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何だか妙な出だしとなったが、とりあえずは進の私室へと通されて。二階の、これも長い廊下の中程の襖越し。8畳、いやいや机やベッドも据えられているから10畳はありそうな広い和室。二間続きの広間らしいところを一方だけという使い方をしていて、境目の襖に沿っては壁代わりだろうか厚い布のカーテンが下げられており。机とベッドと、書架と整理ダンスに小型のテレビ。奥まった壁に大きな腰高窓があって、壁にはハンガーに掛けられた大きな制服と見慣れたコートが下がったままだが、それでもきちんと整頓された、たいそう明るいお部屋である。
「うわぁ〜。」
広いだけでなく、何だか天井も高いような。洋間やフローリングの作りが隆盛な今時には珍しいが和室には付きものな、欄間だとか天袋・地袋だとか違い棚だとかを見上げ見回してぽかんとしているセナから、
「…ほら。」
手荷物のマフラーや鞄を預かろうという手が伸ばされて。それで我に返ったらしい少年は、
「あっ、そだそだ。」
その手荷物の中から、小さな白い手提げになった紙の箱を差し出した。
「あのあの、これ。ケーキとコーヒーゼリーです。」
「…あ、ああ。」
こういう時の定番のお土産。どこぞの洋菓子店のものだろう、つやつやした紙箱は何とも小さくて愛らしく。セナの手にあると、そのまま彼の小さな手を引き立てる絶妙なアイテムにもなっている。
「進さん、甘いものは食べないって言ってましたけど、時々はランチセットについてくるコーヒーのゼリー、食べてたでしょう?」
あのファミレスでのデート(笑)の折の話なのだろう。
「メーカーによって味も違うそうですけど、ここのは凄く美味しいそうです。」
「そうか。」
どんな些細なことだって、それが大好きな人のことならば、しっかりちゃんと見ているもの。それを他でもない我が身へのこととしてストレートに示されて、
「すまないな。」
「いいえ。/////」
嬉しそうにほこりと微笑うセナであるのがまた、こっちにも格別に嬉しい。小さな笑顔にささやかな幸せ。何ともピュアなお二人さんである。
……… いちいちこの調子です。
今回のお話、無事に普通の長さで終わるのでしょうか。おいおい
◇
ヒーターを効かせておいたので暖かい室内であり、勧められてコートを脱いで。そこへお母様がお茶と和菓子の練りきり(お題は"寒椿")を運んで来たため、改めてのご挨拶をし。お座布団を勧められ、お土産をひとまずは冷蔵庫のある台所へ引き取っていただいて。さて、今日の本題。
「これだろう?」
進が机の上から取り上げて見せたのは、何の装飾もないごくごく普通のホームビデオ風の一本のテープ。ただ、ラベルには活字印刷されたタイトルや監督名、出演俳優などなどがプリントされており、
『出演者頒布用コピー版・禁帯出』
という真っ赤な注意書きがある。人気タレントである桜庭春人吹き替えの、しかも地上波初放映となる作品なため、厳重管理が必要とされたからだろう仰々しさで。タイトルを確かめて、
「えと、はい。これです。」
良かったぁと極上の微笑みが零れて、小さなお客様の眼差しと注意がテープの方へと移った模様。いつもの見慣れたコートを脱いで出て来たのは、制服やスポーツウェアではなく、ギンガムチェックのボタンダウンシャツに淡いグレーのモヘアセーターという重ね着の、それは愛らしい私服姿の小さなセナくんだったので、何となく目のやり場に困っていたらしい進だったが、本来の目的へ彼の関心が移ってくれたのへ、心持ちほっとした様子である。ゲーム中の度胸や鉄面皮はどこへやら。そこはやっぱり…ちょっと想像力が要るところながら、彼もまた初心ピュアな高校生だからというところだろうか。(…う〜ん、う〜ん。/笑)
「じゃあな、セットするから。」
部屋の一角、簡単な作りの至ってシンプルなテレビとビデオデッキが据えられてある。そこへとテープをセットした進の手際にお任せして、セナは一応の用意にと、レポート用紙とシャープペンをお膝に構えると、画面が映し出されるのを待った。
作品は、バスケットに青春を懸けるとある高校生の、様々な苦難と恋人との愛への苦悩を描いたラブストーリーで。飛び抜けてバスケットのうまい主人公の青年は、だが、ある日、自分が不治の病に冒されていることを知る。スポーツなんてとんでもない。どうかすると体を活性化させるから病気の進行を早めるぞと、医師からのみならず家族たちからも猛反対されるのだが、それでも、自分にはこれしかないのだとバスケットに打ち込む彼であり。やがて、同い年の恋人が出来るが、病のことは何故だか言えない。そんなことで離れてゆくような子ではない。ただ、やはり家族たちと同じように辛そうな顔をして自分を見るようになるのではないか、同情から付き合われるのは真っ平だからと、そんな気持ちがどうしても沸き立って、彼女に真実を打ち明けられない。そうこうする内、全米ナンバーワンを競う大会が始まって。州代表の座へと見事勝ち抜いた彼らだったが、とうとう青年は隠しようがないほどの症状が発して倒れてしまう。チームメイトたちも知らなかった重い病。思っていたより進行は早くて、しかも肺炎を併発していてたいそう危険。それでも、青年はバスケットを続けたいと、全米大会本戦のコートに立ちたいと声を荒げる。侭ままならない体、侭ならない願い。彼自身も、そして周囲の人々も辛いままに過ごす幾日か。そして………始まったトーナメントに、やはり彼の姿はなかったが。彼の分もと奮起したチームメイトたちの尽力で、初出場という無名のチームは名だたる高校、クラブのユースチームを次々に撃破。迎えた決勝戦にて、あの青年の親友だったポイントゲッターは大会新記録という得点を叩き出し、勝利のトロフィーを客席へとかざす。大歓声に包まれた客席には、何とか危篤状態を乗り越えたあの青年と彼女がいて、
『来年は一緒に此処へ、この決勝の舞台へ来ような』
そうと誓い合って、ジ・エンド。
「………。」
90分で収めるには少々尺が足りないというか、バスケットと恋愛と家族愛と、どれかに焦点を絞った方が良かったかもと、ロードショー公開当時にもそんな評を受けた作品であったが、コマーシャルで謳っていた"愛と感動"は確かにてんこ盛りであったと思う。こういう題材のドラマや映画をちゃんと構えて観たのは何年振りだろうかという進には、
"…ふ〜ん。"
どうコメントしてよいやら、こういうものなんだろうなという、観ている途中からも極めてドライな感慨しか沸かなかった。ただ、
「………っく、えく・うっく。」
その再生途中から、しきりと…傍らから漏れ聞こえていた気配にぎょっとしたから。正直なところ、話の粗筋、後半は何だか曖昧だったりするのだ、ごめんね桜庭くん。(笑) テレビの正面、ベッドを背もたれ代わりに、足を前へと投げ出す格好にて並んで座って観ていたそのお隣り。口許に引き寄せられた小さな手は、唇を押さえて嗚咽をこらえるためのもの。それでも零れ出るしゃくり上げの声と、そんな小さな手を濡らす涙に気づいて、
「…っ☆」
表面上はそのままながら、実はばたばたと慌てふためき。机の傍ら、窓の桟に出してあったボックスティッシュを長い腕を伸ばして掴み取り、そのまま愛らしいお顔近くへと差し出してやった。
「…あ、すみません。」
ぐすぐす涙に濡れた声でお礼を言って、2、3組を引き抜いて目許に当てるセナだったが、そんなもので足りる筈がない。大きな眸が溺れそうなほどの涙が次から次からあふれ出していて、
「…っ。」
この場をもしもこっそり覗いていた人がいたとしても、まずはそうとは見えなかっただろうが。実は実は"どどど、どうしたもんだろうか"と、大きな図体にておろおろしかかった進である。ハンカチならタンスの引き出しにあるがそれで足りるとは到底思えないし、あいにくとタオルの類は部屋には置いてはいない。それに、ただ涙が大変そうだというだけでなく、何だか何にか遠慮が挟まっていて、それで我慢半分の嗚咽になっているよに聞こえて…。さて、彼がどうしたか。
「………。」
ままよと決意し、するっ、と。傍らの小さな肩を、上体ともども軽々と引き寄せて、広くて深いその懐ろへと顔を伏せさせたのである。当然、
「あ、あの…。/////」
涙が止まらないだけでも恥ずかしいのにと、もそもそ、小さな手を突っぱねて抜け出そうとするセナに、
「こうすれば俺には見えない。」
頭の上からぼそりとした声が届く。
「あ…。」
映画ごときで涙が出るのが恥ずかしい。でも、感情を揺さぶられて出るものは止められない。せめて声を堪こらえようと頑張ってる様子や、泣き顔そのもの。こうまで引き付けてしまえばこちらには見えないから、だから心置きなく泣いてなさいと。まるでまだ首が据わらない赤ちゃんを抱っこしている大人みたいに、頭にそっと添えられた大きな手のひらの優しさが温かさが嬉しくなって。
「は、い…。」
こくりと頷き、甘えさせていただくことにしたセナだった。
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