聖蒼のルミナリエ 
孤高の天狼宮 E
 


          


 

 メールにて呼び出された まもりは、泥門市の駅前の案内図の前で立ち往生していた。最初はそのまま素通りしたのだが、目当ての所番地に辿り着けず、それで引き返して来たところが、やはり指定された番地は実在しないらしいと判明。
"…どういうことかしら。"
 セナの急病の秘密を知ってるよ、と。あの"アイシールド21"くんからのメールが入ったものだから。此処まで来てよという住所へ向かった彼女だったのだが、
"やっぱり彼とセナって仲が良くなかったの?"
 だったなら。もしかして…これは意地悪なのかしらと、小首を傾げる。
"でも…。"
 不安は取り除いてあげないとね、でも、蛭魔先輩には内緒だよ、だなんて。そんな思わせ振りな文面だったものだから。やはりあの男が関係あるのねと一気に頭に血が上ったまもりであり、その秘密の不安とやらを解決してやれば、かわいい幼なじみを悩ませている"ストレス"とやらも雲散霧消すると思ったのだが。
"………。"
 思いがけないことが起こったせいで、彼女も多少は動転していたのだろう。こんなところで無為に時間をつぶしていてもしようがないなと、細い息をつき。それよりも…セナをたった一人にして来たことへ、今になって心配がつのってきた。心細がってはいないだろうか、
"あたしったら…バカよね。"
 優先するものの順番を間違えてると、血の気が引きそうになる。心細さの余りに、ますます状態が悪くなってたらどうするの。
「………っ。」
 取って返そうと振り返った彼女は、だが、
「…おっと。」
「きゃっ!」
 振り向きざまに、大きな壁へと顔から突っ込んだ。いやいや、壁なら声は出さない。ぼすんと飛び込んだ相手が"壁"ではなく、今年流行のデザインのカシミアのコートをまとった"人"の胸板であると気づいて、
「あ、すみませんっ。」
 周囲への注意を怠っていたことへ謝った まもりは、顔を上げて…。

  「…あ。」

 はっとした。知らない人ではなかったが、だからといって"知り合い"というほどの間柄ではない。全国の…主に妙齢のご婦人方の間での知名度があまりにも高い青年だったからで、
「さ、くらば、くん?」
「うん。あ、大きな声、出さないでね。」
 人目が集まっちゃうからねと、口許に人差し指を立てて見せる仕草も、不思議と…華麗というか決まっているというか。さすがは"見せ方"を知っているんだなぁと。こんな場合だというのについつい見とれたものの、
「あの、ごめんなさいっ。」
 そんな場合ではないと、すっぱり我に返れるところが さすがはしっかり者。それに…桜庭くんには悪いけど、まもりさん、実はアイドル系ってあんまり好きではないらしい。それはそれで良いとして、
「あ、その制服って。君はもしかして、泥門高校の姉崎まもりさん?」
 その桜庭くんの方から、いやに親しげな声が掛けられたから、
「え? あ、はい。」
 そうですが…?、と。キョトンとしたよなお顔を向ける。こちらから彼を知っていることへの不思議はないが、逆はまずはあり得ないからで、だが。
「さっきね、そこで"アイシールド21"くんに会ったよ?」
「はい?」
 このタイミングに何でその名前がこの彼の口から出て来るのか。ますますの不思議に呆気にとられている まもりへ、
「何でも、君に話があったんだけど、急な用が出来て遠いところへ向かわなきゃならなくなったって。メールをしようと思ったら、携帯を落としてしまってメモリーがリセットされちゃったからアドレスが分からなくなってって。何だかパニクっててね。」
 くすすと笑い、
「そいで、此処で待ち合わせしてた僕に気がついて、もしも君が来たら伝えてほしいって。セナくんの悩みごとは案外と簡単に消えてなくなるから心配要らないよって。」

  「………はあ?」

 思わず…十文字くんの真似をしてしまった まもりだったが、
「ボクが聞いたのはそれだけだから。それじゃあね。伝えたからね。」
 暮れなずむ晩秋の宵も近づく薄闇の中、爽やかな笑顔で"しゅたっ"と手を振って。その笑顔が一般大衆受けしている"お茶の間アイドル"さんは、アメフトで鍛えた健脚にて、見る間に"たたた…"と立ち去ってしまったのであった。

  「…何なのよ、それ。」

 そだね。何だろ、それって。
(笑) キョトンとしたのも束の間のこと。やっぱりからかわれたのかなと怪訝そうな顔をしつつも、今度こそセナの待つ雨太市まで帰ることにした彼女であり。………そしてそして。





  "…あら。"

 すっかりと夜陰の藍色が立ち込める中を急いで戻った坊やの傍ら。倒れた身を案じるあまり、心配で心配でついつい逆上しちゃったほどだった…その当のセナくんは、それはまろやかな寝顔でくうくうと安らかに眠っており。机の上へと避けられてあった玉子粥の土鍋は、見事なくらいにすっからかんの空っぽになっていて。
"…確かに、もう大丈夫みたいよね。"
 成程、あのアイドルさんが伝えてくれた伝言の通りであるらしくって。

  "でも………???"

 やっぱり何だか合点が行かない まもり嬢。そんな彼女をカーテン越しに、冬の極星がただただ黙って見つめておりましたのでございます。

















  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif



 「やっぱり無理があるって、あんな言い訳。」
 「しようがなかろう。
  ホントのことは言えんのだし、
  随分暮れて来たのにこれ以上うろうろさせる訳にもいかん。」
 「それにしたって、なんでボクの役目なのさ。」
 「俺が出てっても信用されてないからな。
  そうかといって、あまりに見ず知らずな人間でも困る。
  お前だと無難な奴だからって呼んだんだ。」
 「あ、ひっど〜いっ。」


 まもりへと声を掛けて、何だか妙ちくりんな"伝言"を伝えて。それから…足早に立ち去って、此処まで乗って来た車へと戻って来かかった桜庭だったが。街灯の下、どこやらのブティックの立て看板の陰に立って、彼ら二人の会話を見ていたらしき"参謀"さんに気づいて立ち止まる。当人同士が膝詰めであたるのが一番よろしかろうという策士様の判断の下、まずは病院から桜庭を呼び、その直後に進へと事の次第だけを伝える電話を掛けた。それから…進が雨太市の駅に着いたろう頃合いをみて、まもりを小早川さんチから引き離す必要があったからと、アイシールド21の名を騙
かたってのメールを送って、何とか呼び出したまでは良かったが。

  "あれに引っ掛かってくれなかったら、どうするつもりだったんだろ。"

 まもりが動転していたから釣られてくれたが、と。ここから既に"結果オーライ"な段取りになっており。泥門まで誘い出した彼女があまりに早く我に返って引き返しても困るからと、車にて尾行しながら行動を見守り続け。これ以上は無理だなと見切っての電話を入れると、問題の"現場"の方は何とか収拾がついたらしいので、今度はとっとと帰さねばと声を掛けた…という訳で。例の大事件を操作した"知将さん"が立てたにしては、何となくお粗末な段取りであり、
「急なことだったんでな。情況も こんなでは頭が回らなかったんだ。」
 自分でも腹立たしいのか、金髪の知将様がムスッとして見せる。目許の表情を隠すサングラスをかけているから、何とか大人びた冷然とした様を保てているものの、それがなければ単なる不貞腐れ顔になってるほどで。確かに…悪い奴を遠慮なく懲らしめるのとは、事情も勝手も違いますものね。
"ま。破綻だけは すまいと思っていたからな。"
 あの進が。ゴール目がけて一直線、たとえ恋人でもライバルへのタックルに容赦はしませんという剛の者が、ああまで愛しいと思う瀬那をそうそう簡単に諦める筈がないと、妙に自信満々で構えていたらしきご隠居様であるらしい。そこへと、
「それにしたってさ。妖一って理系は得意だけど、実は文系ボロボロだとか?」
 ついつい余計なことを言ったもんだから、文句を言うならお前こそ、何か気の利いた言いようをすりゃあ良かったんだろうがよと、監督さんがとうとう逆ギレして拳骨を振り上げて。判った判った、ごめんてば…と苦笑した主演男優さんである。………仲いいねぇ、こちらさんも。
(笑)
「あたた…。」
 逃げ果たせずに拳骨を一つほど頂戴した桜庭くん。ふんっと息をつき、だが、それで気が済んだらしき愛しい人の真白な横顔を盗み見て、

 「それにしてもさ。」
 「んん?」
 「つくづくと思うんだけどもさ。」

 言葉を区切りつつ、こちらをチラチラと見やる仕草が、何だかとっても思わせ振りで。
「? 何だ?」
 とはいえ、そんな言いようをされるようなことへの心当たりがない身としては、こちらからこそ怪訝そうな顔になる他はなく。眉間をきゅうっと寄せた蛭魔へ、桜庭くんは…少しばかり拗ねたような顔をして見せつつ、

  「妖一ってさ、セナくんに凄く甘いよね。」

 何となく。前々から気になっておりましたと、思い切って言ってみた。
「当たり前だろが、決勝戦が控えてんだぞ?」
 それでなくたって、気が弱くて頼りない奴だからな。どうにも危なっかしくていけないと、やれやれと言いたげに肩をすくめる先輩さんへ、
「…それだけかな。」
「何だよ。」
 やっぱり…意味がよく分からんぞという、きょとんとした表情を浮かべた顔が宵闇の中に白く浮かぶ。突然のこの問答の"浅瀬"にしか注意が届かず、本気で理解してないというお顔。まあねぇ。こんなこと…恋人さんとの間柄への不安なんてことへと手を貸してやってるよな彼だから、桜庭がこそりと案じているような、恋愛感情があってのフォローではないのであろうけれどもね。

  "あ〜あ。
   やっぱ妖一って、こういうトコは 進とあんまり変わらないんだよな。"

 人を好きになることに長けて来たり馴染んでくると、身につくのが…その感情をセーブしたり操作したりするテクニック。そんな言いようは"策謀"みたいで何だか聞こえは悪いけど、それを使って気持ちの駆け引きを楽しむのもまた、上級者の恋愛というやつで。偉そうに言えるほどの蓄積は、桜庭にだってそんなに有りはしないが、それでもね。まだ慣れてないから、初心者だから。あまりに無防備で素直すぎ、言ったことの裏まで勘ぐられるって事を知らない妖一なのが、それこそ何とも危なっかしくて。日頃の駆け引きの旨さや用心深さはどこへやらだと、こっそり苦笑さえ洩れるほど。
"まあ、そういう純粋
ピュアなところが可愛いんだけどさvv"
 それに。無意識なままだろうに、こんなにも明け透けに構えられているということは、いかに信頼されているのか、いかに"身内同然"と心を許して優遇されているのかの裏返しでもあって。実際は自分なんか及ばないくらいに賢い人なだけに、物慣れてしまわれては…むしろ困るかも。そんな風に思って複雑そうなお顔をしていたら、
「どうしたよ。」
 小首を傾げて…ちょびっとだけ。こちらの機嫌を伺うような気配の滲んだ声で訊いてくれる、やっぱり可愛い人。
「ん〜ん、なんでもない。」
 くすんと笑って、車へ戻ろう、此処って寒いしと促した。
「うん。」
 子供みたいな仕草で こくりと頷いた愛しい人は、いつぞやは"人の目があるところでっ"と怒ったくせに、今は…その痩躯へ身を擦り寄せることを咎めもしないで、むしろ自分からも悪戯っぽく笑ってくっついて来る。
"寒い季節って、これだから良いよなぁ〜vv"
 丁度一年前には、分かる人にだけ分かるお顔で"一年中春"という様相になってしまった幼なじみへ呆れた人が、今は自分がこの寒さにさえ感謝しているのだから世話はない。聖夜を控えた街並みを、他にもほかほかの恋人たちが行き交って。そんな地上を、ビロウドの天蓋に飾られた碇星が微笑ましげに見下ろしていた。



   〜Fine〜  03.12.2.〜12.6.


   *やっと何とか鳧がつきました。
    よくよく考えて見たら、幕間の大田原さんが出て来たお話の中で、
    進さん、セナくんへ"恋人"と言ってるんですがね。
    あれって"大切な人"と書き直すつもりでいたので、
    それで Morlin.の頭の中でも うやむやになってたみたいです。

   *それにしても、ウチの進さんってセナくんよりも天然みたいですね。
    この難関ポイントを乗り越えて、
    二人の関係はこれからどんな展開になってくんでしょうかしら…。


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