オータム・デート

 
          



  「…あっ。」

 すとんと。淡い色合いのつるつるした石を張った床へと、腕の中から滑り落ちた小さな包み。厚みがあって光沢のあるその紙袋は、嵩の小さい、しかも軽い荷なせいか、さっきからずっと こんな調子で…彼の小さな手から逃げ出すように"するん・ぽとん"と何度も何度も足元まで落っこちていて。そのたびに立ち止まっては拾い上げる連れの様子へ、
「いい加減にしろよな。」
「あやや…。」
 気の短い蛭魔が舌打ち混じりの少々苛ついたような声を出すのも、無理はないことなのかも。
「さっきからポロポロ落としやがって。そんなに どうでもいいもんなのかよ。」
「そ、そんなこと思ってませんよっ。」
 怯えてまではいないけど、間違いなく"お叱り"ではあるせいか。小さな瀬那くん、ついついその身を竦
すくめてしまう。深みのある金色に脱色した髪をツンツンと立てている、細身で色白の先輩さんは、黒っぽいシャツに濃いチョコレート色の…スレンダーな肢体に張りつくスリムなシルエットが小粋なジャケット姿。片やの後輩さんは、レモンイエローのスタジャンにざっくりした生地の丸襟デザインシャツとGパンを合わせた軽快スポーティな恰好で、二人とも私服の、今日は日曜日。ご近所の繁華街、Q街のショッピングモールのプラザビルの中にいて、様々なテナント店が通路を挟んだ左右にそれぞれ個性的な間口を並べる中、やはり買い物やらデートやらで そぞろ歩く人たちの流れに巧妙に紛れ込んではいるものの、

  「ねぇ、あれ…。」
  「え? …あ。なになに、モデルさんかな?」
  「判んない。見たことないし。でも…ねぇ。」
  「…うん。」

 さして大仰に騒いでいる訳でもないのに、何かの拍子に目に入ると…やはりやはり目立ってしまう"綺麗どころ"であるらしく。例えば。いくら繁華街だとは言っても、都心の有名スポットやら格式あるよなホテルのロビーといったような場所ではない。JRの乗換駅周辺の寄り道スポットであり、どうかすると普段着と大差ない恰好のままに足を運ぶよなランクの街。それだのに…カジュアルな型だとはいっても"アンサンブルタイプ"のスーツが浮いてない、さりげなく崩した着こなしは大したものだし。そんなご本人の面差しがまた、深みのある白さが目を引くなめらかな肌に冴え映える、鋭角的な、だのに妖冶なまでに美麗な、端正な顔容
かんばせをしているものだから。片やのお連れさんはと言うと、大きな瞳の据わったお顔が何とも愛らしく、表情や仕草の1つ1つがこれまた何とも幼いとけなく。さっきなど…やはり叱られながらも、ふかふかな髪を さらと撫でられて、思わずの小さな笑みに頬が口許が甘くほころんだその拍子、間近に居合わせた見ず知らずの女子高生が…魂が抜かれたかのように見とれたまま歩き続けて、あわや階段から転げ落ちかけたほど。そんな二人であるものだから、先輩さんがちょこっと声を荒げただけで視線があっさりと集まりかかってしまい、
「…とにかく、何とかしな。」
 おっとヤバイと声を低めて、そっぽを向きつつ…それでも言葉を継ぎ足す蛭魔である。
「どっちかに まとめられねぇのか?」
「えと…ダメです。」
 荷物が一つなら、いくら慌て者なセナであれ、こうもポトポト落としはしない。少し大きめの書店のロゴが入ったビニールの袋と一緒に重ねて、脇に挟んで持っていたものだから、つるつるの袋同士がすべって…ついつい。とはいえ、どちらの袋も中に入っているものがジャストサイズで収まっているので、どっちかをどっちかにねじ込むという訳にもいかないらしい。
"カバンとか持って来ればよかったな。"
 さっきから落としまくっているのは、スポーツ店で買ったばかりのアメフト用のグローブで。これまで使っていた部の備品のが相当に痛んで来たからと、小さな手に合うのをわざわざ新調してもらったのだが、
『俺も用事があるからな。』
 いつもなら領収書をもらってくるだけで良いものが、今日は特別にアメフト部のご隠居様こと蛭魔さんがお店までついて来た。実はちょっとばかり…サイズや材質をどうやって選んだら良いのかが分からなかったので、それに関してはホッとしたセナだったのだけれど、

  【あ、それじゃあさ、一緒に待ち合わせしようよ。】

 蛭魔の"用事"のお相手さんがそんな風に言い出して、いつの間にか"そういう打ち合わせ"があっさりと出来上がってしまっていて。
「今はまだ注意を留めてるが、お前もこれから"奴"と逢うんだからな。気もそぞろになって、絶対どっかに落とし忘れちまうに決まってる。」
「そんな"決まってる"だなんて…。」
 文字通り 決めつけるような言い方をされて、セナくん、とうとう"ふみみ…"と小さな肩を窄
すぼめてしまった。相変わらずに斟酌ない言いようがお得意な先輩さん。言ってることが…難癖っぽいとはいえ"正論"には違いないだけに、
「ふみ…。」
 怒られちゃったと、俯いてしまったセナだったものの、

  「………。」

 温かい手が"くしゃり…"と、ふわふかの髪を掻き回す。攻撃的で鋭い言い方だったのを相殺するかのような優しさが肌越しに伝わって来て、
「…えと。」
 そろぉ〜っと顔を上げると、
「こら。」
 伸ばされた腕の向こう。ちょいって片方だけ眉を上げて、蛭間さんが苦笑してる。ホントはね、グサッとまで来た訳じゃあないの。そんなにもキツイなって思った訳じゃない。立ち止まって"どうしたもんか"と考えてただけ。そこまできっちりお見通しだった蛭魔さんで、
「紛らわしい恰好で考え込んでんじゃないよ。」
「あはは…。」
 今度こそ"すみません"と苦笑を返したそんなところへ、
「…お。」
 通路沿いのブースの商品ケースの向こうから、二人の方を見ていたらしき店員さんが"こっちこっち"と手招きしているのに気がついた。そこはスポカジ系の衣料品店で、ロゴやイメージカラーをカラフルに取り入れた紙袋もそれだけでメーカーが分かるくらいに有名なのだが、
「これ、お使いなさい。」
 蛭魔に ちょいと、背中を軽く蹴られて"ととと…"と歩みを運んだショーケース前。二人へ手招きしていたお姉さんは、手提げつきの小さな紙袋をケースの上へ広げてくれていて、どうやら…セナが何故叱られていたのかにも察しがついていたらしい。
「あ、でも…。」
 グローブはここの系列店ではない別の専門店で買ったもの。なのに良いのかなと語尾を濁すと、お化粧から茶髪のウェーブから指先のマニキュアまで、それは綺麗に"武装"なさった販売員のお姉さんは、いかにも規格通りににっこり笑って、
「構いませんよ。ボクみたいに可愛い子や、お兄さんみたいに目立つ人が持っててくれたら良い宣伝になるし。」

  お………、おお?

"お兄さん?"
 言われたセナくんまで絶句してるよ。似てない兄弟だねぇ。
(笑)
「あ、ありがとうございますっvv」
 にこぉっと笑い返して、書店の袋とグローブの袋、両方を入れさせてもらい、何度もお辞儀をしてから"ととと…"と"お兄さん"の傍らへ駆け戻る。戻って来た"弟"に何かしら説明された、長身痩躯の"お兄さん"は。
「………。」
 一瞬ポカンとして見せてから、くくっと艶やかに笑って見せて。そのまま、お店のブースに向けて…後世への記録に残すのが必要なのではないかと思えるほど、くっきりとした"愛想笑い"と共に小さく会釈をし、弟さんの小さな手を取って軽快な足取りで離れて行ったのであった。


  ………天変地異が起きなきゃ良いけどね、せっかくのお出掛け。
こらこら






            ◇



 半ばその場を逃げるように。それにしては軽やかな足取りにて、その階全体を"ファッションモール"と銘打たれた通路を半分ほど突っ切った。はぐれないようにと繋いでた手。やっとそっと離してくれてから、何のお店だか…通路側一面がガラス張りになったその壁に凭れて"くくく…っ"て またまた笑い出す蛭魔さんで。
「お兄さんは良かったな。」
 さっきの顛末が何だか異様に受けているらしくて、蛭魔はずっとずっとクスクスと笑い続けており。口許に拳を寄せて、くつくつと笑い続けるそんな彼と対照的に、
「そんなに笑わなくたって…。」
 自分の失態や迂闊ではないものの、親切にしてくれた人を笑うなんてと、セナは少々閉口気味だ。
"自分に自信がある人って、何につけ こうなのかな。"
 最初はネ、凄い怖い人だった。まもりお姉ちゃんも"絶対に近づいたり関わったりしちゃダメよ"と言ってた人で。何につけ"俺様"さんで、人の話なんて聞いてない目茶苦茶な人で。モデルガンでも突きつけられたら怖いマシンガンとか、猛獣って呼んでいいくらい凶暴なケルベロスを自在に操って。それ以外にも、色んな人の様々なコネやらネタやら、山のように抱えていて、何でも自分のやりたいように持ってゆく策士さんで。バイタリティあふれる強腰で…自分とは正反対なタイプの人だなって。パワーが有り余ってて、乱暴なばかりな人だって思ってたんだけど、それだけでもない…のかなって。最近になって、何だか少しずつ、ちょこっとずつ見えて来たものがあったりして。
"ふみ…。"
 アメフトが大好きで、それだけを一番に据えて考えたり行動したりする人。それって…考えようによっては、進さんと同じなのかもしれないなって、
"…えと。/////"
 進さんといえば。
"いつから気づいていたんだろ。"
 夏の合宿で知らされたこと。蛭魔さん、ボクと進さんとが、あのその………お付き合い///// してるって、とっくに知ってたんだそうで。そういえば…って逆上れば、去年の秋の初めの話。何にも連絡くれなかった進さんなんか知らないんだからって拗ねてた、あの雨の降った晩にもネ。部室に居残ってたボクのこと、とっとと帰れって追っ払った蛭魔さんで。(『雨に濡れても…』参照)
"もしかして…?"
 あの時から、何かしら気がついてたってこと? でも、あの時はボクですら、自分の気持ち、まだ曖昧だったのに?
"えとえっと。/////"
 乱暴者なように見せてて、でも実は、繊細で深い奥行きのある人で。ささやかな行き違いだと黙って見通してたのかな、そいで…気を回してくれたんだろうか。
"モン太くんの気持ちも見抜いた人だしな。"
 逢ったばかりの まもりに仄かに憧れてたところを擽って、まんまと…彼の"野球かアメフトか"の最後の決断を迫る方向へともっていった人。それは鮮やかにそんな"謀りごと"をしちゃうくらいだからして、誰かが誰かに恋してるっていう感情に気がつきはしても…失礼ながら、そういう恋愛方面への機微、自分の身に据えてって形では全く関心がない人かって思ってたのが、

  『奴と一緒してる野郎からメールがあったんだよ。』
  『ああ。奴ならウチにいる。』

 何と何とそんな彼が、時に"さぁっ"て頬を朱で染めるような間柄の人を作ってしまうなんて。事情を微妙に知っている自分の前でだけという、これこそ"微妙"な代物なだけに、他に人の耳目が必ずある学校では滅多なことでは口にも出来ず、彼の側の気持ちというもの、きっちりと確かめた訳ではないのだけれど、
『え〜、ひどいな。』
『セナくんたら、ボクが浮気したって思ってたの?』
 彼のそんな言いようを否定しなかった。だったらどういう意味かってことくらい、頭の回転の早い蛭魔さんなら、あっさりと分かってたろうに………なんてことを。取り留めなく ぼんやりと考えていたセナくんのお耳に、

  【ヨウイチっ!】

 その声は唐突に飛び込んで来て、
「ひえっ!」
 丁度、こそりと思っていたことを鋭く見透かされたような気がして。形のある“手”か何かで不意打ちで叩かれたかのように、小さな肩を撥ね上げてしまう。
「な…っ。」
 声がした方を振り返れば、お向かいは全国展開しているCDやDVDのチェーン店さんで。通路に向かって大きめのモニターが2台ほどディスプレイされてあるのだが、そのどちらにも…見覚えがあり過ぎるアイドルさんの姿が、それは大きく映し出されていたものだから。
"ありゃりゃ…。/////"
 なんてまたタイミングの良いことかと、いやいや…タイミングとしては悪かったのかな? セナとしては反応に困って顔を引きつらせてしまうばかり。この冬、クリスマスから全国ロードショーだという、桜庭春人さん出演の話題の映画の、宣伝用ダイジェスト。何が話題って、活劇ものや娯楽大作、所謂"エンターティナー作品"で有名な某監督からの直々の出演要請があったという話だし、企画や出演者の顔触れは元より、既に撮影されてたことさえ極秘扱いだったビックリ作品。しかもしかも…これは一部の限られた人たちにのみに限定のビックリ要素。桜庭さんが映画の中でずっと一緒に行動する主役の名前が"ヨウイチ"さんだということで。
"………えと。"
 そろぉっと。こっちの"ヨウイチさん"の方を肩越しに見やれば、
「〜〜〜〜〜〜〜〜。」
 どこか引きつったお顔のまんま。ん、に濁点を打ったような唸り声を、口の中で"ヴ〜ヴ〜"とくぐもらせている模様。
"あ、やっぱり…。"
 そりゃあなあ、落ち着けないよなぁと。第三者なセナでさえ…クライマックスシーンらしきところの映像にかぶさる、彼
の人の真摯な"ヨウイチっ!"と叫ぶ声にはドキンとするくらいなのだからと、そう思う。ただ同じ名前だから、じゃない。桜庭春人がそう呼ぶというのが問題なのだ。
「…あの。」
 ともすれば恨めしげ、何で出先のこんなところでまで"これ"に遭遇するんだと言いたげなお顔なのへ、

  「ボクも、ドキッてします、このCM見ると。」

 テレビでも短いスポットもののがバンバンと流れているから。自分でもドキドキするのに、同じ名前の蛭魔さんはもっと大変でしょう? おもねる訳ではないけれど、どこか遠回しな言い方を選んでくれて。心から心配するようなそんなお顔で見上げてくる後輩さんであることへ、
「………。」
 一瞬、息を引いた蛭魔ではあったものの。

  「…まぁな。」

 吐息をつくように小さく苦笑をして見せてくれた。見上げてくるセナの…まろやかに愛らしい、仔犬のように幼
いとけないお顔や瞳が、少々胸糞悪かったのをすんなりと蕩かしてくれたようで。
「そろそろ慣れても来たけどな。」
 人の名前を安く連呼しやがって、心臓に悪いったらねぇよと"くくっ"と笑って。照れ隠しだろうか、セナの髪をくちゃっと いじってから、
「まだ早いから、どっかで時間潰そうか。」
 それこそ年齢の近い兄のように。穏やかな声、掛けてくれたりするのである。






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  *妙な取り合わせのデートですね。(笑)
 
  またまた甘いお話になりそうです。どうか、お覚悟をvv