聖夜狂騒曲 〜混迷の12月 U
 

 

          



 クリスマスはイエス様の生まれた日。東方より来たりし三人の博士が、ベツレヘムの星に導かれて、大工の妻・聖母マリアの元を訪れ、祝福してくれた…ということになっているが、実はそうではなく。その昔、ヨーロッパ中に遠征しまくって領土を拡大し、隆盛を極めていたローマ帝国の皇帝が、その統治を固めるべく取った政策の一つ。ほぼ同じ時期に民衆の間に広がり、手ごわい抵抗勢力だったことから最初は弾圧の対象だった"キリスト教徒"たちを、こうなったら発想の転換、逆に傘下に収めようと構えを改め、キリスト教を"国教"とし、冬至に当たるローマ暦の最初の日、現在の"12月25日"をその教祖にあたるイエス様の誕生日と重ねたのだそうな。クリスマスカラーの緑や赤、白、黄色は、それぞれに"常緑樹、イエスの流した血(若しくはイエスが生まれた時に次々実ったリンゴ)、雪、三賢者が祝いにとくれた金貨"から来ていて、

  ・緑………常緑樹→永遠
  ・赤………イエスの血→命
  ・白………雪→純潔
  ・黄(金)…金貨→富

 …というのを表しているのだとか。そんなクリスマスのもう一人の主人公、サンタクロースは、聖人・聖ニコラウスという実在する人物の逸話から生まれた存在で。この人は近在に住む三姉妹が貧しさゆえに不幸だったことに同情し、クリスマスの晩に金貨の施しをなされた。そのお陰で、姉妹たちはそれぞれに愛する人と幸せな結婚が出来たのだそうで、その施しをなさったのが、暖炉に干されてあった靴下の中へ…だったため、聖夜に靴下を吊るすという習慣が始まったらしい。そんな聖なる人のお話が、クリスマスの晩に子供たちへプレゼントを運んでくるお爺さんのお話になったのは、元から北欧にあった…冬至の晩に いい子にはご褒美を悪い子には罰をとやって来る、まるで"なまはげ"みたいな精霊の伝説といつの間にか合体したからで…。



"ベツレヘムの星というのは、ツリーの頂上に飾る星のこと。あの赤いコスチュームは、コ○カコーラの会社が打ったキャンペーン用のポスターから始まったものだ…っと。基礎知識はこんなもんで良いのかな。"
 某TV局の人気のない控え室。パイプ椅子に腰掛けて、小振りのノートを片手に簡単な予習中の青年がいる。柔らかい雰囲気なれどすっきりと整ったお顔に、表情豊かで深みのある濃色の印象的な目許。くっきりと男らしい口許がほころぶと爽やかな笑みが浮かんで、たいがいの女性たちがうっとりと見惚れる、今時の超二枚目。彼こそは、ここ数年で一気にその顔と名前を全国へと広めてしまったアイドルタレント、桜庭春人くん、17歳である。今日はクリスマスに放映される予定の、情報バラエティ番組の収録がある。新聞のラ・テ欄がどこも特別番組一色となる"年末"がやって来て、歌手の方々、バラエティ専門のタレントさんほどではないながら、それでも結構忙しい桜庭くんで。この後も、年末までの何日かはお正月用のアイドルドラマの収録があるし、何と大晦日にも、レコード大賞の裏番組、ジャリプロアイドル大集合とかいうケーブルテレビの生放送番組の総合司会という予定が入ってる。
"容赦ないよな、ミラクルさんてば。"
 さすがは"生き馬の目を抜く"芸能界。受験生なんだからと遠慮して下さる方ばかりではなく、人気アイドルへの出演依頼は相変わらずに後を絶たず。我儘だと思われてもいいやと、何とか駄々をこねまくって…仕事を選り好みする振りを混じえつつ、引き受ける量を制限し続けて来たのだけれど、それでもね。年末はどこもかしこも大忙し。ネコの手も借りたいのは大掃除だけではないらしくって。視聴率男の桜庭を、一人遊ばせといてくれるような甘い時期ではないということか。まま、単発ものばかりなのが不幸中の幸いで、

  "でもなあ。あちこち掛け持ってる人が多いから、
   少しずつ入りがズレたりして、どんどん押しちゃうのがなあ。"

 ………余計なお世話の通訳をしますなら。何本もの収録を掛け持ちしているタレントさんばかりなので、直前の仕事からこちらへとやって来る、そのそれぞれのスタジオ入りが少しずつずれ込む人も少なくはなく。その結果、当初の設定である予定時刻がどんどん先送りにされてしまって、全体が遅れまくる事態になる…と。
"…あ〜あ。"
 その名や顔が取り沙汰される"人気"だけが頼りという、まるきり先の見えない世界だから。引き合いがある内、売れてる時にジャンジャン露出して沢山稼いでもらおう…という事務所の方針は重々分かっている。それにね、根っから"人のいい"桜庭くんだったから、多少の無茶くらいなら…とか、自分が頑張って済むのなら…って、あんまり我儘は言わなかった。でもサ、それは"これまで"の話。仕事への真摯な態度は変わんないけど。でもね、ちょっとだけね。そんな"お仕事"とどっちが大事かっていう天秤に掛けたくなるほど"大切なもの"が新しく出来ちゃったから。詰まんない仕事や自分でなくたって良いだろうというような話には、ついつい愚痴も出ちゃうというもので。
"せっかくの冬休みを潰されちゃったなんてサ。"
 これまでは…そう、アメフトの試合にかぶるのだけは困りますって、その程度しか心配事はなかったのにね。今はちょっとばかり事情が違うからさ、ついつい…不満とか不安とかが涌かなくもなくって。そして、そんなこんなという憂鬱の陰が顔に出かかっては、ハッと我に返ってたりする、悩めるアイドルさんだったりするのである。

  "…でも、イブだけは死守したもんねvv"

 うくくくく…vvと。これまた"アイドル"らしからぬお顔になりかけて、いかんいかんと頬をパチパチと平手で叩き。今年人気のあったお相撲さんみたいに、自分で自分に気合いを入れ直してみたりする、控え中でも忙しい
彼なのである。





            ◇



  「年末の予定だと?」

 先日の夕刻、そうとお伺いを立てた愛しい人は………鋭角的な目許をきりきりと眇めると、こちとら、後輩たちがいよいよの"クリスマスボウル"っていう決戦を迎えるんでピリピリしとるんじゃ、その21日までこんなにも切羽詰まってんだから話題を選べよなと。いつもなら手を上げるところを他の人と同じような扱い、長い脚で げいんと蹴られかかって、あわわと少しばかり逃げ腰になった桜庭だったが、
「だからさ、それが終わってからの予定だよ。」
 勿論、瀬那くんたちが勝つんだろうから、祝勝会とかあるんだろうけど、後を引いたとしても23日までだろう? イブとかクリスマスとか、大晦日とかの予定はないの?と、こっちも何とか頑張って訊いてみた。………説明が前後したが、こんな会話になったのは学校帰りの道すがら。ドラマの撮影が終わって真っ直ぐに泥門高校まで足を運ぶと、丁度蛭魔くんの方も遅くまでの練習が終わったところで。落ち合っての帰途につきつつ、恐る恐る訊いてみた桜庭くんへ、先のような答えを突っ返して来た妖一さんであった…という次第だったのだが、
「う…ん。」
 セナたちが勝つと当然のように言われて、ま・ここは冷静にと思ったか。制服の上へと重ね着た、ツィードのコートの襟元へ細い顎を埋めるようにしてちょこっと考え込んでから、
「特に予定はないな。」
 蛭魔は案外とあっさり、そう答えてくれた。
「何にも?」
「ああ。」
「…お家の人が帰って来るとかいうのはないの?」
 あんまり踏み込んだことを訊かれるのは嫌かもなと、ちらっと思いもしたけれど。家族の全員が一年中海外で仕事をしているお家だから、年末くらいは皆して帰って来るのかもと思っての質問で。
"ご家族には、悔しいけど勝てないもんな。"
 そんな環境にあっても飄々としている蛭魔だが、だからこそ、そっちを優先されても仕方ないしと思っていたところが、
「年内は誰も帰って来ないぞ。」
 これまたあっさりとした答え。
「向こうでの付き合いから、クリスマスやニューイヤーのパーティーだ何だに招かれてるからな。年が明けて…そうだな、三が日の終わり頃くらいにやっと帰って来るかな。」
 毎年のことだからと、淡々とした言いようをし、
「実家の方も加藤さんが指揮を執っての大掃除に入ってるからな。キングを構いにって、何日か思いつきで帰るかも知れんが、それ以外の予定なんてのは入れとらん。」
 そこまでは訊いてない内情までもを事細かに説明してくれたので。思わず………奥歯を"くぅ〜〜〜っ"と噛みしめつつ、内心でガッツポーズを取った桜庭である。そしてそして、

  「じゃあサ、あの…サ。」
  「お洒落なシティホテルに部屋を取って、
   そこのラウンジでムーディなディナーを食べて。
   都心のネオンの漁火を見下ろしながら、シャンパンか何かを開けて、
   お星様の話とか持ち出してプレゼントを差し出して。
   何とか口説いて隙あらば一発…なんて事を企んでんなら願い下げだからな。」

 おおう☆ なんてまあ スラスラと淀みなく。機先を制された格好になったからか、
「う〜〜〜。」
 妙な唸り声を上げるアイドルさんへ、妖一さんたら冷然としたお顔になってしまい、
「大体お前、こないだ…俺がその気になるまで もう少し待つって言ってなかったか?」
 そういえば、そんな会話があったばかりなような。それからあんまり日も経たないのに、何をまた性懲りもなく企んでいるのかなと、そういう気分になりもしたのだろう。胡散臭げに目許を眇めてしまったそんな彼へ、だが、
「あ〜、ホテルっていうとすぐ"エッチ"だと思ってるんだろ。妖一って案外と考え方がオヤジっぽいんだ。」
 そんな想像力貧困な短絡思考でいる方が やらしいんだぞと、大きく胸を張ったアイドルさんは、ちょうど今、学園もののラブコメを収録中なのだそうで。いかにも高校生らしき、小生意気そうな反駁の仕方が堂に入っているものの…こちらも近日公開予定の、例のサスペンス映画とのギャップが、こんなにあっても良いんでしょうかしら。
(苦笑) むむうと膨れた桜庭くんへ、

  「あわよくばって、ホンットに思ってないのか?」

 さらりと訊いた蛭魔くんであり、それへのお答えはというと、
「………えと。////////
 おいおい。しっかりせんかい、桜庭春人。
(笑)
「だってっ、年末までぎっちり仕事で…。」
 しかも…きっちりと予定通りに運ぶとは到底思えぬ、曖昧な段取りに翻弄され続けるだろう日々の連続で。そんなだから、体が空いてもちょろっとくらいしか逢えないだろし。
「唯一、長く自由になる日が、イブのお昼過ぎからクリスマスの昼間までなんだもん。」
 だからネ、えっちはともかく
(笑) 妖一と一緒に過ごしたい。頑張って調整して、イブの晩っていう最高の日取りを確保したんだから…と、いつもにも増しての"ねえねえ攻撃"が発動されそうな気配。それをやっぱり見越してか、
「だからって、そんな…いかにもな"マニュアルデート"の予定組んでどーすんだ。」
 蛭魔は"やれやれ"と呆れたように言い返す。
「…ダメ?」
「お前みたいに顔差す奴と、その日はいつもより込み合うだろうそんな場所に出向いてどうすんだって言ってんだよ。」
 ごもっともなご意見へ、
「あ、それは大丈夫だよ。女の子とならマスコミも放っとかないだろけどさ。」
 妖一は男の子だからね、彼女がいない同士のお友達と過ごすんですよって誤魔化せるだろ? どう?どう? ボクって頭いい? ニコニコ笑っているアイドルさんだったが、

  「桜庭春人にホモ疑惑が浮上するだけの話じゃねぇのか?」
  「う…っ☆」

 相変わらず、恋人が相手でも斟酌のない人である。………とはいえ、
「ふみぃ〜〜〜ん。」
 見るからにしょぼんと肩を落としたアイドルさんへ、仕方がないなと苦笑を洩らし、
「じゃあ。ウチで夜更かしするってのはどうだ?」
「………っっ♪」
 え? いいの?と。訊いてるお顔が既に嬉しそうに輝いている。すっかりと暮れなずんだ夜道を歩く二人連れ。道の真ん中に立ち止まっての会話は、これで何とかハッピィーな結末を迎えそうな気配だった…のだが、


  「そだな。何かプレゼントくれたら、あっちの方も考えて良いかもな。」

  「………っ☆」


 ああああ、あっちの方って…それってもしかして………?

  「あんまり焦らすのも何だしな。」

 そのまま“くけけ…”なんて笑い出す妖一ではなかった。それどころか。丁度 通りかかってた街灯の下にて、愛しい人の"ふいっ"と向こうを向いた横顔の線が…仄かに朱に染まったような。実を言えば妖一さんの方でも、そろそろかなぁなんて考えていたところなのだ。ただ、クリスマスだから…なんてのは何とも気恥ずかしくて。でも、これを逃すと、お正月は…家族が帰省してなかなか時間が取れなくなるし、そうこうするうちに受験期間へ突入するし。そうなったらもう"バレンタイン"とか何とか言ってる余裕はなくなること請け合いだし。それより何より、そっちの方が"いかにも"みたいで、反骨精神
(何へのだ?)旺盛な ひねくれ者の妖一さんとしては、そういうイベントに乗っかってしまうのは何となく気が引ける。どっちかといえば、クリスマスの方が…二人きりにて落ち着いて向かい合えてまだマシかもなと、そんなこんなを…後輩たちがいよいよの"クリスマスボウル"っていう決戦を迎えるんでピリピリしとるんじゃ、その21日までこんなにも切羽詰まってんだから話題を選べよな…という時期であるにもかかわらず、考えてはいた妖一さんだということですね?

  "うるせぇよっ。////////"

 真っ赤になっての反駁も、当のお相手の耳目には届いていない。というのが、

  「…うわぁ〜〜〜。////////

 こちらさんもまた、雪解けの野原を思わせるようなじんわりとした笑顔になりつつ、意識がどこぞのお空へ飛んで行きかかっていたからで。それに気づいた蛭魔が"お〜い"と顔の前で手を振れば、その手をがしっと掴まれて、
「えと、うんっ。プレゼントだね。頑張って考えるから、楽しみにしててよねっっ!」
 我に返ったアイドルさんは、それはもう輝かんばかりの笑顔になって、愛しい人の綺麗な瞳へ"きっと・かならず"という誓いを立ててしまったのであった。………芝居づいてるのは余裕なんでしょうか、この人の場合。



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  *お待たせいたしました。
   この人たちの“気になるその後”でございます。
(笑)
   また何かバタバタするのかもしれませんが、
   年も押し迫っておりますので、さほどの大騒ぎにはならないかと。
   まま、ゆるりとお付き合いくださいませですvv