来訪者 ~閑話 その6 
     ~なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

          




 もしかして…柄にもなく身の裡に沸いた“懐かしい”という感情へ、ひどく恋しい想いがしたのがその始まり。小さい頃、人里離れた故郷の村で、風の中や木葉擦れの音に紛れて時々感じた、誰かが自分を招く声。自分でももうすっかりと忘れたと思っていたそれを、寝起きの夢の中に久し振りに聞いて。目覚めた後も何だか落ち着けず、じっとして居られない気持ちに煽られるように、こっそりと城から抜け出して。そぞろ歩いていた城下にて、偶然視野に入った“彼”の上に…あの声と同じ感覚を確かに感じた蛭魔であり。自分が修行を積んだ泥門の村に程近い、アケメネイという険しい山岳地帯の隠れ里からやって来たという、そんな彼が言うことには。自分は彼と同じ一族の人間であり、ただ…生まれながらにして、陽白の眷属の一員、光を司る“光の公主様”を導くお役目を持つ“金のカナリア”という存在であったがために、里から下界へと降り立たねばならぬとされて。しかもその際に、大地の気脈を読み取る力を族長の手で封じられてしまったのだそうで。説明されてみれば成程と、それらの背景事情というのも理解出来ることばかりだけれど、

  「チッ、あのおとぼけ師匠めが。」

 はぐらかし上手で、何につけ“さぁて どうしたもんだろうか”なんて言っては、子供相手に頼りなさげに振る舞っていた、泥門での導師としてのお師匠様。実は、そんな事情を全て、今の今まで完璧に隠し切っていたということになる訳だから…ある意味では奥の深い凄腕といえるのかも。
「やっぱ、人に教えをたれるだけの人ではあったんだねぇ。」
 こちらさんは、封印を解かれてからをそのお師匠様にお世話になってる元魔神様。そういえば何かとご教示くださるお言葉の数々、後になって身に染みたものが結構多かったよなと、今頃になって感心していたりして。………どっちにしたって、今頃そんな感慨にふけっている辺り、あんまり真摯には尊敬とか崇拝とか、してはいなかったらしいことを偲ばせて。でもって、
「らしいことではありますが…。」
「そだな。」
 セナくんや雷門陛下に、妙に納得されていたりするのだった。
(笑)





            ◇



 どこから来た彼であるのかが謎のままだった黒魔導師さんの、その生い立ちが意外な形で判明し、

  「俺たちの一族は“封印”の咒を専門とする術者の一門でな。」

 その手腕の優れたるところから、陽白の眷属に“聖地”の守護をと見込まれたのかも知れないのだそうで。此処をと定めた土地や場所、建物や部屋に結界を張ったり、悪しき存在や聖なる動物に、退治のためや守るための封印を施したりという咒の術を、聖地間近での修養により高めつつ、代々に渡って伝えて来たのだとか。だからこそ…他でもない“金のカナリア様”への能力と記憶の封印なんてものが、可能だったのかも知れずで。
「人の能力や記憶は、特別な咒を持って来なくとも、例えば“暗示”という方法でも封じることが出来るのだが、我らの行うものはそれとは違う。」
 代替になる別の何かで置き換えたり、思い出すことをどうしても避けてしまうような条件付けをし直したりするのではなく、
「取り出したり消し去ったりしないで、当人の意識の中へ沈めてしまうという形は同じだが、きっちりと囲い込んで“蓋”をしてしまうのでな。術者の施した手順を辿り直してその“合”をほどかない限り、まずは蘇ったりしないのだ。」
 手法が微妙に違うのだと、葉柱から説明されて、

  「“合”というと…。」

 結界という、主に空間に施す封印の中でも、最も特殊で最も強固なもの。空間だけでなく時間軸へも働きかける咒であり、緻密難解な術式を覚えたからと言って、はたまた…厳しい修養を積んで咒にふれるための精神力に厚みをつけたからと言って、そうそうこなせるようになるものではないという。
「成程、多層異次元に接しても平気でいられる陽界人なんてのは、まずは居なかろうからな。」
 うんうんと頷いて、理屈は分かるし いかに難物であるかへの理解もあるぞと応じた蛭魔の傍らにて、
「~~~。///////
 すみません、まだそこまで習ってません~ ///////と。何だかよく判らない身であることへ真っ赤になってしまう、正直な瀬那王子だったりするのだが、
(笑)
「理解は追い着いていなくとも、そんな“合”の咒を解いてしまえるのだからな。」
 再び“手のり大トカゲ”に戻ったカメちゃんを、両手で懐ろへと大事そうに抱えているセナくんへ、遠来の客人が目許を柔らかく細めて苦笑して見せる。こちらもやはり、人里へ降りて慣れぬ緊張から逃げ出さぬよう、はたまた欲心を持つ誰ぞに攫われぬようにと姿を変える封印の咒をかけられてあった、スノウ・ハミングというそれはそれは美しい鳥だった元の姿が。何もしないうちから…セナのお膝でくうくうと寝入ったその瞬間に戻ってしまったほどであったのだが、

  「ただ単に物凄く懐いたから、なのかも知れんがな。」

 さあ、場所を移動しますよということになって、起こさないようとソファーから立ち上がったセナに。あっと言う間にこの姿に戻って小さな手でひしっとしがみつき、本来の連れである葉柱の方へは“いやいや”をして見せてその手へ戻らぬほどなのだから…推して知るべし。
(笑) 蛭魔にあっさりと言ってのけられ、面目ないとますます苦笑した葉柱だったりするのである。こんな調子で相変わらずに尊大で偉そうな魔導師様の、封じられし“気脈読心”の能力を開封することとなり、その術式に必要な聖なる場所というのへ移動することになったご一同。
『鍵となる“咒”は口伝にて預かって来たが、それを授けて作動させるには、それなりに清められていて邪念や雑念が入り込めない場所がいい。』
 物心つくかつかないかという早い時期に封印された感覚だから、封を開いた一番最初に触れる“気脈”は、出来れば清らかなものの方がいい。そうと言った彼が、歓談していた客間にて。大きな手のひらを下に向けて指差して見せたのが…自分たちの足元、床であり。初めて訪れた筈の場所だというのに、誰かに訊かずともこの城の地下に最も聖なる場所があると感じ取っていたところは、さすが封咒一族の人間。そして、

  『………あ。』

 一体どこを指し示している彼なのか、それに気づいて…少々表情を曇らせたセナだったのだが、さあそれじゃあ移動するかと皆が立ち上がった中にあっては、誰にも気づかれないほどのささやかなもの。目が覚めて、だが、自分から離れないトカゲのカメちゃんを抱っこして。その背中を“いい子いい子”と撫でながら皆さんと一緒にお部屋を出ようとしたセナへ、

  「…セナ様。」

 そぉっと近づいた人のかけてくれたお声にドキリとし、こちらもそぉっとお顔を上げると…いつもの高さにいつものお顔。これから向かう場所へは、シャツと七分袖のジャケットというだけの恰好では寒いかも知れませんと、薄いカシミアのストールを肩へと掛けて下さって、それから。
「………。」
 少しだけ膝を屈めて視線の高さを合わせて下さり、何も言わずにセナの小さな手を片方、やさしく自分の胸元へと導いた進さんで。大きな手にくるまれたまま、そぉっと相手の胸元へ伏せた格好になった、小さなその手の平へは。少し厚手の上着越し、それでも伝わってくる温かさがあって。何のことかしらと小首を傾げかかっていたセナが、

  「…あ。」

 温かさと同時に、進さんの言わんとしていることを感じ取って…ふわりと柔らかく笑って見せる。あのね、ホントはドキンとしたの。あれから一度も足を運んではいない、城の地下にあって聖なる清水をたたえたる神秘の泉。ちょうど昨年の今頃に、皇太后様の体を乗っ取っていた魔女と対峙し、戦いの最終局面にて辿り着いた不思議な洞窟であり。そこでの奇跡が、セナと蛭魔に“陽白の眷属”としての目覚めを齎
もたらしたのではあったのだけれど。そんな幸いと祝福の場所であると同時に、セナには…身も凍るほどの想いも体験した場所だ。この、頼もしくて優しくて大好きな、自分にとって掛け替えのない人である騎士様が、自分を庇って命を落としてしまった場所でもあって。光の公主がたった一度だけ使えるという“反魂回帰の咒”で無事に戻って来た彼ではあったが、それでもね。あの時の胸の痛さはまだ消えない。魔の森から救い出してくれて、身寄りもなく独りぼっちになってしまった寂しさを支えてくれたこの人が。不器用そうに、でもそれはそれは温かく微笑いかけてくれていた大好きな剣士様が。もう二度と目を開けてくれないのだと、そう思ったあの時の絶望の冷たさは、今でもありありと胸に蘇るから。だからね、皆でそこへ向かうことになって…ちょっとだけ気が重かったのだけれども。今、こうやって目の前にいる進さんは、とっても温かい手をしているから。しっかりと頼もしい胸をしていらっしゃるから。
「…温かいですね。」
 小さな声で囁けば、そうでしょう?と目顔で頷いた白い騎士殿。そして、
「大丈夫ですから。」
 深みのある、しっかりとしたお声で返されて、
「はい。///////
 こちらもこくりと頷いた小さな王子様だったりするのである。

  「………。」

 一番後方になってしまった、そんな二人のやり取りへ、
「あんなに通じる“以心伝心”も珍しいことだな。」
 いくら片やが“光の公主”だといったって、普段から畏れ多いオーラを放っている訳でなし。言葉としてはあまりに短い、ほんの二言三言しか交わしていないのに、何かへ心細げになっていた王子をあっさりと宥めてしまった間柄の温かさへと、すぐ前を歩んでいた葉柱がこそりと感心して見せる。
「兄弟なのか?」
 その割には外見といい印象といい、あまりに似ていないけれどと、自分で首を傾げる彼へ。蛭魔が苦笑し、桜庭が…同行している雷門陛下にだけは聞こえないよう、一応は気を遣いつつ、こそりと耳打ちして教えてくれたのが。

  「本人たちにはまだ自覚が薄いみたいだけれど、正真正銘の恋人同士だよ?」

 だってね、生命を懸けてセナくんを守った進だし、セナくんの方だって そりゃあもう、彼がいなけりゃ夜も日も明けないってくらいの思いようでね。今の見てたんでしょ? だったら判るよねvv…と。やたら嬉しそうに語って下さった、こちらさんも妙に人懐っこい、美形の白魔導師さんに圧倒されつつ、

  “………そっか。都ってやっぱ凄いところなんだなぁ。”

 同性同士なのになぁ。別に異性の数が足りてない訳でもないのに、敢えて、心だけのつながりなんていう、そういう形での愛情を深めもするんだなぁと。さすがは聖地のお守り一族らしい、清らかな考え方で把握なさった模様だが。
(う、う~ん)  隠れ里生活の長い葉柱さんには、いくら長旅をして来て見識の厚みも増したとは言え、まだまだ知られざるものは多々有りきなようでございます。(おいこら)






            ◇



 日頃は全く使われず、月に一度ほどの通路・水路の点検や見回りがある程度という場所である地下へと、一行はどんどん降りてゆき。途中、雷門陛下には万が一にも危険があってはなりませぬからと、近衛連隊長・高見さんからの言伝を持った側近の方からのストップがかかったため、報告待ちのお別れとなって、さて。

  「………随分と静まって。」

 城の礎のさらに下。天然の洞窟が闇に沈んだ空間へと出る。壁に並んだ火皿へと、桜庭が咒でもって一気に明かりを灯して。その柔らかな光に照らされて浮かび上がった洞内は、1年振りに此処を訪れたセナや…蛭魔にさえ、感嘆の声を上げさせた。城に根深く巣食っていたものの邪悪さや、あの時の緊張感が払拭されているその上へ、城や城下の活気が戻ったことが染み渡ってのことだろうか、あの時はいやに陰惨とした雰囲気ばかりが垂れ込めていたのにね。今は…ちょっとした珍しい景勝地もどき。盛夏の最中に涼みに来れば良かったねと思ってしまったくらいに、ただ静かなばかりの落ち着いた空間でしかない。そんな中に到着し、

  「……………。」

 早速のように、眸を瞑って黙り込むと、ほんのしばらくほど。洞内の空気の気配をまさぐっていた葉柱だったが、

  「………うん。」

 最も効果の出る場所というものを探り当てたらしく、セナの手からオオトカゲのカメちゃんをそっと取り上げ、自分の広い肩の上へと移す。そうしてから、
「二人とも、泉の中央まで入ってもらえるか。」
 一体どういう侵食がこんな形にしたのだろうか。漏斗を逆さに伏せたような形に、中央ほど高く尖って吹き抜けている、鍾乳洞の天井の真下。透き通った清水をたたえた泉の真ん中辺りを指差して見せ、

  「あの辺りが一番“聖気”が強い。」

 雑多な“気”が入り込まない方が、感覚も記憶も、その身へすんなりと戻って馴染むからという指示を出す葉柱に、二人の陽白の眷属たちはついつい顔を見合わせた。何せ此処は くどいようだが先の騒動の終盤戦にて、最終決戦の場となった泉。それぞれに様々に、壮絶な戦いをくぐり抜けての決着をつけた彼らであり、先程セナ王子がついのこととて身を竦ませてしまったように、自分たちの生気を吸い取ってしまった泉だったことを思い出してか、怖いものなしの蛭魔であれ、思わずのこと、その足が止まったらしかったのだけれど。

  「行きましょうかvv
  「…ああ。」

 さっき騎士様に不安は吹き飛ばしてもらったからと、小さな公主様が“にこりんvv”と微笑みかけたのを引き取って。黒魔導師様も苦笑を返し、肩越し、背後に立っていた相棒の白魔導師さんへと小さな目配せを送ってから、先に入った葉柱の長身を追い、二人して泉の中へと分け行った。
「此処で…良いかな。」
 そんなに深さはない、だがちょっとばかり冷たい泉水の中。セナと蛭魔を向かい合わせ、セナの方の背後に葉柱が立って。背丈の低いセナの頭越しに蛭魔と向かい合うという位置に立った葉柱は、ボトムの腰から…これは自分で着替えの際に付け替えていたらしき革の小さな袋を外すと、中に入っていた小さくて針のように尖った葉を摘まみ出す。松にも似た堅そうな葉であり、故郷から持って来たものであるなら摘み取って随分と日も経っているのだろうに。しっかりと堅いままならしいその先の部分にて、自分の胸元近くで広げた大きな手のひらに何事かをすらすらと書いて見せ。咒の円陣を記したらしきその手を、ちょうどセナの頭上にて、もう一方の手のひらと“ぱんっ”と合わせて…速やかに。咒詞の始まりを朗々と宣じ奉る。


  《 去るは過日の宣詞。アケメネイの神の座にて。
    その耳を、目を封じられし瑞鳥の、封印の結界を今此処に解き放たん。》


 葉柱の落ち着いた低い声が、それは静かな咒を唱え始める。まだ勉強中のセナは勿論のこと、蛭魔でさえ聞いたことのない、どこか特殊な発声が入り混じる咒で。だが、違和感や抵抗は全く感じられず。それどころか…意味は分からぬままだのに、もっと先を聞いていたいと思わせるような、優しくて落ち着ける静かな旋律に乗って紡がれる、一種の聖歌のような不思議な咒。

  「……………。」

 あまりに心地いい、声と旋律の流れなものだから。それを間近に聞いている蛭魔もセナも、そんな指示は出されていないのに…自然な所作のままに、瞼を伏せて やや俯いて。穏やかな咒詞を黙って聞き続けており。何とも静かなままに祈りのような咒詞は続き、付き添って来た二人、進と桜庭も、ただただ黙って彼らの儀式を見守っていたのだが。

  “………ん?”

 何かが…目には見えぬ何かが周囲で震えているのに気がついた。気配、いや、どこかから吹き込む風でもあるのだろうか。泉水と共に洞内に満たされていた、瑞々しくもどこか厳かな冷ややかさを帯びていた空気が、急にその密度を増してゆくのが感じられる。静かに眠っていたものが、一転、生気を満たした躍動に踊り、今にも わっと沸き立ちそうな気配を孕んでいて。
“敵意や害意は無さそうだが…。”
 この面子たちの中では唯一、こういった神秘や超常現象には直接の縁がない進だったが、邪に満ちたまがまがしい気配ではないと、そんな気がして…剣にも手は伸びない。壁へと灯された明かりの炎たちも、少しずつ流れ始める風の気配に揺れながら、それぞれに明度を増しており。お陰で見通しはずっと良くなった。泉の真ん中、厳かに続く咒詞を受け続けている二人の様子にも、特に変わったところはなかった…のだが。

  ――― え?

 不意に。蛭魔が何にかその表情を強ばらせ、痛みでも感じたのか眉を寄せて見せる。伏せられた睫毛の陰が落ちた白い頬や口許も、微かにながら何かへ耐えているような強ばりを見せており、
「妖一?」
 痛いことや怖いことなら、即刻 邪魔をしに飛び込むからねと。実はそんな不埒な料簡を抱えていた、相変わらずに恋人さんへは過保護な白魔導師さんがハラハラと息を飲んで見守る中、その蛭魔とそしてセナの額の真ん中へ、それぞれに浮かび上がったものがある。蛭魔には金の、セナには銀の、小さな小さな粒実の核。
“あれは…。”
 そう。彼らが陽白の眷属としての覚醒を迎えたあの時にも、それぞれの額に浮かんだ小さな粒で。まだ“月の子供”という卵の段階でこの泉に浸かると、持ち得る生気を全て、大地の気脈に吸い取られてしまっていたところ。それぞれの大切な人が与えたことになった“破邪の属性物”としてその身に取り込まれ、しっかと二人を守った金と銀であり、

  ………う、くぅ。

 苦しげに眉を寄せていた蛭魔が、何かを振り払おうというような仕草を見せて。抜けるような白い頬を叩くように金の髪の裾を揺らしながら、ゆるゆるとかぶりを振ったその途端に。

  ――― ぱんっ、と。

 そのあまりの強さに、灼熱を帯びていた炎が噴き上がったのではないかと思ったほどの、白く輝く閃光が、彼らの立つ位置を中心に一気に弾けた。洞内のあらゆる物から陰と輪郭を奪った凄まじいまでの閃光は、見守っていた桜庭と進の視野をも叩き。あっと咄嗟に目許を腕で覆ったものの、瞼の裏を真っ赤に叩いた強い光はゆっくりと8つまで数えるほどの結構長い間合いを同じ強さで照り続け、そして。………ふっと、あっけなく消えてしまって。
「………?」
 真っ暗闇に没した訳ではなかったが、あまりに強烈な光の強襲だったせいか。突然明かりが消え、気温まで下がって寒々とした中に放り込まれたような違和感が少々。そんな彼らが…。

  「「………っ!」」

 ほとんど同時に同じものへと視線を奪われて息をのむ。泉の中央、彼らが最も大切な者らの立っている場所に、

  ――― 純白の翼を広げて、今にも飛び立たんとしている優雅な瑞鳥。

 先程、洞内を満たした、凄まじいまでに鮮烈だった灼光すべてを吸い込んだような。内から輝く練り絹の白をまとったその物体は、階上の客間にて、セナ王子のお膝で転寝をしていたスノウ・ハミングにも少し似た、こまやかな光を丁寧に集めて織り上げたような それは…大きな大きな一対の翼であり。洞内の空間に光の粒を振り撒きながら、洗練された舞いのようなゆるやかな煽りを見せつつ、扇のように広がっては背へと戻り…を繰り返している。そんな動きに合わせて、小さな綿羽が泉の面や空中といった辺り一面に舞っている。光の乏しい洞窟の中、背景にしたがえた漆黒の闇を押し返すほどの目映さと共に、禁忌を主張する白としての、無垢なればこその非力から、汚辱にあって手折られそうな儚さをも持ち合わせており、

  「な…。」

 桜庭が息を飲んでそのまま、その場にへたりと座り込んでしまったのは。艶やかな純白の翼は、他でもない…蛭魔の背で、健やかなまでの張りを保ってそれは大きくゆったりと羽ばたいていたからだ。意識がちゃんとあるのかどうか、薄く開いた目許からは淡灰色の瞳が覗いていはするが…表情はどこか焦点の合わぬそれなまま。先程までは闇に輪郭が呑まれかけていた黒装束も今は見事に浮かび上がっており。金の髪や白い肌、そして純白の翼という要素の中にあっては…彼の細身の肢体を尚のこと引き絞って見せるため、心細げな存在にして見せてもいるような。そんな彼と向かい合うセナの側もまた、重たげに伏せられた瞼と表情のなさから断ずるに、意識が半分ほど眠りの淵に招かれている“トランス状態”にあるらしい。それでも足元はしっかりしたまま、浅い泉の中にちゃんと自力で立っており。そんな二人と、そして、依然として静かに咒を唱え続けている葉柱と。3人の姿をハレーションが起こっているほどの目映い白が包み込む。

  「…妖一。」

 再びの痛みが迫るのか、それとも苦しいのか。不意に痛々しいまでの険しい表情になり、きつく眉を寄せたまま、とうとう細い顎を振り上げ、何かしら微かな声を上げてまでしてかぶりを振ったその途端に。彼の背中の翼が大きく震えて宙を打ち、そのまま前へと煽られて。自分の身はもとより、向かい合っていたセナの体をまで、翼の先が捕まえるとそのまま中へと包み込んでしまって、それから………。














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  *思わせぶりなところで切ってすいませんです。(笑)