critical situation 〜混迷の12月
 

 

          



 部屋の明かりを落としていると、どういう訳だか…会話の声を低めたくなるから不思議なもので。自分たちの他には誰もいないのに、例え誰ぞに聞かれたところで困るような話をしている訳でもないのに。辺りの暗がりが声を言葉を吸い込んでしまうよな気がして勿体なく思うのか、それとも…暗くしたムーディさにかこつけて、身を寄せたくなっちゃうからなのか。

  「それでさ、…でね? …ってなったんだ。」
  「ホントかよ、それ。」
  「ホント、ホント。そいでさ…。」

 こちらのお二人さんもまた、床置きのフロアライト1つだけを灯したリビングにて。アクションもののDVDか何かを観つつ、時折"くつくつ"と含み笑いなぞ零しながら、他愛ない話をこそこそ・ぼそぼそと、仲睦まじく囁き合っていたのだけれど。

  「………。」

 不意に。そんな低い声までがふと静まり返って。でも、ごそごそという衣擦れの音だけはし続けていて。

  「……ん。」

 時折、小さな小さな水音…のようなものや、甘い吐息…のような声が響きつつも、微妙に微妙に静かなままでいて。

  「………。」

 クライマックスシーンなのか、大きな画面から放たれる光の強さが変わるせいで、暗がりのままながら、青や白に塗り替えられる部屋の中、

  「………ん、んん。…こら。やめ、…やめろって。」

 ごそごそが、ごそごそごそごそ…へと勢いを増しかかったのへ、制止するよな 抵抗するよな小声が絡まり。

  「さく、………んっ。やめろって言って………んん…。/////

 それでも ごそごそごそ…が、一向に停まらないものだから………。


  ――― ごつんっ★

  あ………出た。
(笑)


 やっと"ごそごそごそ"が停まり、
「あだだだだ…☆」
 明るい色合いの前髪が一房だけ立っている頭を両手で押さえて、ビーズクッションのソファーに敢えなく沈没したのが、アイドルスターとして人気急上昇中の桜庭春人くん、17歳。そして、そのアイドルさんに押さえ込まれかかっていた態勢を何とか立て直しつつ、ふんっと鼻息も荒くそっぽを向いたのが、このお部屋の主の蛭魔妖一くんで、やはり17歳。恐らくは…性懲りもないやりとりが展開された模様であり、しかも、
「…あっ、あっ、ごめんね。」
 思い切り殴られた方である桜庭くんが、慌てたように謝り始めるのもまたいつもの話。
「ごめんねっ、妖一。ごめんなさいっ。もうしません。だから こっち向いてよう。ねっ? ごめんなさいっ!」
 そっぽを向いた相手が"拒絶"を示して聳
そびやかす 細い肩に取りすがり、ごめんなさいっを連呼して。何とか機嫌を直してもらえるようにと頑張って。

  「妖一ぃ〜〜〜。」

 放っておくといつまでも続くのだろう、ちょこっと情けない哀願の声に、しょうがないかと溜息混じり。体ごとそっぽを向いてた態勢だったのを、こっちへと向き合ってくれた愛しい人は、

  「今度あんな舐めた真似しやがったら ぶっ殺すかんな。」

 お綺麗な顔にはまるで似合わぬ恐ろしい一言を、腹の底から絞り出すよな迫力をきっちりと滲ませつつも言い置いて………それから。

  「………。」
  「♪♪♪。」

 ぽそんと。元居た場所、桜庭くんの広い懐ろへとその身を再び凭れさせて、映画観賞を再開する妖一さんだったりし、

  「…?」 (訳;まだ痛いか?)
  「…vv」 (訳;へーきだよvv

 先程、それは大きな鈍い音がするほど思い切り どついた彼氏の頭を、今度は下から伸ばした手で"よしよし"と撫でてやってたりするものだから………。一体どういう信頼関係なんだか。よく判りません、オバさんには。
(笑)





 この二人。同い年の高校生で"男の子同士"ではあるのだけれど、あのその えっと。何というのか、ちょっとばかり微妙な間柄で。その狡知さや周到さから"悪魔のような"と囁かれ、周囲の人々からさんざん恐れられていながらも、妖冶にして玲瓏たる美形でもある妖一さんに、爽やかで屈託のない笑顔が売りの、全国ん十万人ものファンを抱えたアイドルの桜庭くんが、紛れもない"恋心"というものを抱いたのは、今年の春先の入学式シーズン真っ只中のこと。しかもその事実。発覚してから(…というか、桜庭くんが自覚してから)今日に至るまでの9カ月強もの月日の間、芸能活動で忙しい身の筈が暇さえあれば恋しい人の周辺へと出没し、告白のメールもほぼ毎日というノリにて届けられ、隠しもせぬまま あっけらかんと、本人の態度で示され続けて来たというから…考えようによっては、一途なこと、この上もなく。当然のことながら、当初は"馬鹿にすんじゃねぇ"と、けんもほろろな扱いだったのだが、それでもめげず懲りないままに、アイドルさんの求愛は続いて続いて…さすがはスポーツマンで"継続は力なり"。
おいおい 気がつけば、こんな風に…夜更けてもお家に上げてもらえるくらいの親密な間柄になりはしたのですけれど。

  ――― 想う心に 限
キリはなし。

 そこはやっぱり…17歳という"お年頃"の身であるが故。ついつい時々、愛情が勢い余って熱情に変化し、衝動的な行動に駆り立てられてしまいもする。だって妖一さんって、アメフトと悪巧みでリビドー使い切ってらっしゃるのか、こっち方面には至って淡白でストイック…なのにも関わらず。そんな理性的なところと反比例して、姿といい仕草といい表情といい、とっても色っぽくて魅力的だしィ。しかも最近、とっても気さくに"すりすり"って、そりゃあダイレクトに向こうから懐いて来てくれてるもんだからァ。それでついつい、

  『妖一ィ〜、好きィ〜〜〜っvvv
  『だぁっっ、やめんか〜〜〜っ!!!』

 こんなやりとりに発展…というか、脱線してしまうこともしばしばで。モデル出身で上背もあり、このところ頓
とみにかっちりとした青年らしい体型が固まって来つつある桜庭くんと、これでよくアメフトなどという激しいスポーツの、しかも"クォーターバック"という厳しいポジションをこなせるものだと、関係者からすれば信じられないくらいに痩躯な妖一さんと。体格差だけでなく、最近になってめきめきと格差が出て来た馬力の違いもあるせいで、好き好きvvと盛り上がれば停まらないだけの情熱がありありな桜庭くんに掴み掛かられれば…どんなに抵抗したっても造作もない筈なのではありますが。おいこら そこはやっぱり純粋な恋心とやら。無理強いはいけない、相手の意志を踏みにじるような真似だけはすまいと、ぎりぎりでセーブがかかって我に返り、事なきを得て来た………というか、

  《 力任せに無理強いなんてしやがったら、一生 口利いてやらん。》

 真相はというと、ご本人様から冷ややかな眼差しと共にそんな風にクギを刺されていたりするからで。
(笑) 恋する桜庭くんの苦難の道は、まだまだ当分続きそうな気配である。………どちら様にも難儀なことで。(苦笑)










            ◇



 暖かで妙だった秋が過ぎ去って、夏からこっちは結局"暦"と合わない気候続きだったねなんて言ってた世間様も、さすがに"師走"になだれ込むと、冬へと年の瀬へと気持ちが向かいつつある。ボーナスがどうの 暮れの帰省がこうのと、シビアな世情と向かい合っての四苦八苦になかなか大変な大人たちとは…立場も目線も少々違う若者たちはといえば。こちらも皆それぞれに、期末考査を前にしつつも、冬の予定なんか囁き合ってみたりする頃合い。ここ王城高校もまた、2学期の期末考査を前にしながらも、学生たちの放つ雰囲気はどこか華やかで。クリスマスや年末といった、冬休みの予定の方へと気持ちが既に飛んで行ってる人たちが多い模様。余裕なんですかねぇ、ブルジョワ学園なりの。そんな中にあって、

  "はあぁぁあぁ〜〜〜〜。"

 浮かない顔で教室の机に突っ伏していたものが…むくりと起き上がって、今度はやるせなさげな頬杖のポーズ。このところ、一人になると ついつい溜息ばかりが零れるようになった桜庭くんである。
"…判ってた筈なのにね。"
 すぐ傍らの大きな窓の向こうへと投げた視線は、だが、乾いた青に塗り潰された空のどこにも留まってはおらず。シルバーグレイの詰襟制服の、胸の裡
うちへと思い浮かぶは、最愛の人の愛しき面影ばかり。黙って佇んでいれば…繊細な横顔、ほっそりとした肩や背中、淡い色調の可憐なイメージに染まった、それはそれは麗しき佳人である。やわらかな金色の髪に薄い虹彩の眸を据えた涼しげな目許。鼻梁はすっきり細く、なめらかな弓形ゆみなりをたもった頬も線が細くて。深みのある白を滲ませた肌はきめが細かく、丹精された指先は躾けの行き届いた動作で機能的な所作を見せ。淡い緋色の口許は、肉づきが薄い分、表情が豊かで、意味深に微笑を含んでいると…ついつい視線を奪われてしまうほどに妖冶でもあって。
"………黙ってじっとしていれば、だけどね。"
 あははは、まぁね。凶悪そうな笑い方で"バカ"とか"糞
ファッキン"とか口汚い言葉遣いばかりする人だし、すぐに手や足が出る乱暴者だし、ブチッと怒らせると怖い怖い三白眼になり、マシンガン向けられたり、爆竹やら手榴弾やら飛んで来たりしますしね。(苦笑) でもでもでも。そんな人でも、大好きなんでしょう?
"…うん。"
 好きという単語にさえ、切なさが つのって胸がズキンとするほど、本気で好きで好きでたまらない。麗しくも愛しのあの人は、それはそれは聡明で賢く、ピピンと閃く勘もよく。しかもその上、至って俊敏闊達な、バリバリの行動派でもある人なれど。そういった冴えて素晴らしき性質を山ほど持ちながら、惜しむらくは…恋愛という方向へはあまり関心を向けたことがない人でもあるらしく。そんな難物くんを相手に、けれどかなり打ち解けてもらえてるってのが、頭ではちゃんと判っているのだけれどもね。何か満たされないの。人間って欲が深いなって思う。もっともっとって際限がない。

  "はあぁぁあぁ〜〜〜〜。"

 も一度、大きな溜息を心の中にて放ったところで、
「…?」
 そんな自分の前の座席へ、すいと腰を下ろした人影がある。今は選択教科の授業でしかも自習中。その座席の主は別な教科を取っているので、この時間は隣の教室に移動している筈で、だからこそ空席であったのに…と顔を上げれば、
「………進。」
「ああ。」
 こちらさんも同じ教科を取ってはいたが、自分の席は離れていた筈。自習ならそのままちゃんと"自習"に打ち込む堅物が、何を珍しくも歩き回っているやらと、綺麗に整えられた眉を寄せつつ見返していると、

  「俺が気がつくくらいだから相当なものだぞ。」

 さして表情は動かさぬまま、何とも端的なお言葉を下さった。あまりに省略されまくった言いようなれど、付き合いの長さと質が違う"幼なじみ"同士だ。何を言いたい彼なのかはあっさりと分かって、

  「自分で言うかね、そんな風にサ。」

 せめてもの憎まれ口を返しつつも、
「………ごめん。進に八つ当たりしたってしょうがないよね。」
 こんなの子供じみた駄々や甘えから出た不貞腐れでしかないと、すぐさま反省。だって、進が言いたいことはよく分かる。芸能人だからという肩書を意識するよりも以前に、日頃から人当たりのいい、朗らかな性分をした桜庭くんで通っていたものが、このところの憂鬱顔はあまりにも判りやすくて。単なる憂鬱から…このところは"不機嫌です"という顔になってさえいるものだから。当たりがソフトになったと評判になっている進とはちょうど正反対、このごろ気難しそうになった桜庭くんだと、巷でめっきり噂になっているらしく。
「蛭魔か?」
「…まあね。」
 くどいようだが、判ってたつもりだったのにね。気難しい人なんだって事とか、ややこしい人なんだって事とかへの真の裏書きさえ、恐らくは他の誰よりもずっと深いところで把握出来ているのにね。強くて賢くて、飛び切り綺麗で…やさしい人。妖冶なまでの美麗さを、わざと暴力的に雑に扱ってる。ホントは繊細なところだって一杯持ってるのに、悠然と構えた孤高な横顔には断片
かけらだって匂わせない。そんな傲慢さも根っからのものではなく、人知れず頑張って身につけた代物で。自分は独りで居なけりゃいけない身なんだと、そんな哀しいことを唱え続けて来た、寂しいひねくれ者。
"…そんなことを知る前から好きだったのにね。"
 ホントは優しい人だって知ってたよ。どういう訳だかそれを表に出せなくて、巧妙に乱暴者を装ってるんだって気がついてた。今は、それが環境のせいだって知ってる。彼のせいじゃなく、彼の立場がそうさせたんだってちゃんと知ってる。そんなせいで…相手の懐ろへ無防備に身を預けるまでの間柄には慣れてない"幼さ"から、警戒心が強かったり噛み付くような物言いしか出来なかったりする人で。

  "…ホント。ややこしい人を好きになったもんだよな。"

 彼を思うといつだって、切なくてやるせない。いっそ嫌いだったら楽かもね。ただの知り合いってだけだったら、こんなにも煩悶しはしないのにね。…そう。好きで好きで堪らないから苦しいの。照れ隠し半分の乱暴さとか、子供みたいで可愛いなって思うけど。まだあんまり慣れてない彼なんだから、そういうところも大事にしてあげなきゃって思うんだけれど…。

  "こっちも17歳の青少年だもんな。"

 それこそ、我慢の利かない子供のような言い分かもしれないけれど。もっとこう、甘くて熱い進展とかがあっても良いんじゃない?って、ついつい思う今日この頃。抱っこやキスまでがOKになったのさえ、今となっては歯痒くて、

  "今じゃあ…却って"生殺し"だもんな。"

 はふうと肩を落として重い吐息をつく。そんな自分を励ますでなく、進はただ黙ってこちらを見やっているばかり。きりりと鋭い眼差しや大人びて頼もしい面差しに載っているのは、いかにも武人然とした重々しい無表情。よく言って誠実、悪く言えば頑迷で気が利かないままな顔だというのに、どこか…やわらかくなったというのはさすがに判る。今までの彼はというと、その雄々しい体躯そのままに、あまりにも超然としていて取りつく島がないというのか、まさに機械仕掛けの存在であるかのようにも見えて。体温さえもなさげな風情に見えていたものが、今では…そう。周囲へと関心を向けているのがありありと判る。暑かろうが寒かろうが、晴れていようが雨であろうが。クラス分けがあろうが転校生が来ようが、何に対しても意に介さず興味も示さずにいたものが。今は…渡り廊下の真ん中に、セイヨウタンポポの株があるのをちゃんと知ってる。蛭魔の本宅で飼われている仔犬の名前が"キング"だということも、泥門の駅で降りるのなら真ん中辺りに乗った方が渡線橋のすぐ傍で降りられることも、瀬那くんが大好きなアイスクリームがマンゴー味だということも。これまでの彼にとっては物凄い"トリビア"だったろうに、今ではどれもがやさしい必要知識。そんな彼へとすっかり変わってしまっている。そして、そんな彼だから…急に器用にはなれないけれど、愚痴くらいは聞いてやろうと思ったのだろうか。そういえば、

  『蛭魔か?』

 他でもないこの男が、よく気がついたよなと、こんなにもテンポがずれたタイミングにて"おやや?"と感じた桜庭で。そりゃあまあ、彼とあの愛らしい恋人くんとの仲をきちんと把握し、尚且つ、陰ながら見守って来た自分と彼の人なのだという事実は、進の側でも知っていようから。そして、そんな共通項が発端となって…自分たちの"お付き合い"というか、桜庭の蛭魔へのちょっかいも始まった訳だから。微妙なことではありながら、さりとて…大切な人の周囲の人間とその関わり合い。出来るだけ頑張って把握しようと務めている彼なのかも。
"けどなぁ…。"
 確かに…以前の石部金吉ぶりに比べたら、随分と人当たりがソフトになった進ではあるが、
"いいよな、こいつは。"
 いかにも幼
いとけない、あの少年を思い出し、何となく羨ましくなった。

  "きっとまだ、
   お膝抱っことか触れるだけのキスくらいで十分に満足してるんだろうからな。"

 そういうかわいらしい行為だけで十分に絶頂まで舞い上がれる段階なんだろなと、微笑ましいやら羨ましいやら。

  "はあぁぁあぁ〜〜〜〜。"

 やっぱり溜息が止まらない、気鬱憂鬱な春人くんなのである。





  ――― 何か言いたくなりませんか? そこのあなた。
(笑)



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  *またまたあの方々のお話です。
   ちょこっとばっかりややこしい相性の、
   でもなんだか可愛い空回りばっかりしている人たち。
   最初からこんなで一体どうなることやらですが、
   宜しかったらお付き合いくださいませですvv