城下町フェリアスの外れで、男は一人、趣味の木彫り細工に励んでいた。
町外れの静かな森は、男には居心地が良かった。
男は人と付き合うという事が苦手だ。
にも関わらず、この頃は難民や孤児やらが増えて困っている。
「(面倒な事だ…)」
正直、男はそう思っている。
旅団・八眼蟲は以前「は純粋に盗賊をしていた。
それが、団長が変わってからというもの、まるで何処かのボランティア団体みたいな事をしている。
盗賊として育てられた彼にとって、今の生活は少々、窮屈だ。
略奪する方がよっぽど楽なのに、何でわざわざ貴重な食料をやって、寝床まで用意してやらなければならないのか?
しかも、そいつらの護衛や食料調達も命をはたいて盗賊たる自分達がやる。
そもそも兵士としての訓練を受けていない自分達盗賊の能力などたかが知れている。
本物の兵隊相手に命を張るなんて自殺行為だ。
どうして、こんなに効率が悪く馬鹿げた事をしなければならないのか?
男は現体制に強い不満を持っている。
だが、それならば何故、残ったのか?
何故、抜けた連中と一緒に行かなかったのか?
そこで男の思考はいつも停止する。
そう思っている内にもガキはやってくる。
男は、作り終えた木彫り細工をやって来たガキに渡した。
ガキは素直に喜んでくれた。
「(まぁ…こういう生活も悪かない)」
走り去っていくガキの後姿を見ながら、男はそう思った。
そして、新しい細工にとりかかる。
するとさっきのガキが戻ってくる…仲間を連れて。
「おっちゃん〜もっと!」
「(…クソガキ)」
カリコリ カリコリ…
男は仕方なく、無言で細工を続ける。
その間、ガキは走ったり跳ねたりしている。
ガキの頃の自分は、こうは笑ってなかったな…楽しそうなガキ共を見ていると、男はつい昔を思い出してしまう。
「(…ろくでもねぇ)」
とりあえず、適当にイヌパンダあたりを彫って、男はガキ共に配ってやる。
天使のような笑みと悪魔のような言動をもつがき共は、喜んだり腐ったり、各々、個性的な表情で細工を見つめていた。
すると、今度は大きなガキがやってくる。
「オイ!テメェラ、飯だ!!」
「あ〜ラジェットの阿呆だ!」
「バ〜カ!バ〜カ!!」
大きなガキ…ラジェットは、小さなガキ共の挑発に容易にひっかかる。
「何だとテメェ等!!」
「わ〜阿呆だ!阿呆が怒った!!」
「逃げろーッ!!」
ガキ共は、分散した。
ラジェットは、溜息混じりにそれを見送る。
「…ったく」
そこで、ラジェットはようやく男に気付いた。
「よう…アンタ、確か…」
「ブレーダだ。覚えとけ…」
大きなガキ…ラジェットに対し、男…ブレーダは素っ気なく自己紹介をする。
「鎖、外して貰ったんだな…」
「ああ…」
「じゃあ、これからは仲間だ…」
そう言うと、ブレーダはラジェットに作っていたひよこ虫の細工を渡した。
「…何だよこれ?」
ラジェットは、あからさまに訝しむ。
こういう正直な男を、ブレーダは結構、好きである。
「俺なりの仁義の…仲間にゃ、誰にでも渡す」
「へぇ…」
「お守りとでも思っとけ…」
ブレーダはそう言って、手にしていた小刀をしまった。
ラジェットが言うには、これから飯のようである。
腹が減っては戦は出来ぬというが、戦のような大層な戦いはした試しがない。
もっと分の悪い勝負ばかりをこの頃は繰り返している。
その所為か、腹は余計に減るのだ。
「まぁ…よろしくな。ブレーダだ…名前ぐらい、覚えとけ」
「ああ…ちなみに俺はラジェットだ。よろしく頼むぜ!」
「(元気な男だな…)」
本当に大きながきみたいだ…改めて話してみて、ブレーダはラジェットにそういう印象を持った。
「じゃあ、飯にするか…っと」
「どうした?」
「いや…姐さんに薬草取りを任されてたっけな」
趣味にふけっていた為、ブレーダは姐さん…大恩ある頭領の娘であるアリーに頼まれた事をすっかり忘れていた。
森の静けさ故に、要らない思考が色々と入り込んできてしまう。
「先に行っててくれ…」
「ああ…早く来いよ」
ラジェットはそういうと町の方へ歩き出した。
一方、ブレーダは逆に、薬草を求めて森の奥へと歩いていった。
「(盗賊の俺が薬草取りか…)」
そういう風に考えると、失笑してしまう。
以前は何もかもがくだらなく思えた仕事にも、大分馴れてきた。
「(ま、チャッチャッとやって帰るか…)」
そう考えてから、ブレーダは茂みの中に入った。
ガサッ
その時ブレーダは自分ではない存在の気配を感じた。
ブレーダは、音のした方を振り向く。
…女が居た。
軽装で手には長剣を握りしめている…オレンジ色の髪でロングヘアーの女だ。
明らかに敵意を感じるが…深手を負っているのか、どこか弱々しい。
大方、敗残兵といった所だろう。
「クッ…」
女は剣をブレーダに向けた。
ブレーダは平然とそれを見下ろす。
そして、こう言った。
「傷が開くぞ…」
半ばハッタリである。
女は傷を負っているとはいえ、剣を握っている。
一方、ブレーダが持っているのはポケットに忍ばせた小刀だけだ…実際、分が悪い。
剣はガキ共が怖がるから、普段はアジトに置いてあるのだった。
「俺は手負いの獣にかまれるほど…間抜けじゃないぞ」
さらに、ブレーダはハッタリをかます。
一瞬だが、女はたじろいだ。
盗賊ブレーダは、その隙を見逃すほど甘くはない。
一気に間合いをつめて、女から剣を奪い取る。
そこら辺の素早さと手腕は盗賊の身上だ。
「あっ…!」
虚をつかれた女は前のめりになる。
ブレーダは女の背後を取り、瞬時に取り出した小刀をその首につきつける。
「見た所…敗残兵だな?所属は?」
「だ、誰が…貴方なんかに…」
女は気丈にも言い返す。
その時になって、ブレーダは女が少女と呼べる年齢であることに気付いた。
…嫌な戦争だ。
「(どうしたものか…)」
腕の中でジタバタもがいている少女を見て、ブレーダは悩んだ。
とりあえず、仕方がないので当て身を食わせt黙らせる。
「(まぁ…一応、保護したという事で…)」
ブレーダは少女を背負って、町の方へと向かった。
いい加減、腹が減って死にそうである。

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