている時だけ、なぜか
ひどく虚無的に見えてしまうのだ。


次回作『BOND21(仮題)』の撮影時には、ピアース・ブロスナンも50歳の峠を
越えている。ロジャー・ムーアの轍を踏むのか、あるいは囚われのお姫様もいない、
退治すべき竜もいないこの21世紀に、6代目のジェームズ・ボンドが登場するのか(注9)
興味有るところである。


“There is no world anymore.
It’s only corporations.”
(「もう征服する世界なんて何処にも無い。あるのは企業だけだ。」)
『オースティン・パワーズ』(1997,米)



※引用させていただいた台詞はすべてDVDからの聞き取り。
                                 翻訳は筆者による意訳です。


(注1) イァン・フレミングのいち推しはデヴィット・ニーブン、第2がロジャー・ムーアであったという。フレミングの没後、
    このキャスティングは実現する。

(注2) 上野アメ横のモデルガン屋が“ボンドショップ”と呼ばれていた頃、『ゴールドフィンガーの金塊』(もちろん偽物)
    なる物まで展示・販売していたことをご記憶の向きもあるだろう。

(注3) 勿論、円熟味を増した“サー”ショーン・コネリーは素晴らしい。私の大好きな主演作は、@『王になろうとした男』
    ('75)、A『氷壁の女』('82)、そして声の存在感だけで映画を成立させたB『ドラゴンハート』('96)である。

(注4) 私生活でも評判のジェントルマン。現・ユニセフ親善大使でもある。

(注5) ムーア自身は、甘ったるいだけの俳優ではない。『ワイルドギース』('78) でパイロット崩れの傭兵に扮した際には
    シンジケートの御曹司と用心棒を、“非情な手段で” 死に追いやったりもしているのである。

(注6) この時、実現しなかったのは『フラッシュ・ゴードン』('80) 出演のため。B級おバカSF映画(失礼!)だが、
    私は好きだ。

(注7) 『アガサ/愛の失踪事件』('79)、『ココ・シャネル』('81)等、シリアスにラヴ・ロマンスを演じる際のダルトンは
    なんと格好良いことか!

(注8) 『テロリスト・ゲーム』('93) 等の男臭い役柄から、『マーズ・アタック』('96) でのおちゃらけ演技まで、なかなかに
    振り幅の大きい役者さんなのだ。

(注9) 巷間では、ユアン・マクレガー等の名前が取り沙汰されているようだ。



※ 元ネタは原作版『ドクター・ノオ』。
  ミニ小説:『新・武器の選択』はこちらをClick!


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