草笛・麦ワラ・夏の風… B
 

 

          



 そういえば。買い出しに行った時に誰かがどさくさに紛れてかぶせてくれた麦ワラ帽子は、管理人のおじさんの車に乗せてあったもの。裏にお名前があったのでそれと判り、玄関先で草刈りをなさってたところへ返しに行くと、

  『ああ、うん。好きに使っていいよ? 日射病になっちゃうからね。』

 持ち出されてたことにも気がつかなかったそうなので、誰が持ち出したのかは判らずじまい。重いものを持つ必要はないと声を掛けて来てたのは十文字くんだったから、かぶせてくれたのも十文字くんだったのかなぁ? 他の皆さんの分もお布団を干し出すのや、給水器にミネラルウォーたーを足すのとか。力仕事へ“そういうのは やらなくて良いから”って、必ず横取りするのも十文字くんだしな。相変わらず、ボクって頼りないのかなぁ。体力ないチマッ子だから、もたもたしてばっかで“捗
はかどらないぞ”って思われてるのかなぁ? 十文字くんて怖そうに見えて、ホントは優しいからな…。でも、だったら尚更に頑張らなきゃねvv いつまでも庇われてる“お荷物”でいちゃいけないんだしvv








            ◇



 この合宿だけに限らず、この春からの…進学先の大学で、そして後輩であるセナたちへと目を配り続けている苛酷なスケジュールは、いくら悪魔ばりの気力体力を持つ蛭魔であれ、相当にキツい筈なのに。大学生組、高校生の現役組、そして進学予定組の3つのグループそれぞれへ油断なく目を配り、十分すぎるほどの威容でもって巡らされている監視ぶりが畏怖されてもいる完璧さよ。大学生組への対処というレベルでは、相変わらずの“脅迫手帳”も健在だそうだが、
“栗田さんが言うには、最初の頭数合わせの時はともかく、今残ってる顔触れからはちゃんと実力でもって支持されてるそうだしね。”
 今あんなにも溌剌としているのを見ると、つくづくとアメフトが好きなのだなと思い知らされる。好きなことへつながるものなら、そんなに苛酷でも疲れたりなんかしないのか。充実し切っているらしきお顔の、何とも溌剌としていることか。

  “全然、疲れてないって筈はないんだろうけど。”

 それこそ自分なんかが及び知らないところにて。大好きな誰かさんに逢ったりして、気力の充実は計れている彼なんだろうけれど。

  「♪♪♪」

 そんなこんなと思いつつ、宿舎の壁に凭れて、真ん丸なお月様を見上げていたセナくん。ポケットから取り出した携帯電話をぱかりと開くと、さてさてとメールを打ち始める。ちょっとばかり…微妙に都心から離れた土地柄なためか、屋内では電波状態がすこぶる悪くて、それでの運び。寝間着を兼ねた学校指定の体操着。白いTシャツに腿半ばまでの丈のクォーターパンツという恰好にて、真珠色の月光に照らされつつ“えっとぉ…”と文章を考えていたらば、

  「くぉら。」
  「×××〜〜〜。」

 不意な声が掛けられて、ドッキリと小さな肩が跳ね上がる。はわわと焦りながらも、声がした方を見やれば、

  「もう消灯したろうがよ。こんなトコに出て来て何してやがる。」
  「…蛭魔さん。」

 直前まで彼のことを考えていたことで影を呼んでしまったのだろうか。現在のこの宿舎の“お館様”が自ら警戒の巡回…にしては。肩に機関銃を担いで、真っ黒なTシャツとスェットの上下という、いかにも怪しい姿をした蛭魔さんが、いつの間にやら気配なく近づいて来ていたらしい。ほうと安堵して胸を撫で下ろしたのも束の間、そんな一瞬の隙を突かれ、素早いお手並みであっさりと携帯を奪われ、
「ほほぉ、奴にメールか。」
「あっ、止めて下さいよう。//////」
 宛て先を呼び出していたのを覗かれて、たちまち頬を赤くするセナであり、
「まだ二日目だろうによ。それとも毎晩やりとりしてんのか?」
「うう…。//////」
「それらしい判りやすい文面で打たねぇと、鈍感な奴だから“ラブメール”だって気がつかねぇんじゃねぇのか?」
「ううう………。//////」
 くつくつという笑みを含んだ、からかい口調で訊かれて、ますます頬が赤く染まったセナだったが、
「蛭魔さんこそ、ちゃんとメールしてるんですか?」
「んだよ、薮から棒に。」
「昨日、メールをもらったんですよ。」
 こっちも“誰から”とは敢えて言わなかったが、
「蛭魔さんのコト、くれぐれも気をつけたげてねって。」
「…何考えてやがんだ、あいつはよ。」
 思わぬ形の“地雷”を踏んで、意趣返しをされた格好になったか、蛭魔がうぬぬと少々口ごもる。こんな健全な合宿、しかもこちとら“指導する側”だってのに、一体何を心配してやがるんだ、あの野郎わと。理解に苦しむと言いたげに、口許をひん曲げた悪魔さんへ、
「心配なんですよ、やっぱり。蛭魔さん、アメフトがらみのこととなると、なりふり構わないし。体を壊してたって気がつかないで、そのまま無理をしそうな人だからって。」
 無難な線でお答えしつつ、とはいえ…さっきまで思ってたことへの理解もあるセナで。

  “進さんだって、同じ想いでいたんだろうな。”

 こつこつと体作りのトレーニングを積み重ね、万全の態勢というのを根気よく積み上げることの大切さとか、受験生だったから…時を待つしかない状況だったということは重々判っていたのだろうけれど。早く早くという気持ちの逸りは少なからずあったろうし、さあと蓋が開いて解禁となった今、気力・体力余すところなくという勢いでアメフトに打ち込んでいる彼らであるのもよく判る。だって、

  “ボクなんかでも思うもの。”

 高校から始めたばかり、それもきっかけは無理からの勧誘。そんな格好で始めた自分でさえ…受験勉強を優先しなくちゃいけないってのに、身体がウズウズする時がある。ちゃんと走り込みだってやってるのに、後輩さんたちの練習台に…なんて名目つけてボールにだって触っているのに、それでも足りなくて脚がウズウズする時がある。ゲームを観てると、その中に自分が飛び込んだかのような錯覚を覚えるほど、没頭しちゃってのめり込んでたりする。焦れったいほどの飢餓感。こんなにもアメフトが好きになってたなんてって、自分でも意外で…嬉しいやら切ないやら。自分でこれだもん、蛭魔さんや進さんのレベルの“アメフト大好き”さんたちには、拷問に近かった1年だったんだろななんて、ちゃんと判るから。

  「…何だよ。にまにましやがって。」
  「えへへ。//////」

 蛭魔さんの気持ちが判るんだもん、それも嬉しいんですよう、と。そんな共鳴へも“うふふvv”という笑顔になっていたらば。嬉しいを頬張ったふかふかな頬っぺを、ちょいちょいと、綺麗な指先でつつかれた。
「言っとくがな。受験組だからって油断してるんじゃねぇぞ?」
「はい?」
「毎日の小テスト。合格ラインを越せなくなったら、課題をどんどん増やすからな。クソ暑っつい昼間や睡眠時間削ってまで、追加ドリルとお付き合いすることになんぞ?」
「ふや〜〜〜。」
 それは嫌ですよぅと、打って変わって“ふにふに”泣きそうな声を出すのへ苦笑をし、だから とっとと寝てしまえと言うとるのだと、意地悪そうに笑って見せて。しぶしぶと携帯電話を畳み、通用口代わりの勝手口のドアから部屋へと戻ってゆく小さな背中を、じっときっちり見送って。





   「………諦めた方がいいぞ。」


 おや? 夜陰の満ちた静謐の中へ、独り言にしては…いやにくっきりとした言いようを放った悪魔さんで。
「チビにはかなりのレベルでお熱な、両想いの相手がいるからな。」
 厳しい練習と勉強会に明け暮れてる合宿先だってのに。強制される事なく参加している身でありながら…それはそれ、これはこれと。あの真面目そうな…切り替えが下手で不器用そうな子が、それでも毎日のメールを欠かさないような相手。

  「想ったところで報われねぇぞ。」

 同じようなトーンでの言葉を重ねると、ややあって。

  「…知ってる。」

 静かな声での返事があって。傍らの大窓の中、食堂に使っているホールに佇んでいた人影が、そのまま庭先へと出て来た。
「お前がちょっかい出してやがんのを、気づかれてねぇとでも思ってたか。」
「思わねぇさ。」
 さしてムキにもならず、だが、悪びれもせず。自分に向けてなのか小さく苦笑をしつつ、真っ直ぐに金髪の先輩さんと向かい合ったのは。こちらもやはり脱色した金髪を短く刈った、体格の良いお兄さん。あのセナくんと同じスポーツに打ち込む“同級生”とは信じがたいほど頼もしい、十文字一輝くん、その人で。
「伊達に3年も一緒に居た訳じゃないからな。誰をばかり見てやがんのか、誰にポ〜ッとなってやがんのかくらい、もうとっくに知ってるさ。」
 アメフトに真っ向から向き合ってすぐ、セナの正体にも気がついた。飛び抜けた俊足と、時々見せる一途で真摯な眼差しと。そんなセナへ苛めの手を出すなと、この蛭魔がわざわざ脅しをかけて来たのも、主務という“身内”になったからってだけではなく、貴重な戦力だからなんだと思えば…そこから彼からの思い入れとやらも見えてくるほどで。逸材だから庇ってる? それだけではなかろうに。打算や合理主義から割り切ったり見切ったりした筈のものへ、まだ諦めないぞと…恥ずかしくなるくらい真っ直ぐで一途な眸のまま食らいつくけなげで頑張り屋さんな彼に、ついつい便乗したくなる。自分がむきになるのは気恥ずかしいけど、この子となら素直になって頑張れそう。そんな感覚が、恐らくは自分と“似た者同士”なのだろう蛭魔への苦笑が、浮かんで止まない十文字であるらしく。…しかして、その一方では。
「ほほお…。」
 勘がよくって、もしくは観察力があって、セナの正体にはピンと来たということはあっても。ただ一緒に過ごしたというだけでは、そこまで…あのでっかい琥珀の瞳が誰にばかり注がれていたのか。しかもそのカラーがどういうものであったかまでは、そうそう気づくものでもあるまいによと。内心でそうと思ったものの、敢えて口にはしなかった蛭魔であって。

  「これからもしばらくは“お付き合い”するんだかんな。
   チビザルみたいなもんで、ただの“お友達”ってので良いんだよ。」
  「らしくねぇな。ガキみたいなこと言いやがる。」
  「なんだよ。ハッテンさせてぇのかよ。」
  「まさか。」

 ケッと鼻先で嗤
わらってから、
「誰のレンアイにも関心はねぇよ。お前らケツの青い奴らのことになんざ、精通してたって何の足しにもならんしな。」
 そうと前置いてから。

  ――― ただ、と。
      くっきり、言葉をおいて。


  「あれでも“秘蔵っ子”だかんな。
   ややこしいことに巻き込んで消耗させやがったなら。
   その原因が誰であれ、容赦なく制裁するまでだ。」


 キツい言いようをマシンガンごと突きつける、悪魔のような先輩さん。とはいうものの、何となく…十文字を眺めやる彼の視線は和んで優しいそれであり、

  “馬鹿な野郎だねぇ。”

 辛いことをわざわざ選びやがってよと、不器用なところへ苦笑が絶えない。我の強い乱暴者で、それは我儘なやんちゃ者。自分よりも弱い者をビビらせて顎で使ってヨ、要領よく やってこうヤなんて構えて…自分さえ誤魔化して。その実、それじゃあ何も得られはしないと、誰よりも努力の意味を解ってた、可愛いくらいに真っ直ぐな奴で。
“判ってんのかよ。”
 ついつい視線が向くほど気になってる、意中の相手。それを“仲間として”大切にするなんてのは、
“一番面倒で一番割に合わないコトなんだぜ?”
 最初に訊いたのにな、報われないぞと。俺みたいのが見張ってるわ、意中の人がちゃんと居るわ、何にも拾えない恋心なのにな………と。そこまで想いが至ってから、

   “………馬鹿みてぇ。”

 何でこの俺様が、こいつやチビなんかのこと、わざわざ思いやってやらんといかんのだろか。柄にないぞと、他でもない自分で気づいて…大きく溜息。
「?」
「何でもねぇよっ。」
 何に嘆息したのだろうかと、やや気遣われたのがもっと癪だったので。ちょいとムキになって言葉を返し、とっとと寝やがれとマシンガンを両手に構え、割り振った部屋へと後輩を追いやる金髪の悪魔さん。どいつもこいつも可愛い後輩さんばかりなので、まったくもって苦労ばかりが絶えないぜと。も一度 深々と溜息をついてから、

  「……………。」

 ちょこっとだけ間をおいて。おもむろにポケットから取り出したモバイルアイテムにて。何処かの誰かへ、腹いせの…その実、気晴らしのメールを、鼻歌交じりに発信した彼であり。


  ――― その宛て先は………内緒の内緒vv お月様だけが知ってますvv


【わぁあぁぁんん………っっ!! 妖一のバカぁ〜〜〜。】***
一体、どんなメール打ったのよぅ。妖一さんたら…。
(苦笑)**









          ◇◆◇



 不意に聞こえた虫の声に、足音もなくやって来ていた秋を感じて。夕飯を食べてからも、2階の窓辺で、まだちょっとぎこちないコオロギの声を聞いてたりするセナくんで。

  “あの高原は、もっと秋めいているんだろうな。”

 窓の外では夜陰の帳
とばりがすっかりと落ちており、カーテンを揺らして吹き込むは、かすかに冷んやりとした涼しい夜風。相変わらずにドタバタが展開された合宿のことを何となく思い出しつつ、ついついぼんやりしていたらしく。片手に開いたままでいた携帯が、不意に“ふるる…”と震え出し、揺り起こされるようにはっと我に返った。

  “………あ。///////”

 そこへと届いたのは一通のメールで。送って来た人の名前へちょっぴりドキドキしながら、ボタンを操作して開いてみれば、

  【今夜は月が大きく見える。】

 あまりに短い一言だったけれど。丁度、自分も窓の外を眺めていただけに、そのタイミングに…思わず頬がじわじわと熱くなる。

  “凄いな。進さんも今、このお月様を観てたんだ。”

 雲間に覗く丸ぁるい月は確かに大きく、くっきりと透明感のある真珠色に輝いているのがそれは綺麗だったから。遠いところにいる同士なのにね。同じものを同じように綺麗だねって思った、ただそれだけで物凄く嬉しい。切なさに胸が痛くなるほど、今すぐ逢いたくなっちゃうほど…うずうずと嬉しい。

  “早く新学期が始まらないかなぁ。”

 そうなったら試合が始まって忙しくなる進さんだけど。自分だっていよいよ本腰入れて、勉強に精を出さなきゃならない身になるのだけれど、それでもね。もっと近くにあなたを感じる。そんなささやかなことでも幸せになれる。だから、ね。早く九月にならないかななんて、窓の桟に頬杖をつきつつ………全国の学生さんたちを敵に回しかねないよなことを、ついつい思ってしまった、お幸せなセナくんだったりするのである。
(笑)


  ――― 窓の下には虫の声。
      短い命を嘆くでなく、精一杯に謳歌して。
      今宵は月への恋の歌など、涼やかに進ぜましょうか?






  〜Fine〜  04.8.16.〜8.23.


  *五輪観戦のためにめっきりと夜更かし続きでして、
   おかげで昼の間が眠くてたまりませんです。
   そうまで観戦するとは自分でも思ってなかったんですがね。
   のっけのメダルラッシュが、所謂“引き金”になったのかも。
   そんなあおりか、高校野球を集中して観れなくて…。
   痛し痒しですな。
う〜ん

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