草笛・麦ワラ・夏の風… A
 

 

          



 何とか荷運びを終えると、美味しいお昼ご飯が待っていて。ゆっくりと食べて少しだけ休んで。暑い盛りは全員への休憩時間に充
てられていて、お昼寝するなり、なんと敷地内に小さなプールまであるのでそこで水遊びをしたりして過ごしてから。夕方になり多少は気温が下がったところで、現役組たちは午後のロードワークへと出て行き、卒業生組はその間に………毎日洗われるというシーツやリネン類といった大物の乾いた洗濯物を取り込んだり、夕飯作りのお手伝いをするのが“毎日の労働”の2つ目だ。

  「うわぁ〜、十文字くん、お米研ぐの上手だねえ。」
  「ホントだ。デカイ手だから余裕だよな〜。」
  「うっせぇなっ。」
  「こいつ、小学生の頃はボーイスカウトに入ってたらしいぜ。」
  「キャンプで自炊してたの覚えててよ。家庭科の成績、結構良いんだよな。」
  「うあ〜〜、似合わねぇ〜〜〜。」
  「んだと〜〜〜。//////
  「ほらほら、手を休めない。」
  「おばちゃんにまで、笑われとるぞ♪」
  「うう。///////

 カラフルなTシャツやオーバーシャツにGパンやワークパンツという、それぞれ思い思いの私服の上へ、カフェエプロンもどきの膝下まである大きな“前掛け”をしての賄いのお手伝い。特に見栄えの話ではなく、厚手の木綿の大きいエプロンは手ぬぐいを兼ねるので便利なんですよね♪ 食材を触る時は勿論ちゃんと手洗いして清潔なタオルで拭きますが、大量の洗い物系の作業中なんかはどうしても。ちなみに、プロは下にゴム製のエプロンを重ねます。こうすると服にまで水が染みて来ません。(何だか いつにも増して余談が多くてすいません。)不慣れなお手伝いさんたちを上手にあしらい、手慣れた様子で運動部の男子学生たちという食べ盛り用のメニューを約40人分…ちなみに今晩は、1人2つずつのメンチカツに夏野菜の串揚げと、キュウリとシラスとワカメの酢の物。鷄と油揚げとニンジンの入ったヒジキ煮に、シメジとハクサイ、大根、キヌサヤ、具沢山のお味噌汁に、ポテトサラダと線キャベツにトマト。仕上げにはみかんのゼリーもお手製…と。これほどのメニューを、それはそれは手際よく作ってしまったおばさんで、

  「さあ、あんたたちも食べといで。」
  「はあ〜いっ。」

 適度な運動で体を動かしたのでお腹はぺこぺこ。炊き立てご飯に引き付けられるようにテーブルについて、大人数でのにぎやかなお食事と相成った。







            ◇



 夕食後は後片付けをお手伝いし、それから。現役組たちが涼しい庭先でのサーキットトレーニングや屋内での筋トレにかかるのを横目で眺めつつ、卒業組はミーティングルームにて課題の問題集と向かい合う。蛭魔さん謹製の問題集は相変わらずに手ごわいが、進路担当の先生方が驚いていたほど、全員が席次をぐんぐんと上げているという御利益付きなので、あだやおろそかにすると罰が当たる。(おいおい)指定されてるところまでを解いておき、判らないところは“怖いセンセイ”に質問して、とにかくコンプリートするのが彼らに課せられたノルマであり。確認のための小テストを受けて、それでセナたちの組の“日課”は一応終了とのことで。
「う〜〜〜、ここんトコがどうしても判んねぇ〜〜〜。」
「どら。」
 眼前に短銃を構えて教えて下さる“センセイ”よりも、気安いムードの中でコツを押さえた教え方をするお仲間の方が重宝がられるというのはよくある話で、このメンツでは…何とも意外なことながら、十文字くんが一番の“頼られ頭”になっている。やれば出来る子なんだけれど、人を見下すお父さんへの反抗心から“やらなかっただけ”という手合いなんでしょうね。
「うっせぇぞ、外野。」
 あははvv すまんすまん。
(笑)
「あっ、そかそか〜。サンキューな。」
 手を焼いた問題がやっと解けたと破顔するモン太くんと小結くんが、空いたパイプ椅子へと戻ってゆき、長テーブルを囲んだ顔触れに…あれれ、お顔が足りないぞと先生補佐が視線を巡らせ、
「…おい。」
 一人離れて、窓から外を眺めていた小さな背中に気がついた。声を掛けようとして、
「せ………。」
 今だに。名前をどう呼んだものかと、戸惑う自分が苛立たしい。他の面々がプリントにかかりきりになっているのを幸い、椅子から立って自分も窓辺へ寄る。長い筈だった夏の夕暮れもさすがにとっぷりと暮れており、夜陰の藍に染まった窓に比すれば、室内の明るさが白々と際立つが。窓の向こうの庭先には、一基だけながら本格的な照明が灯されていて。その明かりの下では、後輩たちや大学生たちが何人かずつの組に分かれての、ラインの当たりの稽古やらスケルトンパスの練習やらが繰り広げられているのが遠目に見える。

  「声出せ、声っ。ここいらは今は無人だ、遠慮は要らんぞ〜っ!」
  「お〜っ!」

 一際よく通る声で叱咤激励している痩躯が、その背条をピンと伸ばして、お元気な後輩さんたちや同窓生さんたちへと油断なく目を配ってる。アグレッシブルな姿勢をそのままに表出させたような、つんつんと尖らせた髪も耳朶に光らせたリングピアスも、最初は…得体の知れない人物としての威嚇的な効果を少なからず齎
もたらしていたのに。不思議と今は、その特殊な姿を見つけることで“ああ、あんなトコに居た”と、安心感や親しみを感じさせる目印アイテムと化してるみたいで。

  「蛭魔さんて相変わらず凄いねぇ。」

 間近に寄って来た十文字に気づいたのだろう。独り言ではない口調にて、セナがそんな風に呟いた。
「そか。偉そうなだけじゃないか。」
 いつだって大上段から物を言うし、アメフトを知る者へは飛び抜けたその実力を見せつけるだけで十分に牛耳れるのだろに、相手の弱みを掴んでおくことを忘れない周到さだって相変わらず。もう今では例の“シャシン”で脅されることもないのだが、あまりに隙が無さすぎて忌ま忌ましいと、同じ相手を視線の先へと見据えつつ ついつい目許を眇める十文字へ、
「でもサ。隙を見落とさないってことは、それだけ休みなく注意を払ってるって事でしょう?」
 怯えるでない、不満げでない、抗いの響きがあるでない、自然な声音の言いようで。セナがそんな言葉を返して来て、
「体を動かすばかりが大変なんじゃなくってさ。これだけの、それぞれメニューが違うグループを全部、きちんと目配りしてるなんて、やっぱり凄いや。」
 どんな鈍った挙動も、もしくはコンディションも、油断なく見張ってる“集中力”だけじゃあない、それぞれへの把握やら理解やらもこなせてて、何があっても柔軟に対応出来るよに均されてる、奥行きのある周到さが凄いよねと、蛭魔の管理者としての才を褒め、
「アメフトが好きなんだね。」
 今更なことを言い、くすすと微笑う。ご本人はサボる奴を見張るためだなんて言いようをするが、それにしたって並大抵の気力でこなせることではない筈で。

  “あんな騒動があったばかりなのにね。”

 大切な人が、しかも彼の眼前で…ストーカーに狙われて殴られるというえらい目に遭ったばかりなのに。あれはあれで、これはこれと、きっちり割り切ってるところもまた凄い。今は練習中だからか少々厳しい険のあるお顔だが、溌剌としている気鋭の充実はここからでも知れて、動じない芯の太い頼もしさを改めて感じているセナである様子。とはいえ、
「………。」
 十文字には、そんな事情は知らないし判らない話であり。ただ、庭の方を向いたままになっているセナの笑顔が、それはやさしい線で構成されたそれなのに気づいて…ついつい見とれた。室内に灯された蛍光灯と、窓の外に浮かんでいた月の光とに二重に照らされ、何とも柔らかな白さを帯びたまま淡く光って見えて。

  「……………。///////

 時折見せるセナのこんな表情の奥深さや繊細さには、こちらでも思うところがあってか、言葉を無くして見とれることの多い十文字であり、
「………せ、」
 何か言いかかったところで、眺めていた対象ご本人が距離のある筈なこちらからの視線に気づいたらしい。細い肩越しに振り返ると、メガホンを口許に寄せ、

  【こら、そこっ! サボってんじゃねぇぞっ!】
  「あわわ…。」

 立ってた窓辺で飛び上がり、ついのこととて…並んでた一緒に眺めてた十文字くんの肘を掴んで一緒に室内へ引っ込むセナであり、

  「………。」

 自分に対してでも自然とそんな素振りが出る彼に、何だか擽ったかったらしい十文字は、小さく口の端をほころばせ、皆の輪の中へ戻った小さな背中へ、知らず知らずその視線を向けていた。








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  *あららな雲行きになってまいりましたね。
   続きはもちっとお待ちを…。