迷子の仔犬たち

 

          



 最近では元旦早々からどの店も営業を始めるせいか、お正月の町の人通りのない閑散とした節気らしさを知らない子供たちも少なくはないのかもしれない。今やお正月商戦の代名詞とまでなった"福袋"に合わせて、冬のクリアランスセールやバーゲンも時期が早まり、ちょっと大きめなショッピングモールやファッションビルなどでは、1月中に"おめでたい"が集中していたりする。そういうバーゲンは、デザイナーズ・ブランド等の衣類が主なので、それほど洒落者ではない自分には関係ないかと思っていたらば、母やまもりのお付き合いで出掛けることとなった経験は多くて。都心まで出る訳でもないのに、年々増加の傾向にある人出の多さに、ついつい辟易していたものだった。



 学校帰りにちょっと会うだけ…というのではない、昼から長い時間一緒に居られるような逢瀬ともなると。そうそういつもいつも"ジョギング・デート"ばかりしている訳ではなく
(笑)、たまには"快速隣り"の乗換駅まで出て街歩きをすることもあり。
『買いたいものがある。』
 相変わらずの単刀直入。ポジションはライン・バックです、ボールを持ってる相手へ一直線します…な男。こうと短く言ってから、だから次の週末に付き合ってくれと告げられて。告げられた側としては…この言い方はもしやして、そのお買い物への助言も求むという含みがあるのではなかろうかというポイントに気がついた。とはいえ、
『あの、何を…?』
 もしかして、アメフトの装具…例えばグローブだとかシューズだとか、そういうものなのかもしれない。朴念仁とか何とかいう以前の問題。自分たちは…こんな風に"自分たち"なんて一緒にするよな言い方をするだけでも何だかポッとなってしまいはするが、それでも、普通一般の…所謂"恋人"だの"BF"だのというよな間柄とは微妙に違うから。お友達同士なのなら、そんな風なお買い物をするのだって"お付き合い"の範疇に入れても支障はない筈で。そっちなら相手の方こそ詳しいジャンル、ただついて行けば良いだけだ。だが、助言が要るからというお誘いなら、一杯一杯お役に立てるように、頑張って下調べとかしておきたいかなと、そう思った小早川瀬那だったのだが、
『…行けば分かる。』
 そっけない言い方しか出来ない、相変わらず口が重い相手だったものだから、
『あ、えと…そう、ですよね。』
 勢い込んでたものが一気にふやふやと萎
しぼんでしまった。叱られた訳ではないのだけれど、詮索を咎められたみたいで。質実剛健も良いが、もっと他に言いようがあろうがと、桜庭春人辺りが一緒にいたなら、きっとこっそり足を踏まれていたところだろう。だがだが、
『………。』
 小さな肩がしゅ〜んと項垂れたのはさすがに判りやすかったか。テーブルの上、ちょっと冷めたフライドポテトをつついていた小さな手の甲を、上から"ちょいちょい"とつつかれて。向かい側から伸ばされた大きな手にドキッとして顔を上げると、
『困るか?』
 それこそ"困り顔(但し、そうと分かる人少なし/笑)"でぼそりと訊かれたものだから、
『いいえ、いいえっ。』
 とんでもないですっ、と。首を横に振りすぎて、目が回りそうになった可愛らしい子へ、驚きつつも和んだ眸をして見せた、進清十郎であったりした。


   ――― 相変わらずはお互い様みたいです、はい。
(笑)







            ◇


 出掛けたのは、いつも待ち合わせる泥門の駅から快速電車に乗って次に到着する乗り換え駅。JRだけではなく、私鉄や公営鉄道の乗り換え駅が集まっている街だということもあって、地域限定ながらCMがTVで流れる、ここいらでは有名なショッピングモールやデパートが額を寄せ合ってもいて。さしてブランドやら流行やらには関心がなくとも、贈答品やよそ行きの衣装など、あらたまったお買い物には此処に足を運ぶのが常套とされているような、そんな土地柄、所謂"ぷち繁華街"である。
「…えっと。」
 ここで逢う時は、最初から此処で…駅の改札近くで待ち合わせるのが常で、必ずと言って良いほど進の方が先に着いて待っている。あんまりいつもいつもなので、約束の時間を間違えたのだろうか、それとも家訓か何かがあって早く来る人なのだろうか。そういえば、進さんのお家はお祖父さんが道場の師範をやってるんだよと桜庭さんから聞いたことがある。それだから、厳しい教えがあって早く来る彼なのなら、あまりお待たせしないように早く行かなくちゃと、セナの方でも早めに着くよう出るようになり。今では指定時間の30分も前に着くようになったが、それでもやっぱり進の方が早い。後で本人に聞いたところ、あまりに小さなセナは人込みに紛れやすいので、大雑把な自分には探すのが大変で。それが苦なのではないが、その分だけ待たせるかと思うと何だか申し訳無い。彼の側からは見えているのに気づくのが遅かったりした日には、愛想を尽かされかねないぞと…これはやはり背が高い桜庭の忠告もあって、是が非でもセナより早く着いておいて"探してもらう側"でいる方が無難だと思ってのことだったそうな。さすがは"歩くランドマーク"である。


 【歩くランドマーク;aruku-roundmark】

 特に筆者が作った言葉というのではなくて、いつだったか元バドミントン選手の陣内貴美子さん(あれ? バレーボールの三屋さんだったかな?/おいおい)が、トーク番組の中でエピソードとしてお話ししてらしたのが元ネタ。曰く、駅前で人を待っていたところ、すぐ近くにいた女の子が携帯電話でこんな風な会話をしていたのが聞こえたそうで。

  『…うん、そう。南口の方。
   あのね、物凄く大きい女の人がいるから、その傍に居るからすぐに判るよ。』

 おそまつ。



 そのランドマークさんが
(笑)立っている様というのがまた、セナには何ともうっとりと見とれてしまうような、印象的で素晴らしい姿なものだから困りもの。決してキョロキョロしたりせず、毅然と顔を上げ、悠然と構えている堂々とした様子の何と凛々しいことか。上背があって、がっちりと頼もしくて。その割に…しっかりした厚手のコートやダウンのグラウンドコートなんかを羽織っていても、ムクムクと着膨れないシャープな人。首や手足が すっと長いからだろうなと、まるで冬物衣料のポスターの主役を張るモデルさんみたいだなと、ついついうっとり遠目の御姿を眺めてしまうので、向こうから見つけてくれる方が早い時も結構あったりするほどだ。(笑)
「こんにちは。」
 今日はそれほど長く見とれてはいなかったのだが、それでもやっぱり後から来たので、
「あのあの、お待たせしましたか?」
 いつもの伝で訊いてみる。すると、冴えて鋭い眸が心なしか和んで、いいやと小さくかぶりを振る進だ。何とも寡黙で、一歩間違えると"亭主関白、黙って俺について来い"の図。とはいえ、
「じゃあ、行きましょうか?」
 このいかにも怖もてのするよな大男に見下ろされてもまるきり萎縮なんかしない。それどころか"にこぉっ"と眸を細めて笑う少年の自然な笑顔に、
「…あ、ああ。」
 青年の方が逆に見とれて呑まれているのだからして。実質は尻に敷かれ…、あ、いやその、ごほん、げふん。
(笑)
「それで、どこに行くんですか?」
 結局のところ、何を買いに来た進であるのかは、昨日待ち合わせの時間を確かめる電話をかけた時にも教えてはもらえなかった。黒っぽいコートは案外多い。いくら体つきが大きくて、人の波から頭一つ飛び出している進であれ、こちらは逆に波間に沈んでいる位置から見上げる態勢になるので、間近にいても微妙に見失いかねないから油断は禁物。歩き出した進の少しばかり後から"ぱたた…"とついて来るセナに、
「…電器店、かな。」
 依然として何だか曖昧な言い方をする。こちらを向いてくれないのは、店を探している方に集中しているからだろうか。
「うっと…。」
 アイボリーホワイトのダッフルコートに、キャメルのマフラー。ホントはもっと濃色のが良かったのだが、まもりの見立てでこれに決まってしまった冬のアイテムで、
『黒? 紺? そんなの制服の色じゃないの。もっと暖ったかそうな色にしなさいな。』
 それでなくても小柄なのに、寒色なんか選んだらますます小さく見えちゃうわよと、さすがは幼なじみで斟酌がない言いようをしつつ。受験の下見のその帰り、一緒に行った去年のバーゲンで選んでくれたのがこれである。本人は"ちょっとな〜"と思っていたが、実は随分とウケは良くて。小早川くんって可愛いvvと秘かに人気もあった彼の、ほわほわアースカラー・コーデュネイトの新しいコート姿は、同じく受験生だった同級生たちの心のオアシスにもなったという。………いや、そういう懐かしいお話をしたいのではなくて。
"ボクではやっぱり頼りにはならないのかな?"
 こんな女の子のような恰好をしていても違和感がないほどのボクだから、飲み込みが遅かろうって思って話してくれないのだろうか。進さんは何というのか、質実剛健というんだろうか。ちゃんとやさしい人なんだけれど、何かをしようと動き出すと、それはてきぱき、目的目がけて一直線という感の強い人だから。無駄とか遠回りとかは好きじゃないのかもしれないな。何たって"高校最速"だものな。…って、いやそれは関係ないだろう。筆者からの突っ込みにも耳を貸さず、悠然と歩みを進める連れに置いてかれないようにと、てこてこ歩くセナであり。
「…あのあの。」
 会話がないのも何だなぁと、こちらから声をかけてみる。すぐさまという反応で見やってくれたものだから、却って焦って、
「あのえっと…。」
 言葉が詰まりかかったが、
「あの、桜庭さん…は?」
 つい。共通の知人のことを聞いてみた。特に他意はなかったのだが、
「なんだ? 用があったのか?」
 どういう訳だか、訊き返して来た語調が突っ慳貪だったりしたので、
「あ、いえ。用はないんですけれど…。」
 何でだかは判らないけれど、怒らせたみたいかなと。たちまち語尾が小さくなる。怖いのではない。ただ、機嫌が悪くなっちゃったみたいかなと、それが済まなくての"しょぼん"。気が利かないもんな、ボク。もしかしてホントは一緒に来る予定だったのかもしれない。でも、桜庭さんは芸能人でそっちのお仕事も忙しい人だから、週末も祭日もなくって。それで急に来れなくなったのかも。頼り
アテにしてたのにって残念に思ってたところにボクがうかうか訊いたりしたから、それで進さん思い出しちゃって………。ぐるぐると考え込んでいると、
「………わっ。」
 急に立ち止まった進の背中へぼふっとぶつかった。あややと慌てて身を剥がすと前を見るが、別に横断歩道だとかいう訳でもない。じゃあ何で、立ち止まった彼なのだろうか?
「?? 進さん?」
 見上げると、しばし そのまま、往来の真ん中に瀬を阻む大岩のように仁王立ち状態になる彼であり。…周囲には良い迷惑だが、セナにはもう慣れたもので
(笑)、周囲からの棘々しい非難の眸よりもずっと気になる御本人の様子を見上げると。
「………。」
 溜息をつき、再びこちらを見やって一言。
「すまん。…その、悪かった。」
 毎日逢いたい愛しい人。でも、毎日逢える訳ではない。やっと会えた週末の貴重な時間なのに、喧嘩なんかしたくはない。常から言葉の足らない自分は、繊細な彼を知らず傷つけることも多いはず。
「俺は奴ほど気が利かないから…。」
「あ、えとえっと、違うんです。」
 桜庭が居ないのが詰まらないと思っただとか、何だかそんなような誤解を生んだようだと、こちらもセナが慌てて言葉を継いだ。
「ボク、あんまり頼り
アテにされたことなくって。だから、」
 ちょこっと勢いに言葉がついて来なくて、えとえとと考えて。
「ボクって…迷惑かけてませんか? 進さんて凄い人だから、なんか、そっちばっかり気になって。」
 あのあのと、これを言うのにかなりがところの勇気を掻き集めたらしい彼だと、耳の赤さが物語る。日頃の生活の中ではあまり自信を持てない子。つい、人の都合を伺ってしまう子。だから。今日の逢瀬の主旨
(メインテーマ)が判らなくって、何にどう付き合えば良いのかと、つい不安になったのだろう。それをそうだとすぐさま暴露してしまう幼(いとけ)ないところがまた、何とも可愛いが。けれど、芯は強い。怖くても不安でも中途半端は嫌いで、当初、何も言わないままな自分がただ顔を見に来るのへ、頑張ってその意図を判ろうとしてくれたし、何より、
"これで怒らせると怖いからな。"
 だそうです。(いつか書いてやる。/笑)答えを待って"うう""と見上げて来るお顔へ、
「………。」
 進は くすんと笑うと、ゆっくりとかぶりを振った。
「迷惑な奴にわざわざ付き合うほど、俺は我慢強くはない。」
「…あの。」
 おいおい進さん、それって色々解釈出来るんですけど。(ex,これ以上うだうだ言うと怒るぞ、とか。)スパッと端的に物を言うかと思えば、肝心なことへは遠回しな時もある…実はシャイな彼であるらしくて。だが、
「ほら。」
 降ろしたままの手元から、そのままこちらへと伸べられた手に。気がついて、少年のお顔がパァッと明るくほころんだ。こんな柄ではなかろうに、はぐれないよう手をつないでくれる。
「はいっ。」
 大きな手にぎゅうって掴まって、それは簡単に仲直り。………お正月から、もうもうやってなさいです、この人たちってば。





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 *なんかほのぼのしております。
  いいのかな、こういうお話ばっかりで。
  あ、後半へ続きます。