北天迷宮図 A
 

 
          




 頼もしい先輩さんたちが抜けた後の"新しい陣営"の実力がはっきりする、いよいよの全国大会の幕が切って落とされた…のではあるけれど、
"都大会の方が大変だった気がするなんて思うのは、不遜なことなんだろうか。"
 たった今 終わったばかりの"準決勝"に歯応えがなかったと言いたいのではないけれど、でも。学校の絶対数が違うからだろうか、一癖も二癖もあるよな思いがけないチームが新しく名をあげて台頭して来ることだってザラなのが都大会であり、実際の話、ここまで勝ち上がってくるのに消化しなければならない試合数だって、他の県やエリアとはダントツに違うのだから、成程…ハードルの数を単純に数えてみても都大会の方がキツイに違いなく。そうかと思えば、ご隠居様が数日ほど前にセッティングして下さった、昨年の関西地区準優勝だったというダークホースとの練習試合の方がキツかったような気も。………って、相変わらずドえらいコネを持ってる人なのね、蛭魔さんて。
『さっさと着替えて来な。』
 その蛭魔さんがスタンドから場内へ、フェンスをヒラリと飛び越えて入って来て。それを見とがめた係員のおじさんと何やら揉み合いになりつつも、間近にいた瀬那へそんな目配せを送ってくれて。こんな風に注意されるって分かっていながら、関係者なんだから問題なく入れる控室じゃなく…直接グラウンドに乱入して選手たちへ近づこうという無謀を演じてくれたのも、まだ部分的には正部員たちへも正体を明かしていない"アイシールド21"から主務の"小早川瀬那"へ戻りやすいようにと、彼なりに気を遣ってくれたのだろう。
「…はふう。」
 肩に胸に、肘や手首、腰に膝、脛と、様々な場所へのプロテクターやらサポーターやらという重装備を解いて、ブレザーとネクタイという制服へ素早く着替える。小柄で気の小さい主務さんが、遠目からロングショットにて撮っていた筈の試合の模様は…畏れ多くもご隠居様が録画しておいて下さったそうで。他の見習い主務さんたちも撮っているだろう写真やビデオと合わせて、ミーティング用の資料を作らねばならないのだが、
"次の試合は、来週の連休を挟んで再来週だからな。"
 月末の30日まで、都合、2週間も間が空く段取りとなっていて。だから気を抜くというつもりは毛頭ないけれど。宿敵・王城ホワイトナイツを迎える決勝戦を前に、随分と余裕でコンディションを詰めていけそうだなと、それを思うと何となく。安堵の吐息も零れるというものならしい。………やっぱり余裕ではあったのね、セナくん。
「よっと…。」
 フルセットの装備やユニフォーム、シューズなどを詰めた、大きなスポーツバッグを肩に担いで、トイレから出ると控室へと向かう。関係者の方々がちらほらと行き交う通路を通り過ぎ、校名と出場試合やベンチ指定が書かれた紙が貼ってあるドアに駆け寄って。
"…うっと。"
 出来るだけ注目を浴びないようにと、そぉ〜っとノブを回すと、
「良いか、てめぇらっ! 決勝戦も王城も目じゃねぇっ! 目指すは"クリスマスボウル"のみだっ!」
 蛭魔からの威勢のいい檄が飛んでいて、それへと続く、おおぉぅっっ!という勇ましい鬨
ときの声が、部屋中をびりびりと震わせる。そんな中、
「あ、小早川先輩っvv」
 主務見習いの後輩さんが、ドアを伝わって来た振動だけで耳を弄されたらしきセナに気づいてくれて、
「お疲れさまです。」
 一人だけ遠くで撮影していて、アイシールド21さんからユニフォーム一式を預かってきた…ことになっている先輩さんへ、ねぎらいの言葉をかけて来た。それへと、いやその何だ…と曖昧に答えつつ、
「な、なんか、銃声が混ざって聞こえたんだけど。」
 一応は確かめとこうと、怖々と訊けば。彼は…他のマネージャーさんたちと共に首をすくめて、
「あの、さっき蛭魔さんが…。」
 視線で示したその先に。
"ああ、やっぱり…。
(シクシク)"
 一体どうやって持ち込んだやら。さっきは間違いなく手ぶらだった筈なのに、コートのポケットに収まるハンディカム・ビデオなら いざしらず、銃身が1m以上はありそうなマシンガンをショルダーベルトで背中に しょってる彼の人であり。大方、檄を飛ばすと同時に景気づけの乱射をした彼だろうと思われる。
"こゆとこも相変わらずだよね、うんうん。"
 会場管理の方から"危険物を持ち込んだ違反
かど"での苦情が後日になって届くかも知んないと、あうう…と力なく泣いたりするセナである。主務さんの方でも何かと大変だねぇ。






            ◇



 全員分の装具やユニフォームにタオル、救急箱やスポーツ飲料用のポットなど諸々を寄せ集めた大きな荷物は、学校までの移送を搬送会社に依頼して。(某先輩さんの顔が利くコネがあるのだとかで格安なのだ)では現地解散、となって、バラバラと帰宅の途に着く面々の中、
『あ、ボク、ちょっと蛭魔さんに訊いときたいことがあるから…。』
 一緒に帰りましょうと誘ってくれた後輩さんたちに、しどもどしつつも そうと言い訳。さては"アイシールドがらみ"の用件かなと、ピンと来てくれたモン太くんが、
『よ〜し、皆。駅までダッシュMAXだっ。』
 主将命令だぞと掛け声をかけて追い立ててくれて…さて。いやいや、ホントに蛭魔さんにも用事はあって。モン太くんが気を利かせてくれたことでもあるところの、主務として録画していた筈のハンディカムのディスクを受け取りに、一番最後まで残ってたご隠居様へと寄っていったものの、

  『あ、ああ。あのな…。』

 ちゃんと収録は出来てるが、何だか正体不明の怪電波が入っていたから。
(笑) そこをすっきり編集して明日にでも学校で渡すと、珍妙な言い訳をしつつ、そそくさと帰ってしまった先輩さんで。
『???』
 いつだって卒のない蛭魔さんで、こっちから言い出したり足を向けたりするより前にも、万端きっちり整えて手渡してくれてたほどなのに、今日はまた。らしくない慌てぶりも含めて、何だか腑に落ちなかったセナくんではあったのだけれど。
"まあ…たまには こういうこともあるよね。"
 あのお方もそうそう万能ではなく、やっと人間らしいところを見ることが出来たというところかと。(おほほのほvv

  "えと…。"

 これで関東大会決勝戦は、くどいようだが"泥門 VS 王城"という、東京都秋季大会の決勝戦と同じカードと相成った。あちらさんも昨年度まで活躍していた有力選手たちが去った後の陣営なれど、入れ替わった顔触れもその殆どが中等部から在籍する選手たちばかりであり。新規といっても数年かけて庄司監督から基本をきっちりと叩き込まれている"新メンバー"の皆さんは、それぞれなりによく練られた馬力や技術を見せては手を焼かせ、これまでの数回の対峙ででも、最もやりにくい相手だなという"苦手"な相性になっている。………とはいえど。
"えとえっと…。/////"
 午前中に先に勝ち名乗りを上げた彼らは、午後のこちらの試合を観客席からじっと見聞してらっしゃってて。ゲーム中は さすがにそれどころではないからと、あまり意識はしなかったが、ゲームが終わって…広々としたフィールドからベンチまで引き上げる最中に。そんな顔触れの中、練習着に混じって目立つ、詰襟の制服を着たとある人物の姿を見かけたセナとしては。彼から向けられた それはそれは小さなほんの一瞥…慣れのない人からすれば一瞬顔を上げただけのことだろうとしか見えなかったような、ちょっとした仕草の中に含まれていた"意味"をちゃんと読み取っており。
"えっと、うっと…。/////"
 すぐ傍らを通り過ぎる方々からの…セナへというよりは"泥門高校の制服へ"のものだろう不躾なまでの視線に、小さな肩をちょこっと窄
すぼめつつも、出入り口の脇にて誰かさんが出て来るのをじっと待っていたりするのである。
"グラウンドコートを羽織ってた方が目立たなかったかな。"
 何しろ"赤丸急上昇"という勢いにて、あっと言う間に常勝チームに成り上がった注目株。到底"選手"には見えないような、ちんまりとしたセナであっても、この場所でこの制服でいれば"ああ、あの…"という注視を浴びるのも仕方がない。スタンドでそのまま簡単なミーティングでもしていたのだろうか。こっちからもよくよく知っている、王城のトレーニングウェア姿の一団が、妙に頭数の多いままに固まって ばらばらと出て来た時は、さすがに気まずくて…背中を向けてしまったセナだったが、
"………。"
 そうでありながらも、実は実は。その王城のとある誰かさんを待っている自分であるのが、我ながら………ちょこっと不思議。
"進さん…。"
 さっき見かけた観客席の王城の皆様の中で、彼が一際目立っていたのは…制服姿だったからというだけが理由ではない。ただでさえ大柄で屈強頑丈な人で、その上、動きは俊敏果敢。よくよく練られた鍛練の成果、一瞬の内に繰り出される片腕での一掴みだけで、人ひとりの突進をやすやすと捉まえて、そのまま封じてしまえるような人。ただ力任せに迫って来るのではなくて。その鋭い眼差しに射竦められると、それだけでもう動けなくなったほどの気魄を、その重厚な体躯に常に漲
みなぎらせていた人。高校生になってから、それも成り行きで始めたアメフトだったのに、気がつけば…続けたい、勝ちたいとセナが心から思うようになったのも、進さんの例えようもない大きな存在感と、そんな人が真正面から相手をしてくれるその真摯な姿勢に魅せられたからだ。この人と戦いたい、この人に認められたい。一線級の選手と同格のラインに立って対峙する緊迫感は、同時に…全身の血が騒いで収まらないほどの興奮と躍動感と、体の芯が蕩けそうになる高揚感を与えてくれて。それだけの力量と自信とを、本物のそれとして身につけたいと感じた強烈な想いや素直な憧れなどなどとが、わざわざ苦難を選んででも突進したいという"前向きの闘志"を初めて瀬那に齎もたらして。何度捕まえられても、何度叩き伏せられても、恐れずめげずに立ち上がれる底力を目覚めさせてくれた人。
"…まさか、お友達になれるとは思ってもみなかったけど。/////"
 そんな人と…休日を親しく過ごせるような、あの頼もしい腕に抱っこされて、愛しいと広くて深い懐ろの中へ くるみ込んでもらえるような。それであのその…甘い口づけまで許されるような。そんなにも甘やかで親しい間柄になろうとは、思いも拠らなかったセナくんで。
"うっとえっと…。/////"
 ちょっと脱線しちゃったなと、ふりふりと柔らかな髪を揺するようにしてかぶりを振り、頭の中をクールダウン。えと…どこから脱線したのでしょうか?
(笑)
"実業団からも沢山スカウトのお話が来てたって言われてたのにね。"
 そうそう。その実力がいかに並外れているかは、高校アメフトの世界だけに止まらず。大人の実業団チームで構成される"Xリーグ"でもそのまま通用すると評価されており、冗談抜きにスカウトの声が降るほどにもあったらしい進さんだったのだが、御本人は…やっぱりマイペースに進学の道を選んで、大学に進むのだとか。
"大学かぁ…。"
 真剣な気魄のせいもあって、試合中はその身の嵩以上に大きく見える人だったから。セナにとっては そりゃあもう大きな分厚い壁であり、神聖なフィールドに於ける偉大な好敵手であったのだけれど。この春の大会以降、受験のためにとフィールドからは離れて久しい進さんでもあって。厳密に言えば夏の合宿中のミニゲームでも当たれたし、日頃のジョギングデートのインターバルででも、いくらでも"あたり"のお稽古はしてくれるのだけれど。正式な試合ではもうずっと、真剣非情な眼差し同士にて向かい合ってはいないから。ゲームが始まると…ついつい頭をよぎるものがある。

  『…ああそうか。もう、前にも後ろにも居ないんだ、進さんは。』

 物足りないだなんて思うほど、偉そうな自分ではないのだけれど。どんな相手との試合であっても、高揚感が何割かトーンダウンしているのは確かかも。そんなでいてはいけないと、思いはするがそれでもやはり。あの、例えるもののないほどのレベルのそれだった、胃やうなじがきりきりと引き絞られた壮絶な緊迫と、油断をすれば易々と突き放される相手から一瞬でも目を逸らせない集中と。同じものが必要なほどの途轍もない相手には…まだ一度もお目にかかってはいないから。
"ボクがこんなにもアメフト馬鹿になっちゃったのも、進さんのせいなんだろな。"
 極めつけの最高級のものを、理屈抜きの"感覚"で覚えてしまった身が、それ以下では満足出来ないのも道理であって。早く自分が追い着くしかないんだなと、贅沢な溜息をひとしきり、零してしまうセナくんである。………と。

  "………あ。"

 明るい通路を遠くから、こちらへやって来る姿が見えた。余計なよそ見など一切せず、脇目も振らずに真っ直ぐ前を向いて歩くのは、あの人のいつもの"正しい姿勢"だったから、
"それでなくとも目立つしね。"
 上背がある人だということも手伝って、お顔がくっきりと見えてすぐに分かって。それで…頬がほんわりと熱くなる。詰襟の制服が凛々しく似合う、かっちりと頼もしい肩や広い胸板に、横合いから斜めに切れ込む乾いた陽射しが当たって…眩しいくらい白く弾けている。少しほど伸びた ざんばらな前髪の下、涼しく切れ上がった深色の目許や案外と細い鼻梁が遠目にもそれと見えて、ああやっぱりカッコいいなぁvvとうっとりする。彼の取っつきにくい無表情を強調しているのが、きゅうっと引き結ばれた口許で。彫りの深い、いかにも男臭い精悍なお顔だけれど、それでもね。ほんの時々、何にだかへ柔らかくほころぶと、そりゃあ温かで優しいお顔になるって知っている。フィールドで向かい合う時は、ただただ怖いまでの荘厳なお顔しかしない、それは武骨で厳しい人だのに。小さなセナくんへは、微笑ましげで温かな眼差しを絶えず向けてくれる優しい人。まだお口はあんまり回らないというか、気の利いた言いようは相変わらずに苦手だし、アメフトとは勝手が違う…流行りものや映画の話題なんかでは、即妙な反応というものもなかなか示せない人ではあるけれど。そういう朴訥なところもね、セナくんには"何だか可愛いな"って思えてしまうよになった。コンビニのおむすびの開け方も知らなくて、でもね、リンゴの皮を剥くのはとても上手で。出来ることへは機能的に無駄なく動く、大きな大きな手が温かくて。胸元にくっつくと ほこほこといい匂いがする、すっかり大人の素敵な人。
"アメフトが強いだけじゃないんだもん。"
 無愛想で大雑把で、アメフト以外は何にも出来ないんだよ、こいつ、だなんて。お友達の桜庭さんは揶揄
からかうような言いようをしたりするけど。何があっても眉ひとつ動かさねぇんだから、お不動さんみたいな奴だよななんて、蛭魔さんも言ったりするけど。成績だって良いし、それにね、大雑把なんかでもない。小さなことでもちゃんと見ていてくれてるし、風の匂いが変わったこととか不意に雨が振り出したこととか、ボクより先に気づいたら…教えてくれるし庇ってくれるし。表情が乏しくて言葉少なな寡黙な人だけど、温かい手で深色の眸で、ちゃんと思うこと伝えてくれるもの。
"えとえっと…。/////"
 そんなこんな考えてたら、何だか…アメフトの方での尊敬する人というお顔はすっかりとどっかに飛んでっちゃった。日頃、セナのことを存分に甘やかしてくれる大事な人としての進さんのことしか思い浮かばない。やはり本人の姿を前にすると、どうしても。これがワンコであったなら、自然とお尻尾が"はたはた・フリフリvv"揺れてしまうような、そんな反応がついつい出てしまうのと同じことなのかも。
"ううう…。/////"
 さっき同じ方向から出て来た他の王城の選手たちが通り過ぎてく時に、この制服へと寄越された視線が何となくいたたまれなくて。それをついつい避けるべく…何かのお仕置きでもされているかのように壁と向き合っていたセナだったので。ただでさえスポーツマンだとは思えないほど小さな体格の目立たない彼だから、このままでは あちらからは居場所が分かりにくいかも。
"忍者じゃないんだもんね。"
 それまでは、関係者の方だとかが"可愛いけど変な子だねぇ"って通り過ぎがてらクススって笑ってたりしたのにさえ気づかないでいたのにね。いけない、いけないって我に返って、進さんが来る方へと体を向けたセナくんだったのだが、

  ――― えっ?

 少しばかり離れた場所の、けれど、障害物の少なさからよく見通せる、長い長い一直線の通路の向こう。進さんだけを見ていた視野の中に、別な登場人物たちの姿が現れた。遠いから声は聞こえない。けれど、その数人の女の子たちは、明らかに…進さんに声をかけたみたいだ。そして、進さんも。反応を見せて立ち止まる。4、5人の…それぞれにばらばらな私服の女の子たち。身を寄せ合うようにくっついてて、その中の一人が背中を押されるように前に出て。肩に触れるくらいの長さに切りそろえられた、今時には珍しいくらい真っ黒な髪の愛らしい面立ちの子で。何だか、あのそのと もじもじしていたけれど、すぐ後ろに固まってた残りの女の子たちにつつかれると。えいって気合いを入れて思い切って。まるで高いめの飛び込み台からプールへ飛び込むみたいに。目を瞑ってのうつむき加減にて、進さんへと何かを突き出した彼女みたいで。
"…あれって。"
 小さな両手で真っ直ぐに、進さんの前へと差し出されたものは。少し大きめで淡いオレンジ色の…横長の封筒だった。延ばされた両腕の間で顔を伏せた女の子から、どうかどうかとお祈りするみたいに、一所懸命に差し出された1通の封筒。そこだけポカッてクリアに見える情景の中。立ち止まって意識を逸らさず、ちゃんと彼女の方を向いてやっていた進さんは、


  ――― すいっと片手を伸ばすと。


 その封筒を大きな手へと受け取ったのであった。










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  *さあさあ、久々に展開する“進セナ”モードのお話が、
   選りにも選ってこんな按配でどうする自分。
(笑)
   いきなり思いがけない伏兵が出てきて、
   さあさ、セナくん、一体どうするというところで次章へvv
   続きはしばしお待ちのほどを…。