critical situation 〜混迷の12月 A
 

 

          



 11月最後の日曜日に催された、秋季高校生選手権関東大会の決勝戦は、白熱の攻防戦の結果、泥門デビルバッツが宿敵・王城ホワイトナイツを僅差で下して、晴れて"クリスマスボウル"への出場権を獲得した。高校生アメフト界のその頂点。東日本と西日本、それぞれを制覇した王者がぶつかる、文字通り"日本一"を決定する晴れの舞台。関西大会の決勝戦は関東のそれの一日前だったので既に決まっていて、K大付属。大学部にも関西大学リーグ所属の強豪チームを抱える有名校で、クリスマスボウルの常連でもある。
「昨年の大会では、無名だったものが一気に勝ち上がったその経緯から"ビギナーズラック"だの"隠し球チーム"だのと舐められ半分な言われようをしていたが。」
 新鋭チームに付き物な下馬評の"ダークホース"という形容詞さえ、冠せられなかったほどの超目玉、大穴チームだったデビルバッツであったのだが、
「ああ。今年もこの結果ってのは、本物だったって証拠だよな。」
 去年の主力選手たちの"個人的な能力"だけで駆け上がった、一発屋チームではないということであり、
「となると。そのお陰様で実力のほどは隠し果
おおせてもいたものが、今年はそうは行かん訳だからな。」
 相手もきっちりとデータを集めての、正攻法の対処・対策を構えてくるのは間違いない。決戦は 12月の21日。

  「絶対勝つぞっ! 野郎どもっっ!」
  「おうっっっ!」

 雷門キャプテンの檄の下に、部員たちの元気な鬨
ときの声が上がったのだった。







            ◇



   ――― で、それから………数日後。


 師走に入ると、泥門高校の方でも。2学期の期末考査…と その後に控えし冬休みを前に、寒さがじわりじわりとボルテージを上げつつある中であるにも関わらず、若々しい声が校舎や校庭に元気に響く、まずまずの活気を見せている。

  「………。」

 1、2年生の通用門に程近い、敷地の端っこの奥向きにその建物はあって。昨年春の一番最初の改築にて、最初の倉庫もどきからの変身を遂げた"カジノもどき"な外観も相変わらずなアメフト部の部室は、その後の快勝の甲斐あって、今や立派な"クラブハウス"もどきへと変貌を遂げていて。その一番新しい"談話室"の腰高窓を開け放ち、桟に肘をついての頬杖に細い顎先を載せ、小春日和の乾いた空をぼへらと眺めやっているのは…誰あろう。ここに入学してからというもの、様々な意味合いから"悪魔のようなあいつ"との異名をいただいて久しい、蛭魔妖一さん、その人ではありませんか。

  「………。」

 金色に脱色され、つんつんに立つようにとセットされた髪が、降りそそぐ陽射しを浴びてきらきらと光る。真白き肌もその白さを尚のことに冴えさせて、何を物思いに耽っているやら、アンニュイな横顔が何とも言えず麗しいばかり。

  「………。」

 まだ放課後ではないせいでか、辺りは静かなもの。と言っても、彼とて授業をサボって此処にいる訳ではない。得体の知れない銃火器を携帯し、やりたい放題の暴れん坊で、泥門始まって以来の"問題児"である彼は、問題児ではあるが"不良"ではない。それどころか泥門始まって以来の秀才でもあって、一年生の頃から冷やかし半分に受けているという"全国模試"では、全国50位…正確には42位以下に順位が落ちたことが一度もなく。日頃の授業にもきっちりと出てはいるので、素行の面でも…表面的には十分"優等生"で通せるお方。今はただ、午後の授業が自習となっていたがため、放課後の練習を待って此処で時間を潰しておられる模様。三年生ともなるとこの時期は"推薦入試"の組が早々と受験開始となる頃合い。進学コースの選択によっては、授業の方もぼこぼこと休講状態になるらしく、受験に関しては余裕で構えている"ご隠居様"にあらせましては、そちらへの不安なんぞ丸っきりないらしいのだが、

  「………。」

 それにしては…浮かないお顔。暇さえあれば…色々な分野の"データ整理"にと、軽快にキーを叩いているPCさえ開かぬまま、ぼんやりと空を仰いでいるばかり。だからといって、頭上を時折流れゆく、厚めの綿雲を見やっている彼ではない様子。そんな視線が…ふと下がり、

  『…あっ、あっ、ごめんね。』

 何となく思い出しているのは、昨夜のとあるやり取りである。

  『ごめんねっ、妖一。ごめんなさいっ。もうしません。
   だから こっち向いてよう。ねっ? ごめんなさいっ!』
  『妖一ぃ〜〜〜。』

 何だか このところは、謝らせてばかりいるような気がする。それだけ"教育的指導"が飛び出す場面が多いということで、

  "…まあな。判らんではないよな。"

 何たって17歳という"お年頃"だ。力も気合いも有り余ってるもんだから、ああいう流れからついつい勢いづくのもある程度は無理ない話だろなと、蛭魔にも…自分の身には想起出来ないながら"理解"は出来る。

  「………。」

 空いていた白い手が ついついすべり込んだのは、制服のブレザーの襟の下。シャツの上から撫でた鎖骨の下辺りには、このままでは見えないが…実はうっすらと小さな刻印がある。蛭魔の自宅であるマンションにて、DVDが出たばかりの話題の海賊映画を観ながら他愛のない話をしていた昨夜。ふとしたタイミングに眸と眸が合って。何となく…こちらの意をまさぐって来た視線へ"良いぞ"と頷いて眸を伏せて。いつもの甘い花蜜の香と温もりにそっと包まれつつキスをして。そこから…妙に勢いがついたらしき相手に押し倒されてしまって。

  『…っ。』

 首元へと顔を埋められてから、ようやっと我に返って抵抗したものの、間合いが悪かったらしくてなかなか離れてくれず。已
やむなく“制裁”を繰り出すに至った訳なのだが。

  『今度あんな舐めた真似しやがったら ぶっ殺すかんな。』

 あんな脅し文句、ホントは言いたくなんかなかった。昨夜だって、実を言えば…彼へと言った訳ではない。あの時、何が腹立たしかったかって、


  ――― こいつが相手なら…別に構わないかな。


 ほんの一瞬、そんな想いが胸中を掠めた自分にこそ むかついたのだ。桜庭が悪い奴ではないのは重々承知。今や超有名なアイドルだというのにそんな立場を鼻にかけたりもせず、こんな自分を好いててくれて、根気よく口説き続けてくれている優しい青年。力づくは厳禁と言ってあるのに性懲りもなくああいう展開になってしまい、だが、
『…ボクのこと、嫌い?』
 なんて言い出される前に、一度くらい ほだされてやっても良いんじゃないかと…そんな風に迷った自分に、ハッとして青ざめた。それから…羞恥とむかつきにカァッと頭に血が昇り、ついついあんな言いようをして自分の動揺を誤魔化してしまったのだ。

  "何様なんだ、ったくよ。"

 今の今までさんざん振り回し、偉そうにして来たのは、こっちに強い自負があってのことな筈。他の相手の他の事情ではどうであれ、彼を相手のこの件に関してだけは、そんな傲慢な態度があるかと思って血の気が引いた。明らかに桜庭が優しいところへ付け込んでの言いようであり、馬鹿にするにも程があると、そんな自分だったことに心からゾッとした。だというのに、

  「………。」

 我に返って“ごめんね”と許しを乞うた彼が…本心からの言葉だと分かるだけに何とも痛々しかった。自身の気持ち、欲求だとかプライドだとかよりもなお、こんなひねくれ者のことを優先して大事にしてくれる。そうまでして“好きだよ”と囁き続けてくれるのへ、恥ずかしいやら嬉しいやらで、こっそり涙が出そうになった。

  『結局辛いばかりなんだからね。』

 いつだったか、帰省していた姉にも説教されたことがある。本心からの"冷酷非道"になり切れないなら、中途半端に人を利用するなんて真似は辞めなさいと。あんたは自分で思っているほど そこまで要領の良い子じゃあないんだからとクギを刺されたその時に、何と応じた自分だったか。今では全く覚えていないのだけれど、きっと…子ども扱いされたような気がして、生意気な言いようを返したに決まっている。

  "似たようなこと、桜庭にも言われたよな…。"

 素直な気持ちで窘
たしなめてくれた言葉は、すんなりと胸に届いてそれは判りやすかった。

  ――― 妖一の対処法って時々人を"駒"扱いしてないか?

 思い出したそれへ、つきんと。胸が痛んだ。シャツ越し、指の腹でそっと撫でた小さな刻印が、それをつけた人の優しい熱さを思い出させる。日に日に精悍さを帯びてゆく面差しや、頼もしくなってゆく腕や体躯。懐ろへと引き寄せられると間近になる、喉元の深みの男らしさに見惚れる自分へ、胸に響いて甘くやさしいままな声が"好きだよ"といつもいつも囁いてくれる。

  「………。」

 今やもう“どうでもいい奴”なんかじゃない。しょげているのを見ると居たたまれなくなるような、こちらからもすっかりと“大切な存在”になっている。好ましいと思う気持ちに嘘はない。どうでもいい奴にここまで触れさせやしない。無防備に懐ろへと擦り寄ったり、こちらへと迎えたりなんかしない。でも、そうなると………。


  「………やっぱ、やんないとダメなのかなぁ。」








  「何をです?」

  「………っ☆」


 どひゃあ…っと。突然の砲撃か間近で炸裂した地雷に遭ったかのごとく。大きく腕を上げつつ身をのけ反らせながら、腰掛けていたパイプ椅子から"ガタガタっ"と立ち上がったほどの、蛭魔の思わずの反応へ、
「蛭魔さんのそういうリアクション、初めて見ます。」
 今日の小春日和にも負けない温度で ほこりんと微笑って見せたのは。窓のすぐ外、胸元へ何やら抱えて立っていた、ネクタイにブレザーという こちらさんも制服姿の、主務 兼 花形ランニングバッカー、小早川瀬那くんだった。

  「………いつからそこに居た。」
  「ついさっきからですよう。」

 あまりに無防備でいたがため、不意を突かれてどんだけビックリしたのかは判ったから…窓枠に片足引っ掛けて構えたライフルの銃口を、罪のない子の額にグリグリと当てながら訊くのは辞めたげなさい。
(う〜ん、う〜ん)
「何だそりゃ。」
 とりあえず物騒な銃を収めた蛭魔の目が止まったのが、小さな主務くんが懐ろに抱えていた新聞紙の塊りで、
「あ、これ、おイモなんです♪」
「イモ?」
 おうむ返しに訊き返すと、はにゃんと笑って頷いて、
「園芸部の人から沢山貰ったって、まもりお姉ちゃんと栗田さんが焼いてるんですよ。」
 答えながら上の方をめくると、何とも言えない香ばしい匂いが立ちのぼる。
「焚き火でか?」
「いえ、家庭科室のオーブンで。」
 最近はダイオキシンの恐れありとかで、許可のない焚き火って禁止されてますからね。キャンプファイアーもいけないのかな?
「沢山あるから"おすそ分け"に来ました。」
 やわらかそうな頬をほのかに染めて、お日様みたいに にこにこと微笑うセナへ、
「要らねぇよ。」
 甘いもんは苦手なんだよと、素っ気ないお返事を寄越したご隠居様だったが、
「そんなぁ〜。」
 これって栗とカボチャの味がする特別品種なんですよう、焼き方も上手で、美味しいって栗田さんの保証つきで、他の皆も家庭科室で食べてて、あ、皆っていうのはモン太くんとか十文字くんとか黒木くんに戸叶くんに小結くんとか、丁度自習だったからってグラウンドに行こうとしかかってたのを呼び止めて、それで………。


  「………判った。食うから、向こうへ回って入って来い。」
  「はい♪」



  ――― 寄り切って、セナくんの勝ち。
(笑)



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  *こちらさんはまた…何だかしおらしい雰囲気ですね。
   これはどういう雲行きなんでしょうかしら。
   そして、こちらではセナくんが、
   一筋縄ではいかない人から、一体何を聞きだしてくれるのでしょうか。
   どか、続きをお待ちくださいませです。