春が、来たから…ネvv
 




          



 暖かだったり短日的に寒かったり、何だか妙な案配だった"暖冬"は、最後の悪あがきみたいな"ひな祭り寒波"を置き土産に、やっと何とか春へのバトンタッチを致してくれて。途中にも何度か四月並みに暖かくなったもんだから、そんなに寒くもなかったにもかかわらず、不意を衝かれて風邪を拾ってしまった人も少なくはなかった、なかなか混乱しちゃったこの冬だったけれど、

『やっぱ若いから基礎体力が違うんだろうね。』
 そうだね、風邪ひとつ拾わなかったよね。しかもサ、
『そんなに楽勝ってガッコじゃなかったんでしょ?』
『"一芸推薦"とかいうのも狙わなかったそうだしね。』
 そこに受かっちゃったんだもんね。一応は遠慮してくれてたらしい記者の方々が、ここぞとばかり…解禁したって言わんばかりのノリで取材に来て下さってサ。
『これからがまた大変ですよね。』
『アメフトはもう引退するんでしょ?』
『スケジュールも大変になるんでしょうしねぇ。』
 人の先行き、勝手に決めてんじゃねぇよと…腹の底で思いつつ、

  "ありゃりゃ、めっきり口が悪くなっちゃったな。"

 一体 誰の影響なんだかなと擽ったく思いつつ、愛想のいい表情がすっかり馴染んだ、それは端正なお顔ではニコニコと笑いもって。桜庭春人くんが芸能記者さんたちからのインタビューを受けたのが、

  『そういえば、明後日は…。』

 そうそう、そんな頃合いの日だったのvvv







            ◇



 私立の学校は、たとえ同じ学区や市内であっても式典の日にちは結構バラバラで。どうせなら泥門みたいに"後期試験"が始まる前にやってほしかったよね、なんて、ごもっともな声がちらほら聞こえた王城高校の卒業式は、今年は3月13日の土曜日に執り行われた。王城は付属中学を持つ"持ち上がり学校"であり、高校からの途中入学者も多少はいるが、ほぼ6年間を同じ顔触れで過ごしたせいだろうか、普通の高校よりも親しい顔ぶれを作る機会は多い筈だが、
"ボクの場合は、部活での知り合いしかいないようなもんだよな。"
 中等部時代の終わり頃から芸能活動を始めたせいか、周囲からは遠慮がちに一線引かれていたような気もする桜庭で。だがまあ、それはこちらが仕事がらみで休みがちだったせい。ちやほやと特別扱いされたり、逆に業界のことを話せと取り囲まれたりしなかった、お行儀のいい生徒ばかりの学校だったことには心から感謝してもいるし、学業はもとよりアメフト部の活動も出来るだけ優先させてくれた事務所の心遣いにも、以下同文な
おいおい 春人くんで。

  「今だから言います、桜庭くんがいるからここに進学しました。」
  「大学に行っても頑張って下さいね。」
  「テレビや映画で会えるもの…泣きません。」
  「やだ、ユッコ。もう泣いてるじゃないの…もう。」
  「アメフト、続けて下さいね? 応援に行きます。」

 さすがに卒業式だけは特別と言うか、ここでの見納めに当たるからか、式典の前から下級生たちに取り囲まれてしまいもしたが、それでも芸能報道関係者たちへは構内への立ち入りを制限されてたらしくて大きな混乱もなく。講堂にて厳粛に式次第の進む間、高い天井やら古めかしい作りの講堂内やら、大きく開け放たれた扉から目映いくらい明るく見えてる校庭の、まだ花は早い桜の樹だとか。そんなこんなを眺めながら、ああ、此処での生活もこれで最後なんだなと、ちょっぴり切ないそれなりの感慨に浸ることが出来たのは嬉しかった。学業と仕事とで忙しかった日々の中、ちょっとした嫉妬羨望や葛藤から発したジレンマとの軋轢もあったし。心身共に大変で、何度も挫折しかかって。それでも頑張ろうって顔を上げて前へ前へと進めたのは、沢山の人から支えられてたからだと思うし、そのお陰で随分と強靭に鍛えられたとも思う。それと…まさか自分には縁がなかろうと思い込んでた"恋"もした。

  "…それも、とびっきりのをねvv"

 自分が芸能人で、しかも相手は同性の男の子だから。誰にも内緒なのは勿論のこと、目茶苦茶に我儘で、猛烈華麗にパワフルで、恋人相手でも容赦なく弱みを突々いて下さる意地悪さんで。一体どうしてあんな難物に惚れてしまったのかと自分でも思うくらいに大変な相手なんだけど、でもでもネ。不敵なまでに綺麗で強くて賢くて、そのくせ…とっても不器用で切なくなるほど優しい人なんだもの、眸が離せなくたってしようがないじゃんと。彼を思うと愛しさゆえに元気になれちゃう自分にさえ、例えようもなく嬉しくなる。

  「…桜庭。」
  「え? あ…はいっ!」

 ぼんやりしてる間に自分の名前が呼ばれたらしく、隣りに座ってた進から静かな声を掛けられて慌てて起立。居並ぶパイプ椅子の間を縫って、壇上までの順路を歩き始める。桜庭春人と進清十郎。出席番号がすぐ前後だったことから始まったお付き合いは、彼の実力や気性の凄さや深さがよくよくと判るにつけ、時に重荷にもなったけど、これもやっぱり格別の幸いだったなと思える桜庭だったりするのである。

  "自分を追い詰めて叱咤出来たし、それに…。"

 時々はネ、そんな凄い奴にも足りないところはあって、そこを補ってやってるんだ…なんて、偉そうに構えてもいたし。日頃の信条からして頑迷で、正道一直線の融通知らず。威風堂々、何にも揺るがぬ孤高の偉人だった進だが、そんな突出した部分との均衡を取ってだろうか、人との付き合いが下手くそで、気配りとか物の言い方を知らなくて。鋼鉄で出来ていてガソリンで動いているのではないかと思われたほどの、疲れ知らずな"偉丈夫"だった彼が、だというのに…何とも不似合いな愛らしい恋をしたと聞かされてからこっちは、随分と優越感に浸りながら、彼の想い人ごと 二人の行く末を見守ってたと思う。でも…他人事だったのは此処までで、

  "そうなんだよな。"

 最愛の妖一さんと今ほど知り合う切っ掛けになったのも、進との付き合いの延長みたいなもんだったんだもんな。口惜しいけど、その点は感謝しなくちゃいけないのかな。ああ、でもそれって瀬那くんへの感謝だよね、うんうん。

  「………。」

 壇上にて向かい合った校長先生に深々とお辞儀して、卒業証書をいただいて。いかにも神妙なお顔をしながらも、色々あった高校生生活を楽しく思い出してた桜庭くんであったのだった。






            ◇



 芸能人としての特殊で窮屈な生活も、長くなれば慣れというものが出来もする。校門付近にて"卒業式を終えたばかりな桜庭くんの感慨の言葉を拾おう"と待ち受けてるだろう芸能関係記者たちへは、いつものことながら、学校関係者が"混乱が生じますから"と他の生徒への接触やインタビューは控えて下さいと呼びかけており。それだからこそ尚のこと、長身の桜庭本人を見落とすまいと、一人一人をじっくりと注意して観察して下さっているらしいのだが、
「これって"木を見て森を見ない"って言うんだよね。」
 首尾よく運んだ嬉しさから得意げに言う桜庭へ、
「…ちょっと違うぞ。」
 進が控えめに訂正してやった。学食の食材搬入用のボックスワゴンにこっそり便乗させていただいての脱出は大成功。車にしても事務所が用意した普通車をと狙ってただろうから、これは正に盲点であったらしく。まだ在校生たちさえ達していないらしき駅前の、食料品店の駐車場に乗りつけたワゴン車から降り立った桜庭と進の二人へ、
「二人とも、大学行っても頑張りなよ?」
 此処まで無事に送って下さった食堂のおばさんとご主人が、応援してるからねと優しい笑顔で送り出して下さった。心からの感謝を乗せた笑顔で何度も何度も会釈して、さて。
「最後まで波乱続きだったねえ。」
 学校からは少々距離があるので、ここいらにはさすがに記者も追っかけファンもまだ姿を見せてはいない。う…んと背伸びをし、駅までのあとちょっとを運ぶ。デビューしたての最初の頃はともかくも、二年生に上がった辺りから知名度がいきなり上がってしまった桜庭くんで。そのあおりで暇が無くなり、あんまり寄り道やら買い食いやらには縁遠くなったけど。この駅前にだって色々と思うことは多かったりする………のだけれども。今日はあんまりそういう感慨に耽ってもいられない。

  "だってサ…vv"

 明日はホワイトデイだから。でもでも、実はお仕事が入ってるもんだから。妖一さんにメールして"今日会ってほしい"って約束を、既にちゃっかり取りつけている桜庭くんだったりするのだ。バレンタインデーにチョコで作ったマシンガンレプリカという大作をプレゼントしたけれど、その日のうちに"妖一さんご本人"という素敵な"お返し"をもらっちゃったからね。だからやっぱりお返しはしないとと、受験の傍らに何にしようか迷って迷って…。

 "こんなことが理由で落ちたらどうしようかなんて、思ったりもしたもんね。"

 今だから笑って思い出せるけど、人生の指針というほどの重大事とプレゼントの品定めが堂々と並んでしまうほど、それだけ自分には比重が重い人なんだから仕方がない。そんな具合で、卒業式の切なる感慨も、少しずつ少しずつ愛しい人への"待っててね、今行くよvv"という情熱へと塗り替えられつつあるアイドルさんだったが、

  「…あれ?」

 定期で入った駅の構内にて。上りと下り、それぞれのホームの分岐点辺りに立っている、小さな人影に気づいて立ち止まる。
「瀬那くん?」
「こんにちはです、桜庭さん。」
 向こうでもこちらの到着に既
とうに気がついていて、背景に天使が舞い飛びそうな ふんわり笑顔を見せてくれたのは。ちょっぴり撥ねた柔らかそうなくせっ毛も愛らしい、小さな小さなランニングバッカーくん。駒不足だった泥門デビルバッツをあっと言う間に常勝チームに押し上げた、その原動力の一人である"アイシールド21"こと小早川瀬那くんが、グレーのコートに小さなバッグを提げてという私服姿で立っていた。
「御卒業おめでとうございます。」
 こっちの行事を知ってる彼だということは、やはり…ただの乗り換えとかではなく、わざわざ此処にやって来たのだろうけれど。
「どしたの? こんなとこで。」
「えと…。////////
 訊いた桜庭へ擽ったそうに微笑って見せてから、
「今から妙寿院さんへ行くんです。」
 ちらっと進の方を見やってから"にこぉっ"と重ねられたますますの笑みが何とも目映い。そして、ああそうかと これには桜庭にもすぐさま合点が行った。自分たちの地元にある花の寺。広い境内にて四季折々に様々な花を、それは見事に咲かせる典雅な趣きがあることで有名な寺であり、殊に境内奥の大きな枝下梅は超有名。そこへと一緒に梅見に行く彼らであり、途中だからと この駅で一旦下車して、同行する約束をした進が来るのを待っていたセナだったのだろう。そこに加えて、

  "進も確か…。"

 明日から始まるU総合大学のアメフト部の合宿に早々と参加するとか言っていた。向こうさんにしてみても、期待の新人に1日でも早くチームに馴染んでほしいのだろうことは易々と想定出来て、それでのお誘いがかかったらしく、
"はは〜ん。"
 梅見なんて口実だろうなと、桜庭としては進の思惑の方へもピンと来た。合宿に参加するともなれば…しばらくは大学の施設に寝泊まりという身となり、ばたばたと忙しくなって、セナと逢うことも叶わなくなるだろうから。そこで、こんな日ではあるけれどと逢瀬の機会を取りつけた…というところなのだろう。分かりやすい奴だよねと苦笑しつつも、そんなことへ気を回せるようになったのは、この一本気な不器用くんには途轍もないほどの大きな進歩。それを思えば褒めてさえやりたくなったものの、同時に…ちょ〜〜〜っと思い出したことがあった桜庭くん。

  「そういえば、セナくん、
   泥門の卒業式の日、感極まって妖一に抱きついたんだって?」
  「だ…抱きついてなんかいませんよう!」
  「でもサ、制服姿も見納めなんですねって泣いちゃったんでしょ?」
  「うう…。///////

 事実には違いないからと、たちまち反駁出来なくなった、嘘のつけない かわいい子。そこへと畳み掛けるように、
「ボクらだってこの制服は今日が着納めなんだけど。ボクはともかく、進への何かしら。言ってやらないの?」
 いたって爽やかな口調にて、そんな言いようを付け足した桜庭だ。シルバーグレイの詰襟制服は、ブレザータイプが多い今時、型とそれから割と珍しい色合いだったことから、どこに行っても結構目立ったというのに。こんな服装にて、他校の門前で3カ月近くものずっとずっと、待ち伏せ…もとえ、お出迎えをやってのけた進の強心臓にも呆れたが、
「あの…。////////
 耳から頬から熟れたように真っ赤になりつつも、進の顔や姿から視線を外せなくなったセナくんは。きっと今、そんなこんなの思い出をその胸中にてたっぷりと想起している真っ最中なことだろう。きりりと精悍な進の凛々しい風貌を尚のこと際立たせ、ちょっぴり禁忌の香りさえして…寡欲そうな彼には一際映える、軍服みたいにかっちりとした型の真白き制服。どんな姿でさえ愛しい人だろうけれど、殊にこの服装の彼ともなれば…まつわる思い出もさぞかし多かろうから。セナの小さな胸へと込み上げた感慨もひとしおのそれに違いなく、

  「えとえと…。/////////

 あまりに判りやすいこの反応へ、だが、進の朴念仁は、単にからかわれての羞恥だと思ったらしく、困らせるのは止せとばかり、じろりとこっちを睨んで来る。でも、謝ってなんかやんないもんねと、こちらも妙に強気のお顔を保ったままな桜庭くんであり、

  "…だってサ。妖一ってば、まんざらでもなさそな顔してたんだもの。"

 見る見る内に泣き出すなんて、そりゃあ可愛いことしてくれて…なんて、彼から渡された小さな花束を大事そうに持ち帰って やにさがっちゃって。そのままで出ようとした出掛けにボクが結んでやったネクタイなのにさ。そこまで思い出しちゃったものだから、彼なりの意趣返しでちょこっと意地悪してみたアイドルさんだったらしく。…拙作『春一番への花束を…』参照ですな。
(笑) 既に業界で大人扱いされて活躍しているから、はたまた何事へも落ち着き払って動じないからと、ちょっとばかし大人だおませだと言ったっても、とどのつまりはまだまだ青くて。隠し切れない本音をちょろりと滲ませ、悪戯や嫉妬がついついこぼれてしまうほど、どの子もこの子も何とも可愛らしい子らであることか。列車がホームへ到着したその気配と共に、構内を吹き抜けてゆく少し強い風の香りもちょっぴりと甘い、浅き春先の甘酸っぱいシーンでございました。






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