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     〜昨日のボクから明日のキミへ
 



          




  ――― どこまでが夢で、どこからが現実なんだろうかと。



 やわらかくて甘い匂いと温かな感触とに優しく包み込まれて。安寧の中、曖昧な世界にふわふわと意識を泳がせている。警戒も気負いも要らない。強がることも疑うこともしなくていい。思わせ振りにそっぽを向いたり、お前なんかの思う通りになんてなってやんないなんて可愛げのない憎まれを言い、ひねくれて"あかんべ"をすることはあっても…我慢出来ずに、すぐに笑いが弾けてしまう。嘘だよって言って、すぐにも安心させてやんないと。こいつ、まだちょっとヘタレだからな。怒って見せたりすると、本気にしちまって す〜ぐ困ってしまうから。


  ――― ほら………やっぱり、サクラバがいた。


 窓にはブラインドやカーテンを引いてあるのだけれど。そろそろ朝が近いのか、部屋中が夏の早めの黎明に青く染まってて。じ〜っと目を凝らすと、ほら、俺って目が良いから。肌と肌とがくっつくほど、すぐ間近に寄り添ってる こいつの顔の造作もしっかりと見えてくる。ふかふかでやわらかい亜麻色の髪が少し寝乱れてて、せっかくの顔の上半分を隠してる。伸ばしてる前髪を払いのけてやると現れるのが…目鼻立ちのはっきりした、なのに、くどくはないすっきりとした面立ち。眠り続ける無心な表情の静謐さは、起きてる時の甘ったれなところを微塵も感じさせなくて。瞼が降りてる目許の彫の深さとか、少しほど頬骨の立ったところとか、何とも精悍になって来た大人びたところと。案外と細くて真っ直ぐ通った鼻梁の線とか、厚くなく薄くなく、それでいて印象的な合わさり方に色香のある口許だとか。優しいというのか繊細というのか、絶妙微妙に甘い可愛げも同居させていて。

  "………女どもが騒ぐ訳だよな。"

 背も高くて、体つきも引き締まってて。機能的に動く手は優美に頼もしく…という、一応の男ぶりの条件はきっちりと揃えていて。きびきびと動き回る所作は切れがあって爽やかで。人当たりが柔らかで、愛嬌があって笑顔を絶やさず、話題も豊富で。その上に、この顔だもんな。十人が十人、二枚目だと思うだろう、造作の整ったすっきりと綺麗な面立ち。それに引き換え、こっちは…険があってキツくて棘々しくて、尖りすぎてるトコがどうかすると気持ち悪いばっかな、意地の悪さの塊りって顔立ちで。なのに何でまたこいつ、俺んコト"綺麗だ、綺麗だ"って言いやがんのかな。

  「………ん。」

 もちょっと顔をよく見てたくて、後ずさりをするように少しばかり身を離すと。途端にそれを追うように手がもそもそと動いて。あっと言う間に、こっちの背中を長い腕がくるみ込む。温かな懐ろにあらためて引っぱり込まれたことで、

  "………あれ?"

 ここでやっと、自分が何もまとわぬ全裸だと気がついた。肌の上、うっすらと。汗をかいたままに寝たらしい感触がして、それが相手の、やはり剥き出しの肌にぺたりとくっつくと…少々落ち着けない。いつもだったら桜庭が、起こさないようにそぉっと体を拭いてくれてから、洗いたての新しいパジャマを着せてくれているのに。

  "5日振りだったもんな。そんな余裕もなかった、か。"

 自分の失態でも、勿論のこと"手柄"でもないことな筈だけれど。何だか擽ったい想いがして、声を押し殺しながら"くつくつ…"と笑ってしまった蛭魔だった。






            
あれれぇ?





  「起きろっ、桜庭っ!」

 いきなり胸元を掴まれ、容赦なく ゆさゆさと揺すぶられて。深い眠りから否応無く引き摺り出された。甘くて優しい、そんな夢を見ていたような気がしたのに。その後ろ姿や輪郭さえ、今は遠くへ駆け去っており、
「うう…。」
 何なんだ一体と、重い瞼を何とか持ち上げれば、明るいお部屋を背景に、何やら楽しそうににやにやと笑っているお顔と至近遭遇。
「起きろってば。腹、減ったぞっ。早く起きて、何か作れっ!」
「…あ〜?」
 今一つ状況が把握出来ていなかったのか、生返事を返したものの、それでも…大好きな人が間近にいるのは判ったものだから。夏掛けの中から伸ばした腕は、本能のままにか、その人をくるりと抱き締める。布団の中へと引き摺り込まれそうになり、相手は慌てて腕を真っ直ぐ伸ばすと頑張って突っぱねた。
「こらって。出掛けるんだろ? とっとと起きろっ!」
「…あ〜、そーだった。」
 ごめんねと身を起こし、顔へとこぼれて来た髪を大きな手で無造作に掻き上げる。剥き出しの上体があらわになって、

  「………あ。」

 何かに気づいて、やっと完全に目が覚めたらしい。こちらへと顔を向けた桜庭は、

  「ごめん。昨夜、まんまで寝ちゃったね。」

 おや、覚えていたかと蛭魔の口許が思わずほころんだ。やっぱり自分を大切にしてくれる彼であり、腕が緩んだのを幸い、向かい合うようにベッドの端へ腰掛けたまま、額を額へとくっつけてやると、くすすと笑ってぐりぐりと軽く押し付けてくる。

  「映画、間に合うかな。」
  「2回目のなら、11時半からだからな。お前がとっとと飯を作れば間に合うぜ。」
  「もっと早く起こしてくれれば良かったのに。」
  「バ〜カ、甘えんな。」

 ククッと笑って。そのままこつんと。おでこ同士を軽くぶつけて来るが、

  "ギリギリまで寝かしといてくれたんだ…。"

 さりげなく優しい人。久し振りに逢えたからって、出迎えに出て来たそのまま抱え上げてベッドまで直行しちゃったのにね。一応は怒ったフリだけして、でもすぐに身をゆだねてくれた。

  「ほら。とっとと起きて顔洗って来いっ!」
  「はいはいvv 何が食べたいんですか?」
  「う〜っと。ホットドッグとか。」
  「おおう、朝から元気なこと。」
  「…んだよ。」

 別にと笑ってベッドから降り立った二枚目さんへ、やっぱり楽しそうな顔を向け。部屋着のTシャツの襟元を指先で弄
いじくりながら、今日が始まった実感に…たいそう和んだ眸をしていた、金髪痩躯の悪魔さんである。








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 *途中に裏へのリンク張ってます。
  R−15ですので、高校生以上のお姉様だけだよ?