草笛・麦ワラ・夏の風…
 

 

          



 蛭魔…もとえ、昼間はまだまだ陽射しも力強くて、残暑も酷暑のまんまに続きそうな気配だよねと、出先で雷門くんとうんざりしながら相変わらずの会話をしている、今日この頃の筈だったのだけれど。

  “…あ。”

 出先から帰って、まずは締め切ってた部屋の空気を入れ替えるのが習慣になってるその窓へ、そろそろ閉めようかと近寄って手をかけた、丁度そのタイミング。夏物のシャーベットグリーンのカーテンの裾を揺らめかせ、ふわりと舞い込んだ風がある。ほのかにひんやりとした感触の、随分と瑞々しい涼しい風で。何だか意外だなと手を止めていたら、

  〜〜〜♪

 どこからか、静かに聞こえて来たのは虫の声。えっ?えっ? これってテレビとかじゃないよね?と、まずはそんな風に思ってしまうところが今時の感覚というやつで。階下には母がいるが、今は夕食の支度の真っ最中だからテレビは点いていない筈。なら、これって本物が近くで鳴いてる声だってことだよね。

  “そっか…。”

 そういえば“立秋”はもう、お盆の前に過ぎている。冷夏だった去年と違って、今年はこの後も残暑が続く記録的な“酷暑”の夏だそうだけれど。それでも、暦に沿っての季節の移行はあるんだなって。何かそんなのをしみじみと感じちゃった瀬那くんだった。


  “東京に居たよりは、涼しい想いもしてたんだけれどもね。”







            ◇



 カレンダーが八月に入るとすぐ、史上最強のOBさんから泥門デビルバッツのアメフト部員全員へ…秋季都大会を控えた現役のみならず、進学志望組の三年生たちへも平等に。問答無用での“全員集合”の招集が早速かかった。体育会系にありがちな“年功序列”は鼻で笑い飛ばすその代わり、徹底した実力主義者な蛭魔さんは、来春卒業予定の面々をそのまま、立ち上げたばかりのR大学の自チームに引き入れたい意向であるらしく。それに関しては、後輩さんたちの方でも…まだまだ素人に近い不慣れな身なれど、アメフトは続けたいと強く希望していたから、勝手知ったる何とやらがこのまま利きそうなチームへの“持ち上がり招聘”は、ある意味で“願ったり叶ったり”な申し出と言えて。よって、一応はお互いの希望がちゃんと噛み合った上でのこの成り行き。夏休みに入る前から通達されてたことではあったけれど、実際にそれへ突入するともなると“いよいよか”という緊張感のようなものが皆の間にも漲
みなぎってたりして。そんな気持ちの高ぶりを抱いたまま、皆が辿り着いたる“合宿所”はというと………。

  「うわぁ〜vv
  「綺麗なトコだねvv

 此処へ来なと指定された“宿舎”というのは、関東中部の奥座敷にあって。ちょっち鄙びた郊外の、緑の丘の上に建っていた、閑静で大きな…どこぞかの会社の研修所という感じの建物で。豊かな緑の庭園に取り巻かれたその外観は、大使館か官邸を思わせるよな威容に満ち、そのくせ内部は清潔そうで明るくて。それぞれへバス・トイレのついたゆったりした個室が一杯あるところは、リゾートホテルにも匹敵し、今回の合宿用にと筋トレ用の器具を設置されたらしき一階の大部屋は、
「…此処って元は何の部屋だったんだろう。」
 高い天井、やはり高くて大きな窓々。さすがに40ヤード走までは無理だけれど、それでも結構な広さがあって、ちょっとした講演会や立食パーティーとやらが開けそうな規模の大きな広間だったりする辺り、
「名のある政財界の大御所が、バブルの崩壊で負債が増えて管理出来なくなったんで売りに出した別邸…というところかも知れませんね。」
 後輩の主務さんに指摘され、皆が一様に声のないまま頷いてしまったほどの豪奢な作りの邸宅であり、
「………蛭魔さんて、相変わらず謎のコネをたくさん持っているんだなぁ。」
 謎の先輩が謎のままな面々には、そんな感嘆で済んでいるが。この面子の中では唯一、事情というのか背景というのか、正確なところを知っているセナにすれば。

  “そっか、此処って蛭魔さんの御実家の…。”

 さもありなんと納得した上で…やっぱり驚嘆するに しくはなく。

  「リゾート地へバカンスに来た訳じゃねぇんだっ。ぼやぼやしてんじゃねぇぞっ。」

 その先輩様からの声に一斉に飛び上がった泥門組の参加者たちは、大慌てでミーティングルームへと集合し、いよいよの夏季合同合宿が始まったのであった。















          




 相変わらずに細身のお体ながら、挑発的なまでの迫力を帯びた気鋭は全く衰えを知らない、悪魔のような泥門史上最強のOBである蛭魔妖一さんは。到着したその日の最初に、まずは…元は会議室か何かだったらしき、どでかい円卓のあるお部屋へ高校生サイドの参加者全員を集めると、この合宿での最終目的をおもむろに発表した。
『二年、一年の現役組は、体力をつける基礎トレに加えて、ウチのR大学の連中を相手のシフト練習と練習試合を重ねて実戦力をつけること。』
 二年前の、彼らにとっての最初の夏に。あの灼熱のアメリカ大陸横断を敢行した“デス・マーチ”に比べれば、何とも常識的であることよと和やかなお顔をした三年部員たちだったが、
『対戦形式のもんは、二度に一度は必ず相手を叩き伏せねぇと、勝敗率に応じてトレーニングのルーティーンを倍々に増やしてくからな。』
『…おおう。』
 それはまた容赦がない。主催者様にしてみれば、後輩さんたちのレベルアップは勿論のことだが、今ひとつ体力や集中力の怪しいR大学の方の顔触れへも、しっかりと基礎を叩き込んでおきたいという狙いがあったらしくって。

  “今年のリーグ戦で、
   まずは最下層のエリアリーグから這い上がらにゃ意味がないからな。”

 よって。大学側の皆様へも、全く同じノルマを言い渡してあるところが恐ろしい。ご自分の立てたプランを完遂させるためには容赦がないお方であるところも相変わらず。ちなみに、悪魔の体力トレーニング(夏休みVer.)は、既に基本のセットの段階で全ての種目の最低単位が百なのだが………。身体、壊さないかしらね。
(う〜ん)そして、
『受験組は、午前中のロードワークと基礎トレにだけ参加。集中ゼミは夕食後に構えるから、その間の時間帯に課題を消化すること。それと、トレーニングを兼ねての“労働”に手を貸すように。』
 こちらさんたちは、あくまでも進学のための合宿というのが先に来る立場であり、そのついでに…長期休暇に入ってしまうとついつい怠りがちになる体力保持も平行してこなせるなんて ありがたいねぇという順番なので。まあこんなもんでしょうかというプログラムに聞こえたのだが。






  「…うあ〜〜〜。」

 単純に考えて、例えば…300gの肉を40人分で何kgになるか。1日3食用にキャベツが何玉要ることか。豆腐や生めんは下手すりゃ箱買いだし、ケチャップやマヨネーズなんか、業務用の1kgパックをテーブルごとに出しといても一日で一気に使い切ってなくなるんだよね。(筆者は長いコト、独身寮や研修所で賄いの手伝いをして来たから、これらはホンマの話である。)お米とミネラルイオン水とだけは、お店の方がまとめて配達して下さるそうだけれど、それを除いた山のような生鮮食品と日用品は、
『それこそトレーニングに持って来いだろうがよ。』
 宿舎専属の賄いの方が吟味して買い上げた品々を、手分けしてかついで、丘の上の宿舎へ持って帰って来いというのが、彼らに課せられた“毎日の労働”のまず1つ目。
「まとめてレシピを作っておいて、計画的にまとめ買い…とかはしないんだろか。」
 日程と参加人数が決まっているのだから、そういう手筈になるのが一般的ではなかろうかと、素朴なところを疑問に思ったらしき戸叶くんへは、

  「それがね。妖一ぼ…じゃない、ヒル魔くんがね。
  “途中で脱落するような奴が出るかもしれないから、
   前もっての献立表を作ってくれるのはともかく、
   買い物のプランってのは立てない方が良い。食材が無駄になりかねない”って。」

 買うものを吟味してお会計を通した賄いのおばさんが、少々済まなさそうにそんなことを付け足して下さって。そしてそのまま、
「それは夕飯と明日の午前の分だから。昼に間に合わせようと慌てて帰って来なくても大丈夫だからね。」
 そんなありがたい指示を残し、旦那さんの運転する軽四輪で、冷凍食品と共に宿舎へとお戻りになられてしまい………。

  「やったろうじゃねぇかよっ!」
  「おおっ!」

 意気が揚がってんのは分かったが、お買い物を詰めた段ボール箱を囲んで、高校生たちが駐車場で雄叫びを上げるのはどうかと。
(笑) ともかく、まずはそれぞれ適当に荷物を抱えてみて配分し始める。一応は箱ごとに抱えられるだけずつしか詰めてはいないのだが、
「重い〜〜〜。」
 調味料類を詰めたみかん箱を抱えようとしたセナには、
「バ〜カ、お前がそんな重いの持ってどうするよ。」
 そんなお声と共に、日射病になるぞとかぶせられた…ツバつきの麦ワラ帽子。いつもアイシールドつきのヘルメットをかぶってはいたが、帽子なんてかぶるのは久々で。
「えと…。」
 視野を覆って…前を下げるよにグイッとかぶせられたその縁を、ちょいっと持ち上げようとして。箱を一旦降ろした途端に、ササッと横から奪い取られてしまった。
「あ…。」
「お前らバックスは、力つける必要はあんめぇよ。」
 残っていたのは…鰹節だの干し椎茸だのかんぴょうだの、味付け海苔に干し寒天だの、嵩はあっても実質は軽い“乾物”ばかり。同じように居残った、雷門くんと顔を見合わせ、あらら…と先を行くライン組の頼もしい後ろ姿を眺めやる。全部を抱えるには、文字通り“手の数”が足りないから、誰かがこの軽い方を分担せねばならなかったには違いなく。………詰め方の配分が下手なおばさんだったのかしら。(苦笑)乾物とはいえ、品が良ければ…形も値段や味のうちだから、それを潰さないようにってことかなぁ?
「…じゃあ、僕らはスピードをつけよう。」
「だな。早く宿舎に駆け戻って、そっから引っ返して手伝やいい。」
 ただ呆然としてたって始まらない。それならそれでと、たったか動く。機動力では負けないぞと、それぞれの頭上に背中に箱を乗っけて、なだらかな坂をだかだかと登ってく、後衛班のチビーズ二人。

  「すぐに手伝いに戻ってくるからねっ。」

 お元気な声をかけて、ライン組の三年生たち4人を追い抜いたセナとモン太くんだったが、



   ………このお帽子は誰がかぶせてくれたのかなぁ?





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  *蛭魔さん企画、特別夏合宿をちょこっとだけお送りいたします。
   といっても、昨年の合宿話ほど大した話にはならないと思いますので、
   どか、のんびりとお付き合いくださいませ。