さざんか咲く道 B


          


 途中途中でティッシュのお世話になりつつも、さすがは吹き替え版。字幕を追って"じ〜っ"と画面を見てなきゃいけないという必要性がちょこっとなかったがために、涙で画面が見えにくくなってもどういうお話かはしっかりと把握出来たし、登場人物やチーム、大会の名前のスペルを確認するためにと時々巻き戻した他は、スムーズに観終えることが出来た。真横に並んでいて、しかも懐ろへ片やを抱え込むようにして凭れ合うというのは、結構窮屈な態勢なので、途中からはほとんど、進の…広いばかりでなく奥行きもある胸元の方を向いた格好にて抱えられ、自分の肩越しに画面を眺めていたセナであり。主題歌と共に出演者たちの名前が流れてゆく、エンドロールのところまで来て、
「ふわ…。」
 甘い吐息を一つつき、真っ赤になった頬を…思わずのことだろう、真正面のトレーナーへとぐりぐり擦りつけた。いい映画だったな。映画やドラマですぐに泣くのは今に始まったことじゃあないけれど、悲しいところだけじゃなくって"頑張ろうね"ってラストだったのが嬉しくて泣いちゃったなんてのは久し振りかも。あんまりわざとらしいお話だと、一人で観てる時なんかは泣いた自分まで馬鹿馬鹿しくなっちゃうけれど、このお話はそんなじゃなかったから良かったな。まもりお姉ちゃんにも勧めてみよう。桜庭さんのお声がやさしくて素敵だったし。あ、それはレンタルされてる方のじゃなくて、テレビで放送される分なのか………などなどと。ついついぼんやりしちゃったのは、思い切り泣いた後の脱力感のせいもあった。そのまま うとうと寝ちゃいそうになった辺り、泣きつかれた子供と同じレベルである。だってずっと凭れてた温ったかいのがとても気持ち良い匂いがして。やさしくて頼もしくて。そうそう、大きなお手々も気持ち良くって………。

   ………手? 誰の…かな…………………。   …っっ

 とろとろとろろん、本気で居眠りしかかっていたものが"どわわ…っ"と一気に目が覚めた。がばっと、その身を剥がすように起こしてから、そぉ〜っと視線を上げると、
「………?」
 いつも見上げてる寡黙な人のやさしいお顔…がちょっとばかりビックリしていて。
「あ、あのあのっ、ごごご、ごめんなさいっ! /////
 なんて図々しい…じゃなくって。
(笑) なんてお行儀の悪いことをしたんだろうかと、顔から火が出そうになった。ただでさえお邪魔している身だというのに。それも初めてお伺いした進さんのお家なのに。お呼ばれの最中に居眠りしちゃうとこだっただなんて…っ。
「えと…あの…。/////
 恥ずかしくて恥ずかしくて、ひぇ〜っと身が縮んでいるらしい、セナのそんな様子がまた、何とも言えず愛らしかったものだから。

   「謝らなくていい。」

 ぽんぽんと。柔らかな髪を載せて少ぅし俯いたその頭を、大きな手で軽く…半分は撫でるような感触で叩いてくれた。
「えと…。」
 再びそろそろとお顔を上げると。
「こっちも温かかったからな。」
 そんな風に言ってくれる。そもそも"びっくり"したのは、セナが凭れて来たからとかそのまま寝てしまいそうになったからではなく、いきなり身を起こした彼だったから。気にしなくて良いぞと、よしよしと頭を撫でてくれる。そうやって見やってくれる眼差しが、やわらかな眸になったのが判るから、
"良かった〜。"
 ホッとしたと同時に…今度は何だか嬉しくなってくる。大きくて強くて、頼もしくてやさしくて。こんな素敵な進さんに、いつもいつも甘やかされてる自分。最初はあんなに怖かったのに、パタタッてこっちから駆け寄ってけるようになって。いちいち"あのあの"って伺わなくても良い甘え方、そういえば沢山している自分だよなと気づく。コートの中に掻い込まれて風から匿ってもらったり、雑踏の中で迷子にならないようにって手をつないでもらったり。逢えない日もメール送って、お返事もらって…これって凄いことだよね。そんなに誰にも彼にもへと してくれることじゃあない。
『…手、冷たいぞ。』
 例えば、手袋を忘れてたりするとかして、時たま叱られることもあるけれど、それにしたってどうでも良いと思ってる相手にはしないこと。こんなに凄い人から甘やかされてるだなんて、凄い凄い嬉しいvv
「…小早川?」
 きゅう〜んと、少ぉし恥ずかしそうな甘え顔で見上げてくる少年に、普段と変わらぬ風を装いつつも…実はこちらも内心穏やかならぬ進であったらしい。それが証拠に、


   「…あらあら。清ちゃんたら、足でも痺れたのかしら。」

   「違うわよ。あれは大きく動揺してる足踏み。」


 そわそわと大きめの足先が落ち着かないのが見えたのは、お茶のお代わりといただいたケーキとを運んで来たお母様とお姉さんだけ。入るタイミングを計って、こそりと様子を伺っていた彼女らと違い、間近に引き寄せられていたセナくんには見えなかったから。その動揺、バレはしなかったみたいですよ?(それもどうかと…。/笑)



            ◇



 いつまでもお廊下に待機しているのも何だしと、温かいお紅茶とお土産のケーキを運んで来た女性陣たちがお邪魔をし、そのまま小半時ほど他愛ないお話をして。それから、進の勧めでNFLの名プレーを集めたビデオを観戦。
『わぁ〜。この人、何だか進さんに似てませんか?』
『…そうか?』
 選手歴のまだまだ短いセナには、画面の広さに限りのあるビデオで観るプレイの巧拙とやら、なかなか判らないらしいのだが、自分が知っているものへの相似という格好ではきっちり把握出来るらしい。チームメイトたちからもそのフォームの相似を指摘されたことのある、同じ選手を指差され、
『凄いなぁ。名プレーだって選ばれた大人の人と一緒なんですねぇ。』
 大人って…。
(笑)
『………。』
 これがマンガだったなら、天井からテニスボール大のお星様が落ちて来て、コチンと進さんの頭に当たってるところかも。無邪気で天然、何とも愛らしいコメントに、不器用で寡黙、ちょいとばかり機転の利かない恋人さんとしては。ただただ黙って…いるだけでは芸がない。


   『………頑張って早く大人になるからな。』

   『はいっvv』


 大まけにまけて、67点というところでしょうか。
(笑)



            ◇



 暮れに比べれば陽も長くなったがそれでもそろそろ夕暮れで。お暇
いとましますと言い出したセナを、駅まで送って行くからと一緒に家を出る。
「そう言えば。」
 帰る時になって思い出すというのも何だが、
「電話、して来なかったな。」
「あ、えとえと。」
 駅に着いたら掛けてきなさいと。迎えに行くからという約束をしていたのに。別に責めている訳ではないが、ちょっと気になった。迷子になったらどうしたのだと。問われたセナは、マフラーに頬を埋めた幼いお顔を少しばかり俯
うつむけて。だがだが、すぐに楽しそうに笑って見せる。
「改札口から駅前を見てたら、桜庭さんから聞いてた通りだなって思ったんです。」
「???」
 話に省略が多くて小首を傾げる進に、
「自転車置き場があって。商店街の名前が入った、ちょっとレトロなデザインの街灯が続く大通りを真っ直ぐ行ったら、線路がまたいだ川に出る。その川べり沿いに、進さんは毎朝土手を走ってるんでしょう? そこに沿って川上へ歩いて。そしたら長い長い板塀が見えてくるからって。その板塀に沿ってけば、進さんのお家の前に出るよって。」
 手際の良い説明をすらすらと言ってのけたセナであり、
「お電話しなきゃって思う前に、何だかそれを思い出して…ボクでも着けるかなって思っちゃったんです。」
 にこぉっと笑って、
「途中で約束を思い出してハッとして、凄いドキドキしました。迷子になったら、そいで、進さんに逢えなくなったらどうしようかって。」
 いやまあ、携帯電話を持っている訳だし。迷子にはなっても遭難まではしないと思うのだが。
(笑) ドキドキしたと笑う少年に、つい釣られて進も口許をほころばせる。彼が体験した小さな冒険を本当に微笑ましいと思うし、電話がなかなかかかって来なかった間、こちらも何だか落ち着かず、種類は違うが"ドキドキ"していたのを思い出す。
"………。"
 これまでの自分には…少なくともこちら側からは全く縁のなかったもの。ささやかな優しい想いと、それへ秘やかにまといついた繊細な温もりと。前からずっと、自分の周りにもちゃんとあったものだのに、高みを遠くを、ただそれだけを見据えて来た自分だったから、すこーんと見過ごして来たそれら。小さなこの彼と知り合い、その懸命さや一途な頑張りに眸を引かれ、そこから扉を開いてもらったのが、そんな愛らしい幸いの一杯詰まった、感性豊かな世界である。
"………。"
 これまでそういった感覚に縁がなかった自分を、今になって悔やみまではしない。だが、この心優しい彼と一緒にいるということへつながるものであるのなら、こんな格別な幸いはないと、何かにつけ感じ入るようになった自分であり、
『いい影響だと思うよ。』
 幼なじみから言われるまでもなく、こんな豊かさでくるんでくれる小さなセナには、感謝したいと思う進でもあるらしい。


「今日はありがとうございました。」
 ゆっくりゆっくりのお散歩歩調でもあっと言う間に辿り着いた駅の改札。セナはペコリと頭を下げた。立派なお宅へお招きにあずかりましたし、宿題のためのビデオはちゃんと観られたし。お母様もお姉さんも屈託ないやさしい人たちで、初めてお伺いしたお家だったのに、何だかすっかり寛ろいでしまったような気がするほど。………それとそれと、
"抱っこしてもらったし…。/////"
 泣いちゃったのは凄っごく恥ずかしかったけど、やっぱり進さんはやさしくて。笑ったり困ったりせず、そおっと庇ってくれた大人っぽさに、ますます好きになってしまった。
"好きって気持ちには際限がないんだなぁ。"
 この頃つくづくとそう思う。毎日毎日、昨日よりずっと好きになる。これ以上の"好き"はないと思うのに、
"きっと明日はもっと好きになるんだ。/////"
 逢えなくても関係ない。きっときっと好きになる。
「…あっ、と。」
 不意に吹きつけた強い風に、思わず眸を閉じて顔を背けた数秒。風にあおられて立ってしまったコートの襟を、大きな手が直してくれて、その温かな感触が…どうしてかな、ちょっとだけ切なかった。
「…じゃあ。」
 いつまでも別れ難かったが、このままではキリがないから。手を振って改札へ、自分から歩き出す。きっと明日はもっと好きになる人。来週はいつ逢いましょうか。それを訊くの、わざと忘れた。帰ってから、ううん、明日になってから、メールで訊くから今は良い。山茶花のお花の赤とそれをまとった深緑の木立が目立ってたお庭。小さい頃、蕾を数えるのがなんとなく日課になってたせいか、好きな花だと言っていた。また一つ、進さんの好きなものが判って嬉しい。誰かをこんなにも好きでいる気持ち。初めての切ないドキドキは、冬の夕暮れと同んなじで。暖かいものを抱えている嬉しさが、だけど木枯らしに負けそうで切なくて苦しい時もある。
"…良いもん。"
 また逢えるからヘーキ。でもね、切ないのもホント。際限のない好き。こんなにも一緒に居たら、あんなにもくっついて過ごせた日は、そのままもっと一緒に居たくなる。乗り込んだ電車。ふと顔を上げたら、柵の向こう、大きな人影が見える。ずっと見ててくれたんだ。自分は小さいから、向こうからも判りやすかったに違いない。嬉しいけど切ない。
"…贅沢だよな。"
 くふんと小さく笑ってから。がたんと動き出した電車の揺れに誤魔化すように、そちらに向かって一回だけ手を振った。そしたら大きな手が挙がって、やっぱり会釈をしてくれる。やさしい人。きっと明日は…ううん、もう今、もっと好きになった人。電車の揺れに身を任せつつ、
"………進さん。"
 たった今からが、次に逢うまで一番遠いんだよなと、それこそ贅沢な切なさに甘い溜息をついたセナだった。



   〜Fine〜   O3.1.22.〜1.25.


   *何だかどんどん切なくなってくれるセナくんに、
    どう終われば良いのかと困ってしまった締め
ラストでございました。
    初恋ですもの、ピュアですものvv
(笑)

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