遥かなる君の声

     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 

 

          




 神話に連なるほどにも古
いにしえの昔より、優れた人格者であったとされるその祖先たちが、友情と慈悲とで周囲に集めた人々と共に、手を取り合って基礎を建てたと言われているのが、此処“王城キングダム”という王国で。歴代国王の誠実なる信念とそれを支える騎士たちの忠誠心による堅牢なまでの守りは、一致団結の心が脈々と受け継がれたその結果、暖かな季節には鋭く切り立ち、極寒を迎える冬場には外海からの入り江を氷で封じられる自然防壁を水をも漏らさぬ厳重な監理態勢にて完全なものとし、現世に至っても刃向かえる敵はなしと謳われる、この世界で最高の王権国家を、史上最長の長さでもって、盤石揺るぎなく存続させている。

  ……… と、表向きには“そういうこと”になっているが。

 実を言えば。そんな大国を二分するほどの、しかも十年近いという長きに渡った歳月を費やした大きな大きな“内乱”が、近年のこの国では勃発しており、ほんの2年ほど前にやっと終止符が打たれて決着したばかり。広い大陸の中、王城の自治権外にあたる地域にまで逃げ落ちた片やの将を、もう一方の陣営の当主が“草の根を分けてでも”という執念深さで追わせての長丁場。何しろ“王位継承”を巡っていたという、国家の先行きにからんだ騒動であっただけに、兵も民もどちらかの陣営に下り、将軍なり代官なりの指示に唯々諾々として従わざるを得なかった戦だったのだが。その真相はというと…負の力で人々の魂を禍々
まがまがしい漆黒に塗り込める、闇の眷属、暗黒の覇王の使い、陰体の邪妖が王宮に侵入し、選りにも選って王妃に憑いての暗躍をしてのこと。世界を虚無という暗黒の陰体でくるみ込んで一気に滅ぼそうという、負界の覇王に忠誠を誓った手先の邪妖が現れて、この時代に生まれるという“光の公主”を摘み取らんとしたその策謀。危機を察した巫女の侍女から、秘かに記憶を封じられ、自分の生まれさえ忘れた少年が、その公主様の玉子“月の子供”だったと知った、一握りの心ある者たちが。決死の思いで戦ったその成果。やっとのことにて公主を覚醒させ、邪妖を滅ぼし、大地に再びの安寧を齎した…のが2年前のお話で。そんな壮絶な戦いがあったことを知る者は少ないが、偉大な御力を持つ聖なる存在が現れたことはすぐにも広まり。此処、王城キングダムは、ますますの繁栄を約されたと、民の皆が心躍らせ、表情を明るくしたという。







            ◇



 神話を紡ぐものさえいないほどの太古の昔。この世界が曖昧模糊とした“混沌”から、実体のある“陽”と形の無い“陰”とに分かたれたその時に、それらを分かつためにと放たれた一閃の光を、魔と聖が激しく奪い合った。魔は世界を滅ぼし尽くして“虚無”という元の巨大な混沌に戻すため、自分たちの正体をくっきりと暴いてしまう“聖なる閃光”を砕こうとし、聖はそれを阻止しつつ“閃光”を守るため。凝縮して“日輪”となった存在を天上の高みへと遠ざけたその上で、新しい世界を営む主役である“人間”と聖とが交わった一族へ、普通の人間とは一線を画す特別な力を与え、その“陽白の一族”に地上をようよう守れと任を託した………。

  「…ってことになってるんだ。」

 俺らの一族に伝わる口伝書によればと、お話を括って下さったのが。アケメネイの山岳地帯からやって来た、葉柱ルイさんという青年導師。封印の咒を専門とするその能力の中、殊に“守護結界術”に長けた一門であったため、王城キングダムがまだその祖先さえこの地にいなかったほどの大昔に、陽白の眷属たちから聖地を守るよう言いつかり。峻烈なまでに険しい尾根に万年雪となって消えない雪渓の陰にて。誰にもその存在を知られぬままに、長い歳月をひっそりとしのいでいでいたという神秘の一族だそうで。いつかこの地上に降臨なさる、聖なる存在“光の公主”に何らかの関与をなす“聖地”に一番間近い土地にいたためだろうか。公主様を導きお守りする“金のカナリア”を一族の子の中に輩出しもし。その誕生をもって いよいよの機の到来を知ったと共に、彼を地上へと降ろしたその際、邪妖から聖地を辿られぬようにと、故郷への道を感知する“翼”を封じられたカナリアさんだったので、
「そのおかげさんで、邪妖の気配を嗅げねぇ身だったからよ。何かと随分、骨を折らされたもんだってんだよ。」
 選りにも選って、大地の気脈を源にした“咒”を扱う魔導師としての修養を積んでいた身には、聖邪引っくるめた精霊の気配や、大地に息づく気脈の流れが読めないというのはかなりのハンデであったらしく。けったくその悪い話だぜと吐き出すように言い返す蛭魔であるのへ、
「まあま、僕が傍にいたからそんなにも不自由はしなかったでしょうに。」
 宥めるようなお声がかかったものの、
「偉そうに言ってんじゃねぇよ。」
 それもまた彼を身を呈してガードしようとしての末のこととはいえ、今思い出しても胸糞の悪い、あの“迷いの森”にその身を呑まれたくせしてよと。鋭利で権高、されど玲瓏で麗しき顔容
かんばせを、ますます恨めしげな表情に染め上げる、金髪金眸のカナリアさん。相棒が不在の間は不自由な身のままに孤立無援で奔走していた彼だったから、恨み言の一つや二つや十、二十、容赦斟酌なく浴びせかけても傲慢じゃないぞと言いたげなお顔になった妖一さんの。その撓やかな痩躯を…ぐいぃっと、すぐ傍らから頼もしき腕でくるりとくるみ込むのは。
「怒りん坊さんだね、相変わらず。」
「…その、いかにもな“子供扱い”は速攻で辞めろ。」
 さもないと撃つぞと、コルトガバメントのマグナムなんてデカい口径の銃を、ファンタジーものの世界へ持ち出すでないというに。
(苦笑)
「魔導師だから何でもアリなの?」
「さぁな。筆者のサジ加減だ。」
 そんな言いようをしながらも…実弾装填かも知れない可能性が、この人の手にある時だけは異様に高い気がする物騒な拳銃を。綺麗な額の真ん中へごりりと押し当てられるのにも結構慣れて来たこちらさんはといえば。亜麻色の柔らかそうな髪を耳元から頬へ、後ろはうなじを隠すほどまでふんわりと流し、ソフトな容貌に優しい笑みを絶やさない、若々しくも瑞々しい見目をした青年で。過激な性格の相棒の、されどどこか孤高の陰がつきまとっていた存在感へ、寂しい魂へはするすると惹かれる性質が見事に呼応し、彼から離れられなくなった桜庭さん。実は実は精霊の長じた存在、俗に言う“魔王”であったというのは…此処だけの秘密なのでどうかよろしくでございます。
(おいおい)

  ――― それはさておき。

 そんなこんなの騒動確執の核であり、この世が魔の暗黒に呑まれないがために是が非でも覚醒してもらわねばならなかった“光の公主”の玉子こと、神聖なる“月の子供”であった、小さな小さな瀬那殿下。ご本人の本質はといえば、至って地味な…あ、いやいや。引っ込み思案で寂しがり屋で。なのに誰へでも優しくて、限りなく利他的な男の子。他でもない自身が負っていた、あまりに大きな運命を知らされて、その苛酷さに立ち尽くしそうになりつつも、それが世のため、乱世を収めるためだと何とか頑張り覚醒を成し遂げた彼が、今度はせめて一人前の導師並みに咒を扱える身になるようにと。現在は“気”の読み方や、この国では“咒”と呼ぶ魔法のお勉強の真っ最中。その補佐をするべく集められた…というか、金のカナリアさんを筆頭に、先の騒動に貢献した面子たちがその延長でフォロー役にと付いていて。日輪から降りそそぎ、万物の始まりを生み出し、時を縫う風を廻す陽の力、即ち“光”を統括出来る御身を、自身で制御出来ますようにと、日々、修行を積んでおいでであるのだが。

  「実際のところはどうなの?」
  「何がだ。」

 だから、と。こんなぞんざいな訊き方からでも“何を問われているのだか”くらいはあっさりと分かっているくせに。一を聞けば十…どころか百くらい判った上で、勝手に自己完結してとっとと行動に移ってるような“切れ者”なくせに。白々しいほど回りくどくも惚けて見せる黒魔導師さんへ。実を言えば彼をそんな人物に育ててしまった一番の責任者である白魔導師さんが、むむうと口許を尖らせて訊き返す。
「セナくんのお勉強の進行状況だよ。」
 王宮の方々は、誰もが彼を…このまま王城にいらしてくださる“守り神”のように捉えているようだが、
“でもでも、セナくんの意向は変わってないみたいだし。”
 あの負界からの使者を相手に勃発した、それはそれは物騒な騒動が彼らの奮闘にて一気に終結し、邪妖の思惑に振り回される格好で混乱しかけていた国の中も、荒らされた国土の復興や治安の乱れへの手当てや整備が順次整いつつあるとあって、王族や大臣の力のみで元通りの安定した治世がつつがなく送れる世情へ戻りつつある。それでなくとも、

  『咒を身につける修養が一通り終わったら、元いた南の村へ戻ります。』

 大きな力を持つ存在の前身“月の子供”であったがために、邪妖から命を狙われていて。そうと察した…まだ邪妖に取り憑かれてはいなかった王妃様から、出来るだけ遠いところへ身を隠せと逃がされて。一緒に落ち延びた従者の中、この大陸の古き一族の出であった まもりさんから、記憶を封印されて匿われていた小さな寒村。実際はほんの短い間しか住まわってはいなかったそうだけど。それでもそこでの思い出が、自分には一番に暖かくて手厚い。実際に日を過ごして笑ったり困ったりした、村人の皆さんから家族同然という扱いを受けて可愛がっていただいた土地だから。やっぱりあの村が自分の故郷のようなものだと、そうと言ってた内気な王子様。
「何も今世最高の魔導師にまで育てる必要はないんだろ?」
 凄まじい力を秘めている存在だから、それが暴走しないように、一通りの制御がこなせればそれでいい。どうせこの先、あの騒動クラスの災悪なんて、そうそう起こりはしなかろうし。万が一にも何かあって、そうでありながら…セナくんが“咒力”を上手く発動出来なくとも、
「そういう危機は感じ取れるようになった妖一なんだから、いざって時にだけ飛んできゃいいんだし。」
 うんうんと勝手に感慨深げに頷いている白魔導師さんへ、
「…お前。」
 蛭魔が呆れ、
「よっぽど修行を早く終わらせてほしいらしいな。」
 葉柱が苦笑したのは言うまでもないことであったりした。………確かに、相変わらず判りやすいお方であることよ。以上、王宮内宮の一角、導師様方の談話室にてのひとコマでございましたvv









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  *え〜。かなり間を置きましたのは、
   ちょこっとばかし準備をしていたからでして。
   まずは“書き方”の練習がてら、当シリーズの基礎のお浚いを。
   先の『月の子供』のように、てきぱき進める自信はございません。
   またもやじりじりする連載の始まりでございますが、
   よろしかったらお付き合い下さいませです。

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