北天迷宮図 @
 

 
          




 日本の高校アメリカンフットボール界の全国大会にあたる選手権は、秋に催される関東大会と関西大会。そして、そのそれぞれの大会の頂点に立った者同士が対決する"クリスマスボウル"にて、日本一の覇者が決する。9月に催される地方大会にて出場枠を獲得した8つのチームは、11月の週末を使っての大会にて最後の勝者まで凌ぎを削り合う。
「多少は増えたって言ったって、野球やサッカー、ラグビーのチーム数に比べたら、まだまだなんだけどもな。」
 東京代表が3位まで出られるのも、それだけチーム数が多いからで、ここで勝ち残ることの方が…どうかすると関東大会よりも壮絶だったりするほどだ。全国的にと見渡せば、まだあまり広く浸透してはいないスポーツだから、土地によって愛好者の絶対数が違い過ぎるのが何ともかんとも。広い競技場や特別な装具が必要だったり、専門のコーチや指導者が必要だったりと、マイナスファクターが多すぎるせいだろうか。
「ラグビーが判る人なら、ルールはすぐにも呑み込める筈なんだけれどもね。」
 さすがに全く同じではないが似てはいると思うぞ、なんて無責任な言いようをする筆者など、冗談抜きに…ラグビーのルールは いまだによく判ってないままだったりする。
"…おいおい。"
 11月も半ばの日曜日。K沢第二球技場にて午前と午後に催された2つの試合は、関東大会の二回戦で…同時に準決勝でもあって。たった8チームですものね、決勝戦まで合わせても3試合。
「ま、関西の雄とぶつかる前の肩慣らしって解釈でいりゃあ良いだけの話だが。」
 寒さからほんのりと赤くしたその鼻先で、笑って言い切る金髪の彼へ、
「強気だねぇ。」
 こちらはとんでもなく背の高い青年が、そういう見方になるのも否めないけどサと、苦笑混じりに白い吐息をついた。
「で。何でお前がこっちにいる。」
 切れ上がった目許を眇めつつ、細い顎で対岸を示して、
「王城の連中なら向こうで観戦しとる。進の野郎も見かけたぞ?」
 そんな風に言いつのる、どこか美麗な面差しをした彼こそは。泥門デビルバッツのOBで、その活躍が間違いなく高校生アメフト史の伝説となって残るだろう、名QBの蛭魔妖一という青年で、
「やだなぁ。ボクは試合よりも妖一に逢いに来たんだものvv
 いけしゃあしゃあと、そんなのろけを言ってのけ、

  「だ・か・ら。こういう開けたところで そういうことをだな…。」
  「判った、判った、悪かったって。」

 頭上まで振り上げられた真白き拳の下で、わざとらしくも仰々しく、頭を抱え込む真似をして見せて"ごめんなさい"と苦笑しているのが、全国うん十万人というファン層を誇る(ジャリプロ調べ)、人気タレントとして有名な桜庭春人くんだったりする。
「今日は仕事の日なんだもん。午前中は雑誌のCF撮影があったし、この後も4時からインタビュー。」
 受験生なのにねと苦笑して、
「だから半端な見学しか出来ないのに、合流なんて出来なくてさ。」
 そういう妖一は朝から来てたんだ、データ取りに? 偉いなぁと微笑う。相も変わらず屈託のない笑顔には、少々…気が抜けてしまった蛭魔であり。まあいっかと、わざわざのお仕置きは止
した。視線を戻したグラウンドでは、選手たちがフォーメイションを組んでセットアップに入っているところ。
「始まってまだ5分だろ? なのにもう、2タッチダウンも決めてるんだ。」
 第1クォーター、泥門デビルバッツの攻撃中。開始早々に不意を突くような勢いで、アイシールド21が まずはのトライ。それから、レシーバーのモン太こと雷門くんが相手のパスをインターセプトで奪って、それは鮮やかに2つ目のトライ。
「まあ、こんなもんだろうよ。」
 自分の後輩さんたちがお褒めにあずかって、満更でもなさそうなお顔になるかと思いきや、
「ここは作戦がはっきりしているチームだからな。そこさえ押さえられれば何てことはない。それよりも、決勝の相手がまたぞろホワイトナイツだってことの方が面倒だ。」
 総合力ではダントツの、基本を忠実に踏まえた上で満遍なく鍛えられた優等生チーム。選手の層も厚く、進や高見、桜庭に大田原といった…個性豊かで技能も優れていた陣営たちが引退していっても、さしたる遜色もなくアメフト王国の異名を維持し続けている。午前中に行われた第一試合にて、危なげなく勝ち進んだ彼らは、次の対戦相手となるチームの戦いを食い入るように見据えていて、
「都大会の決勝戦でも難儀させられたからな。」
 しかもそこでの敗北が、打倒泥門という目標への尚の覇気を彼らに植えつけてもいるに違いなく。
「歯ごたえがあるのは大いに結構だがな。」
 余裕を見せてか そう言いつつも、微かにしょっぱそうな顔をした蛭魔である。

  「………で。」
  「んん?」
  「お前は何をしとる。」
  「寒いかなと思ってvv」

 シャープなデザインの黒いコートに身を包み、ハンディカムのレンズを覗き込んでいた隙だらけの細い背中を。こちらはカシミアのコートのその前を開いて深々と、暖かい懐ろへ抱え込むよに迎え入れてた桜庭くんであり、
「防寒対策くらい ちゃんとしとるわっ!」
 てぇ〜い、離さんかとごちゃごちゃ揉めつつ、
"あああ。このディスク、音声は使えねぇ…。"
(まったくである。/笑)
 要らない手間をかけさせやがってよと、蛭魔のこめかみに青筋が立った。やっぱり殴ってやろうという拳を再びぎゅうと固めたところで………そのタイミングにかぶさって、
「お。」
 相手方の前進かなわず、落胆色の"あ〜あ"という溜息が聞こえて来て。そのまま攻守が入れ替わり、
「あ、ほら。デビルバッツの攻撃。」
「判っとるっ!」
 言い返しつつ、げいんっと一発。叩かれた頭を押さえて"あだだ…"とうずくまるアイドルさんを尻目に、カメラを構え直したご隠居様はといえば、
「ウチは、QBがちょっとなぁ。」
 攻撃用のフォーメイションを組んでの位置についた面々の中、中央に立つひょろりとした選手へ、前のQBさんが…ついのものだろう溜息をついて見せる。
「妖一に比べたら、どんな名手を持ってきたって物足りなかろうさ。」
 恋人自慢だ、遠慮は要らない。素早く復活し、ややもすれば無責任な言いようをして"にこにこvv"と笑う桜庭へ、
「そういう分かりやすい話じゃなくってだな。」
 真剣な話に水を差されたとあって"こいつはよ〜"とご隠居様の眉尻が三たび"ぴぴん"と撥ね上がったが。そこへと"ワッ"とかぶさったのが、試合場を横切った歓声の嵐。ボールが動いてゲームが始まったらしく、
「…お。」
 蛭魔としてはそっちの方が気になって、調子のいいアイドルさんへの拳骨は後回しにされたらしい。よかったねぇ、桜庭くん。
(笑)







            ◇



「SETっ! HUT、HUTっ!」
 セットアップからの声がかかって、ライン中央、戸叶くんがボールを通す。それを受け取った細っこいQBが、マニュアル通りに素早く5歩下がって、そこから数歩、小刻みに前進。駆け出した攻撃担当のランニングバックやレシーバーたちが距離を稼ぐための間合いを取って見せつつ、投擲先への狙いを定める、セオリー通りの"パス"を出す構え。そんな彼へと向けての激しい怒号が上がる。
「つぶせっ!」
 泥門デビルバッツの新しいクォーターバックは1年生で、そうは見えないほどの長身に加えて、投擲に関してはコントロールも距離も俊敏さも併せ持ち、センスもなかなか大したものなのだが、いかんせん。昨年の瀬那以上の小心者で。しょうがねぇなと先代のQBさんが直々に…足元へのマシンガン掃射なんていう、根性特訓をさんざん施していたようではあったのだが、急なこととて そうそうすぐには…度胸なんて大きなもの、身につきようもなく。
「ひえぇぇぇっ!」
 パス潰しのタックル"サック"にと殺到する相手チームの威嚇的な顔触れに、ひやぁああ…っと逃げ腰気味の悲鳴を上げながら、それでも、
「えいっ!」
 素早く投げた遠い先には、小柄なワイドレシーバーの背中が待ち受けている。

  『良いか?
   お前はあの伝説の天才QBだった蛭魔さんが見いだした逸材なんだ。
   パスの腕前は飛距離もコントロールも抜群なんだ。
   だから自信持って投げて来いっ。
   そしたら、俺やアイシールド21が必ずタッチダウンを決めてやるっ。』

 小さくたって立派な"主将"だ。コンプレックスとか越えられない壁だとか、どんなに頑張ったって届かない夢も現実にはあるんだってことや。これでも色々な辛いことを乗り越えて来た、ぎっちり実践派の叩き上げ。………考えてみたらば、雷門くんも瀬那くんも、十文字くんたちや栗田さんも、何とあの蛭魔さんにしても。極寒と銘打たれたほどの最悪の環境を、自前の粘りと努力で乗り越えて来た強者
つわもの揃い。強靭な自信に裏打ちされたその姿勢からは、誰にも負けない馬力と底力が滲み出し、
"これで勝てなきゃ、ウソだってのっ!"
 パシィッとグローブを鳴らして見事なキャッチ。そのままフィールドを駆け抜けて…。
「やたっ!」
「3本目っ!」
 見事なタッチダウンが決まって歓声が上がる。前半、それもまだ1クォーターでのこの快進撃に、
「ああ、これは…。」
「もう決まったかな。」
 相手もなかなかの強豪なのだが、スポーツには流れや勢いというものも大きくものを言う。ましてやアメフトは、大きに気迫が物を言う競技であり。はっきり言って"呑まれた方が負け"だ。
「今年も強いな、デビルバッツ。」
「ああ。去年の快進撃は"奇跡"なんかじゃなかったか。」
 取材に来ていた記者たちが惚れ惚れとした声で語り合う。創設からたったの2年。それも当初は"出ると負け"の超弱小で、昨年の春大会でやっと初めての勝利を体験したものの、続く2回戦で惨敗したチームだったのに。本大会が進むのを横目に、様々な練習試合や交流試合を消化して。素人が多くて脆かった各ポジションを、実戦によって徹底的に着実に練り上げて。そして挑んだ秋の大会では…それこそ"伝説"として関係筋に長きにわたって語られ続けるほどの"大化け"大変身を遂げて見せた、とんでもない新鋭チームだったのである。
「よーしっ! 次、行くぞっ!」
「おうっ!」
 トライフォーポイントも確実に決めて、攻守が交替。だがだが、隙あらばのリターンがいつでもかかるほど、怒涛の猛攻を誇る彼ら前にしては、どんな強豪チームでも抗い切れない大きな波に翻弄されてしまうのがオチで。




  ――― 結果、83 対 6という大差にて、
      関東大会 準決勝・第二試合は決着がついたのであった。






            ◇



「やれやれ、何とかカッコはついたか。」
 時々は、油断からか…大ボケ様なミスをしないでもないほど個性豊かな選手たち。それでも何とか大差をつけての勝利であり、午前中にやはり大きく差をつけて先に勝ち上がった王城ホワイトナイツへの面目…のようなものが、何とか立ったと言いたい蛭魔なのだろう。
「さてと。」
 見やすい位置からは少しばかり外れた辺りゆえに、人の姿も閑散としていた階段状の観客席。そこを"たたたっ"と軽快に駆け降りてく金髪の痩躯を見送って、
「あ、妖一。」
 置いてかれたアイドルさんが声を投げた。
「なんだ。」
「今日、帰りにマンションの方、寄ってっていい?」
 一応は立ち止まり。肩越しに振り向いたまま、ちょいと眉を寄せた美人さんが、
「良いけどよ。あんま遅いと先に寝ちまうぞ。」
「分かったvv
 …何だか、ほぼ"同居同然"な会話ですのね。そのまま駆け降り、柵に片手をかけてひょいっと。コートの裾を翻しつつ、身を宙へと躍らせてフェンスを軽々と乗り越えてしまった蛭魔の背中へ、

  「カッコいいよなぁ〜〜〜vv

 ともすればミーハーなファンのごとく、綺麗な恋人さんの雄姿に見とれていた桜庭だったが、
「さ、こっちもお仕事だ。」
 でれんと緩んでいたのも此処までと、お仕事用の爽やかなお顔に戻ってから、競技場を立ち去ることとする。次の試合は連休の来週を休みに再来週。クリスマスボウルへの出場権を懸けて、いよいよの決勝戦を迎える関東大会なのである。




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  *ちょこっとシリアスな進さんと瀬那くんのお話を書きたかったのですが、
   いかんせん、頭のモードがちょびっと弾けたまんまでございます。
(笑)
   のっけから またぞろ“ラバヒル”モードで始まってるし…。
   修正しいしい書いてきますので、
   どうか のんびりとお付き合いのほどを。