聖夜狂騒曲 〜混迷の12月 U B
 

 

          



  今年のクリスマス・イブは週の真ん中で、平日も良いところなせいか、社会人の方々にはなかなかに調整が難しそう。ほんの数日後には"御用納め"が待っているため、お付き合いの忘年会なんかも集中していて大変だろうね、と。まだ早い時刻なせいで下りはガラガラに空いてた道。軽快に急ぐタクシーの車窓から街並みを眺めつつ、桜庭くんはぼんやりと取り留めのないことを考えている。とにかく、この日のこの夜のオフタイムにだけは、何人たりとも、どんな急用も食い込ませないぞと。勿論のこと、自分の義務としてのお仕事もしっかりこなして、それはそれは頑張った。睡眠時間もかなり削ったが、そっちは別な目的があってのことで。仕事もそっちも、きっちりと方がつき、誰にも文句は言わせない状態にてスタジオを後にしたのが小半時ほど前。タクシーの心地良い振動の中、睡魔が襲って来るのに半分ほど意識を取られつつ、淡い色つきのサングラス越しの視線が車窓の外に捉らえたのが、シネマコンプレックスか何かだろう、真新しいビルの前に掲げられてた大きなスチール看板で。選りにも選って自分の澄ましたお顔がド〜ンとアップになっているものだから、ちょっとばかりビックリした。
"ありゃりゃ? あ…そっか。先週から公開してたんだ。"
 あれほど頑張って演技した作品だったのに、銀座だったか初回上映の会場にて"舞台挨拶"だってした筈なのにね。それさえ上の空になっちゃってたんだなと、あらためて…自分の頑張りようにクススという笑みが浮かぶ。やっと準備出来た"プレゼント"を思い、そこから。ふと、ついさっき待ち合わせの電話を入れた先方さんの声を思い出し、
"妖一も何か機嫌が良さそうだったしな。"
 そっちは…セナたちが"クリスマスボウル"で快勝したからで。何から何まで全てが上手く運んで、ああ良かったという充実感もひとしおな桜庭くん。
"なんか、凄く良い年だったなぁvv"
 おいおい、もうそんな"締めくくり"ですかい? これからが一番大事なんじゃなかったんでしょうか。しっかりしてあたらないと、ご機嫌損ねたら…こうまでの苦労が水の泡になっちゃうよ?





            ◇



 もう既に宵闇の藍色が立ち込め始めている、泥門駅前近くの小さな公園。直接 妖一のマンションへ乗りつけるのは…万が一にもマスコミの"付け馬"があった場合に不味かろうということで。この付近で適当に降りて、様子を見ながら徒歩で向かうことにしている桜庭で。そしてそんな気配りを知ってか、最近は前以ての約束があった場合、蛭魔の側がここまでお出迎えにと出て来てくれていることがある。本人曰く、コンビニに買い物があったからという外出であり、留守中に擦れ違っては困るだろうから…と待っててくれてる、コトの順番なのだそうだけれども。まま、それはともかく。
「…あ、妖一。」
 今夜もまた例に洩れずで、児童公園の入り口で降り立った桜庭の眸は、入ってすぐの開けた辺りに見慣れた金髪を見かけて…さっそく表情を緩ませた。ツンツンに逆立てさせた金髪は、いかにも攻撃的というか、見るからに"挑発的"であり。何事にもアグレッシブル、前向きな彼の人格をまんま現している。
"でもなぁ。あんな武装をしなくても、眼力だけで十分に威嚇出来る人なのにね。"
 背負っているものの大きさのせいでか、その身に込めた気魄がまず違う。そこいらのチャラチャラした安物の不良なんぞと一緒にしてはいけない、奥の深い人。だからこその、これもまた一種の"逆カモフラージュ"なのかもしれない…のかも。
「待った?」
「いや。」
 軽く羽織った濃紺のハーフコートの肘のところに、小さなコンビニのワシャワシャ袋を提げている。いつものように、飲み物だかガムだか電池だか、ささやかなものを買いに出たついで、なのだろう。そんな彼の姿を見た途端、もう既に気が逸ってしまった桜庭であり、

  「あのね、プレゼント、出来たんだvv」

 ああ、せっかく段取りとか考えてたのにね。なんかもう、気が急いてしようがない。
「…出来た?」
 訊き返されて、こくんと頷く。思いついたのがかなり遅かったもんだから、間に合わなかったらどうしようかってハラハラした。慣れないことだったから、指先に傷もいっぱい作っちゃったし、細かい作業だったから眼精疲労で肩凝りもバリバリ。でもね、半端なのじゃイヤだったからって、相当に頑張ったんだよ? 眠くても我慢して、だけど、ちょっとでも失敗したら最初からやり直して。…でもでも、そんな苦労したってことは、妖一には絶対に内緒。
「この世にこれしかないオリジナルだよ?」
 コートのポケットから掴み出したのは、何かの折に撮影用にって買ったアクセサリーが入ってた、紫紺のビロード張りの小箱。仕上げに今朝までかかっちゃったから、包装紙でのラッピングをしている余裕はなかったの。でも、どっかで買ったものでなし。これでも いっかって思って、今日一日、ポケットに忍ばせといた。かくりと小首を傾げたままな妖一の傍らまで近づいて、

  「はい、これ。」

 白い手に手渡して…なんかドキドキが伝わらないかって思って、サササッてすぐに離れた。反応を間近で見るのが怖かったっていうのもある。だって、ホントに素人仕事。基本はネ、道具を揃えたクラフト工房の人にキチンと教わったけど、それでもさ。そんな…技術的なところは一朝一夕に身につくものじゃあないんだし、デザインのセンスだって高級品を見慣れてる眸にはダサダサかも。箱と桜庭とを交互に見やっていた蛭魔は、ふんふんと察してくれたらしくって。
「………。」
 妖一の綺麗な白い手が、ぱくんと蓋を開ける。中に収まっていたのは18金だろうか、平たい型の指環である。5ミリ幅ほどのリボンみたいなタイプのもので、全体にぐるりと細かい透かし彫りが施された、なかなか凝ったもの。
"…出来た?"
 確か、さっき桜庭はそう言った。箱には店の名前がないし、包装紙も無いところから察するに、

  "へぇ〜。"

 年末までずっと忙しいのって愚図ってたくせに。あんまりこういう装飾品をつけてるとこを見たことないから、本人もあまり関心は無かった筈だろうに。それにそれに、先日の約束からほんの数日しか経ってないのに。こんな手の込んだもの、一から作れちゃうとはねぇと。指先で箱から摘まみ出して、端正な透かし彫りをあちこちから矯つ眇めつ眺めやる。陽の落ちた屋外で、明かりも乏しいものの、そんな中でもきらきらと乱反射を見せて美しいデザインであり、
"………。"
 さっき一瞬だけ見せた手に、何だか妙な感触があったのは。慣れない作業で怪我をして、絆創膏を貼ってたからかと、今頃納得がいった妖一で。

  "………。"

 これがどこぞで見つけた"買ったもの"なら、こんなにもおずおずと渡したりはすまい。たとえ自信がなくたって、どこにポイントをおいて選んだだとか、それなりの説明をする筈だろう。頑張って作ったもの。だのに、その部分を押しつけたりはしない、相変わらずに優しい青年。

  「………。」

 可愛らしい作りの手作りの指輪。片手に残った小箱を、まずはポイッと放り投げた蛭魔であり。

  "え?"

 空き箱には違いないのだけれど、その扱いのあまりの乱暴さには、さすがにギョッとした桜庭で。しかもしかも、

  "………あ。"

 少しばかりの距離を置いて、向かい合ってた蛭魔と自分と。傍らに立つ常夜灯の冷たい光が、無言のままに二人を照らし出している。その空隙を…何かがキラリと。放物線を描いて飛んで来たから。

  "…え?"

 咄嗟に両手で挟み込むようにして受け止めたもの。妖一のその指先で軽々と。ピンって弾き飛ばすようにして こっちへと寄越された指環だった。

  "…えっ? えっ?"

 正直言って凄まじいまでの衝撃を受けた桜庭だった。そのままへたりと座り込んじゃいそうなほど。そりゃあ、素人が突貫で作った代物だけどサ。物凄い頑張ったのに。コツを掴むまで、何度も何度も指を突き、作品に大穴を空け、ただでさえ疲れてたのに夜更かしをし。ただただ 妖一が喜んでくれるだろうお顔だけを目標にして、頑張って作ったのに。この世の終わりかって感じたくらいショックだったんだよ? 気に入らないって突っ返されたって思ったから。だから、

  ――― …?

 すたすたと歩みを運んで来た妖一が、

  「こういうのは、くれた奴が指に嵌めてくれるもんなんだろ?」

 すぐ間際まで寄って来て、そんな可愛いことを言い出したから。そうしてパッて、顔の前にてその左手を広げて見せたものだから、

  「…あ、ああ。えと、うん。」

 あらためてドギマギ。ああ、なんだ。そういうことかと、やっとのことで竦み上がってた胸が ほぉって緩んだ。もうもう、ビックリさせないでよね。にんまり笑ってるお顔に見とれてる場合じゃない。手のひらの中の指輪を指先へと持ち直し、差し出された…というか、突き出された手を左手で捧げ持ったは良かったが、

  「…どの指が良い?」

 なんかサ、ほら。意味がある指もあるしと思って桜庭が訊くと、

  「どの指にくれるつもりだったんだ?」

 にやにやと笑って訊く意地の悪さよ。好きにしろってことだなと察して…それでも何だか、時限爆弾の処理班員にでもなったような気分のまま、此処にあげたかったのという…薬指へとそぉっとすべり込ませる。サイズを測った訳では無かったけれど、しょっちゅう間近に見てるし触ってもいる手だったからね。自分の指との比較で大体って"あたり"をつけていて、ダメだったら親指でも小指でも良いかなんて、随分と大雑把なこと思ってたんだけど、
「あ、ピッタリだ。」
 するりと入った指環は、付け根まで無事に通って、大きいということもなく止まった。
「…ふ〜ん。」
 もう片方の手の上で、左手を広げて指環を眺めやっていた妖一は、何だか擽ったそうな顔になると、
「こういうのって初めてつけるからな。」
 顔の間近へ寄せてみたり、パタパタと表裏、手のひらをカードか何かみたいに引っ繰り返しては角度を変えて、さんざん眺めてくれている。珍しいおもちゃにはしゃぐ、小さな子供みたいにも見えて、
「金色にして良かったな。」
 色々とアドバイスしてくれたお店の人はね、色白な人ならプラチナの方が映えるかもって言ってたんだけどね、
「妖一は絶対に"金色"ってイメージがあるからさ。」
 桜庭もにこにこと満足そう。派手で華やかな印象があるのかなと、とりあえずは自分の髪を指さして、
「これに合わせたのか?」
 妖一が訊くと、ん〜んとかぶりを振る。
「あのね、金色って英語では"純粋"とか"ピュア"っていう意味があるんだよ?」
 だからネ、妖一には似合うのと。どうコメントすれば良いんだよと感じるような、なんか微妙にセンシティブな言いようをされてしまったが。まあいいかと苦笑してから、

  「…ありがとうな。」

 静かな夜陰の中へ、ことりと置かれた静かな一言。冬の宵の冷たい外気に、ほのかに赤く頬を染めた愛しい人は。傍らの街灯の光に手のひらごと指環を透かしてみると、小さく小さくやわらかく微笑んでから…その手を顔へと引き寄せる。胸元まで下げてじっと見下ろし、そして、

  "………あ。"

 指環の上へと唇を重ねた。軽く伏し目がちにされた目許が長い睫毛の陰に沈んで、何だか妙に…神秘的な仕草のようにも映ったよ。あああ、何だか物凄く幸せだ。素人が作った、玩具みたいなものなのにね。そんなにも愛惜しんでもらえたなんて、もうもうそれだけで大満足ですってば。
「〜〜〜〜〜。」
 嬉しくて嬉しくて、くぅ〜〜〜っと奥歯を噛みしめていると。

  「信用してなかった訳じゃないんだが。」

 妖一の声がこそりと届いた。どうやら…彼の側からはプレゼントを用意していなかったらしいような? でもね、そんなの要らないって、やっぱり本心から思った桜庭だった。だって、あんな指環なのに。受け取ってもらえただけでも嬉しかったのに、ステディリングみたいな扱いをしてくれたから、それだけで十分、天にも昇りそうな心地になってたし。そしたらサ、愛しいあの人は…とんでもないことを言ってくれた。

  「最初の約束通り、俺を貸してやるってのはどうだ?
   今夜一晩、好きにして良いぞ。」

 但し、SMとかの痛いのやコスプレとかいう恥ずかしいのは無しだぞ、いいなと、どこか混ぜっ返した言いようをした妖一であり。余裕で口にした冗談ごとかと思っていたれば、視線に少しばかり落ち着きがない。それにそれに、薄暗いから分かりにくいけど、もしかして。頬や耳が薄く赤いのは、寒いからってだけじゃあないのかも。

  "…でもねぇ。"

 確かに。プレゼント次第で、ずっと"お預け"になってたものを解禁してやるみたいな言い方をしていた妖一ではあったけど。そいでもって、言われた時は桜庭もワクワクしたものの、今となっては…それこそあまり期待してはいなかった。だって、この約束をしたあの日に蛭魔くん本人が呆れたように、もう少し待つよって確かに言ってた訳だしィ。だから、そこまで至れるなんて思うのは、やっぱり虫が良すぎると………思い直してた桜庭くんだったのだけれども。




   …………………………続いたり、します。




  〜Fine〜 03.12.19.〜12.22.


  *…ふふふのふvv(笑)
   一部の方にはお待たせしました。
   まさかこっちでもこのお部屋を作ろうとは思わなんだ
   お姉様以外は立ち入り禁止の"裏部屋"へ続きます。
   一応、健全…と言いますか、具体的描写は避けて来たサイトですので、
   そちらは簡単な隠し扱いにさせていただきます。
   大した描写ではないのですが、それでもね。////////
   15歳以上の女性限定。高校生以上のお姉さんから、だからね?

     http://www.paw.hi-ho.ne.jp/morlin/aisi-*******.htm

   上のURLの“*******”の部分にとある数字を半角で入れて、
   コピペでアドレス欄へ入力して移動して下さい。
   (ヒント;ウチのサイトの推奨CPの方々の背番号を順番に。)



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