妖精たちの落とし穴? 〜dwarf-circle 〜閑話 その5
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

          




 欧州では、夏至の晩に出歩くと森の中で“フェアリー・サークル”というのが現れるのに出会うと言う。一年の内で昼が一番長いその日は、精霊たちの世界と人間の世界とが最も隣り合うのだそうで。それがために…精霊たちが輪になって踊っている、この“フェアリー・サークル”が、まだ起きている人々と接し易くなり、彼らの世界に巻き込まれてしまう。気のいい彼らに誘われて、ついつい“一晩だけだ”と踊って家へ戻ってみれば、自分は年を取らぬままなのに、人間の世界では10年が経っているのだそうで。

  『陽が長くなっていると言っても晩は晩なんだから、
   遅くまで外でウロウロするなっていう戒めなんだろうけど。』

 不思議な力が現実のものである この土地では、それが“戒め”では終わらないかもしれないわねと。自分を育ててくれた優しいお姉さんがそうとお話を結んだ時は、だったら自分もそんな楽しそうなダンスに加わりたいなってこっそりと思ったの。まさか本当に、そういう…大地の精霊とか符咒なんていう不思議な存在や力に関わるような将来が、自分の身の上に待っているだなんて、全く予想していなかったものだから。凄いなあ、不思議だなあって、彼岸のものへの憧れを向けて、完全に他人事みたいに思っていたの。





            ◇



 精霊の力と咒の術法とが、現実に効果を発現するものとして存在する大陸があった。その大陸に最も古くから栄えている王国・王城キングダムでは、代々の王たちが…先進の知恵や技術を取り立てつつも、その一方で古い大地に根付く不可思議な力の方も否定はせず、同等の保護の下に巧みに共生させることを選んだがため、こうまで確固たる国家を安穏としたまま永らえて来られたのだと言われており。大海を渡る技術が発達し、外洋の文化が入って来ようと、人々の啓蒙が進んで“科学”というものが芽吹き始めていようと。それはそれで これはこれ、よそはよそで ウチはウチ、鬼は外 福は内…とまで言ったかどうかは知らないが(こらこら)。大地を巡る大いなる生気の力やそれを操る導師様たちを、神官に連なる方々として今世でも変わることなく尊んでいる。

  ――― 殊に。当世の国王陛下や皇太后様に至っては、
       その身に直に恩恵を授かった“光の眷属”たちを知っているから。

 存在だけが語り継がれていた伝説の聖なる覇王。世の光すべてを束ねる陽白の主上“光の公主”という御方の誕生に立ち会えた、今世の王城を統べる国王と皇太后は。常人には見ることも触れることも難しい存在であり力である大地の気流、それを自在に制御する“咒”というもの、そして聖霊への心からの礼節を、単なる形式として以上に大切にしているのだそうで。そしてそして………。




 随分と暑い夏も暦の上ではそろそろ終盤。朝晩など、窓をうっかり大きく開けていると肩先などから冷えてしまう日もあったりするほどであり。此処よりも南の地域を故郷とし、幼い頃を過ごした身には、絹ながら長袖のシャツを着ていて丁度いいほど。
「瀬那様、おはようございます。」
「おはようございます。いいお日和になりましたね。」
 軽やかな足取りに合わせてふわふわと撥ねる黒髪が愛らしい、童顔で小柄な少年がテラスから出てくると、前庭で朝のお仕事に精励していらした庭師の方々が、ご挨拶にと揃って手を停めたり声を掛けたりしてくれる。数年ほど前に勃発した唐突な国内騒乱の、その発端になった側室様の失踪と共に行方不明になられた王子であり、現在の国王陛下の義兄弟に当たられる方だというお立場だけでなく、実は魔物の徘徊・跳梁が絡んでいたそれへとピリオドを打ったのが、この小さな御身に宿られし“光の公主”様であることを王室内の人々は重々知っている。王朝始まって以来という曖昧模糊とした暗黒の真冬。前国王が原因不明の死を遂げ、ほとんどの民草が…いやいや、王宮内の主立った人々にでさえ、一体何事が起こっているのやら正確に把握し切れていないまま、ちょっとした派閥同士の諍いから引き返せない内乱へと雪崩を打って突入してしまった悲しい時期があった、ここ“王城キングダム”。古き大地に宿る不思議な力の存在を尊び、それを活用したり制御するための“咒”が十分研究されている土地ならではな、魔の徘徊・跳梁が招いた騒乱であったのだが。邪妖たちが構えた巧妙な企みを打ち払い、見事覚醒なされた“光の公主”様はそのまま、国の安泰と平和まで呼び戻され、下手を打てばその混乱に飲まれて滅亡への一途を辿ったやも知れなかった一大国家は、再びの安寧を取り戻し、今に至っているのである。………とはいえど、
「後庭でコスモスの蕾が膨らんでおりますよ。」
「え? もうですか?」
「はい。」
 にっこりという素朴な微笑みを向けられて、そっか、この土地はずっと北だから。それを思い出してちょっとしみじみ。殿下、王子と呼ばれると鼻白むほど、ご本人は至って控えめで お気の優しい人物であり。本来の年齢より四、五歳は幼く見える愛らしさもあって、逢う人逢う人全てから愛され慕われている“光の和子”様であったりする。今朝も、秋のお花がもう咲こうとしておりますよと にこやかに伝えられ、凄いなぁ早いなぁと感心しつつ、
“去年の今頃はボク、どうしてたんだっけ?”
 視線を巡らせ、ああそうだと思い出した。前庭に一番近いテラスの手前辺り、庭を見て回るセナの意識の邪魔にならないようにと、控えた位置にさりげなく立っている人。あの方に不思議な森の呪縛から解き放っていただいた頃ではなかったか? それから故郷の村まで送っていただき…ほんの数カ月ほどだったけれど、小さなお家で一緒におままごとみたいな日々を送っていたのだっけ。

  “えと…。///////

 唐突に想いが至った甘い記憶に、そのやわらかな頬が朱色へと染まりかかったものの。
“あやや…。”
 だがだが待て待て、周囲に多くの人たちがいる只中だと思い出し、平生を保ってお話しを続ける王子様であり、
(苦笑)
「それでは、そろそろ植え替えるのですか?」
「ええ。この数日、気候が落ち着いておりますから。」
「お天気のご機嫌はいかがでしょうか? セナ様。」
「そう、ですね。」
 訊かれて“う〜ん”と眸を伏せて見せ、しばしの間、何事かを思い出してでもいるかのような、若しくは瞑想に入ったかのような静かで神妙なお顔になった小さな殿下は、
「………うん。あと何日かは このままに、雨も風もなく穏やかに保ちそうです。」
「それはよかった。」
 大地を巡る気の流れを肌身で感じることが出来る彼にかかれば、気候を読むなんてお手のもの。冗談抜きにこの夏の猛暑も、先んじての予測を立てていただいたお陰で、水の準備に遮光の工夫など様々に手を打つことが出来、慣れぬ身の人々が陽射しに負けて倒れもしたが、作物への被害は最小限に食い止められたという報告が、秋の実りを前に各地から次々と城まで届いているほど。戦乱で荒れていた土地を再び起こしてという地域も少なくはなかっただけに、悲惨な飢饉や災害に見舞われなかった幸いは人々の心まで再びの豊かさで満たそうとしており、

  『光の和子様のお陰だ。』
  『天使様のようなお方だ。』

 寄ると触ると、その素晴らしきお力が話題に上るような御方であるのは間違いのないところなのだが。

  「…っ☆ あっ。」

 妙なところで帳尻が合っているというのか。素晴らしいお力をお持ちの偉大な御方でありながら…気が小さくて腰の低い、ちょいと大人しい方だというだけでは収まらず、どうも時々、不注意からの“おドジ”を様々に繰り広げもする困った方で。今も、にっこりと会釈を交わして歩みを進められたその途端、足元にあった“何か”を踏みつけてしまい、体のバランスを崩して…すってんころりん。たたらを踏みつつ、足元に広がる柔らかな芝草の上へ顔からすてんと転びかける。
「はわわっ。」
 溺れる者はワラをも掴む。とっさに延ばしたセナ王子の小さな手が はっしと掴んだものは、だがあまりに柔らかな手触りの茂みであったようで。体を支えてくれるには至らず、ぽてんと見事に素っ転んでしまった。
「あや…。」
 ふかふかな芝が受け止めてくれたから、どこも痛くはなかったが。ああまた進さんが心配をする、血相を変えて飛んで来て“お部屋へ手当てに戻りましょう”と気遣って下さるのだなと、それを思うと反省しきり。小さな幼児じゃあるまいし、何でもないところで転んでいてどうするかと、躓(つまづ)いたものを探して振り返ったセナ王子は、

  「………うっそぉ。」

 視野に入ったものへ、一瞬その身を凍らせてしまったのだった。








            ◇



 身が凍ってしまっていたのは、こちらさんも同じであったらしく。主従 揃って気の合うこと。
おいおい 鋭角的に冴えた深色の眸を見張り、瞬きもせぬまま、一点ばかりをしばし見つめている“白い騎士”殿であり。

  「………。」

 何しろ、ずっと見守っていたすぐ前で、そのお姿が視界の中から“消えた”ものだから。まずは“一体何が起こったのか”を理解出来ず。
「…瀬那様?」
 ゆったりながら歩いておられたので、もしかしたなら最後の一歩で転ばれたのかもしれない。勿体ないことながら、自分が視野に入ると必ずのように微笑んで下さるセナ様だから、足元の注意がついつい散漫になられることが多い。今は季節の変わり目で、庭のあちこちを植え替えのために掘り返している。専門外の自分にはよく分からないのだが、この茂みの中にもそういう箇所があったのかも?

  「セナ様。」

 思うと同時、姿が消えた辺りへ取り急ぎ駆け寄ってみた進は、一応のこととして深めに分け入ってみた茂みの奥まで油断なく見回したものの、やはりお姿を見つけられない。いくら小柄な御方だといったって、背丈のある牧草が見渡す限りを埋め尽くして たなびくような広大な草原の中でなし、ましてや…セナ様をお守りするのが何よりも優先される使命と心に誓っている剣士殿。義務感以上の想いでもって、お守り奉ることを誓った大切なお方の愛しいお姿を、そうそう簡単に見落とす筈がないというもので。

  「セナ様?」

 がさごそと尚のこと あちこち入念に分け入り、草の根を分けてという勢いで見回した進だったが、それでも姿は見えぬまま、呼び声への反応もなく。これは一体どういうことかと、

  「……………。」

 沈思黙考に入って…数刻後。大きな手で掴んだは、いぶし銀の握りに堅い革を何重にも巻いてあり、すっかりと手に馴染んだ剣の柄。そのまま腰からおもむろに、大振りのアシュターの護剣をしゃりんと抜き放った進だったのだが、

  「くぉら。」

 すかさず“げしっ”と。爪先の細い足が片方、靴ごと広い背中の真ん中に乗っかった。御々足
おみあしを繰り出した当人様の思惑としては、そのまま向こうへ思い切り蹴り飛ばそうとしたかったらしいのだが、そこはさすがの粘り腰で、揺るぎもしなかったところが…進さんたらおさすがvv
“こらこら、もーりんさん。”
 あははははvv すまんすまん。桜庭くんに窘められてしまいました。蹴っ飛ばそうとした意が敵わなかったことへチッと舌打ちをしたのは、皆さん大体予想なさってましたねの黒魔導師様で。フンと忌ま忌ましげに息をついてから、
「上のテラスにいて最初から見てたが、その剣でこの茂み全部を刈り取ろうってんなら止めとけっての。」
 セナ王子の姿がいきなり ふっと消えたこと。それで慌てたようにその辺りへと駆け寄った進だった…という流れを、こちらも しっかと見ていた蛭魔たちだったので、切羽詰まったらしい進が次に何を思ったかくらいは手に取るように分かったらしく、
「確かに…どこにも見当たらないみたいだけど。」
 かっちりした綺麗な手で亜麻色の髪を掻き上げるようにして、額へ小手をかざし、辺りを改めて見回す桜庭の傍らで。スレンダーな肢体を尚のこと引き絞るように胸高に腕を組み、蛭魔が呆れ半分の溜息をついて見せる。
「だからってその剣でいきなり んなことをしたら…もしかして倒れてるかも知れんチビまで一緒に切り裂いちまうぞ。」
 そですよね。
(苦笑) 折り目正しい生真面目そうな人に見えて、事がセナ殿下のこととなると いきなり我を忘れて力技を繰り出す乱暴者に変貌する“困ったさん”を押しのけて、
「まあ見てな。」
 そこはあのセナ様と同じく陽白の眷属“金のカナリア”というお立場である蛭魔さん。それでなくとも“咒”という魔法の専門家であり、直視で見つからないものならばと…案外と長い睫毛を金色の前髪の下に軽く伏せ、鋭角的なお顔を静謐で染め上げて何かしらを念じ始めて。


   ――――― 1分ほど経過して、さて。


 宝石のような淡灰色の虹彩を浮かべた切れ長な眸をぱちっと見開き、そのまま…目尻がどんどんと吊り上がっていったかと思いきや、

  「…っ、妖一っ! ストーップっ!」

 間一髪、がっしと背後から両腕を羽交い締めにして、桜庭がその動作を引き留めなかったなら、この庭は…ザァッと力強く振り上げられた彼の腕の一閃にて、芝草ごと端から端まできれいに焼き払われていたところ。
(おおう)
「まったくもう。」
 いくら反応が拾えないからと言って、似たような気の短さを発揮し合ってどうしますかと。実は進と同じくらいかもしれないほど、あの小さな王子様を大切にしている相棒さんへ苦笑をして見せる桜庭くん。だからこそ、早く無事な姿を確かめたくてしようがないのだろうなと、ちょっぴりほろ苦い苦笑を唇に噛み締めつつ、
「二人とも大人しく見てて下さいな。」
 当たって砕けろ、実力行使あるのみ、世界は自分を中心に回っている派の“困ったさん”な二人を後退させ、こほんと小さく咳払い。そうしてから、軽く瞼を伏し目がちに下げると、触れるか触れないかという やわさに合わせた唇をかすかにかすかに震わせて、小さな不思議な響きを紡ぐ。蜂やアブの羽音にも似たその音に、足元の草むらから ぱぁっと、まだ少し小さなバッタやコオロギたちが次々に跳ね上がり、そして………。

  《 ひゃ〜〜〜っ。》

 ちょっぴり妙なトーンの小さな声と共に、弾けるようにこちらへ真っ直ぐ飛び出して来た小さな塊り。くすすと微笑った桜庭が、相手に合わせたトーンの声を出し、

  《 このお庭に住まう妖精さん。実はお聞きしたいことが………。》

 あるんですがと続く筈だった桜庭の声が途中で途切れた。
「おい、どした?」
 こちらに背中を向けたまま、妙に固まってしまった相棒へ、首尾はどうなんだと焦れったげに声をかけてきた、金髪痩躯の黒魔導師さん。その声とほぼ同時にその場へ屈み込んだ桜庭だったので、

  「???」

 何をやっているのかと、細い眉を顰めてその大きな背中へと寄ってみる。蛭魔につられて、進もまた、彼にしては覚束ない様子のままに近寄ってみたのだが、そんな彼の分厚い胸板へ、とさんとぶつかったのが…後ずさりして来た蛭魔の背中。

  「?」

 何をやっているのかと、太い眉を引き締めて真下になった金の髪を鼻先に見下ろせば、

  「………喜べ、糞剣士。チビが連れ回しやすくなってくれたぞ。」
  「???」

 からかっているにしては、嘲笑うでなし はしゃぐでなし。単調な声でそんな言いようをした黒魔導師さんであり。相変わらずにひねった物言いをする彼なので、何が言いたいのかが分かりかねた進だったが、この言いようということは…セナが見つかったということではないかという理解は引き出せたので。彼が見やっている先へと視線を移せば、ちょうど桜庭がすっくと立ち上がったところ。辺りには他の人影はないままだったが、
「…進、セナくんだよ。」
 桜庭はそう言うと、ゆるく…何かをその中へ包み込むようにと膨らませて重ねた両手を、こちらへと差し伸べる。あまり腕を伸ばし切らないのは、その中に包んだ何かを大切に扱っているからこそであるらしく。
「取り落としたら大変だ。とんでもない高さにいるセナくんだからね。」
 何だか妙なことを言う彼であり。ますますのこと怪訝な顔になった進だったが、向こうからわざわざと、こちらの傍らまで歩みを戻した桜庭が、進の眼前にてふわりと開いた手の中を見て………。

  「………っ!!」

 あまり物事に動じない性分の進が、ぎょっと目を剥いて思わず口を半分ほど開いて見せたから、これはそれだけ相当なこと。桜庭の綺麗な手の中にそぉっと匿われていたのは、

  《 …進さん。》

 身の丈が随分と縮んでしまったセナ王子であったのだった。





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  *お久し振りのファンタジーパラレルですvv
   相変わらずな彼らですが、一体何が起こったやら。
   ちょこっと続きます、はいvv

  *あ、そうそう。
   オフィシャルでは、蛭魔さんの方が進さんより背丈が高いそうですが、
   ウチでは…こういう対比だということで悪しからず。