大きな手。頼もしくて優しい手。触れられると安心できる手。でも、とある最中だけは、時々意地悪をする手。
「…っ。」
ひくんと体が撥ねて、喉奥から高い声が飛び出しかかると、
「………ここ?」
気持ちいいトコロなの?という意が含まれた、ちょっぴり甘えた訊き方をされる。そのまま"そうです"なんて応えられるかと、ふいっとそっぽを向いたらば、それでもう十分な"yes"になってしまったらしくって。耳元近くに来ていた唇が、ふふんと小さく笑った気配。体中に愛咬キスをくれる口唇とは別に、普段よりも悪戯になった手は…驚くほど過敏になった身体中から、自分でも知らなかった感覚を引き摺り出す。過敏なところ、胸元の粒実をじんわりとねぶられながら、下へと降ろされてた手が…嵩まりかかっていた雄の括れのところをそろりと擽り上げるのへ、
「ん…ぁ、う…。」
眉をギュッと寄せたまま、食いしばってた口許から…堪たまらずに細い声が洩れ出す。それをいい反応と見て取ったか、指先が器用に動いて、触れるか触れないかという微妙な愛撫を やや執拗に繰り返すものだから。熱い痺れのような甘い淫悦の波が背条や爪先にまで走ってゆき、無意識のままに体が撥ねる。
「あっ、あ…、やぁ…、あ…ゃ…んぅ…。」
鼻にかかった細くて甘い声。こんな声を自分が出せるなんて最初は信じられなくて…口惜しいほどに恥ずかしくって。指の関節に噛みついてでも、堪こらえようとしたのだけれど。
『ダメだよ。傷がついちゃうでしょ?』
大切な手なのに、そんなしてどうするのと。そぉっと手を奪い取られ、その代わりにと口づけられてしまい、上げかかってた声を吐息ごと飲み込まれた。薄暗がりの中、こちらへ覆いかぶさると、長いめの亜麻色の髪が端正な顔にかぶさってしまって見えなくなる。沸き起こる快楽にへか、薄く微笑ってる口許しか見えないのがつまらなくて。萎えそうになる腕を伸ばして後ろへと掻き上げてやれば、愛しいと愛しいという和んだ色になった双眸が現れて…安心する。やさしいキスをくれれば、もっと幸せ。
「…っ。」
見た目だけの体じゃない。いつの頃からか、この自分よりも腕力をつけていて。どうかすると背中に回された腕一本だけで、くるりと体の位置や向きを返されるほどに頼もしく。
「イヤなの? でも、ちょっとだけ、ね?」
勿論、両の腕で丁寧に抱えられ、ふわりと体が浮いた瞬間に、びくりと震えてしまったこちらへ、甘く低く響く声がやさしく囁く。いつぞやの誤解事件よりもずっと前から、向かい合っての抱擁じゃないとヤダと、抱き着く相手がいないのは一方的だからイヤと、いつもいつも言って聞かない恋人へ、それでも時々こんな無理を言う桜庭で。
「だって、綺麗なんだもん。」
それにここだって妖一なんだから、撫でてキスして確かめたいと。ほのかに灯された枕灯の明かりの中、白く浮かび上がる すんなりしたうなじから薄い肩、そして真っ白な背中を、そぉっと丹念にキスで埋めて、腰までのずっとをやさしく愛でてくれる。
「…っ。」
あまり肉や脂肪の付かない身体。必要な分だけが綺麗に撓やかにまといつき、彼の意志を"行動"という形にする強かなバネを秘めて機能的に働く、それはそれは綺麗な身体だけれど。今は…意志とは裏腹、体の奥底から滲み出す熱に冒され、じっとしていられずに甘やかに震えては わななくばかり。
「跡はつけてないからね。」
「…ったりまえだ。」
そんなことしやがったら、ぶっ殺すからなと。妖冶な姿に似ない、物騒なことを切れ切れに呟いて。今にも微熱に攫われそうな、どこかへ舞い上がってしまいそうな意識を、冷静に繋ぎ止めておこうとするのだが。
「…ぁ。」
するりと。シーツに伏せた体のわずかな隙間、腰骨と脚の付け根の窪みの辺りへ、悪戯な手が背中からすべり込んで来て。そのまま…下生えの淡い茂りを撫でるから、
「こら、ヤダって…。」
困ったように抵抗をし、白い背中がうねるのが…後で殴られると判っていても、ついつい見たくなる反応なのだそうで。
「…あ、んぅ…ん、やぁ…。」
何とか手を剥がそうと躍起になっても、背条を不意にキスで擽られると力が萎える。
「…この、すけべ野郎、が。」
「可愛くないなぁ、そんな言い方。」
背後でくすくすと笑うのが、何だか余裕を示されてるみたいで気に食わなくて。けれど、大きな体で押し潰されんばかりに押さえ込まれて動けないのも事実。さんざん もがいたがどうにもならず、少しして体の強ばりがスッと抜けて、
"…諦めたのかな?"
んん?と。なめらかな背中に頬をつけたままで様子を伺うアイドルさんの耳に、
………っく、んっく。
引き付けるようなそんな小さな声と、啜り上げるような鼻声とが聞こえたものだから。
「あっ、ごめんっ!」
しまった、調子に乗り過ぎたと。慌てて身を起こし、組み敷いていた肢体を仰向かせる。指の長い白い両手が顔を覆って、表情が見えない。
「ごめん、妖一。」
謝っても、ゆるゆるとかぶりを振るばかりで顔を見せてくれなくて。ああどうしようかと、両腕でくるみ込むように撓やかな身体を抱きしめる。
「ごめん。ごめんなさい。イヤだって言ったのにね。もうしないから泣かないで。」
嫌がって もがく痩躯を抱きしめたまま。髪を撫でながら、顔のすぐ傍から、必死になって囁きかけると、
「…うっ、く…くく。…くくくくく。」
――― おやや?
震えていた肩が激しく揺れて、これは堪らんとばかりに吹き出した妖一さんだったりして。
「あーっ、騙したなっ。」
「あはは…、はははっ。何 言ってんだ。お前が悪いんだろが。」
愉快で愉快でと、声を立てて笑い続けて。でも………その声も、ふと。籠もったような声になって…途切れると、そのまま。ゆるやかな吐息をからませて、くぐもった喘ぎへと調子を変えてゆく。ここからは悪戯もフェイクもなし。欲しいのは絶頂までを駆け上がるための刺激だけ。互いの唇を食はむような深い口づけを何度も交わし合い、しがみついてくる白い肢体をやわらかく抱きしめれば、ぴったりと触れ合ったお互いの肌の温みや、その下の肉の質感・躍動が、早くも鼓動を煽り立てる。そのまま、その肌に散る官能の泉を今度は丹念に確かめてゆく桜庭であり、
「ぁあ………、ああっ、んぅ…。」
時折もどかしげに うねる痩躯へと宥めるように口づけながら、ちらりと頭上を見上げれば。金の髪がぱさぱさとシーツを叩いて、何かから逃れたいような様子でかぶりを振る妖一の、首元から白い面差しへ、さぁっと朱が走るのが見て取れて。下から突き入れられた指の動きに、細い顎がひくひくと震えている。胸元まで降りていた体をずり上げ、苦しげに眉を寄せている顔を間近から眺めやる。苦痛に歪んでいるのに、何故だか、甘やかな陶酔の気配もあって。こんなに綺麗で高潔な人には、今までに接したことがなかった。誰の助けも要らないと、いつだって毅然と顔を上げてる強い人。誰をも寄せない、強くて傲岸で、至高の高みのみを目指す、そんな人が今。自分の腕の中にいて、僕からの愛しいという想いを施されるのを待ってるなんて。
"なんか…目眩いがしそうだよな。"
ホントは寂しがり屋な可愛い人。大事にするからと何度誓っても足りないくらい大切な人。長い睫毛の陰に、薄く開いた眸の潤みに誘われるように。細い鼻梁の線の下、そこに息づく浅い緋色の唇へ、噛み付くようなキスをして。逃れようと"いやいや"をするのを許さずにねじ伏せながら、突き入れた指の方も増やしてゆく。
「ん…んん………っ、ぅ…ん…。」
一瞬強ばった身体が、だが、ゆるやかに蕩けて。馴染んで来るその証しのように徐々に熱を帯びてゆくのが肌越しに分かる。陶磁のように白くてなめらかな肌に、うっすらと汗が滲んで息づき始めて。投げ出されていた脚の、両の膝がいつの間にか立ち上がっている。無意識のうちだろう、膝で胴を挟み込まれていて、腕も首へと伸びている。愛しい人から全身で"欲しい"と応じられ、一気に火がつき、ぐらぐらと強い目眩いがしたほどで。
「…あっ、あ、あ、ああっ!」
指を引き抜き、熱を押し当て、一気に突き上げると。堪え切れない声が、肉薄な唇から宙へと押し出されるように放たれて。
「んっ、んぅ………あ…。」
ずるずると。はち切れんばかりの質量のものが、壁を擦って奥へと進む感触が、キツい圧迫感となって息を詰まらせる。だが、
「…あっ!」
奥まったとある地点を擦られると、腰が撥ねて。苦しいばかりだった感覚が、入れ替わるみたいに…甘い痺れと熱を呼び起こす。下腹から何かが迫せり上がって来て、胸の底が熱く煮える。
「あ、あ、あ、ああっ。」
ぎりぎりまで引き抜かれ、次には力強く突き入れられて。まるで力任せに蹂躙されるように、思うがままに抉られるたび。全身を翔ける血が震えて、爪先や指先に甘い痺れを運んでゆく。それらは間違いなく"快感"という悦びなのに。くらくらと目眩いがし、そのまま萎えたならどこかへ飛ばされてしまいそうな気がして…怖くて。この腕から引き剥がされるような錯覚に怯えて。しゃにむにすがりついて、何度も何度も名前を呼んだ。そしたら、ますますのこと、力強く穿たれ続けて。
「ひぁ…んン、や…。あ、も…ぅ…。」
頭の芯が真っ白になってゆく。もうもう、何にも考えられない。秘筒を占拠する圧迫感も、こそがれるように擦り上げられる堅い感触も、灼熱の熱さも。全てが"愛しい"という咆哮と淫悦とに変換されて、妖一の意識をもみくちゃに蹂躙し制圧する。
"………桜庭。"
全身が泡立つような感覚に飲まれそうになり。ぎゅっと。強く抱いて欲しいって。言ってもないうちから、頼もしい腕にくるみ込まれて。こんな至福はないと、薄く微笑ったのを最後に、意識が途切れた妖一だった。
*………この暑いのにすみません。
またしても、ヲトメ入ってる蛭魔さんだし。
そう言うのは苦手な方には、申し訳ありませんが、どうかご了承下さいませ。

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