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ここに来るのは実は初めて。進がずっとずっとここの校門前でセナくんを"待ち伏せ"していたと聞いたのも、彼らが付き合っていると知ってからのことだったから、
"結構遠いんだな。"
今でも勿論、練習終了後に余裕があれば、わざわざ此処まで…あの子と会う、ただそれだけのために足を運んでいるあの彼を、マメな奴だと改めて思った。ごくごく普通の、新興住宅地内の全日制普通科高校。制服はグリーンのブレザーにネクタイ着用タイプで、スポーツカジュアル系の恰好をした自分は浮くかもなと思ったものの、それほど外来者へのチェックも厳しくはない模様。
"えと…。"
グラウンドは表に1面。確かセナの話では、アメフト部は裏側の大きなフィールドの方を使っているとかで。学校の作りなんてのは大概どこかで似通っているもの、適当に校舎回りに沿うように奥へと歩いてゆけば、やがて…校舎からは少し下がった、斜面の下に広がるグラウンド前へと出た。セメント作りの階段をのんびりと降りて、手前の縁近く、ベンチに腰掛けている人物に近づく。一応きっちり装具プロテクターを身につけているが、それでも細い体つきをした青年で。こちらの気配にちらりと肩越し、ほんの一瞥をくれた彼は、
「………なんだ、ジャリプロか。」
「よく分かるね。」
前に飛び出したつばつき帽子に淡い色つきのサングラスにて、一応は変装してるのに。確かに制服も学校指定のトレーニングウェアも着ていない、ここ"泥門高校"の生徒ではないという恰好だが、誰なのかまで言い当てられたのが意外。そう言うと、ケケッと鼻先で笑い、
「お前みたくオーラの薄い"げーのーじん"も珍しいからな。」
相変わらずに口が悪い男だ。だが、
「その薄いオーラを嗅ぎ取れるとはね。」
ちょいとばかりの意趣返し。関心持ってくれてどうもありがとうと、フードつきジャンパーのポケットに両手を突っ込んだままという恰好で笑いかけると、返って来たのは、
「げーのーじんには関心ないが、強豪チームのレギュラーなら話が別だからな。」
淡々とした、平板な口調。だったから尚更に、
"…え?"
ちょっとばかり、ドキリと心臓が躍った。お追従には慣れている。本心からは思ってもいないことを、さも感動したかのように言える輩たちが、世界で一番沢山いる世界を知っている。仕事が嫌いな訳ではないが、そういう人間たちや駆け引きは嫌い。だから、評価っぽいことを言われるたび、つい警戒する癖がある。身構えたり裏を読んでみたり。そうやってあらかじめの予防線を張っておいたり。なのに、
『げーのーじんには関心ないが、強豪チームのレギュラーなら話が別だからな。』
意識の中へ するんと入って来て、そのまま何故だかじんわり温かい、そんな一言だったから。
"…えっと。"
何だか勘が狂うなと、戸惑うように後ろ頭を掻いてしまう。
「で?」
「え?」
「何か用があって来たんだろうが。それも、ただの"偵察スカウティング"ってんじゃない用がよ。」
「あっ。」
そうだった、いけないいけない。庄司監督に叱られるの覚悟で、練習をサボって来たのだから、ちゃんと用向きを済まさねば。
「あのさ、セ…。」
訊きかけて、だが、桜庭はハッとした。
「どした。」
「………。」
思い出したのが、セナは同じチームの助っ人連中にもその正体を隠しているらしいということ。いや、正確に言うならば、謎のままなのは"アイシールド21"の素性の方なのだが。途轍もない俊足と反射を駆使した、それはそれは切れの良い走法を引っ提げて、高校アメフト界に颯爽と現れた期待の新星…なのだが、素顔・素性は相変わらずに内緒なまま。臆病な面の強いあの少年が、様々な部からの助っ人要請を断り切れなかろうからと、この蛭魔が様々にあらゆる手を打って隠し通させていることであるのに、究極の部外者である自分が、彼の…主務という事務方の部員の動静を訊くのは不自然ではなかろうか。
"………けどなぁ。"
見回したグラウンド。三々五々、あちこちにぱらぱらと散った部員たちが、ランニングやらストレッチやら、基礎運動をこなしている中に、随分と見目も馴染んだ あの小さな彼の姿はない。一応の肩書きである"主務"という立場上、もしかしたら次の対戦相手のところへ"偵察"に出向いているのかもしれないが、
"なら、尚更。メールの返信なんてのをする余裕は一杯あろうに。"
今日はとうとう、丸々1日分の授業中のずっとを…ただただ前方の一点ばかり見据え続けていた彼かのラインバッカーさんであり。本人には"睨む"という意識なぞ欠片ほどもなかっただろうに、教師たちは全員がひどく脅え、若しくは怯んで見せた。その証拠に…1時限目の数学の教科書を1日ずっと広げ続けていた彼であったことを、その後の他の教科担当の教師たち全員が、申し合わせたかのように見て見ぬ振りで押し通したほどである。
"う〜ん。"
桜庭としても、セナ本人へ掛け合えるというケースはまずはなかろうという覚悟はしていた。あの、大人しそうだが生真面目で、人への優しさや気遣いが行き届いた子が、メールさえ返せないだなんて、一体どういう支障が出たのか。
『送りましたけれど、届いてませんか? あれ?』
サーバーの事故か何か。それで届いていないだけ、とかだったなら良いのだが…それが2日もずっと続いているなんて、今時まずはあり得ない。だがだが、
"ぬかったな。"
自分たちには特に隠し立てもされてはいない事実だったから。フィールドの外…どころか、学校の外というエリアでばかり親しげに会っていたこともあって、今までさほど意識もせずにいた。それでうっかり失念していたのだ。あの小さな少年が、試合ともなれば…自分たちと対峙する強敵であるということ。しかも、素性を隠した謎のヒーローであるということを。
"どうしよう。"
自分たちが既に知っているという事実を、この、どこか破天荒な主将に知られては、後々になってセナの立場をまずくするのかも。どう訊いたら良いんだかと、う〜んう〜んと唸り始めた桜庭を、
「………。」
ちょいと伏し目がちになって、彼にしてはなかなか気長に見やっていた金髪の主将さんは、やがて"やれやれ"と言いたげなため息を1つ落とすと、
「わぁーった。教えてやる。あの糞チビのことだろう?」
「え?」
………あれれ?
特に苛立っていたり腹を立てているというような様子でもない。けろんとした様子で、時に"悪魔"とまで呼ばれている主将さんは、やはり淡々とした口調で言葉を続けた。
「こっちの事情は黙っててくれてるようだし、チビの方から懐いてんだろし。まあ…部活や試合に影響が出ないのなら、部外でのことなんざ、俺の知ったこっちゃないからな。それに…。」
ふと。言葉を切り、
「万全の態勢のお前らをぶっ潰さにゃあ、意味がねぇんだよ。」
これは、くっきりとした一言。成程、何かしらに気を取られていることで集中力を欠いた相手に勝っても面白くはなく、しかもその不安の種がこちらの身内だなんてのは、他をどんな風に犠牲にしてでもアメフトを愛する彼にしてみれば…何だか後味が悪いのらしい。それからそれから。
「どこがお気に召したかは知らんが、あんな糞チビの消息ごときで、高校最強が揺さぶられてんじゃないっての。」
こちらは恐らく彼の本音だろう。高校最強、すなわち、進清十郎の様子がおかしいものだから、それを見かねた桜庭が彼の代わりにこうしてやって来たのだというところまで見抜かれていて、
"…ごもっともでございます。"
こらこら、桜庭くん。(笑) どうやら、何から何まで"お見通し"であったらしい蛭魔くんは、
「あいつなら、今頃はまだ病院だ。」
やはりあっさりと…そんな とんでもないことを言い出した。
「え…っ!?」
ついつい息を呑むような事実を聞かされ、そのまま入院先と容体とを聞き、間違いのないようにメモへと全て書き留めて。
"成程なぁ…。"
そうだったのかと。明らかになった"事情"へ殊更に唸って見せている桜庭へ、
「…ったくよ。こういう災難が降って来ようとは思わなかったぜ。」
主将さんとしても思わぬ事態だったらしく、隠し球の秘密兵器が使えない事実を、試合前のこんなに早くから既に知る身であることを、だが誰にも言えずで…持て余していらっしゃるご様子。成程、それで、どこか覇気が薄かった彼なのかも。とはいえ、
「まあ、一回戦は大した相手じゃあないからな。奴抜きでも何とかなるだろう。」
昨年の春季都大会以降、結構有望な面子も揃ったし、連携の手ごたえも格段に違う。何より、勝利という"実績"を幾つも上げたことで士気も上がって頼もしいくらいだ。今や…攻撃の要であるセナがいなくては にっちもさっちもいかなかった、あの弱小チームではないデビルバッツであり、
「2回戦以降は判らんがな。」
自信からくる冗談めかしてか、くけけ…と笑いながら言ってのけた蛭魔は、だが、
「…それと。これだけは"奴"にきっちり言っとけ。」
不意に真摯な顔になり、語調も変えて言い放つ。
「? なに?」
「あのチビを、使い勝手の良い"パシリ"か何かだと思ってんなら、とっとと手ぇ引きなってな。」
彼が何を言っているのか、心当たりがなかったからこそ、すぐにはピンと来なかった桜庭だったが、
「知っての通り、気が弱い奴だから、本人の口からは強気なことを何も言い返せんのかも知れん。俺らに迷惑がかかるからとか言ってな。だが、正体知ったことをタネに引っ張り回しているんだったら、この俺が絶対に許さんからな。」
事細かく咬み砕かれての、このご丁寧な説明へは、
「………っ☆」
正直な話、まずはムッとした。この自分やあの堅物大真面目な幼なじみを、よく知りもしないままに、そんな下種どもと同じに見られたようで、ストレートにカチンと来た。だが、
"…あ、そっか。"
あの少年がそんな目に遭っているのなら許さない。彼はそうと言っているのだ。これまでの気安さをどこぞへか蹴り出して、挑みかかるような眼差しになってまでして。この主将を怖い人だと言う割に、だが、そのせいでアメフトが嫌いになるほど、恐れてまではいないセナだったのを思い出す。
『蛭魔先輩に教わったんです』
『蛭魔先輩が部費で落とせるって』
ほこりと笑って口にする名前。アメフトの話題になると必ず出て来る、頼りにしている人の名前。自分の取り柄を見つけてくれたと、胸張っていられるようになった切っ掛けをくれたと、慕ってさえいる怖い主将。
"………ふ〜ん。"
「んだよ。」
「ん〜ん、別に。」
くすりと笑い、じゃあねと手を振る。ほんの一昨年の初対面の場で、モデルガンを突きつけられて無理から写真を撮らされた。何の衒てらいもなく人の弱みにつけ込む。自分勝手で破天荒な、まさしく"悪魔"みたいな奴。そんな悪い印象から始まったのに、ホントは優しい彼みたいで。意外だったし、何だか妙に擽ったくて。セナの気性が変えさせたか、そうでないにしても…少なくとも表に出るとこまで引っ張り出したか。どっちにしても、凄いことかも。
"お前の好きになった子は、もしかして天使なのかもな。"
教わったこと、書き連ねたメモを確認しつつ、遠い王城の空の下にいるチームメイトへそんなことを思う桜庭くんだった。……………いいから早く連絡したげなって。
◇
自分がお世話になるという形では、お陰様でそうそう馴染みがある場所ではないけれど、それでも全く縁がない訳ではない。そしていつも感じるのが、独特の匂いがする場所だという印象。くっきりと揮発性の高いものではないが、それでもああこれは消毒の匂いだなと判る浅めの薬品臭と、風通しのいい通路には外気の土の香り。外科病棟なせいか、空調コントロールもさほど神経質なものではなく、今日のようにいい天気の昼間は、この陽気を取り込まねば勿体ないとばかり、あちこちの窓が大きく開かれているのだろう。そろそろ夕方とあって、その風も少しばかり肌寒いかも。受付やナースセンターで病室の場所を聞くのは忘れたが、部屋番号は桜庭から携帯電話で聞いた。一つずつ数えて辿り着いたのは廊下の端の部屋。
"…個室。"
容体が軽い患者なら"大部屋"に移される筈だがと、そう感じて眉を寄せたものの、とはいえ。患者の安静を勧告するような札はなく、何よりその戸口が開いていて、
「じゃあ、お母さん、一旦戻るから。」
平日の昼間はお勤めに出ていらっしゃるがため、直接には顔を合わせたことはなかったが、その顔立ちがなんとなく彼に似ている女性が出て来たところを見ると、そここそがこの数日のずっとずっと、声や面影を思ってやまなかった少年の居場所なのだろう。すぐ目の前を急ぎ足で立ち去るお母様を、無言のまま…それでも一礼を向けつつ見送って。
「………。」
バリアフリーの大きな引き戸。中が丸見えにならないようにと、入ってすぐに衝立があり、ベッド回りにはカーテンが半分ほど引かれている。壁はアイボリーで床は鈍いグレーのリノリューム。まだ新しい病院らしく、清潔な上になお小綺麗な病室で、
「………進、さん?」
枕元にちんまりと、真っ白なリネンの中に埋まりかかった小さな顔。驚いたようにその大きな瞳を見開く彼に、何を言い返すよりも早く、この身が反応していた。すぐ傍らまでつかつかと歩み寄り、勢いに任せて手を伸ばしかけ、だが…思い止どまってそっと髪へと触れる。ベッドの上の小さな膨らみ。布団の厚みが加わってもこんなにも小さな彼なのだなと、妙なことにまで感じ入る。一方で、髪を梳いてくれる大きな手の温みに、ほう…と思わずの吐息を零したセナは、その手が離れると、
「どうして此処が分かったんですか?」
先程までは母が座っていた、傍らの丸い椅子に腰を下ろした大きな青年へ、キョトンとした瞳を向けた。吐き気を伴う急な腹痛から彼が倒れたのは一昨日の宵のことで、それからこの病院へと救急車で直行した。医師から下された診断は"急性虫垂炎"ということで、翌朝直ちに手術と相成った…のだが、学校とそれからまもりお姉ちゃん経由で部の方へは、お母さんがその旨を詳しく連絡したものの、
「ごめんなさい。メールも電話も出来なくて。」
医療機器に影響が出るので、この病棟では携帯電話は使えないのだそうで。そうかといって、お腹を切った身の上なので、
「公衆電話まで行けなくて。」
枕元には問題の携帯電話。だが、やはり電源は切ってある。メールのお返事どころか連絡さえ出来なかったこと、彼の側でも随分と気に病んでいたらしくって。堅そうな枕の上で、しょぼんと項垂れているセナの幼いとけないお顔に、
「…気にするな。」
ほんのりと薄く笑って見せて、
「これは"不慮の事故"という代物だろうからな。誰が悪いのでもなし、気に病むことはない。」
それでなくとも病人の愛しい人を、進さん、何とか励ました。優しい心遣いと、そっと頬を撫でてくれる、温かくて大きな手に、
「進さん…。/////」
小さなセナくん、ほろほろとほだされて、嬉しそうな切なそうなお顔になったが…あれほどの異変を呈していた人がこれである。ここに桜庭くんが同席していたならば、せいぜい呆れたところだろうて。
"………。"
判ってますよ、セナくんには言いませんて。(笑) 筆者とのこそりとした駆け引きはともかくも、
「…入院とか手術なんて初めてだったから、何だか…あのあの、怖かったです。」
頼もしい温もりとやさしい眼差しの愛しい人に、やっと事情を告げられた安心からか、セナは、先日からのバタバタを少しずつ話してくれた。救急車に乗ったのも初めてで、でもさすがに…激痛と戦っていたものだから、車内の様子だとかはあんまり覚えていないこと。自分で歩くとか、せめておぶわれての移動と違い、台車や担架に乗せられての搬送という、これもまた滅多にない体験をし、
「物凄い速さで天井や壁がどんどんどんどん通過して行くのが、とってもドキドキしました。」
神妙なお顔で感想を言う。それへと、
「…怖かったか?」
低い響きもほわりと優しく、そぉっと訊いてくれる進さんで。
「えと。どこに連れて行かれるのかなって、それが丸きり判らなかったのがちょこっと怖かったです。」
日頃、自分の足で走る分には、光速の走りランとまで呼ばれているスピードを発揮している筈だのに、
「可笑しいですよね、ホント。」
くすすと笑う小さな少年。やっと安心出来たと、肩から力が抜けたのが進にも判る。容体が安定したからと、付き添いの母親が…恐らくは一旦家へと帰ったのか。それでこの部屋にたった一人で取り残されて、実のところは心細かったに違いない。入ってすぐにベッドの上、その姿を見つけた瞬間の彼はというと、どこかしら怖々と、力なく頼りない顔をしていたのだからして。そしてそして、ようやっと人心地つけたのは、何もセナの方ばかりではなく、
「…小早川。」
やっと居場所が判って逢うことが叶った愛しい人。あれほど不安で、それがため、周囲が戦(おのの)くほどの挙動不審な行動を展開し倒したものが(笑)、今はどうだろう。明鏡止水、泰然と静かなる落ち着きも戻り、そしてそんな彼の様子が、少年の側の不安を除いて、それは安らかな安静を招いてもいる相乗効果の素晴らしいこと。
「………。」
愛しいこの少年の、人懐っこいまでに柔らかな髪や温かい頬に。いつまでもこうやって触れていたい進ではあったけれど。そろそろ外来者はお引き取り下さいと、何とも冷たい事務的な指示を、廊下で館内放送が告げている。その無粋な文言は、セナにもしっかり聞こえていて、
「うっと…。」
たちまち目許・口許から"ふゅん"と力が抜けて、どこか頼りなげなお顔に逆戻りしてしまったほど。病院側にしてみれば、不審人物の立ち入りへのチェックにまでそうそう人手を割り振れず、例外を認めるとキリがないからという対処なのだろうし、名残り惜しいが規則は規則。自分自身への踏ん切りは、いつもの克己心を持って来て…それでも相当にきついことだったが、何とか頑張るとして。それよりも骨を折りそうな、自分にも尚の鞭を打つこととなる"激励"に着手する。寂しそうにしょげてしまったセナくんへ、
「一回戦には出られないそうだが、それは骨休めとして甘んじて受けるのだろう?」
進さんは…ともすれば唐突に、そんなことを言い出して。
「? 進さん?」
キョトンとしている少年へ、
「完全に治して戻って来い。俺は…王城は、小早川のいる泥門と対戦出来るまで、絶対に負けないから。」
いつの間にか。優しかった眸の色が、真摯な冴えた色合いへと塗り変わっている。水も漏らさぬ冷徹な判断と俊敏な機動力にて。精密な照準スコープでも使っているかのように的確に、一流の闘牛士マタドールのように鮮やかに、そしてそして、誇り高き騎士の威厳と自信で完膚無きまで容赦なく、敵を大地に叩き伏せる闘士の眼差し。フィールドでしか逢えない…少なくともこのセナには、あの緑の聖域に於いてしか向けられない筈の、凛然とした冬の星のような鋭い眸を向けられて、
「………あ。」
そうだったと思い出す。あの至高のフィールドで。この人が最も大切にし、最も崇高な場だとしているあのフィールドで。一番に冴えた、一番に磨きをかけた、最高最強の闘士である彼と対峙出来る、数少ない好敵手だと認められている自分でもあることを。こんなくらいで"ふにゅん"としょげている場合ではないのだ、実際の話。
「えと、はいっ。頑張って治して、急いでグラウンドに戻りますから。」
お返事の声に張りが戻ったところで、進さんの眸から刺すような鋭さがかすかに収まって、
「………。」
もう一回だけ、髪をくしゃって撫でてくれると、椅子から立ち上がる彼である。ああ…と寂しそうなお顔になりかかり、だが、ぐっと堪こらえて笑顔でさよなら。大会はもう始まっているんだもの。なのにその最初でつまずいた自分へ、こうして逢いに来てもらえただけでも、優しくって素晴らしいお見舞いだ。衝立の向こうに大きな姿が消えるまで、何とか頑張って笑顔で見送ったセナくんであった。
"頑張らなくっちゃ!"
おまけ 
「なあなあ、進。」
「なんだ、桜庭。」
「大会が終わってさ、また泥門に行く時はサ。ボクも一緒に行ってもいいかな?」
「? それは構わんが?」
「ホント? 良かった。
…あ、心配しなくてもセナくんとのデートの邪魔はしないから。うん。」
「???」
いや、そっちのカップリング話は、某様に任せときなさいって、自分。(笑)
〜Fine〜 03.4.5.〜4.10.
*話がかなり先行しております。
これはあくまでも2年目の春、
しかも、このサイトでの捏造ですので念のため。
ところで、今時の"虫垂炎手術"ってどんななんだろう。
高校生くらいだと、薬で散らすのかな?
ちなみに筆者は小学生の時に切りました。
初めての"手術"は何だか怖くて、
病院から逃げ出してやろうかなんて思ったもんです。(笑)
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