春を待つころ



          



 そんなものがこんなところにあろうとは思わなかった。駅前での待ち合わせをし、特にどこで何をするとも決めないまま、すたすた・とことこ。交わす言葉も少ないままに、ただただ延々と歩いて歩いて。一般人よりは上背のある進清十郎は“歩くランドマーク”だから良いとして、どうかすると同じ年頃の女の子の平均より小さい小早川瀬那を、はたと気づくのが遅い進の側から…雑踏の中に見失う恐れは大きくて。人込みの中だと はぐれかねないなと気づいたのが何度目の逢瀬からだったか。そこで駅前の掲示板をひたと睨んで幾刻か。やはり何とも言わぬまま、すたすた歩む大きな背中に大人しく付き従って辿り着いたのは、緑苑の中の随分と寂れた小さなグラウンド。
『わあ〜。』
 この公園自体には小学生の頃の写生会などで結構足も運んでいたのに。その奥にこんな場所があっただなんて、どちらかと言えば"地元民"のセナも知らなかった。今は冬枯れの季節なのでよくは判らないのだが、ニセアカシアだろうか、ちょっと手入れの悪い、間の詰まった木立ちの奥向き。正に不意に開けるという格好で、視界の中、その空間は現れて。ところどころ錆びついた金網のフェンスに囲まれて、打ちっ放しのコンクリートながら階段状の観客席もちゃんとある。ダッグアウトっぽいベンチがあるところを見ると、野球用の競技場だったのかもしれないけれど。それにしては…陸上用のトラックの痕跡があったりもする。
「ちょっとした運動会にも使えるような、総合競技場ってトコだったんだろうね。」
「だと、思います。」
 真っ赤になった頬。汗を冷やすと風邪を引くからと、走る前にシャツの下、背中に広げて入れておくよう言われていたタオルを首の後ろから引き抜いてから、ウィンドブレーカーを羽織る。そんなセナへ温かい缶入りミルクティーを差し出しながら、
「…にしても、変わったデートだよね、あんたたち。」
 遠い向こうのフェンス側を通過中なのは、相変わらずのマイペースで汗ひとつかかず、さして上がらぬ普通の呼吸を、それでも一応は白い湯気のように顔の辺りへまといつけながら、ざくざく走り続けている進である。そんなチームメイトを見やっての、どこか感慨深そうな台詞を向けられ、
「デっ、デデデ、デートだ、なんてっ。/////
 真っ赤になって うつむいて。まだ開けていない缶の縁に口をつけ、カツンと前歯を当ててしまう可愛い子。寝癖なのか癖っ毛なのか、ちょいと撥ねた前髪の下、大きな眸が困ったように泳いで…。
"でも、まんざらでもないって顔だよ?"
 真っ赤になりつつ、ほころんでいる口許が、何よりも物を言う。芸能人で洒落者な彼には珍しいほど地味なデザインの、ツイードのジャケットにセーターとGパンというシンプルな格好をした桜庭春人が、それは楽しそうな笑みを見せながら、胸の裡でそう呟いていた。





 アマチュアの…高校生の部活とはいえ。全国レベルのチームともなると、学業以外は時間も体力も集中力も全てをそちらに充てられるもの。王城ほどの有力チームなどは、レギュラー用の専用クラブハウスが有りの、照明設備付きのやはり専用フィールドが敷地内に有りのと、生活の面でもしっかりサポート&管理されているのでは?と思っていたセナだったが、
『そんなものはない』
 進はあっさりとそう言った。確かに何かと設備は整っているが、アメフト部へだけのそれではない。各部が有名な実力を誇るスポーツ奨励校だから、共用になっているトレーニングルームに様々なフィットネス系のトレーニングマシンが揃えられているだけの話。幾面かある広いグラウンドもラグビー部と共有使用しているし、ストレッチやサーキットトレーニング、校外ランニングは野球部と場所やコースが一緒。スカウトされて全国から集まった生徒たちのための寮はあるが、クラブハウスはやはり総ての部の共用物。大会前に合宿することもないではないが、少なくとも日頃の進は自宅からの通学組だそうな。
『あ、でも…。』
 練習の方は、朝から晩まで…それはそれは苛酷なのではないかと思って訊くと、
『そんなことはない』
 進はやはり、あっさりとそう言った。………まあ、それは自分を高めることを苦としない彼だから言い切れるのであって、後日、同じことを訊いてみたところ、桜庭は何とも言いがたい顔をしてくれたから…推して知るべしというところかと。週末の練習は、大会前後など月間スケジュールによってまちまちなのだそうで。そういうものに関係なく自主トレに出ていた進が…早朝のランニングやサーキットトレーニングは続けながらも、土曜の放課後やたまに完全オフとなる日曜などの、陽のあるうちの過ごし方を少々変えたのがこの何ヶ月か前からのこと。
「大体さ。何でそんなこと訊いたの。」
「えと。」
 たったたったとまるでペースを崩さず走り続ける進の姿を見やりつつ、先程からどこか傍観者モードで語り合っている二人。時に"やじ馬根性"丸出しな聞きようなのを、詰
なじったり責めたりするどころか、いちいち真っ赤になってくれる天然さがまた可愛くて、
"今時、女の子にだっていないよな、こういう子。"
 そんなセナの様子が微笑ましくてしようがないから。ついつい色々聞きほじってしまいたくなる桜庭だったが、それはともかく。
「進さんて、高校No.1の快足って言われてるんでしょう?」
 全国レベルで名前を馳せている実力の持ち主。単なる評判としてだけでなく、直接試合でぶつかって、身に染みて判っている驚異のラインバッカー。そんな物凄い人が…この春から始めたばかりの、初心者も初心者、ルールさえ時々怪しい自分なんかと同じようなトレーニングをこなすのは、本当はまだるっこいのではないかなと思った。そうと訥々と説明すると、
「何言ってんの。」
 その進に、吹っ飛ばされ、放り投げられつつも、最終的には突破して抜いた奴がさ。恐縮そうに肩を縮めてる少年に ふふと笑いかける。こんなに小さい彼だのにね。こういう意外性があるから現実ってのは面白いや…と、ちょっと前の大会でちょいと打ちひしがれてたことも今は昔で、やわらかに微笑えるようになった桜庭である。
「大体これって"合同トレーニング"じゃないんだろうに。」
「はあ、そうですよね。」
 学校が違う。所属チームが違う。大会では敵同士。けれど、こんな風に…ランニングなんていう少々色気のないものを、一緒に楽しむ
逢瀬を重ねている二人。確かにトレーニング目的で逢ってる訳じゃあないんですけれどと応じた少年は、初冬の乾いた陽射しに、猫っ毛らしい前髪を透かして、

   「一緒に居られるなら、何したって良いんです、ボク。」

 空耳かと思えたほど、ぽそっとした声だった。遠いフェンスの方からこちらへ向かって、乾いた陽射しを広い胸板に受けながら…相も変わらぬ仏頂面のまま ざくざくと駆けて来るムサい大男。そんな奴にこんな可愛いことを思ってしまうらしい少年の。寒さからかそれとも、内なる何かが滲んでか。緋色が散った小さな耳朶と横顔を、
「………。」
 ついつい声もなく見やってしまう。
"…もしかして純愛ぽくない? それ。"
 ホントにねぇvv この、何かと荒
すさんだご時勢にあって、何とも羨ましいことである。


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 *さてさて、習作ではございますが、
  いっちょ書き始めてみました駄作、公開と運びまする。
  宜しかったら、ご感想など下さいませvv