来訪者 〜閑話 その6 E
     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

          




 秋が深まったと感じる要素には、気温や湿度の低下、空の高さ…と色々とあるが、陽の落ちる早さというのも最たるものではなかろうか。春や夏場の宵の、いつまでも淡いグレーの黄昏が続く夕刻とは逆で、あっと言う間に光が奪われ、藍の宵色を満たした夜気が深くなる。まだそこまでの時刻ではないながら、それでもお天道様はそろそろ西へと傾きかかっている頃合い。昼食を取ったまでは皆と一緒に目の先にいたものが、気がつけばその姿が何処にも見えなくて。日頃からもそれほど強烈に“自己主張
アピール”してはいない彼だったが、それでもね。目を上げてクルリと見回せば必ず視野に引っ掛かった存在が、まるきり居ないというのは滅多にないこと。

  「…こんなトコで何してんだよ。」

 広々とした中庭の一角の木立ちの中、常緑樹の中に映える、淡い色味の亜麻色の髪と明るい色合いの裾長の道着。若い樹の幹に背を預け、ぼんやり凭れている桜庭の姿を見つけ、歩み寄りながらの声を掛ける。いつだって傍らにいる彼が断りなくいなくなったのに気づいた途端、実を言えば…少しばかり落ち着けなくなった。間合いがこんな時だっただけに要らないことまで考えてしまい、それを振り払うためにもと、彼の姿をこちらから探した蛭魔であり、

  「ん〜〜〜?」

 ちょっぴり間の抜けたような声が返って来たことから、彼の気抜けの様がまざまざと伺えて、

  “…詰まんねぇこと考えてんじゃねぇだろうな、おい。”

 綺麗な眉をちょいと引っ張り上げて見せた黒魔導師さんであったりする。







            ◇



 かつて、この王国にはびこっていた邪妖を倒した聖なる泉の中ほどにて。それは神秘的な光景が展開されていた。洞窟の中を余すところなく塗り潰した闇を、軽々と圧倒していた純白の翼。その身を覆って余るほど、大きく優美な純白の翅翼を力強くもゆったりと羽ばたたかせて。まるで今にもそこから天空の高みへと飛び立ってしまいそうな、そのための準備のような、優雅な所作に身を任せている蛭魔だとしか見えなかったのだが、

  “…妖一?”

 そんな彼の表情を、食い入るように見つめていた桜庭には。きつく眉を寄せ、何にか攻め立てられているような、何とも痛々しいそれに見えたものだから。いくら…元からあった素養を解き放つためのものであれ、今現在の彼に絶対要りようなものでなし。これ以上 彼を苦しめるものであるのなら、もう見てはいられないからと飛び出しかかった、丁度そんなタイミングへ。

  ――― ふっ、と。

 壁の一面を使い、広い鍾乳洞内の泉の周辺を照らすようにと灯されてあった明かりが、何処からともなくそよいだ鋭い風に全て吹き倒されてしまって、洞内は一瞬にして漆黒の闇の中へと飲まれてしまった。

  「セナ様っ!」「妖一っ!」

 いきなり視界を奪われて、それぞれの大切な存在へ、不安をもって呼びかけた二人の青年たちへは、

  「悪いが、明かりを灯してくれないか。」

 泉のほとりまでなめらかに届く、良く通る声で。落ち着いた響きを保ったままの、葉柱の声がすぐさま聞こえた。泉の中、しかも重なるように倒れ込んで来た蛭魔とセナとを、その懐ろに一手に受け止めていた態勢から動けないでいたらしく、桜庭が再び火皿へと明かりを灯した中、先に泉に分け行った進が見たものはというと。片やはトランス状態のまま意識を失ってしまったらしき蛭魔と、片やはびくとも動かずにいる術師の青年と。双方の青年たちの懐ろに挟まれる格好になってしまい、頬を真っ赤に染めていた、いつものセナ王子であり。目顔で“もう触れてもいいのか?”と問う騎士殿へ、
「ああ、もう終わったからな。」
 迎えに来た二人へ、それぞれの守るべき人々を任せる葉柱だったが…その際に。ドウナガリクオオトカゲのカメちゃんが、四肢をさささっと交差させ、お兄さんの肩口からセナ王子の肩へすべるような素早さで這って移動したものだから、

  「「………。」」

 双方がトカゲくんの背中を同時に見つめ合う格好になっての一瞬の間があってから、ま・いっかと見て見ぬ振りをした白い騎士様だったのが、トカゲくんの本来の相棒である旅の青年を破顔させたのは…ここだけの話である。
(笑) それはそれとして、
「大した力だ。」
 遅ればせながらと駆けつけた桜庭が、それはそれは大切そうに腕の中へと抱え上げ。泉の岸にまで運んで行った…金髪痩躯の魔導師さんへの儀式に際し、ただ“お付き合い”していただけに見えたセナまでもが。全身から力が抜けたように“ふにゃい”と少々萎えかけていたのは。制御し切れぬ力を持て余して暴走しかかっていた蛭魔を制止したから、なのだそうで。
「あれは、生まれてこの方のずっとを、意識下へ窮屈に畳まれていた翼だったのだからな。大きく広げて、身に馴染ませようという羽ばたきを繰り返していたのは、あんたたちにも見えてただろう?」
 漆黒の闇だまりを完全に制圧して、蛭魔の撓やかな背に大きく広げられていた純白の翼。あのまま…本人の意識が戻らないままに、あの翼を使って飛び立ってしまわれていたらと、葉柱は感慨深げな顔になる。この泉の中から亜空を経由しての移動なんてものをやらかされていたならば。人の目では到底追えるものではないだけに、封咒を解いたカメに追わせるしかないかなと思ったんだが…と続けた葉柱は、進が頼もしい腕の中へと抱え上げた小さな王子の肩の上、大トカゲくんがご婦人の靴の爪先みたいな三角の口を“くあぁ”と開いたのを見やり、物言えぬ相棒の顎の下へと指を入れて撫でてやると、
「そんなむずがりを…立派な“暴走”状態にあった あいつから放たれてた力を全て、宥めるためにとその身で捌いちまったんだからな。」
 たとえ“聖なる力”であれ、間近で暴れていたらしき その奔流は凄まじい勢いのものであった筈。それを一身に受けて、周囲は元より蛭魔自身にも力の暴発による痛手がないようにと、大きな受け皿代わりになってやったセナだったらしくって。………とはいえ、
「えと…。////////
 そういう咒や聖力にまつわる理屈とか状況とかというもの、日頃は蛭魔が把握していてくれるものなので。何がどうなったというのは全然分かっていないらしいセナ王子。二人の偉丈夫に見下ろされつつも、自分が何をしたのかという点は…傍観者以上に丸きり分かっていないらしくって。琥珀の瞳をキョトキョトと泳がせては、大好きな進さんの大きな手に髪を撫でてもらって…幼子のような屈託のなさで ほわりと頬をほころばせていたのでした。






            ◇



 泉から上がって少しほどもすると、蛭魔の方も大事ないままに目を覚まして。だがだが、彼には珍しいほどの…どこか覚束ない表情で桜庭を見上げて来た辺り、自分の身の上に何が起こったのか、どういう作用や変化があったのか、日頃途轍もなく冷静な彼には珍しくも よく分かっていない様子でいた模様。もう一つ不思議だったのが、闇を圧して力強く羽ばたいていた、あれほど大きな翼が闇の中に確かに見えたのに。桜庭が駆け寄って抱え上げた彼の背にはその影さえ残ってはおらず。それのみならず…着ていた衣類一式にも裂けた跡などは一切なかったので、ああまで健やかな躍動とリアルな輝きを帯びていたにもかかわらず、あの翼は実体が無かったものであったらしい。

  『そうそうすぐに自覚出来る感覚ではないからな。』

 桜庭に支えられるようにして身を起こした蛭魔本人へ向かって、こちらもわざわざ膝を折って見せ、目の高さを合わせてくれた葉柱は さっくりそう言い、
『無理から力んで聞こうとしなくとも、聞こえてくる見えてくるという感じかな?』
 何かの折に、ああこれがそうなんだと、そんな形で気づくだろうさと付け足して。彼に枷せられてあった封を確かに解いたことを、面と向かって改めて告げてくれた。
『…そういうもんなのか?』
 実感のなさと共に、僅かな間とはいえ自分の意識が飛んでいたことへ。少しばかり不安というのか不審というのかを覚えたらしく、細い眉を顰めて、承服しかねると言いたげなお顔をしていた蛭魔だったのだけれども。無責任な言いように聞こえなくもなかった葉柱のそんな言いようさえ…あの光景を目撃していたお連れさんたちにしてみれば、それぞれに“さもありなん”という感慨も深そうで。
『蛭魔さん、これでホントに怖いものなしになりましたね。』
 おめでとうございますと言い足したセナには、決して他意や悪気はなかったのだろうが。日頃の無茶苦茶がこれでもっとずっとグレードアップしますねと言われたような気でもしたのか、
『…ありがとよ。』
 腐した訳ではないと何とか納得しつつも…綺麗な拳を伸ばして来て。幼い殿下の丸ぁるいおでこを、優美に曲げた白い指の節にて、ここん…とノックしてやった黒魔導師さんであったりしたのだった。





 そんな騒動が何とか落ち着いてから、数時間ほども経ったろう頃合い。秋の短い日和は、そろそろ鮮やかな夕景への下準備、その陽射しの中へ金色がかった茜の始まりを滲ませかかっているようで。明るい色合いの筈な白魔導師さんの柔らかい髪を、少しばかり寂しげな色調へと沈み込ませているような。

  「……………。」

 その身に備わっていなかった“資質”というか“素養”というか。導師になろうという身には不可欠でありながら足りなかったものがあったため、人より多く背負わねばならなかった余計な苦痛や困難が少なからずあった筈なのに。そんな負担
ハンデなんて何するものぞと、どんな障害物であれ等しく公平に(う〜ん)、蹴倒し薙ぎ払ってでも自力で何とでも出来ていたパワフルで不屈だった人。そんな彼が、唯一、自力ではどうにも出来なかったものが、その身の素性を逆上ることであったのだが、

  「良かったね。ご両親も健在だって判って。」

 あの、アケメネイから来た族長の子息殿が言うことには、なんとこの妖一さんの生みの親だというご夫婦が、彼の故郷たる隠れ里に今でもご健在でいらっしゃるらしく。逢えるものなら逢いたいと、どうか伝えてくださいという切なる“言伝て”も預かって来ていらっしゃって。無事に封印を解かれた今、故郷に帰ろうと思やそれも容易いこととなっているのだそうで。葉柱からも“いつでも帰還してくれて良いからな”と言われはしたが、

  「ん〜、何だかな。」
  「?」
  「ピンと来ねぇよ、今更言われても。」

 手近な梢の短い枝を、白い指先が届いたそのまま無造作に摘み取って弄りつつ。あまり感情のこもらない、ともすれば逡巡や躊躇を含んだような言いようにて、言い返して来た蛭魔であり。
「全くの赤の他人を“双親だ”と突き出されても、その区別なんて判らないに違いないだろうしな。」
「…おいおい。」
 さほど焦がれてた訳じゃねぇしよと素っ気ない言い方をしつつ、むしろ…周囲からの祝福へ素直に対応出来ぬ自分へと困惑しているような彼であり。自分の鼻先、マッチ棒のような小枝をくるくると捩
よじって見せる手遊びから、そんな彼の戸惑いに揺れる心情が判って、
“可愛いったらvv”
 ついの苦笑が桜庭の頬に浮かぶ。黙っていれば静かでいれば、今みたいに繊細で玲瓏な佳人なのにね。動けば途端に、峻烈華麗なまでの美しさをその身にまといつけ、飛びっきりの存在感にあふれたる人と化してしまうから。強靭なまでの自負により支えられた我の強さ。それがそのまま現れている強引な気性は、同じ身に兼ね備えている ずば抜けた聡明さを斟酌なく発動させると、冷酷とまではいかないにしても、優しさより冷淡さを感じさせてしまうことが多くって。そんななものだから要らぬ誤解を多々受けやすい人でもあって。自分の甘やかしまくった育て方がこんな彼にしたのなら、そこのところは責任持ってフォローしなくちゃなと、これまでずっと思ってもいた桜庭だったのだけれども。

  「…何か勝手なこと、考えてないだろな。」
  「? 何の話?」

 おややと、内心で実はどきり。あのアケメネイから来た青年は、自分が知らない妖一の秘められた素性や何やをその手に携えて来た人で。しかも…精神修養を積み、ガードが堅い筈な導師という人種の眠りの中へその存在感を伝えるほどの人物だったから。
“………。”
 胸に沸き立ったものが、いつものささやかなる嫉妬ならまだ良かった。ああ、妖一の本来の帰るべき場所から来た人なんだなって、それが判って…痛いほど判って。子供なりの意地からか、小さかった頃、一度もお母さんやお父さんのことを訊かなかった妖一だったけれど。自分の始まり、無償の愛をくれる両親のことだもの、どうでも良い筈がないもんね。自分はあくまでも“代役”で。それにさえ幕が引かれる時がいよいよ来たんだなぁって。そんな風に、朧げながら感じてしまった桜庭で。
「なぁに?」
 おっとりとした表情にて、かくりと小首を傾げて見せる桜庭の、その端正なお顔の前にて。立てた人差し指を振って見せ、
「良いか? 忘れんなよ? 俺は、お前があの“迷いの森”に取り込まれた時だって、きっちり捜し当てたんだからな。」
「うん。」
 ただでさえ…聖なる大地の気脈も、魔性の気配も読めない身だったのにね。そんなままで邪妖という姿なき存在に接するだなんて。探しも出来ぬままに路頭に迷うか、逆に…相手に良いように付け込まれて危険ばかりが降りかかるだろう状況にあった彼だというのに。師匠への相談にと、一旦 泥門に帰ることもせず、たったの独りであちこち歩き回って探してくれた。

  “どんな気持ちで1年間も…。”

 怜悧に冴えた英断と、それへと鋭い反射で連動した大胆機敏な行動力と。その双方を持ち合わせ、感情に流されない芯の太さを実戦で叩き上げた究極の合理主義者。実はまだ十代だとはいえ、既にしっかり一端
いっぱしの世渡りもこなせるだろう、一国の王や領主とだって堂々と渡り合えるだろう、それは頼もしい気概の持ち主だのにね。そんな彼が何とも不器用に…当処あてどもなく大陸中を流れ歩いて、桜庭の行方を捜し回ってくれたのは 何故? 小さい頃からのずっと、神秘の気配に縁のない自分の耳目代わりを担ってくれていた存在だったからか? 我儘勝手をいなしたり嗜めたり、そうかと思えば向こうから すりすりと甘えかかったり。つかず離れず、こちらの心地よさというフィーリングをよくよく心得た、慣れた歩幅を保ったままにいられる、自分には希少な相性の彼だから?
「さっきも言ったろうがよ。今更親になんか関心はない。それよか…。」
 ホントは、少しは、逢いたいなとか思わなかった訳でもなかった頃に。そういう寂しさを全部まとめて拭ってくれた人だから。誰かに“家族”はいるのかと問われれば、真っ先に浮かぶ存在だろうから。

  ――― だから。
       彼を森に見失った時は、実を言うと…心底怖かった妖一でもあって。

 勝手に庇った桜庭と力の足りなかった自分への怒りに任せて、その“怖い”想いに追い着かれないようにしながら、それは必死で頑張った。絶対に見つけてやるんだと、他の何にも眸に入らないまま、広大な大陸中をしゃにむに駆け回っていた。
“俺が もしかして帰りたいって思うのは…。”
 そんな場所があるとしたならネ。向かい合ってた綺麗なお顔。そこから降ろした視線が辿り着いた広い懐ろへ、ぽそんと凭れかかったその身をそのまま、きちんと受け止めてくれる頼もしい人。親のない自分は根無し草みたいなもんだとずっと思ってた。そんな自分に帰る場所があるとしたなら、それはきっと此処だと思うから。

  「お前にだけは、勝手させないからな。」

 頬をつけた胸元から、それはきっぱりと言ってのける蛭魔であって。凭れはしても…すがった訳ではないところが、
“…妖一らしいよなvv”
 腕白な坊やが勝ち気な少年に育ち、今や傲慢な青年王。そんな彼へと傅
かしづくのが無上の喜びとなっている自分に少々呆れつつ、
「ん。」
 秋の陽を受けて目映い金の髪に口づけを幾つも落としながら、この世の中で彼にだけの絶対の服従を誓う、それは綺麗な元・魔神様だったそうである。
















          
終 章



 これでその身に負うて来た役目はすっかり果たせたからと、葉柱は来た時同様、それは気負わずさばさばと言い。翌日の早朝、とっとと旅支度を整えて姿を現したそのままに、あっさりした口調で“それじゃあ里へ帰るから”と言い出して、皆を一様に驚かせた。

  「そんなぁ…。」

 解封の儀式や何やでバタバタしたし、多少は疲れも出たからか早めに眠くなってしまったそのせいで。正味は昨日の半日ほどしか ご一緒してはいないのにと、セナ殿下は殊の外に残念がっており。いかに懐いたかが良く知れる、それはそれはのご執心の模様。そんな彼が視線を向けている“ドウナガリクオオトカゲ”のカメちゃんの背中を大きな手で撫でてやりつつ、
「そうは言われるが、この地は平地であるにも関わらず冬も早そうだからな。こいつが冬眠モードに入ってしまうと、そのまま春まで帰れなくなってしまうのだ。」
 本来は鳥でも、掛けられた咒を消去しない限りは…トカゲの習性が強く出てしまうのね。
(う〜ん) というか、トカゲの身に備わった防衛本能である“冬眠モード”はあまりに強力だから、本来の性質が尚のこと呑まれてしまうのかも。
「でもサ。来る時は気配を探しもっての旅で1年もかかったんだろうけど。帰るのは真っ直ぐなんだろう?」
 だったら やっぱりそんなに急がなくてもと、桜庭や雷門陛下も何とも名残り惜しげに引き留めたのだが、
「それを言うのならば、今度はお前たちの方が里まで来ればいいじゃないか。」
 野趣あふれる男臭い笑顔にて、にっかと笑った山野辺育ちの青年が言うには、彼の故郷のアケメネイ、封を解いたことで蛭魔には目を瞑ってだって足を運べる土地になっているのだそうで。それに、
「隠れ里と言っても、光の公主が世にお出ましになられたのなら、隠れている意味も無
うなったようなものだしな。」
 彼らが守って来た“聖地”の役目は、陽白の眷属たちを世に出すための力の源、大地の聖なる気脈の最も ほとびる地として在り続けること。
「もう気づいていることとは思うが、陽白の眷属というのは祖からの血統を継いでゆく一族ではない。」
 何しろ、同じ陽白一族の蛭魔はアケメネイに生まれたらしいし、その一方で、光の公主たる瀬那は…父こそ この大陸の古い血筋の王家の者だが、母親は外海の他国の皇女であり。彼女本人にも、古い慣習がある国という程度の認識しかなく、陽白の眷属などというもの、恐らくは知らないままにご逝去なされたに違いなく。そんな両親の間に生まれた人物が、今世最強の力の持ち主である辺り、これはやはり“前の世代から血肉と共に受け継ぐものではない”ということとなる。
「魂というか御魂
みたまというのか。それを継いでゆく一族であるらしいからの。」
 転生、生まれ変わりという形で引き継がれる、意志や素養であるらしく。そんな中でも彼らの主格である“公主”はなかなか世に出なかったそうで。その覚醒を促すためにと、わざわざアケメネイという峻烈な土地に聖地を設けて…どれほどの歳月が経ったやら。
「魂の転生というのは、まあ…宗教にもよるし、現世の人間には想像でしか言えないことではあるのだが、そうそう短いサイクルで紡がれている流転ではない筈でな。」
 よって。今世に…蛭魔という“カナリア”に導かれし、セナという“公主”が現れたことで大きな一区切り。次は一体 幾星層ほど先の話になるやら。
「アケメネイのお山も形を変えて、海の底に沈んでおるかも知れんのでな。」
 少なくとも、今はその“未来”まで一番遠い場所にいる彼らだということ。役目を終えた里だから、どうかすると今頃は、人が通れる道を設けてる最中やも知れぬと葉柱は苦笑して、
「じゃあな。」
 あっけらかんと手を振ったものの……………あれれ? 肩が急に軽くなったぞと、自分の左の肩先を見やると、そこに乗っけていた筈の相棒が居ない。そして、

  「………カメ。」

 のそのそとしたその動きは人一倍 鈍
トロい筈が、お兄さんたちの会話の間にこそこそ床まで降り立っていたらしく、そして…。
「かわい〜いvv
 カメちゃんの方からもすっかり懐いてしまったらしき、セナ王子の腕の中まで、ちゃっかり登っていたその上で、よしよしと頬擦りされていたりするから。
「冬眠云々以前に、公主様から離れなくなってるみたいだねぇ、あの子。」
「いっそ春まで待って、全員で“お里帰り”ってのはどうだ。」
 片やの白魔導師さんは苦笑し、片やの黒魔導師さんは目許を眇めてという、半ば呆れたような表情になっている桜庭と蛭魔から諭されて、


  「………それじゃあ、しばらくほどお世話になっても良いかな?」


 ああまでご機嫌で懐き懐かれている二人
(?)を無理から引き剥がすのも何だしと、これは仕方がないかとばかり、渋々ながらもう少しだけの滞在を申し出た葉柱さんであったそうな。






            ◇



 まだずっと
(もしもし?) 王宮に居てくれるとあって、もうすっかりと“カメちゃん”とお友達になり切っているセナ王子。短い前脚の下、脇に手を差し入れて抱え上げたり、そのまま見つめ合っては…にぱ〜vvと相好を崩したり。
「変わったもんが好きだよな、お前。」
「そですか?」
 お膝に抱え、人差し指の先で頭の上の平たいところをうりうりと優しく撫でてやっているそのお相手が…くどいようだが、仔犬や仔猫のふかふかの毛並みとは縁遠い爬虫類と来たから、宮中で主にセナに直接仕えている女官たちの中には少なからぬ動揺も走ったらしい。そりゃなぁ〜、北国の王室だもんな〜。この手の生き物は、生まれてこの方 見たことさえないって人の方が多かろうしな〜。

  “…ま、人それぞれに趣味ってもんは違うからな。”

 俺なんぞを好いてくれてる物好きだっているこったしよと、上げた視線の先に…お勉強の邪魔はしませんと、庭先のテラスからこっちを眺めている白魔導師さんの姿を捕らえて、小さく苦笑する蛭魔であって。


  「さて。とっとと勉強にかかるぞ。そいつは退けとけ。」
  「え〜、もうちょっと良いじゃないですか。」
  「ダ・メ・だ。それでなくたってお前の咒は暴走しがちなんだからな。
   気が散った揚げ句に、
   こいつを“大怪獣カメレオンダ”にしちまってもいいのか?」


 ………蛭魔さんたら、ネーミングセンスないんだね。
(苦笑) ふにゅ〜〜っと しぼんだセナ王子のお膝から。小さな顎を振り上げるようにして、カメちゃんご本人も応援してくれていることだしね。早く“免許皆伝”という身になって、皆でアケメネイのお山へ遊びに行けたら良いのにねと、豊かな実りの秋のさなか、今回のお話はこれにて幕でございます。




  〜Fine〜  04.10.04.〜10.23.


  *これは“閑話”にしなくてよかったですね。
   唯一、謎のままだった蛭魔さんの素性解明篇でございました。
   それにしても、
   このシリーズで葉柱総長を使うのが案外難しくてビックリ。
   そりゃまあ、いきなり登場した人だったからね。
   ただでさえややこしい蛭魔さんが“懐く”には時間も掛かろう。
   揚げ句に性格が…ちょいと浮いた人になったみたいで、
   もちっと暴れ者にしても良かったかなと、
   書き始めてから後悔してましたの。
   も一個の方へは別のアプローチ考えてますが、
   そっちはそっちで、やはり長い話になりそうかもです。(うう。)

  *それにしてもな〜。
   これ書いてて気がついたのが、
   ラバくんたらちゃっかりと
   妖一さんを“紫の上”みたいに自分の好みに育ててやんのvv
   強くて綺麗で賢くて、ちょっと? やんちゃで、
   過激だけれど、心根は優しい子…。
   そいでもって自分への刷り込みまで完璧と来てはね。
   ヘタレキャラみたいに思わせといて、
   実は抜け目ないみたいです、うちのラバさんて。
(笑)


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