4
関東大会の決勝戦は2週間後の日曜日。連休を挟むほどに日程的には余裕があるものの、そうそう手放しで安泰と構えてはいられない陣営でもある以上、日々の練習にも念には念を入れて当たらねばならず。
「よしっ、次は糞サルへのパス。モン太はスライスインでキャッチしてから、アイシールドへ繋いで…。」
攻撃担当の"後衛(バックス)組"たちが 前以て打ち合わせたパスコースを正確に辿ることで、クォーターバックがキョロキョロと迷う事なく…どうかすれば相手を見もせずに素早くパスを出せる。正確なフォーメイション、正確な動きをこなせればこなせるほど、無駄な時間を切り捨てられて、相手に付け入られることもない、効率の良い攻勢が展開出来る…というのが、攻撃態勢に立った時の基本なのではあるのだけれど、
「通させんなっ!」
「おおっ!」
次世代を担う後輩さんたちによる仮想敵陣営が、QBやレシーバーさんへと襲い掛かって来て、パスコースや進路を塞ごうとする。
"正確なら正確で、予測されるってリスクもあるからな。"
なればこそ、頭では予測されても封じるための動きが追いつかれないようにと、尚のスピードや切れが求められる。そういった理屈もしっかりと身につけている彼らではあるのだが、
「よっし! セ…じゃないや、そらっ!」
しっかと受け取ったパスボール。間近で交錯する相手に手渡しでのパスをして、突進を任せるという段取りだった筈が、
「……あ。」
「あ〜あ。」
なんと一番最初のパスを出したQBさんの立ってた位置より後方という、とんでもない逆方向へポーンと飛んだ、レシーバーさんからのパスボールであり…モン太くんのずば抜けたノーコンさ加減は相変わらずでございまして。(笑) しかも、
「それをまた、きっちりキャッチ出来る場所へと、
ご丁寧にも なんで走り込んでるかな、お前もよっ。」
目尻を思い切り吊り上げたご隠居様から、容赦なく"どかっ"とお尻を蹴り上げられて。アイシールドくんが"あやや…っ"と焦って飛び撥ねる。
「す、すいませんっ。」
確かに…とんでもないところへのパスをきっちりキャッチ出来たということは、彼もまた想定外の"とんでもないところ"へ走り込んでいたということであり、
「…珍しいこともあるもんだな。」
「そだな。」
スケルトンパスだとか"フォーメイション系"の練習にのみ現れる、無口でクールな"アイシールド21"さんは、途轍もないスピードとずば抜けた走行テクとで、一陣の風のようにフィールドを駆け抜け、敵陣営を思いのままに掻き回すスーパースターだった筈。
「おらっ! ぼーっとしてねぇで、もう一回行くぞっ!」
「は、はいっっ!」
あたふたとポジションにつくヒーローへ、皆がつい、一抹の不安を感じた、とある秋の日の昼下がりでございます。
◇
激しい運動をした後に、酷使した体の調整やら緊張感の解放にと、必ずきっちりとこなさねばならないのが"クールダウン"のために整理体操。ほら、高校野球なんか観てると、試合が終わったばかりのチームの投手が、ダッグアウト前でキャッチボール始めたりしていて。何で今頃? 記者からのリクエストかな?とか思ったことないですか? あれはきつかった連続投球で堅くなってる腕や全身をほぐすために必要な"クールダウン"なんですな。レギュラーも補欠も、マネージャーさんたちも関係なく、全員で軽い体操に取り掛かる頃合いになると。ご隠居様から"先に上がれ"という目配せをいただいて、ユニフォーム姿のまま"アイシールド21"さんは一足先に部室へと向かう。あれこれややこしい装備を外すにはちょいと時間が必要なので、こんな形で隔離される必要がある身の上なのも相変わらず。一通りの運動を終えて、さて。残りの顔触れも部室へと戻りかかったそんな間合いへ、
「…あれぇ?」
マネージャーさんたちが頓狂な声を上げた。
「どした?」
「あ、あの。ボールが2つ足りなくて。」
声をかけたモン太が"何だって?"と怪訝そうな顔になり、グラウンドをぐるりと皆がそれぞれに見回した。練習に使った道具の色々があちらこちらに散らばってはいるけれど、ボールは全てカゴに戻した筈で、他の場所には影もない。
「足りないって…出した時にも数えたんだろう?」
「はい。それと数が合わないんです。」
どうしたもんかと、この"ミステリー"へキツネにつままれたような顔をする部員さんたちへ、
「見つかるまで全員で探せ。良いな。」
きっぱりと言い置いたのは…ご隠居様である。
「ケチなことを言うつもりはねぇけどな。パス出しにせよ、投擲にせよ、きっちり気を入れてやってりゃあ、その行方が判らんままになってる筈がない。どこぞにすっぽ抜けたのを、後で探そうとか思って忘れてるってトコだろうから、きっちりと探し出しとけよ。」
これもまた集中力が足らなかった、いわば共同正犯。お仕置きだと思ってきっちり探せと、筋の通ったお叱りの言葉。時たまこういうシビアなお顔を示す蛭魔さんには、後輩さんたちも、
「あ、はいっ。」
はっと姿勢を正しての良いお返事を返すばかり。そしてそして…。
"…ったくよ。"
突然行方が知れなくなった備品へ…にしては、忌ま忌ましげの度合いが高そうな。随分と不機嫌そうな舌打ち混じりに、ご隠居様が一足先に戻って来た部室は………いやにしんと静かだったものだから。
「?」
たった一人で騒ぐのも妙な話ではあるけれど。それにしたってと小首を傾げて。手前のミーティングルームの明かりを灯すと。
"…おや。"
テーブル代わりのルーレット台に突っ伏すようにして、小さな主務さんが くうくうと転寝している姿があったから、
"…ったくよ。"
言いようはさっきと同じなれど、今度はついつい。美麗なお顔にやわらかな苦笑が ふわんと浮かんだ蛭魔先輩である。傍らの椅子へと腰掛けて、指通りの良い髪をもしゃもしゃと撫でてやりつつ、無心な寝顔に視線を落とす。
"………。"
大きな琥珀色の瞳が、最初はおどおどと落ち着きなく揺らめくばかりでいて。ああ、こりゃあ苛められるのに慣れてる奴だなと、ピンと来た。それで構わないという慣れではなく、そうであるのが好ましい訳ではないが仕方がないのだと慣れているという順番で諦めてる。辛い目や痛い目を最小限に止める術にばかり長けている。小柄で童顔で、気が小さくて。目を引けばそのまま吊るし上げられるから、沢山の"多く"の中に自分から埋没したがって、小さな肩をより窄すぼめてた少年。そうであってくれたことが、ある意味助かったなとも思ったが、もちっと早く出会っていたなら もっと何とかしてやれたのかもなとか思わないでもないほどに。健気なくらいに一途で、他人の痛みがよく判る、懐ろの深い…やさしい子。たった1つ、自信をつけてやっただけで。彼が持ってた彼の取り柄を、正しく見つめなと掘り出してやっただけで、こうまで変わるかというほどに前向きになった実は芯の強かった子。もう逃げないんだと拳を握り、向かい風にも昂然と顔を上げられるようになり、最も頼りになる攻め手として、作戦上の要であったほどの逸材だというのに。
"またぞろ、何に気を取られているやら。"
アイシールドを外して日常に戻れば、相も変わらず…気の弱い男の子。自信がついたその分、出来た余裕へ他人の痛みや悩みごとまで引き受けるようになったものだから、何でそういう方向へ向かうのかが理解し難い蛭魔としては…なんともまあお人よしなことよと呆れるほどで。
"気がいいにも程があるっての。"
何せ、このご隠居様にも…自分とアイドルさんとの"お付き合い"へ気を揉んでもらったという実体験がある。他人の諍いなんぞ放っておけば良いものを、大好きな人たちのことだからと、夜通し泣いてまで気に病んでくれた優しい子。この幼げな見かけによらず、懐ろがずんと深くって。相手の気持ちとか立場だとか、よくよく考えてしまう"お人よし"くん。今日の彼が何だか妙だったのも、考え事に気を取られたあまり、こんな風に転寝するほど昨夜は寝つけなかったからに違いない。
「…ほら。糞チビ、起きな。」
そろそろ皆が戻って来る。何に悩んでいるやらまでは知らないが、寝起きの虚を突かれるのも可哀想だし、アイシールドの正体が露見しそうなボロを出されても困るからと…後のはいかにも慌てての付け足しっぽかったが。(笑) ゆさゆさと小さな肩を揺さぶってやると、
「…ん、んう。」
小さく唸って顔を上げる。そんな彼へ、
「進の野郎が来てやがったぞ。」
「………え?」
ぼそりと告げられたのは、セナにとっては…何とも間の悪い爆弾発言。お陰様でぱっちりと目が開いた彼へ、そんな事情までは知らない先輩さん、
「練習がないとあんな早くに来れるんだな。ついさっき、グラウンド脇の階段にまで入って来てやがったんでな。駅で待ってろっつって追い返したが。」
冷やかし半分、くつくつと笑って言うのへ、
「…そう、ですか。」
いつもだったなら、嬉しくて早く逢いたくてと、そわそわするものが。今日は何だか…気が重い。
"………でも、どしたんだろ。"
そういえば。昨日は普通に駅前でお別れして、で、メールを送るの忘れてて。今日も逢うという約束はしてなかったのにね。何となくテンションの低いまま、ぼんやりとテーブルの上を眺めている主務さんの様子には気づかなかったか、
「ああ、そうだ。ディスクを渡しとくんだったよな。」
昨日の試合を録画した記録用ディスク。何やら支障があったからと、編集して渡すなんて言ってた先輩さんでしたね、そういえば。(笑) ロッカーから持って来たカバンを開き、ノートパソコンやら手帳やら、何やら物騒な銃身やらが覗く隙間へと腕を突っ込んでまさぐっていた蛭魔だったが。
「だぁっ、どこ行きやがったっ。」
ハンディカム用のディスクだったので小さくて、底の方へと紛れ込んでしまったらしい。きぃっとキレかかりつつ、教科書だのペンケースだの、幾つもある携帯電話だのを取り出して、テーブルへと並べ始めたその手が………かさりと。
――― え?
セナにも見覚えのあるものを無造作に掻き出した。少し大きめで淡いオレンジ色の横長封筒。隅っこには手書きの赤い蝶々が描いてある、忘れたくとも脳裏に焼きついたままで拭い去れなかった、件くだんの封筒。
「…んん?」
明らかに様子が変わって、ポカンとした顔でその封筒をじっと見やるセナに気づいて。
「そうそう。お前からも言っておけ。俺は奴の"私書箱"じゃねぇんだってな。」
「…はい?」
意味が判らずポカンとしたままなセナの、小さなお鼻のすぐ先で、蛭魔は白い指を振って見せる。
「糞ジャリへの手紙を預かったからってだな。俺に渡してどうするよ。」
それはつい先程のこと。練習中のグラウンドを見下ろしていた誰かさんの視線に気づき、そこに立ってたLBさんの姿に気がついて。
『…なんだ? こんなとこで。』
彼自身はもう既に引退した身ではあるけれど。それでも、決勝戦で当たる相手校の人間なだけに、レギュラーたちへ余計な刺激を与えてほしくはないからと、追っ払おうと構えた蛭魔の鼻先へ、
『これを、桜庭に渡してくれ。』
『ああ"…?』
差し出されたのが…この封筒。
『昨日、試合会場でお前といるのを見かけた。仕事が立て込んでいるのか、この何日か、学校には来ていないし。家にも遅くに帰るらしくてな。』
差出人から直接預かった以上、手渡し出来ずに郵便受けに入れておくというのも何だか無責任だし。自分では会う機会がなかなか出来ないが、どうやら蛭魔の近辺には2日と空けず顔を出すようだから、出来るだけ早く本人へ渡しといてくれと、冷やかしも何もない、至って冷然とした真顔でそう言われたのだそうで。
「じゃあ…。」
まるで手品の種明かしをされたような。もしくは、無くした大切なものを"ほら、無くしてなんかないよ"って、無事なまま目の前へ出してもらったような。あれほどまでに胸を凍らせてた何かが、音もなく ふしゅんと溶けてなくなったような気がしたセナで。そして、
「…お前、まさか。」
そんな彼の様子を見やって…。そこは鋭いご隠居様、何かしら気がつくことがあったらしい。
「進の野郎がこれを預かってたとこを見たんだろう。」
「…あやや。/////」
さすがさすが、どこぞの朴念仁さんとは感度が違う。あっと言う間にピンと来て、
「しかも。奴への手紙だと誤解した。」
「ふみみ…。////////」
そこまで見抜いてしまったから凄い。
"いや。この態度の変化を見りゃあ、判るってよ、フツー。"
…そですよね、うん。(笑)
"成程ねぇ。"
モン太や他の部員たち同様、決勝戦を前に結構集中していた筈の"生真面目筆頭"であるセナが、何だかシャキッとしないまま、ぼへ〜っと練習に参加していたのはそれが原因だったのかと。今やっと合点がいった蛭魔であり、
「あのな。あいつは受け取らねぇと思うぞ。」
「…はい?」
あまりにも端的なお言葉に、セナくんが大きな瞳をきょろんと瞬かせると、
「だから。今回は違ったが、例えば奴自身への付け文であってもだ。そうですかって気安く受け取るような奴じゃないと思うって言ってんだ。」
やっと見つかったディスクをケースごと、ルーレット台のグリーンのラシャ張りの上へと滑らせて。
「拒絶するのは可哀想だとか、受け取るだけで良いんならとか。お前あたりなら相手の気持ちも汲んでやりかねないことだろうがな。あいつにはそういうトコまでのデリカシーはない。」
そんなきっぱりと。(笑)
「………えと。/////」
ほらほら。セナくんも、何だか自分の身内が"デリカシーなし男"って言われたみたいに肩を窄(すぼ)めてる。とはいえど、
「ホントのことだろうがよ。」
奴へのラブレターを、なんでまた俺に仲介させやがんだ。そこだけ見ても十分に、デリカシーってもんがないって証拠だろうがよ…と。
"………。"
頭の中で展開させた、いかにも"辛辣なお言いよう"。だがだが、これを言い切ると…別な方向から癪な事実を拾われて、結果的に墓穴を掘るのではなかろうかということへも気がついたところが、さすがは頭の回転の速いお方で。…分かりにくいですかね。ラバくんへの恋文のためにって、この自分を私書箱にすんなと怒って見せた時点で、半分くらいは暴露してるんですけれどもね、素直じゃない蛭魔さんの胸の裡うち。
「それよりも、だ。」
あ、誤魔化したわね。(笑)
「お前としては結構煩悶したらしいが、幸いにしてあいつ自身は全く気づいちゃいないみたいだし。…いっそ、何にもなかったことにしちまえ。良いな?」
半分は命令みたいな勢いで、びしっと言ってのけた蛭魔さん。
「あ…でも。」
何が何だか、展開が早すぎて飲み込むのが追いつけないものもあって。何も考えないで"はい"なんて簡単に言ったもんだろかと、まだどこか戸惑いの残るお顔をしている後輩さんへ、
「その進を追っ払うついでに土手へ隠したボールも、そろそろ見つかる頃合いだ。」
ふふんと笑って言い足して、
「駅前でだって奴が見つかっちゃあ、あんまり良ろしくはないからな。とっとと駆けつけてやって、どっかのファミレスへでも匿って来いっ。」
「あ、は、はいっ!」
この人のお声での怒声の勢いに、ついつい跳び撥ねる性分も相変わらず。差し出されたディスクを手に攫い、ロッカールームに駆け込んでカバンを取って来ると、かろうじてペコリと頭を下げてから、脱兎のごとくに外へと飛び出す。
"別に"命令"した訳じゃあないんだがな。"
テーブルへ頬杖をつき、愉しげに くつくつと笑いつつ、小さな背中を見送った先輩さん。セナの側が繊細で優しくて、だからこそ…不器用同士でありながらも破綻もなかった彼らな筈が、その繊細さが過ぎてややこしいことを抱えかねなければ良いんだがと。この彼には珍しくもくっきりと、二人の先行きを案じてやっていたりする。
"…焼きが回っちまったのかねぇ。"
だとしたら、きっとそれはこいつのせいだと。テーブルの上に置かれたままな、オレンジ色の封筒の宛て名を、尖った爪でちょちょいとつついて。それは綺麗に、擽ったげに苦笑わらった妖一さんであったのだったが。
「進さんっ!」
その上背のせいで人込みの中でも目立つから。ぱたぱたって駆け寄った、大好きな人の傍ら。ここで会うのが久し振りだったからかな。昨日も逢ったのに、何だか懐かしいような、そんな切なさに胸の奥が"きゅうんっ"て震えた。
「遅くなってすみませんっ。」
学校の方へ来てくれたんですってね、蛭魔さんから聞きました。ニコリともムスリとも はっきりした感情は浮かばない、でもとっても穏やかなお顔を見上げて話しかけると、大きな手のひらが髪をぽふぽふって撫でてくれる。
「もう疲れは取れたのか?」
「あ、はいっ。」
ああ、やっぱり。昨日は様子が変だったって気づいてくれてた。少しずつ、そういうのが拾えるようになってる進さん。無茶とかしでかした進さんへ思い余ったセナが何で怒るのか、何で泣き出すのかが判らないと、困惑してただけの彼ではなくなっている。頼もしいことだけれど、ますますの成長で喜ばしいことだけれど、それでもね。それと同時に、セナくん以外の色んな人たちにも、それらは分かりやすい魅力だから。
"それを残念に思うなんて、やっぱり…我儘な想いなんだろうな。"
女の子がラブレターの仲介を頼むのに、あの進さんへと声を掛けたというのは…やっぱり。彼が随分と人当たりの良い印象になって来た証しなのだろうなということだとか。呑み込むのが辛いこととか、答えが出せなかったことが幾つかあって。そいで…それって、どうしてだろうか。胸とお腹の間くらいのところにわだかまってて。もやもやって揺蕩たゆとうばかりで、すっきりとは消えてくれない。でもね、
"………今は、良いや。"
今はネ、考えたくないって思ったセナくんだ。ただの誤解でさえ、あんなに辛い想いがしたこと。今度のは予行演習みたいなもので、次にはホントの…お別れがやって来るのかも知れなくて。
"だから…。"
その時まではね、見ないの、考えないの。まだ先の、まだ見えてない"悲しいこと"を先走って考えて、せっかくの温かい時間を詰まらなくしたくはないから。
"ずっとずっと、そんな日が来なきゃ良いのにな…。"
最後の独り言、黄昏時の空に放って。小さな手を包んでくれてる、大好きな人の大きな手に、想いの全てを預けるようにして。案じるようなお顔の進さんへ"何でもないです"って、晴れ晴れとしたお顔に戻って。精一杯にまろやかに、笑って見せた瀬那だった。
余計なお世話の付け足り 
「あそこまで仲が良くても、封筒1つで ああまで動揺するもんなんだな。」
諸々の契約や誓いと違って、しっかと結んだ訳ではない…形のない約束ってのは、案外脆いなと言いたげな恋人さんへ、芳しい香りの立つコーヒーを差し出しながら、
「それは絆とかいうものとは次元の違う話だよ。」
問題の封筒の本来の宛て先だったお兄さんが、苦笑混じりに言い返す。小洒落たマンションの一室にて、その封筒でさっき"ぺちん"と叩かれたおでこを擦っている彼へ、
「?」
意味が分からないらしく、小首を傾げる美人さん。相変わらずなところへ、くすんと小さく微笑って見せて、
「セナくんは誰かの負担になるのを一番嫌がる子だからね。自分からの"好き"って気持ちは揺るがなくても、それを押しつけることになっちゃうのが嫌だったんだと思う。だから、このまま"好き"でいても良いのかなって、不安になったんだよ。」
誰かを傷つけてしまうことを最も恐れる、優しくて繊細な子。そんな彼だと知っている身には、時に歯痒くともその個性を否定までは出来なくて。せめて…その優しさから彼こそが余計に傷つかぬよう、目を配ってやる他はなくて。
"ましてや、相手があの鈍感な進ではなぁ…。"
今回の事態といい、苦労は絶えないことだろなと、こちらさんまでもが今から案じている始末。やれやれという顔になっている桜庭へ、
「それにしたって"負担"ってのは言い過ぎだろうにな。」
一途で懸命。その健気さは誰の目にも…しっかりと自立している存在の、奮闘とか頑張りにしか見えないのに。そんな彼であることを知った人物には、自分は余計な"負担"になりはしないか…だなんて。そんなことを心配しているセナだというのが、そもそも理解し難い蛭魔であるらしい。
「そうまで何かと気を遣ってたら、しまいには何にも出来なくなっちまうって。」
「…まあ、そうなんだけれどもね。」
典型的な"我が道を行く"タイプのお兄さん。勿論のこと、自己を高める努力という"基本"も怠りはしないが、障害物は蹴散らし破壊し、どんな手立てだって繰り出して、自分の思う通りのビジョンを実現させて来た強者つわものな彼だから。自分の希望よりも他者への気遣いの方がとことん勝るだなんて、信じられないことなのに違いない。………とはいえ、
「…どうしたよ。」
複雑なお顔をしていると、こちらの思いを案じてくれるようになった。少なくとも桜庭には"文句あるのか"と噛みつかなくなった。
「迷惑かけられて嬉しがる奴だって居るんだ。頼りアテにしてるってことが負担だとばかりは言い切れまいに。」
「…またそういう極端なことを言う。」
ちょっとばかり勝手な言いようを窘めつつも、
"人は変わってゆくからねぇ。"
良い意味での成長なら問題はない。進が"人慣れ"したように、セナくんだって随分と叩かれ強くなっている。波乱や破綻なんて、なければ良いねと。愛しい人へ ふわりと笑って見せた春人だった。
「…で。誰が迷惑かけられて嬉しがる奴だって?」
「さてな。」
〜Fine〜 03.11.22.〜11.30.
*ウチのお話だから、どうせこういう顛末なんじゃないかって、
予測下さってた方もさぞかし多かったことだろと思います。
あの進さんが他へ目をやるものですかと。
いやまあ、それはそうなんでしょうけれど。おいおい
セナくんの不安、これからどう転んでゆきますことやらでございます。
…とか何とか言っといて、
またぞろチョコ・フォンデュみたいなお話を書くんですよ、この人。(笑)
←BACK/TOP***
という訳で(何がだ/笑)
おまけ劇場 U 
立ち込める薄暗がりの中に、かすかに響くは淫靡な気配。それを屈辱だとでも思うのか、唇を噛みしめて声を上げまいと必死にこらえても、短い笛の音のような甘い悲鳴が喉奥からこぼれ出る。呼吸に合わせて上下する白い肌には、淡い朱色が広がって儚くも艶っぽく。敷布をぎゅうと掴みしめた白い手を、上から包み込んだ別の手のひら。淫蕩に喘げぬ"禁忌"への戒めを、そっとほどいて指をからめた。
――― なんていう“裏”がお目見えするとしたら、
ウチでは果たして どっちのCPが先でしょうか。
やっぱ、色々と蓄積も多かろう、三年生同士の“こっち”のお二人の方が早いんでしょうかね。
「…そんな"こっち"なんて言い方で分かるのか?」
「やだなぁ、そんな期待されてもなぁvv」
「お前も嬉しそうに照れるんじゃない。/////」
ちなみに。ウチの設定では、ラバくんの方がヒーさんよりも腕力があるということになってます。ベンチプレスとか頑張ったんですね、三年生になってから。でもでも、
「妖一が嫌がることを力づくでしようものなら、
途轍もなく物凄い"お仕置き"が待ってるからね。」
という訳で、どんなに我を忘れて盛り上がっても、決して"力任せに押し倒す"という展開はないものと思われます。
「…どういうコーナーなんだ、此処は。」
まあまあ、そんなまで思い切りのいい"不機嫌顔"にならないで、蛭魔さん。(笑) で? 一体どんな"お仕置き"なんですか?
「………一生、口利いてやらん。」
ね? 恐ろしい"お仕置き"でしょう? 一生どころか1時間だって、そんなことされたら、ボク、悲しいもん…だそうです。相変わらずですな、このお二方は。(笑) それではお後が良ろしいようで♪

|