鳥籠の少年 〜なんちゃってファンタジー A
 



          



 何だかとんでもなく珍妙な組み合わせにて、今回のお話の主筋を追うこととなったのでありますが。うっかりと名乗らせるのを忘れておりましたこのお二人。…今更、紹介しなくてもねぇ。
こらこら どこかで似た者同士と言えんこともない、対人へのずぼらさから…本人たちとしては"おい""何だ"で通りそうな雰囲気ではあるけれど、まま、一応の名乗りを交わさせることに致しましょう。同じ目標、パセリかブロッコリーみたいな緑の森を目指しての歩みを運びつつ、長閑な一本道の退屈しのぎ。まずは黒づくめの魔導師さんがその名を名乗った。
「俺は蛭魔。蛭魔妖一っていう黒の魔導師で、東の泥門シティから来た。」
 得意技は多すぎて並べ切れねぇから おいおいとなと、強気に笑って見せる彼へ、
「俺は進清十郎。」
 ぼそりと、ただそれだけを簡単明瞭に口にした剣士殿だったが、
「…進って言ったら、王城キングダムの白い騎士じゃねぇのか?」
 おやおや。こちらさんたら、結構有名な御仁であったらしい。蛭魔がその細い眉を上げて見せ、
「今世紀最強の剣と槍の達人で、先年まで繰り広げられてた王位相続を巡る大戦では、現王の近衛隊長として大活躍。内乱が収まった直後に、外国へ武者修行に出たと噂で聞いたことがある。」
「…………。」
「もっともそれは"建前"で。融通の利かない、されど人望は厚い近衛隊長を新しい王が煙たがり、天下御免のお墨付きを渡した上で、近隣の諸国を一回りして来いと体よく追い出された…とも聞いているがな。」
「…………。」
 違うとも そうだとも応じないままな偉丈夫さんに、くくくと小さく笑って見せて、
「成程な、融通が利かないって部分はホントらしいや。」
 是と答えれば主人である新王を腐すことになる。そんな王にそれでも義理立てしたければ、嘘でも違うと言えば良いのに。微妙に…理不尽な部分が"その通り"なもんだからと、嘘もつけない不器用者。ある意味で"分かりやすい奴"だよな、でもそうまで融通が利かない口下手で、よくもまあ"旅の渡り剣士"なんてものを続けていられるよなと、言いたい放題をして下さる金髪さんへ、

  「今、思ったんだがな。」

 やはり"ぼそり"と口を開いた剣士殿。
「なんだ。」
 美麗なお顔を振り上げて、訊き返して来た魔導師さんを見やると、
「さっきの稲妻の魔法。俺の剣の咒が単なる飾りだったなら、あれで大怪我を負っていたかも知れない。そうなっていたらどうしたんだ?」
「なんだ、そんなことか。」
 この口の重い奴が何を改まって…と思っていたらしく、それにしては肩透かしな質問だよなと肩をすくめて見せてから、
「いくら森からの引きがある者であっても、俺が必要な相棒に惰弱な野郎はお呼びではないからな。」
 それだけ一筋縄では行かない処へ乗り込もうってことなんだからと、不敵に強かに笑って見せる。そうして、

  「本物でなかったなら用はない。
   怪我をしようが引っ繰り返ろうが知ったこっちゃねぇよ。」
  「そうか。」

 …そうか、じゃないってば。
(苦笑) 何だかどうも、この魔導師さん、言動のみならず、基本理念まで乱暴な人物であるらしく、
「俺は自然の気配や力を読んだり利用したりする"精霊召喚系"の魔導師ではないんだ。主に自分の生気をまんま変換して術を使うタイプの術師でな。だから、迷いの森を自分の感覚では探せない。」
 いくら剣士さんが"こっち方面"では何も知らない人らしいからとはいえ、自分の適性という、どうかすると…弱点でもあるだろうことだから、あまり他言はしない方が良いようなことをあっさりと口にした彼であり、
「そんな俺様の相棒には、自分で自分を守れないような半端な奴は要らねぇんだよ。」
 にんまりと笑った魔導師さんへ、

  "…ふむ。"

 自分の手の内をどう明かすかどう見せるかというのは、戦いの上での駆け引きだとか作戦だとかにも通じることなだけに、進にも何かしら思うところがあったらしい様子。
"自分に対しても合理主義を貫く奴なんだな。"
 状況やら敵の力量のみならず、自分自身の能力にまで、冷静で斟酌のない"物差し"を当てがい、きっぱりと断じてしまえる、究極の"合理主義者"という感触。攻撃的な輩ほど、得てして自分には甘かったりするものだのに。彼は"自分"という最も間近くて馴染み深い"武器"の性能をさえ…過信せぬようにとでも思ってか、極めて正確に把握しているのであるらしい。

  "…成程な。"

 自分を"俺様"と差すだけあって、半端な人物ではないということか。黙って真顔でいれば、理性に冴えて静かに玲瓏な、ちょっとした美女にも負けないくらいの艶やかな容姿をしている青年で。"長身痩躯"という範疇に収まるほどに、男性としては十分なほどの上背もきっちりとあるのだが。ほっそりとした肢体は、所作が洗練されていて、何かの拍子、何とも美しい仕草や表情を無意識のうちにも覗かせる。元は貴籍にでもいた身なのか、そして、それがため。基本をちゃんと知っていればこそ…故意にそうではない、礼儀に反する乱暴な態度や言葉遣いを取っているかのような、どこか反骨の気色の強い青年であるらしい。そんな彼の側から見た剣士殿はというと、

  "噂に聞いてたほど、真四角にお堅い奴って訳でも無さそうだな。"

 雄々しき剣士である青年の方も、これでなかなか良い見栄えをしていて。先に触れたように精悍屈強、質実剛健。よくよく鍛え上げられた体つきのその上へ、機能美とでも言うのだろうか。ただ頼もしいだけでなく てきぱきとした切れもあって無駄のない、効率のいい所作をこなすものだから。これほどの大柄な彼だのに、決してその身を扱いかねることがないのが、動作のみならず外見をまで、飛び切りシャープに見せているほど。膂力・体力のみならず、素早い瞬発力をも秘めた動作の冴えや、鋭い感応力に沿ったずば抜けた機転や反射が、彼の人並み外れて優れた剣技を、逃れ得ぬ一陣の疾風のようにしてもいるのであろうこと、易々と想起させるというもので。………そしてそして。自分と変わらないくらい、精霊やら神秘の存在には感覚が鈍そうに見えながらも、迷いの森からの"引き"に無意識ながらも反応し、それに答えてみようと身を運ぼうとしていた辺りは、

  "基本的には"お人好し"な野郎なのかもな。"

 その鬼神のような活躍ぶりが伝説になってさえいる、名だたる剣士様にしては可愛らしいことよと。だが、嘲るでなく…どこか擽ったそうに、切れ上がった目許を細めて見せた魔導師さんだったりするのである。






            ◇



 半日もかからず入り口まで辿り着いた彼らが踏み込んだ森は、一見、どこにも何の変わりもない、ごくごく平凡な、瑞々しい爽やかな風の吹きわたる緑の存在だった。だが、
「お前も滞在したろう、あの村の人々が、そういえば此処に足を向けなくなって随分になるという話だ。」
 魔導師の青年は剣士よりも少しばかり長くこの地に逗留していたらしく、それなりの情報も得ていて、
「こういう自然の森ってのは、人が自分たちの生活に必要だからと村や集落の周りへ整えた里山や雑木林とは違い、別に人間との関わりなんて必要としない規模のものではあるんだがな。それでも…此処まで里に近いのに、何のつながりもないなんて不自然すぎる。」
 人や生き物は森から果実や清流、澄んだ空気といった"恵み"を授かり、茂みや木陰、木の空洞
うろなどという"隠れ家"によって大風や大雨から守ってもらい。その代わりに、適度な伐採で風や陽光を通す助けをし、他所から新たな種を持ち込むことで交配上の刺激を与えもする。そうやって互いに関わり合うことで、穏やかな共存を永きに渡って営むのに必要な"弾み"を得る。時間に支配されている現世で"永遠不変"はあり得ず、存在は必ずいつかは"滅び"を迎える。それを逃れる唯一の術が、多彩な"変化"を受け入れることだ。それは例えば遺伝子的な亜種を迎えることによる混血であったり、酸化や風化による地形や物質・地質の変化もそう。少しずつの変遷を受け入れ、新たなものの"誕生"に沿うことで命や存在を未来へとつないでゆくという形で、ある意味での"永遠"を辿ることは出来る。よって、
「それはつまり…。」
 こうまで立派な森なのに、誰もが足を向けなくなったなんていう"不自然現象"が起こっているのは、
「ああ。師匠がかけた"不招の術"が機能してのことだろうよ。」
 青々とした下生えがわずかに道を刻んでいるところを、恐れげもなくどんどんと進んで行く二人であり、彼らだけを見る限りでは…そのような封印がなされているとも思えない雰囲気なのだが。まあ…この二人じゃあねぇ。妨害するつもりなんかないまま謙虚に生えてた草だって、その強烈な個性の影響を受けてばたばたと倒れかねないって。
(笑) 冗談はともかく。頭上や行く手の梢からは、ピクチュク・チチチ…と小鳥たちの囀りが軽やかに聞こえる。枝々を渡る風に擽られてか、さやさやと心地の良い木葉擦れの囁きが間断無く響いていて、足元に絨毯を敷いたように続く、短い下生えのところどころには、木洩れ陽のモザイクが金色に躍って目映いばかり。

  「………で。どっちに向かえば良いのかは分からんのだな。」

 どのくらいか堂々とした歩調で歩んでから、不意に立ち止まった進の大きな背中を見やって、ちょいと目許を眇めた蛭魔が容赦のないお言葉を投げかける。これが普通の人であるならば、申し訳無いことですが…などと不甲斐なさへ恐縮するところだが、

  「うむ。引きが漠然としていてよく分からん。」

 胸張って大威張りで言うことではないんですが、進さん。
(苦笑) ここまでの流れから見て、こんなことを言おうものなら、

  『こんの糞
ファッキン野郎めがっっ!』

 機関銃こそ出さないにしたっても、烈火の如く怒り出す 誰かさんなのではなかろうかと。問題発言をした張本人でありながらも…何事にも動じない進さん御本人はともかくも
(笑) 小心な筆者辺りなどは、座布団かぶって"守りの態勢"に入りたくなったのだけれども。

  「………そっか。」

 意外や意外、何とも穏やかな声で応じた金髪の魔導師様であり、線の細いそのお顔をどこか感慨深げに俯かせているばかり。
"さっきからいちいち失敬な奴だな、まったくよ。"
 だってサ…。
(怖いよう…。)底冷えがしそうなほど威嚇的な、筆者への一睨みを下さってから、蛭魔は進の方へと向き直る。
「迷いの森からの…例のカナリアが夜中に飛んで来たところを見ると、お前を呼んだ相手は どうやら術者じゃない。」
 そうと断じた淡いグレーの瞳は じりとも揺るがず、
「恐らくは眠って初めて魂が解放されて、あのような姿に身を変えて結界の外へと出て来られるのだろう。だから、本人が覚醒している昼日中には、その気配も読めなくて当然だってことだ。」
 さすがは専門家、そのくらいの付帯状況は あり得ることとしてきっちり織り込み済みであったらしい。

  "…さて、どうしたものか。"

 国境防衛の楯になるほどとかいうくらいに、その果てが見極められないような広大な森という訳ではないけれど、初見の二人で、しかも目印があるでないものを、そうそう簡単に捜し当てられるものだろか。何に於いても自信満々、自分の辞書に"不可能"の三文字は認めないぞ、だって端から塗り潰してるんだもん、まいったか…とばかり
(おいおい、このお話でも そうなんかい)、いつだって大きく胸を張って敢然と前しか見てなかろう魔導師様が、これには さすがに少々眉を顰めてしまったが、
「…お。」
 どうしたものかと立ち止まった二人の青年たちの頭上に、ぱたぱたぱた…と軽やかに舞った影がある。まだ さして深みにまで至ってはいなかったゆえの明るい陽だまりの中、風を叩くような、いかにも軽快な羽根の音と共に高みから舞い降りて来た小さなそれは、相手に警戒を与える間もあらばこそという微妙な隙をついて彼らの間際までやって来て、あろうことか…魔導師さんのつんつんと尖るほどに立たせた金の髪の上へ器用にも留まって見せた。
「こらこら、なんてトコに。」
 見えはしないが大体の見当で手を伸ばすと、追い払われると思ったか、ぱたた…と一旦舞い上がり、それからちょこんと留まったのが、今度は…深紅のマントに覆われた、魔導師様の薄い肩の先だった。
「それは…カナリアではないな?」
「ああ。これはオカメインコっていうんだ。」
 カナリアよりは少しばかり大きめで、クチバシも鈎型に曲がった小型の鳥。額辺りに長いめの羽根が数本…一房だけ立ち上がった、ちょっぴりお洒落な小鳥だ。純白の羽根に包まれたスリムな体を、魔導師の肩の先へと留まらせていて。しかも、これがまた意外なことには…、

  「………。」

 あれほど気が短くて癇気の強い蛭魔が、そんな小鳥の存在を追い払いもせずにいる。
「………。」
 愛らしい仕草で小首を傾げたりしながら"ピクチュク・チュクリク"と、早口で囁くように鳴く声に。耳を傾けるほどではないものの、好きにしてろとそのまま捨て置いているのが、彼にしてはたいそう珍しい対応で。これには…さしもの"鉄面皮"剣士さんも少々驚いたような、怪訝そうなお顔になって見せたものだから、
「…そんな顔で見るな。」
 肩を竦めてから、
「お前の泊まっていた宿にやって来たカナリアもそうだがな。この子は捕らわれの身になった存在の魂の仮の姿なんだ。」
 そうと言うと、そろりと外側からゆっくりと手を伸ばして来て、そのインコの小さな翼をそぉっと伸ばして見せる。そんなことをされても特にばたつきもしないで、蛭魔の手に任せるままでいる小鳥さんの翼には、
「…それは。」
 陽光に透けて痛々しい、ドクロの印が浮かんでいる。羽根を切られてのものではなさそうだが、それでも…明らかに人為的につけられた刻印であり、
「さっきの羽ばたきで見えたんだ。こんなに人懐っこいのもそうだが、この子はただの小鳥ではないんだよ。」
 どこか奥深いな表情のまま、蛭魔は続けた。
「亜空間には核となる"主"がいる。空間に宿った精霊か、もしくは何かの弾みに意志を持ってしまった精気、もしくは…そんな手合いに意識を乗っ取られた人間かと思われるんだがな。そいつが、肉体を搦め捕ってるものだから、魂だけがこんな姿になって近場を散歩したりする。誰かに助けを求めてみる。」
 さすがは専門家で、そういった詳細にも明るい彼であり、
「では、その子に聞いてみれば良いのでは?」
 剣士殿がそうと訊いたのだが、
「言ったろ? 俺は自然の気配や力を読んだり利用したりするタイプの魔導師ではないと。迷いの森を自分の感覚では探せない。こういう子たちの声もな、残念なことには聞こえないんだよ。」
 白い指をインコの手前へと差し出してそこへと留まらせ、自分の顔の前へと掲げるようにして向かい合う。彼にしては和んだ表情のままに見つめてやると、キョトキョトと小首をかしげて見せていたインコは、ふと。小さな身を伸ばして蛭魔の頬へと甘えるように擦り寄って見せ、それから、
「…お。」
 ぱたぱた…っと軽やかに宙へ飛び立ち、手近な梢に留まって、ちゅくちゅく泣き続けて見せた。見上げるこちらに何事か話しかけてでもいるかのような雰囲気であり、その枝からも"ぱたた…"と飛び立つと、だが、少し先へ行ってそこから戻って来て、再び手近な枝に留まってこちらへと囀って見せるから、
「おや。」
 この動きは、もしかして? 何となく感づいたものを確かめるようにと、若き魔導師を振り返った剣士殿へ、
「どうやら俺たちを案内してくれるつもりらしいぞ。」
 蛭魔もにんまりと笑って見せたのだった。






 


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 *さあさ、奇妙なパーティーに仲間(?)が増えました。
  どうなりますことやら。
  続きをお待ちくださいませです。