鳥籠の少年 〜なんちゃってファンタジー
 

 

  ――― 聞こえませんか、誰か。
       ボクの声が聞こえませんか?


 ああ、またあの夢だと思った。か細い声が聞こえる。深い眠りにすべり込む気配。深海の底のような、耳鳴りさえしそうなほどに静かな中に、それだのにも関わらず…存在感の薄い誰かが懸命に呼びかけてくる。


  ――― ボクの声が聞こえませんか?
       …誰か、聞こえていませんか?


 涙に溺れそうになった、切ない声。聞こえ始めは、ただただ細い声での呼びかけなものが、どんどんと必死さや懸命さが増し、最後にはいつもこんな風に涙に縁取られた悲しい声になる。誰かに気づいてほしいのに、誰からの応答もなくて。此処に居るのだと気づいてほしいのに、それが果たせないのが哀しいと。まるで身を切るような切なさに満ちたか細い声だ。

  "…聞こえては いるのだがな。"

 体が動かないのが焦れったい。せめて、返事だけでもしてやりたいのだが、はっきり覚醒してしまうといつも消え失せる、それは"夢"だと分かっているから…。



  ――― 聞こえませんか、誰か。
       ボクの声が聞こえませんか…?












          



 青く目映いまでに晴れ渡った空の下に、緑豊かにして小鳥が囀
さえずる森が見えて来た。そこへと至る長い一本道を行く男が つい立ち止まったが、森を見るでなく、そこまでの距離を目測で測るでもない、さしたる関心も浮かばぬ顔でいる。見るからに辺鄙な片田舎である。辺り一帯、今の季節だと…広々と開けた視界の大半を収穫間近い小麦畑の金色に波打つ海に埋められた、住民の大部分が農耕で生計を立てている典型的な農村で。寂れているということはないのだが、街の華やぎやら浮かれた騒動、政治不安や享楽的な淫蕩腐敗などには一切無縁だろう牧歌的な土地であり、頻繁な交易さえ必要がないのか、彼が歩んでいるところの荷馬車の轍に固められた街道にも、今は往来する人の影さえ無い。そんな長閑な村の中に一軒しかない宿を早くに発ち、さして手荷物もないままに、一人歩みを運んでいる彼は、こうまで静な牧歌的な風景には…ちょっとばかり馴染みにくい風体なため、はっきり言って少しばかり浮いている。屈強な体躯の男だ。結構な上背があり、肩幅も胸の厚さも相当なものだ。農夫たちの中にもこのくらいのガタイの者、力自慢はザラにいるかもしれないが、構成する要素の質が恐らくはまるきり違う。人並みはずれた膂力を秘めていよう腕や脚だが、無駄な肉は極力削ぎ落としてもいて、引き締まった上に絞り上げられた肢体はスリムにさえ見えるほど。馬力と共に柔軟な瞬発力とをバランス良く併せ持つ、正に"偉丈夫"という御仁。渋い色合いの装束も、良く良く見ると特殊なそれで。丈夫そうで柔らかな革やら、細かい鎖を縫い込まれた真綿という特殊な素材で仕立てられた、戦闘用の武装を兼ねた衣装に、裾が擦り切れてこそいるが…滅多なことでは切り裂けなかろうところから、楯の代用もこなすと言われている"スノウ・ドラゴン"のマント。鞘や柄へと魔除けの咒を刻まれた立派な大太刀を、腰に回した金鋲付きのベルトへと提げた、

  "これ以上はないほど正統派の"渡り剣士"のいで立ちだよな。"

 しかも、それらの重々しい装備を物ともせずに、しゃんと背条を立てている横顔がまた、独特の雰囲気を帯びてもいる。短めに刈った黒髪の下には、涼しげで凛とした深色の瞳を据えた、すっきりと整った男臭い精悍なお顔。決して揮発性が高い危険な気配はなく、それどころか、これほどの人物なのに…何故だろうか存在感が薄い。あくまでも自分に厳しい男なのか、若しくは朴訥が過ぎて野暮ったい朴念仁なのか。正統なる武術の修養を積み、自らに厳しい禁忌を強いた…どこかストイックそうな面差しの、寡黙で頑迷そうな、取っつきにくそうな無表情。意識や意志の発散を抑えることで、自分の気配を故意に沈めている。素人目には下手をすると"愚鈍"にさえ見えかねないが、一旦、その箍
たがが外れたならば、どれほどの威容と気魄を発散解放させることやらと。見る者が見れば分かる清冽さや苛烈さを深色の瞳の冴えの中に沈め、非戦闘時に求められる厳格な心得を、常にその身に保っているというところかと。

  "まあ、それは俺にはどうでも良いこったがな。"

 牧場の草原と街道とを仕切る、その境らしき丸太の柵に腰掛けていた誰かさん。目の前の道を通り過ぎゆく黒髪の渡り剣士を、その視野の右から左へ眺めて見送ると、それまで齧っていた真っ赤なリンゴをお行儀悪くも肩の向こうのそこらへ放り捨て、

  「おい。」

 その偉丈夫の大きな背中へと声を掛けた。耳障りな胴間声ではなく、伸びやかなよく通る声だ。だというのに、

  「………。」
  「おいっ。」
  「……………。」
  「シカトしてんじゃねぇよっ!」

 2回呼んだのを無視されただけでこのキレようとは、こちらさんてば なかなかに揮発性の高い…短気な御仁であるらしく。薄い肩口から胸の前へと垂れていた深紅のマントの裾を跳ね上げるようにして、撓やかな腕を宙を切り裂くような勢いにて振り上げると、

  《 闇にも負けぬ漆黒の、陰の淵深く、冥界に蠢くものよ。》

 独特のイントネーションで唱えられたは、何かしらの術咒。そんな気配に、

  「…っ!」

 渡り剣士が今度こそ足を止め、大きな手に逆手に握った、腰の大太刀の柄をぐいっと引っ張り上げたのとほぼ同時、

  《 ライディンっ!》

 怒号一喝。振り下ろされた腕に導かれて、どこぞの空からか…抜けるような晴天であったにもかかわらず、金色に煌く稲妻の槍が剣士目がけて突っ込んで来たから物凄い。だがだが、

  「哈っっ!」

 小指側を鍔に据えての逆手握りのままに、腰の大太刀をしゃりんと引き出し、真っ直ぐ顔へと飛んで来た雷光を、何とその刀身にて的確に弾き飛ばしてしまったのだ。…って、ちょっと待って下さいな。剣って鉄ですよね? 鋼ですよね? それって雷の電気をまともに通すんじゃあ? 何か理屈がおかしくないですか? クエスチョンマークに答えるかの如く、

  「大したもんだな。」

 その稲妻を腕の一振りにて思い通りに招き寄せ、狙い違わず降らせて見せた男が、肉薄な口唇を開くと"くけけ…"と愉しげに笑って見せた。
「普通は せいぜい魔除けの咒だけを形式的に刻んでるだけなんだが、お前さんの剣のそれは本格的なアシュターの護衛咒だ。…違うか?」
 だからこそ、金属であったにもかかわらず、雷の通電さえ弾き飛ばせたのだろうにと感心したように評する彼に、やっとのことでその足を止め、こっちを向いた偉丈夫が、

  「お前、導師か?」
  「一足飛びに話を進めてんじゃねぇよっ。」

 順を踏もうとして声を掛けたのは無視したその上に、開口一番が…ビックリしたとか 何をするのだ とかいう感慨をすっ飛ばしての"それ"ですかい。
(笑) キィ〜〜〜ッとばかり、牙のような八重歯を剥き出しにしたこちらの青年は、だが、気が短いだけなく、機転も素早い性分であるらしくって、
"…っていうか。ここで段取りについてなんて噛みついたところで、こいつには暖簾に腕押しだろうけどな。"
 それは言えてるかも知れませんね。
(苦笑) ひょいと肩を竦めた青年、
「まあな、導師には違いない。但し、黒魔術専門の魔導師って奴だがな。」
 まずは自分の属性職
ジョブを答えてやり、
「お前は見たところ"渡り剣士"らしいが、黒の者を敵視している派閥の者なのか?」
 黒魔術。陰界の魔物を召喚したり、負の力をこの陽界に無理から引き出し、その絶大な反発力を利用して攻撃や防御の術を発揮するという系統の代物なため、教会に信心を捧げた敬虔なる"白の者"の中には、さしたる理由もなく…所謂"偏見"から毛嫌いする者も少なくはない。剣に護衛咒を刻んで活用しているほどの手練
てだれなら、導師との関わりや理解もそれなりに持っていようから…と訊いてみたところが、
「いいや。」
 それは短くも端的なお答え。あまりにけろりとしたお声での言いようだったため、
「…じゃあ、何でまた、さっきから呼んでたのになんで無視してくれやがったんだ。」
 鋭く切れ上がった眼差しで、あらためて相手をきりきりと見据えた。すると、

  「俺は"おい"という名ではない。」
  「………。」

 まあね、恐らくはそういう答えが返ってくるんじゃないかとは思っていましたが。硬い表情もそのままの、厳然と胸を張っての…あまりに予想通り過ぎるお答えに、はぁあと肩を落としてまでの溜息をついて見せ、
「あのな。お前がこっちの素性を知らないように、俺はお前の氏素姓なんか全く知らねぇんだ。だのにどうやって名前で呼び止めろって言うんだよ。」
 しごく当たり前な応じを返してやると、
「……………。」
 ぽんっと。鹿革の手ぶくろに包まれた手のひらに、こっちには革の籠手つきの拳を打ち付けて、ああ成程と感心したらしき仕草を、

  「だから無表情でやって見せても、半分も通じねぇってのっ。」



  ――― だだだ、大丈夫なんでしょうか、
      この二人の組み合わせでお話を続けても。(…不安だ)





            ◇



 これではなかなか話が進まないので、ト書きも手伝ってテンポよく運ぶことに致しましょう。
おいおい それは長閑な片田舎の街道を歩んでいた渡り剣士を呼び止めたのは、ご本人が自己申告なさったように"魔導師"さんであるらしく。言われてみればそのいで立ちも、前合わせの真っ黒な詰襟の道着で、だが神父や牧師といった聖職者が着るような型のものとは ちと違う。上着の裾が膝下辺りまでという長めであり、腰の辺りからの脇から裾にかけてには深く切れ目スリットが入っていて、下に履いているゆったりした型の黒いボトムが見えている。いかにも動きやすそうな衣装であり、活劇には支障がなさそうだが、本来"術士"には格闘というもの、あまり縁がない筈だから…ファッションなんでしょうか?
「趣味だ。」
 あ、そうなんですか。失礼しました。黒づくめという恰好だのに、沈んだ色合いの金の髪や真白き肌、虹彩の淡い瞳がなかなか映えており、鋭角的な面差しやら撓やかそうな痩躯なぞが、彼の抜け目の無さそうな強かな気性をそのまま反映させているかのよう。こちらさんも深紅のマントを肩に掛けており、その陰になる背中には小さめの革袋。どうやら…土地の人間ではなく、こちらさんも旅の途中と見受けられる格好であり、
「お前、もしかして"迷いの森"からの声が聞こえる者だな?」
「???」
 覚えのない単語だったらしくて、太い眉をほんのかすかに震わせた剣士へ、
「あの森に、何とはなしに呼ばれているような気がするのだろう?」
 行く手にまるで濃緑のドームのように見えている森を、細い顎をしゃくるようにして示して見せる彼であり。どうしてそんな…自分でもよくは理解出来ていない、ちょいと曖昧な感覚上のことなのに、何故にこの男にはそこまで読み取れるのだろうかというような、そんな顔をして見せた剣士殿で………あったらしい。何しろ相当に年季の入った"鉄面皮"な人なので、彼がその胸中にて感じたらしき、そんな細かい想いの襞まではなかなか読み取れるものではないところだが。こちらさんには人の意を酌むに要る様々な蓄積があるらしく。
「…どうやら図星だったらしいな。」
 屈強精悍な剣士殿が、やや眸を見張って押し黙ってしまったその間合い。それがそのまま"是"と示しているのだと察してくれたようである。
「あれはそんな名前の森なのか?」
 村人たちとも特に言葉を交わした訳でなし、剣士にはそんな知識もなかったらしく。恐持てのしかねぬ無表情のまま、青年へと訊いて来たのだが、
「正式の名前じゃねぇ。…っていうか、あの森自体の名前を言ってんじゃねぇさ。」
 腰掛けていた柵からひょいと飛び降りて来て、
「迷いの森というのは、とある特殊な結界によって閉じられた"空間"のことでな。目に見えてる森のことじゃあない。あの中のどこかにあって、その中の誰かがお前を呼んでる。そうでなけりゃあ、近づくことは出来ない。それどころか、人を寄せもしない。」
 も少し入り組んだ詳細を並べてくれる"魔導師"さんだ。
「詳しいんだな。」
 わずかな身長差から見下ろした白いお顔はなかなか端正で、
「これでもな、専門家なんだよ。」
 どこか嘲るような気配もないではない、居丈高な口調で言って にやりと笑い、だが、
「そんな"森"なのは、不用意に迷い込む者のないようにと、俺のお師匠が"不招の術"をかけたからなんだがな。」
 困ったことだと細い眉を顰める。
「誰も踏み込まない森は荒れに荒れる。それでは却って良ろしくはないと気がついて、封印を解き、亜空間の方を完全に抹消してしまおうとしたのだが…行方を見失ってしまった。それで弟子である俺たちが各地を渡り歩いて探しているんだよ。」
 忌ま忌ましい話だぜと薄い肩をすくめて見せて、
「さまよえる森と化してしまった"迷いの森"は、異次元をスキップしては各地の実在する森の中に現れて、その土地々々でさんざんと悪さをする。人を神隠しにしたり幻を見せたりという騒動を起こしては、ふっと姿を消してしまう。これといった"察知する方法"というのがないものだから、そういう噂を頼りに、こちとら あちこちを渡り歩いて来たんだがな。」
 そこまで言って、傍らの偉丈夫をちろんと見上げ、
「稀なこととして…そんな中へ取り込まれた者が、帰りたいとか助けてほしいと外へ念じる想いが強ければ、そして波長が合う者が傍らにいたならば、互いに引き合うことで大体の場所が分かることがある。昨夜、宿の窓辺に向かって…選りにも選って真夜中に飛んでくるカナリアを見かけたんでな。それでここいらを張ってみてたら。お前さんが通りかかったって次第なんだよ。」


  「………………。」(…しばらくお待ちください。)


「…ちゃんと理解は出来たのか?」
「すまんな。ふぁんたじーとやらはどうも苦手でな。」
 それでよくもまあ、こんな設定世界で渡り剣士をやってられるもんだと、魔導師の青年が呆れて…

   「こんの糞
ファッキン野郎がっ!」

 だから、時代考証ってもんがあるんだからさ。とうとう ぷっちんと切れた心情は判らんでもないけれど、どこからともなくそんな大きな型の機関銃を引っ張り出して来るでない。


  ………という訳で、仕切り直し。


 それでよくもまあ、こんな設定世界で渡り剣士をやってられるもんだと、魔導師の青年が呆れて…はぁあとばかり、深々と溜息をついたのは言うまでもないことであったのだった。






TOPNEXT→***


  *物凄い組み合わせで始まってしまいました“初夢企画”でございます。
   何が凄いって、フォローする役がいない。
こらこら
   良くあるパターンのお話ですので、
   まま、そんなに肩に力をこめることなく、
   お気楽にお付き合いくださいませですvv