風色疾風スキャンダル

   後日談 〜もしくは、余談いろいろ
 

 
          




 ワイドショーを数日ほど賑わせた、人気タレントの とある"熱愛報道"が、いきなり…とある殺人事件の真犯人をおびき出す、囮というか罠というか、そんな風な"茶番"だったということが明らかになって。世間様はあっと驚いて、その事件の渦中にあった2人の芸能人たちへますますの注目をしもしたのだが、

  「なに。次の事件なり騒動なりが起これば、あっと言う間に忘れ去られるさ。」
  「…そうだろか。」

 事件がクライマックスを迎えたのは金曜日の昼下がり。よって、この一件の前振りのようなものだった"熱愛報道"を連日伝えていたワイドショー系の番組は、土曜日曜をずっとずっと我慢させられた運びとなって。それが明けた週の初め、月曜である今朝早くからは。弾けるような勢いで、詳細を報じる特集枠でどのチャンネルも見事なまでに埋め尽くされていたほど。日頃は全然関心がなかったのに、今朝は珍しくもそういった番組をついつい観て来た瀬那は、こちらさんは全く平生と同じ感覚、単に母上が毎朝観ていたからという雷門太郎との会話に、その事件についてをちょこっと取り上げることとなって、内心で冷や汗をかいていた。別に話題になること自体はそうそう不自然なことではない。問題の芸能人というのの一人が、彼らの所属する部活、アメリカンフットボールで対戦したことのある近隣校の元部員であり、個人的にも親しい知己であるのだし、それでなくたって随分とセンセーショナルな事件だったので、日頃は芸能界に関心がない人間でも耳目に入る勢いで、広く取り沙汰されている話。一通りの真相というのを聞いて、そうだったのかと感心してしまったり、お騒がせなことだなと眉を顰
ひそめたり、皆してついつい詳細を述べ合い批評してしまう、思わず"にわか評論家"になってしまうような、そんな一件だったのだから。………ただ、
「でもな、こんなことって勝手にやっちまって良いことなのかな。」
「いや、いけない…んじゃないのかな。」
 純粋に"第三者"として、他の人々と同じく…少々無責任な論評なんぞを繰り出しているモン太くんと違い、セナの方は時々顔が引きつる様子。何しろ、
"凄いな。蛭魔さんのことは、どこにも取り上げられてない。"
 駅売りのスポーツ紙の1面にも派手に掲げられているこの一件。陰で操っていた"統合参謀長"だった某"策士"くんの存在を、どこのワイドショーでもスポーツ紙でも嗅ぎつけてはいなかったことへこそ、最も感嘆しているという…実はもっとコアな裏事情を知っている、微妙に"関係者"であるセナくんで。
"でも…だからボクや進さんも無事でいられるんだしな。"
 日本のそれに限らず、マスコミの鼻の鋭さには侮れないものがあり、出来れば一生お世話になりたくはないと思っている堅実地味なセナとしては、仕上げのクライマックスに参加させられた格好になったこの一件。出来ればさっさと忘れられてほしい話題なのだ。学校の最寄り駅へと降り立ち、周囲を行く他の学生たちの語る話題も"それ"一色なのにドキドキしつつ、まだ日も浅いからしょうがないかなと溜息をついたその途端、
「あ、蛭魔さんだ。」
 やはり何気なく口にしたモン太の声に、小さな肩が跳ね上がるほどドキィッと胸が大きく弾む。日頃なら…他の生徒たちほどには、彼に対して怯えたりはしないようになってるセナだが、そしてそうであることへ感心されもするほどなのだが、今日は…ちっとばかし立場が違う。
「おはよっす。」
「ああ。」
 そろぉっと見やれば、少し先を歩いていた彼であり、モン太からの挨拶に単調な声で応じた色白な横顔も、日頃と変わらないどこか無感動な単調さ。あれほどのことを牛耳ったのに、やっぱり冷静に知らん顔を保てるだなんて凄いなぁと感心しつつ、
"…そうだよな。"
 自分もまた、彼のように毅然と
していなくちゃいけない立場だと思い知る。せっかく名前が表沙汰にならぬようにと采配してもらったのだから、不審な態度をして怪しまれていては元も子もない。そうと決めると、
「おはようございます。」
 セナもまたご挨拶の声をかけ、
「ああ。」
 やはり…どこか気のない声を返す金髪頭の先輩さんの横顔に、小さく小さく微笑いかけてしまった、こちらも実は内緒のお顔を持つランニングバッカーくんである。






            ◇



 そんなセナたちが通う泥門高校と同じJRの沿線上に、こちらは荘厳なまでの外観と、風格と歴史を誇る名門、王城高校があって。
「…失礼しました。」
 生徒指導の先生方が詰めているお部屋のドアから、後ずさりするよに そろぉっと出て来た…やたら上背のある制服姿の生徒さんが、はふうと息をついている。そこへ、
「済んだのか?」
 声をかける生徒があって。ドキリと肩を跳ね上げたものの、
「なんだ、進か。」
 相手を確かめ、胸を撫で下ろしたのが、先日来からの"お騒がせ報道"の渦中にあった芸能人、桜庭春人くんである。こんな名門校にあっては、派手々々しい芸能活動にも顔を出している生徒となると何かと騒動を起こしかねないからと敬遠されがちなものなのだけれど、本人の資質と向学心とを買っての入学許可をいただいた身。これまでだって学校にだけは影響を出さないよう、はたまた騒ぎのあおりで迷惑をかけないようにと気を配って来た彼だったのだが、さすがに今回だけは少々…話題の勢いに負けた部分が多々あって。それでお説教を食っていたらしい。
「参った参った。」
 叱られたことへと肩をすくめるアイドルさんなれど、
「当然の処置だ。甘んじて受けるんだな。」
 並んで歩き出すお友達は、相変わらずに容赦がない。だが、
「…もしかして、怒ってるの?」
 桜庭くんが そうと訊いたのは、他人の事情へ自分の見解を見せるような…こんな説教めいた言葉さえ、以前は口にしない彼だったから。
「さてな。」
 頼もしいまでに鍛え上げられた体躯にようよう映える、それは男臭い精悍な顔立ちをしていて、それがために一見すると無愛想なばかりな彼であるのはいつものこと。だが、付き合いの長い桜庭には、それが平生のお顔か、それとも本当にちょこっと機嫌が悪い顔なのか、しっかりと見分けもつく方で、
"怒ってるんだとすれば、セナくんを引っ張り込んだことへ、だろうな。"
 だのに、こうやって。桜庭に集中するだろう好奇心の攻撃を防ぐ壁の役割を果たしてくれている。この、高校生とは思えないくらい堅物で静謐で、なのに存在感のある彼といつも行動を共にしていることで、興味本位のお嬢さんたちが群がってくるのを随分と防いでもらえている桜庭であり。しかもしかも今回は、表沙汰にはなっていないながら、事件自体へも…かなりのご迷惑をかける格好でやっぱりお世話をかけている。選りにも選って、彼が唯一執着するアメフトに並ぶほど、いやいや、もしかして既に抜き去っているやもしれないくらいに大切な、それは愛らしくて健気な恋人である少年を、危険な段取りに一枚咬ませたのみならず、どうやら…心配させたあまりに泣かせたらしいとも聞いている。さっきからのずっと、紋切り調でしか話してくれないのも、いつものことのようでいて実は微妙にそうでないと分かるから、
"こんな真っ直ぐ真っ直ぐな厳
いかつい奴を、あの繊細可憐なセナくんがよくも怯まずに相手出来るもんだよなぁ。"
 人は機械じゃないんだから、何かとフレキシブルな面も多々あって。間違っていなければ良いというものではなく、どんなに誠実であれと構えていても、時には…弱い心に行動を支配され、正道が眩しいと感じるような、ちょっとした疚しさに囚われている時だってあるもの。だのに、この男と来たら、それこそ機械のように精密に、真っ直ぐであることをその強さの根本に据えている。その意志の強さが…あまりにすぎる潔癖さにも見えて、それで敬遠されることも少なくはない。人はそんなに強い生き物ではない。大人になるにつれ、物事にまつわる"選択肢"というものが実は2つ以上あるものなのだと知るにつけ、思いやりを間違えた結果だったり、弱さという名の"優しい"を選び続けた結果として、本当の"正しさ"の前に立ちすくむことだって多々あるもので。
"だからって、セナくんが弱い子だとは言わないけれどもね。"
 むしろ、この男よりも強いかも知れないと、最近では思うほど。まだまだ堅物で不器用な進が、ついついしでかす浅慮へも、いつもいつも懐ろ深く受け止めては、ほっこり微笑ってくれる彼なのだそうで。あんなにも幼
いとけなく、大人の割り切りなどにはまだまだ無縁だろう彼には、その優しさもまた、随分とキツい試練の上に立ってのものなのだろうに。ただひたすら、この武骨な大男を傷つけないようにと、精一杯に大きく両腕かいなを広げてくれる優しい子。
"でも…。"
 以前はちょっとだけ、そんな素敵な恋を見つけた彼らが、羨ましくってしようがなかったのだけれど。芸能人になってしまったこともあって、どこかで一歩引いて人を見てしまう自分には、恋愛なんて当分は縁のない話だと決めつけかけていたけれど、

  『………ちょっとどころじゃねぇよ。』

 意地っ張りで素直じゃないけど。怒らせるとマシンガンが出て来るような、過激で取り扱いの難しい人だけれど、それでもね。ホントは優しい、そいで…もしかしたら寂しがり屋かも知れない、好きで好きで堪
たまらない人が出来たから。
"………。/////"
 今は何と、一つ屋根の下に寝起きしている、夢のような状況だし。朝なんて、先に起きてて庭先でキングをじゃらしてた彼の声で目を覚まして。窓から見やったこっちに気がついて、一番最初に"おはよう"と声を掛けてもらえるし。食事の時は向かい合わせで、食べるものに好き嫌いがあるのかどうか、朝には強いのかなんて話を間近で交わして、それからそれから他にも色々…。
"人目がない時は、割と穏やかなんだよな。"
 それこそ…日頃なら、アイドル・桜庭春人へ全国のお嬢様たちが向けているのだろう、どこか妄想めいた夢の数々。そんな種類のささやかなあれやこれやを実現出来ている至福に、ついついうっとり、意識が飛び掛かっているアイドルさんへ、
「…そろそろ教室へ戻らんと、授業が始まるぞ。」
「あ、ごめ〜んvv
 どうも最近、気持ちの箍
たがが外れまくっている桜庭くんなようで。
"以前はこれでも結構用心深かったのだがな…。"
 なればこそ、進には慣れのない"交際"というものへのアドバイスも、請われる前という絶妙さで振り向けてくれた頼もしいサジェストだったものが。今回の騒動といい、油断するとどこまでも舞い上がってゆきかねないクラスメートさんであって。
"このままで良いのだろうか。"
 最近は余裕が出て来たのか、きりりとした眉を顰
ひそめつつ、そんな風に案じてやったりする清十郎さんだったりするのである。窓の向こう、そちらの方ではいかがだろうかと、こやつの恋愛対象らしき青年の、すぐ傍らにいるセナくんに想いを馳せているのは良いけれど。


  「…進。そっちじゃないよ、泥門高校。」
  「………そうか。」


 何やってんでしょうか、この人たちは。
(苦笑)





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 *例の騒動の後片付けの段でございます。
  もうちょっとだけ続きますねvv