少女を担いだブレーダが町に着いた時、大ガキのラジェットは飯を配っていた。 ラジェットはブレーダに気付くと、目を丸くする。 そして少女を指差して言った。
「…それどうした?」 「森で拾った…」
『保護した』と言った方が聞こえがいいかもしれないが、どうせ大同小異である。 だが、それを聞いたラジェットは怪訝そうな顔をして言った。
「…拾った?襲ったじゃなくて?」 「(…この野郎)」
本当に正直な男である。 『アリーさんに惚れたんだ』…とか言って入団を希望した時には『掛け値なしの馬鹿だ…』と思ったものだが… この男の場合、馬鹿の下にさらに正直が付く。
「…で?とにかく、どうすんだ?」 「とりあえずお前を殴りたいんだが…」 「?何だよ…俺、なんか悪い事したか?」
しかも、この大ガキこと馬鹿正直男には自覚すらない。 ブレーダはとうとう呆れてしまった。
「とにかく腹が減った…飯をくれ」 「あ、ああ…」
空腹の時は頭も働かないものである…ブレーダは常日頃、そう思っている。 だが、飯を喰おうとした時、ブレーダは気付いてラジェットを呼び止める。
「…何だよ」 「誰かにこいつの傷の手当てをさせてくれ…」
そう言ってブレーダはラジェットに少女を渡した。
「じゃ、頼んだぞ…」 「オイ!コラ!!待て!!!」
少女を任されて途方にくれるラジェットを尻目に、ブレーダは温かい昼飯に向かった。
昼食の後、ブレーダは旅団・八眼蟲のリーダー、アリーに呼び出された。 当然、拾った少女の件についてである。
「変なものを拾ったわね…ブレーダ」
呼び出されたテントに入るなり、姐さんことアリーはそう言った。 緑色のバンダナが相変わらずよく似合っている。 その横には、ちゃっかりラジェットが居る。
「ラクターの旦那は?」
ラクターの旦那とは、ブレーダが大恩ある前頭領の時代から懐刀を務める最古参である。 敬意を払いざるを得ない存在である…だから、旦那付きだ。
「色々と忙しいのよ…」
アリーはブレーダの問いに溜息混じりで答えた。 この頃ろくに休みも取っていないのだろう。 苦労が顔に出ている。
「だからブレーダ…拾った物は個人の責任よ」 「はい?」
ブレーダは間抜けな声を上げた。 嫌な予感がした。
「ブレーダ…しっかり見張りなさい」 「…俺が?」 「そうよ…しっかりね」
ブレーダは苦虫を噛んだような顔になった。 しかし頭領の言う事には逆らえない。
「まぁ…姐さんが言うなら仕方ありませんが…」
ブレーダは渋々承諾した。 その時、テントの入口からそれを覗いていた子供の一人が叫んだ。
「あ!変態だ!!」
子供の指先はブレーダに向けられている。
「あいつ、女襲ったんだって!!」 「見ろよ、ラジェットの馬鹿もいるぜ!!」 「ば〜か!変態!!」
ブレーダが睨むと、子供達は言いたい事だけ言って走り去った。 ブレーダは、次にラジェットを凝視する。
「ラジェット…お前、何言いやがった?」 「いやさ…ガキ共が、『ラジェットが女襲った〜』って騒ぐからよ…」 「俺がやったって言ったんだな?」 「あ、ああ…」
ブレーダは気をまぎらわせるために頭を掻いた。 それからもう一度、ラジェットを睨みつける。
「やっぱりお前を殴りたいんだが…」 「いいじゃない…悪気はないのよ」
喧嘩腰の二人をアリーがなだめる。
「それにブレーダ。あの子達の気持ちが一番分かるのは…アナタのハズよ」 「…」
ブレーダは昔を思い出した。 …嫌な思い出しかない。
「姐さんに拾われたガキは幸せだな…」
彼はつぶやくように言った。
「…悪かったわ。言わない約束だったわね…」
バツが悪そうにアリーが言った。 ラジェットは、一人、キョトンとしている。
「どういう事だい?アリーさん…」 「…」 「…」
ラジェットの問いにアリーもブレーダも沈黙で答えた。 ラジェットは質問を諦めざるを得なかった。
「とにかく…見張りはアナタがやるのよ」
アリーは話題を変えることもなく、会話を締めくくった。
「へい…」
ブレーダはつぶやくようにそう言った。 そしてテントを出ようとするが、直後にアリーにもう一度、声を掛けられる。
「そういえばブレーダ。薬草は?」 「…」
ブレーダはもう一回、森の奥を彷徨うハメになった。
 
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