月の子供  〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          



 懐かしい夢を見た。まだ凄げぇ小さかった頃の夢だ。俺は両親のことも良く覚えてはいなくって、生まれ故郷も知らないまんま、気がついたら今の師匠のところにいた。こっちから訊かなかったからか、師匠もあんまり話してはくれなかったけれど、どうやら俺は氏素姓のはっきりしない、大人たちから厄介払いされたクチの子供であったらしい。修行のためにと師匠の庵房に居合わせた他の子たちは、代々が導師だっていうよな由緒正しき家系の子とか、それなりの紹介状持参っていうエリート面した奴が大半で。人んコト、小間使いみたいな存在だと勘違いしてやがった奴もいたけれど、修行が始まったら これがてんで話になんねぇ奴ばっかで、基本の"気の制御"の"止水の構え"も満足にこなせない。そうなると、今度は"師匠に贔屓されてる"とか何とか言い出す奴もいて。人に構ってる間に集中の習練の一つでもしろよななんて思ったもんだが、相手はガキだったからな、言っても無駄だって思ってこっちからも相手にしなかった。そういう奴は結果として長続きしないから、早々に郷里へ戻されるのがセオリーだったしな。

 『妖一。』

 そんな事情から、あんま"友達"ってのは周囲に いなかったんだけどな。そうなんだってことを不自由だとか、ましてや寂しいとか、一度も思ったことがなかったのは、いつも気がつけば傍に奴がいたから。

 『サクラバっ。』

 歴史や咒の理屈なんかの様々な知識の勉強とか、実践とか、当番の雑事とか。そういうので毎日結構忙しかったけど、それでも合間に息抜きの時間ってのはあってサ。そゆ時にいつも、呼べば傍に来てくれるのが奴だった。
『今日は何をお勉強したの?』
『うっとな、結界の魔法陣の書き方を教わったぞ。』
 春は繚乱と咲き誇る桜花の、夏は湖畔の風になぶられる柳の、秋は色づくカエデの樹の下で、いつも柔らかに微笑って話を聞いてくれた、いい匂いがする大きな友達。…そういや、昔から、あいつデカかったよなぁ。冬場の寒い時なんかは、膝の上とか懐ろへ余裕で抱えられてなかったか? 大きなマントに くるまらせてもらって、
『俺も大きくなったら サクラバくらい大っきくなれるのかなぁ。』
『なれるさ。きっとボクよりカッコいいお兄さんになれるよ?』
 ってことは、自分もカッコいいって思ってんのかよ、しょってらぁって笑ったら、ひどいなぁって眉を下げたけど。それでも、いつも笑っててくれた。あ、でも、

  『…ごめんね、怖かったね。痛かったよね。』

 何でだか、時々は凄げぇ泣く時もあったよな。俺が薬草摘みに入った森の中で獣や何かに追われたりして危ない目に遭ってたり、その弾みで怪我したりすると。真っ先に駆けつけてくれるのに、相手を容赦なく攻撃の咒で追い払い、転んで擦りむいたりした怪我を治癒の咒で跡形もなく治してもくれるのに、
『遅くなってごめんね、怪我に間に合わなくてごめんね。』
 何度も謝りながら、ぼろぼろ泣くんだ。こっちは全然怖くもなかったし、怪我くらいで泣いたりなんかしねぇのによ。
『なんでお前が泣くんだよ。』
『だってさ…。』
 ニンゲンになんか なるんじゃなかった。そうじゃなかったなら こんな距離ひとっ飛びで来れたのに。妖一が怪我する前にちゃんと間に合ったのに。何かそんなことぶつぶつ言ってて。手当てが済んでも ぎゅううって抱きついたまま、なかなか泣きやまなくってサ。
『ほら〜、俺が泣かしたみたいじゃんかよう。』
『だってさ…。』
『泣き虫は嫌いだぞ?』
『…うん。』
 俺より大きいのにな、しょうがない奴だよなって。頭とか背中、撫でてやったよな。そうしたらさ、

  『妖一が無茶するのは誰にも止められないって判ったからさ。
   せめて、ボクが間に合うかどうかってことを必ず考えるようにして。』

 真っ赤に泣き腫らしたまんまの眸で真っ直ぐ見つめながら、そんなこと、言い出して。
『???』
『ボクがどんな怪我でも治して見せるから、無茶するのは構わない。ただ、間に合わなきゃ意味がないでしょ?』
 だからね、せめてボクのこと、思い出して。今から無茶するぞって、頭の中で強く思ってくれたら、それがボクにも届くからさ。そんな妙なこと言ってたよな。



  ――― けど。………あれ?
       何でだろ。あいつってば、そのくらいの頃から、
       背丈とか物言いとかが、今とあんまり変わんなかったような気がする。
       余裕で抱っことかされてたような?
       術や咒だって、師匠並みのレベルのを使ってたような?
       あれれ? ガキん頃ってどんな顔してやがったっけ?
       なんか、いつも今と変わらない雰囲気だったような…?
       ………どういうこったよ、それって。









            ◇



  "………。"

 ぽかりと眸を開けると、すぐ間近にそのお兄さんの端正な顔があった。甘い匂いのする温かな懐ろへしっかと抱え込まれており、早朝の肌寒さが部屋の床辺りを満たし始めているものの、大きな毛布の中、薄いシーツ越しになってくっついている肌と肌の温もりは、ほやんと擽ったくてたいそう気持ちがいい。

  "………。"

 ということは……………昨夜もやりましたね?

  "…うっせぇよ。//////"

 あははvv いつもの脱線はともかく。
"………。"
 つくづくと眺めやる、すっきりとした目鼻立ち。少しばかり枕へ伏せがちな傾きのまま、無心にくうくうと眠るその顔には、光の加減のせいでか仄かに柔らかな陰が紗
しゃとなってかかっていて。そんなせいか、それは静謐な、どうかすると哲学者のそれのような聡明さをたたえたお顔に見えさえする。
"基本的にバランスよく整ってる顔だからな。"
 それこそ他の人間には滅多に見せなかろう、どこか情けない顔をこそよく目にしているものだから。妖一にしてみれば、こういう静かなお顔には縁がなく、むしろ珍しいもののようにも見えた。まろやかな笑顔ばかりを向けられているから気がつかなかったけれど、柔らかな印象に満ちて見えるそのお顔。よくよく見れば…彫も深いし、青年らしい、少しだけ頬骨の立った精悍さも見られなくはない。同じくらいの年頃の青年。対等な口利き、態度を通している、自分にとって一番心安い相棒。

  "…でも。"

 さっきまで見ていた昔の夢はあまりにリアルだったものだから。その余波から思い出したことがある。そういえば、この青年は…自分がたいそう小さかった頃からも既にこんな雰囲気のままに傍らにいたような。夢なればこその矛盾なんかではなくて。………そう。小さい頃の自分にとっての"サクラバ"は、あんまり頼りにはならなかったけれど
(笑) それを補って余りあるほどに、いつだって優しい"大きなお兄さん"ではなかったか? 先の"迷いの森"の一件にて初めて長いこと離れ離れになったせいで、妖一の中で何かが解ほどけでもしたのだろうか。今の今まで何とも不審に感じなかったものが、これって訝おかしなことだよと改めて訴えかけてきた感がする妖一であり。

  "…だとすると、暗示か。"

 どんなに不自然なことでも、意識しなければ…その不審な点へも気がつかないままで通せるもの。10年以上もの間、ずっと年を取らなかっただなんて不思議へ全く気がつかないだなんて、幾らなんでも無理があるが。ならば…人為的な、しかも強烈な暗示を掛けられていたら? この彼はかなり強力な白魔法を使える導師だし、そこへ師匠も協力していたならばそんなに難しいことではなかったかも。

  "さすがは"絶倫大魔神"ってか?"

 …それ言うの、いい加減に辞めたげなさいっつーの。
(笑) 前世はともかく、今はこんなにも優しい、よく気のつく良い彼氏じゃないのよさ。

















「…? どしたの? 妖一。」
 何だか。何か言いたげなお顔でこちらを見やる、金髪の相棒さんの視線に気がついて、かくりと小首を傾げた、こちらは亜麻色の髪の魔導師様。すっかりと夜も明けた朝の目映い光の中で、今日はこの宿を昼前には発つからと、それぞれに荷物や身支度を整えていた二人なのだが、時折、ちらりちらりと気になる視線を送られては、そうそう黙ってもいられない。そんな相棒へ、蛭魔は…ちょいと目許を眇めて見せる。

  「…このショタコン。」

 はい? と。あまりに唐突な言われように、面食らうよりも意味が分からないというお顔でいる桜庭へ、
「今朝、思い出したんだよ。お前、もしかして全然 歳取ってなかろうがっ。」
「…あやや。」
 こうまで言われると…さすがに思い当たるらしく、首をすくめた桜庭だったが、

  「あ、…ってことは、妖一、お誕生日過ぎたんだね?」
  「???」

 めげずにニコニコしている彼の言いようへ、怪訝そうな顔を向ければ、
「ボクがかけた暗示はネ、妖一がボクと同い年になったら切れるって代物だったの。でも、妖一の正確な誕生日って知らなかったしさ。だから、いつ頃なのかなぁって、ワクワクしながら待ってたんだよ?」
「…だから、そうじゃなくってだな。」
 桜庭くんの能天気ぶりに、朝っぱらからどっと疲れたらしき妖一さんだが、

  「同い年?」

「そう。ボクは、こないだ妖一が見抜いたように、過去の存在が封を解かれて復活したっていう魔神だったのだけれどね。そこはお師様だって抜かりはなくて、もう一度封印されたくなければ"人間"という生身の器に収まりなさいって、ボクのこと説き伏せたの。でもさ、能力的なキャパシティが大きすぎて、普通の"人間"には収まり切れなかったもんだから、色んな術も使えるままだったの。」
 困った話だったんだよねと笑う彼だが、それって…。
"そんなで"人間"に収まったって言えるのかよ。"
 だよねぇ。
「そんなこんなのドタバタが落ち着いたころにネ、妖一が師匠の庵房へ来たんだよ?」
 桜庭はそれは嬉しそうな顔になり、その頃はこ〜んな小さくて、そりゃあもう可愛かったんだよなぁ〜と目一杯しみじみと陶酔してから、
(笑)

  「もうもう一目で分かったね。
   この子こそが、ボクのこれからの運命を左右する子なんだって。」

 10数年後の"その子"本人を目の前にして、それは やに下がってしまった亜麻色の髪の導師様であり、
「そいでサ、師匠に言ったんだ。ボクはこれからこの子の守護を担うから、だから…。」
「暗示をかけるのに協力してくれってか?」
「そうっ♪」
 年格好なんて外見、いざとなったらどうとでもなるんだけれど。やんちゃだった君の行動をフォローするには、このくらいの"お兄さん"でいるのが丁度良かったしね。子供の成長はすこぶる早いし、それに比べると大人がいつまでも同じ印象なのをさして不自然には思わないものだしサ。
「現に、まるきり気がつかなかったろう?」
「…う"。」
 妖一ほど聡い子でも、そういうもんなんだって。でも、生身の体は何かと大変で、結構苦労もしたんだよ? 魔神のままなら何処へでもひとっ飛びで行けたし、遠くの物でも ちょちょいで呼び寄せられたのに。間近にいない人の声だって念じるだけで聞けたし、どんなに遠くたって話しかけることが出来たのに。いちいち体を動かすのは、慣れるまではなかなか面倒だったかな。そんな暢気な言いようをする彼なものだから、
「いい気なもんだよな。」
 ずぼらのし過ぎで罰が当たったんだぜ、きっと。ふんっと鼻を鳴らしてそんな憎まれを言う妖一さんだったが、

  「………そうだね。」

 何かしら弾みのついたことを言い返すでもなく、どこか殊勝なほどに静かな声で。桜庭はそんな風に答えると、ふいっと視線を逸らして窓の方を見やる。

  "???"

 何だか気勢が削がれてしまい、口許を曲げた妖一だったが、

  「お腹空いちゃったな。ご飯、食べに行こうよ。」

 けろりと様子を戻して、いつもの明るい声を出す桜庭に、
「ああ…。」
 ホッとしつつも…何だか少し。引っ掛かるものを感じた妖一であった。



 


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 *性懲りもなく、例のファンタジーの続編です。(笑)
  今回は不定期更新となります予定ですので、
  どか、のんびりとお付き合いくださいませですvv