アドニスたちの庭にて  〜お遊び企画の続き (笑)
 

 
 『マリア様がみてる』というコバルト文庫の小説がアニメになって、テレビ東京系の深夜枠で放送されておりますのを観て。池田理代子さんの『おにいさまへ…』を知っている世代には、何だかちょっと擽ったい設定ものながら、

  ――― このシチュエーションで
       "あの人たち"を動かしてみたらどうなるのかな?

 そう思って ちょろっと書いてみた"お遊び企画"が、ちょびっと受けた様子でしたので。例によって図に乗って
(笑)、続きを書いてみた次第ですが、その前に。







   ――― まずは舞台設定から おさらいしましょうか。


 舞台となるのは、由緒ある名家や資産家、政財界の有力者などなどの子息たちが集う、ミッション系の男子校。幼稚舎から大学までの一貫教育による、質実剛健、清廉潔白な人物養成を謳い上げる総合学園である。初等部・中等部はブレザースーツに棒タイだった制服が、高等部に上がると濃紺のファスナータイプの詰襟へと変わる。細い槍を思わせる、真っ黒な鉄の棒の柵がその周囲を取り囲む校庭。春には桜が爛漫に咲き誇り、夏には夾竹桃の鮮やかな赤が緑の狭間で風に揺れ。秋には銀杏や楓が競って色づき、冬には温室の中で、丹精されたポインセチアや特別拵えの薔薇が次々に開花する。広々とした校庭も校舎も、数ある付属の施設も、清潔で明るく、雅で優美で居心地よく。ミッション系だからステンドグラスに飾られた聖堂もある。ガラス張りのロココ調温室だとか、大窓に囲まれて天井も高い、それは明るいピアノ室に、小さな森に囲まれた、マロニエの伝う野外音楽堂。もみじの古木を炉端から望める茶道室なんてのもあり。そうそう、洋館のような作りの小さな旧い別館はまるごと生徒会棟で。会長や首脳部の精鋭の方々が集っては、学生たちが送る素晴らしき学園生活の淀みない運営のためのお仕事に、日々精励なさっていらっしゃる。現在の生徒会長さんは、桜庭春人さんという華やかな美貌の君。元は華族の出だという財閥の跡取りで、芸能活動もなさっておいでの有名な方。副会長さんは、進清十郎さんという物静かな凛々しい人で、実家は某茶道のお家元。ご本人は高名な剣道道場の師範代を務めている猛者でもある。執行部代表が、高見伊知郎さんという方で、こちらもまた高名なお家柄の長男坊さん。しかも高校生のチェスの世界での世界チャンピオンという秀才さんだとか。

 …で。

 きちんと明文化されたものではない…としながらも。この学校の、殊に"高等部"にだけ、とある伝統的な慣習がある。上級生が見初めた下級生を"弟"とし、基本的には校内での保護監督を担い、礼儀を教え、人との関わり方や何やを指導する。

  ――― はしたないことをすれば お兄様が恥をかく。

 考え方としては古めかしいけれど、これが一番手っ取り早いのも事実であり、何だか覚束無い風情なのが心配だから目をかけてやりたい後輩だとか、はたまた"恋人"とか"情人"だとかいうステディな相手を、自分が保護することをそれとなく広めるような意味合いの下に…校章を交換し合う、儀式というか校風が古くからあって。それを記した書物文献が残っていたりしてあれこれと定義されているものではないにも関わらず、人と人との結び付きや情愛というものの崇高さを謳った代物であるせいか、校則以上に物を言うほど、厳然として侵し難い"しきたり"でもあるらしい。どういうものかを もう少し具体的に説明するならば、

 "こいつは俺のもんだから、苛めるんじゃねぇぞ、手ぇ出すなよ。
  異議申し立て、文句のある奴は、まずは俺にかかって来んかい!"

 という宣言の代わりに、学年によって色の違う校章をお互いに交換する。交換するのは別に公衆の面前だとか立ち会い人の前でなくても構わない。校章と対になった"T−A""U−B"とかいう在籍学級を示した"学年章"も制服の襟元に常に装備していなくてはならないがため、その色との組み合わせが標準
と違えば、もうお兄様がいますよ、弟がいるからごめんな…という立場の人物なのだという表明になり、そんな表示にてそれとなく、関係の成立を公けに仄めかしているという次第。(表示って…。)また、この"交換の儀"は年の差がない相手と行っても構わない。先に述べたような、例えば"恋人"とか"情人"だとかいうステディな相手への崇拝や敬愛を捧げてのことである場合がそれであり、それだと交換しても"表明"としては判りにくいのだが、同学年内でのそういった動向、関心のある者の耳目へは放っておいても伝わり広まるものだから、特に問題はないままにされている…のだが。

  ――― もしかして問題が起きるとしたら、
       彼がその第一号ではないかと秘やかに囁かれている人物がいて。

 生徒会首脳部の健やかにも華やかな皆様方とは全く違った次元にて、いかにもミステリアスな存在として秘かに有名なのが、長身痩躯にして それは臈たけた麗しき容姿をした蛭魔妖一という2年生。外部からの中途入学者で、透き通るような白い肌に映える金色に染めた髪と耳朶にはリングピアス…という、いかにも派手で不良っぽい風体をしているというのに、スポーツ万能で成績は常にトップクラスから落ちたことがない。何でもどこやらの研究所からのお墨付きを持つほどの天才少年だとかで、授業は適当にこなしていても大丈夫ならしく、他にも色々と謎な部分の多い美青年。制服も着崩しており、たまに聞かれる言葉遣いも結構乱暴なそれなのだが、切れのいい仕草や表情の端々には品のある気配がそこはかとなく滲み、校内の思いがけないところでふらふらと…大概は一人でいる姿がまた、どこか孤高の陰をまとって見えて、なかなかに印象的。
 ただ、あまり芳しくない噂もあるのだそうで。その妖麗な美貌でもって上級生たちを多数籠絡していて、運動部の猛者たちを思うがままに牛耳っている…だとか、教師の中にも崇拝者が何人かいるので、授業に出なくても成績が保証されているのだ…だとか。最近時々生徒会棟に姿を見せてもいるのは、とうとう会長様に取り入ろうとしているのかも…なんて、一部で言われてもいて。一年の時は今ほど際立った態度や素行でもなかったのですがねと、彼を知る者の中には怪訝そうに首を傾げる者もいないではないのだが…。まま、誰かを 100%知ることは、その本人にだって不可能だと言いますからねぇ。



 ――― 以上の設定が下敷きとなったお話の後編が、
      さてどんな案配で進んで決着しますやら。
      ここからお読みになられても良いように、
      企画ものだった前半部分も浚って書き下ろしてみましたので、
      よろしかったなら、どうかお付き合い下さいませませvv











          




  "…はふう。"

 初夏を思わせるほどに陽光目映い、四月のとある日の昼下がり。その縁で木洩れ陽が躍る、淡いエメラルドグリーンの芝生が広がる中庭は、休憩には持って来いの居心地の良い天然のオアシスなのだけれど。今日はこの好天にもかかわらず、珍しくも人影が少ない模様。青々とした天然のじゅうたんを縁取って、遊歩道のような道が切ってあり、校舎から離れたクラブハウスやら茶道室やらへ辿って行けるようになっていて。その道沿いのところどころには、卒業生が寄付したものか、瀟洒なデザインのベンチが据えられてある。その内の1つに前かがみになって腰掛けて。柔らかそうな髪を降りそそぐ陽射しに ほわほわと温めつつも、先程から浮かない顔にて溜息をついている少年がいる。真新しい濃紺の制服が、どこか窮屈そうにも見える稚
いとけない少年。琥珀色の潤みを据えた大きな瞳に、柔らかい頬と愛らしい小鼻と。どこか赤ん坊のそれを思わせるような肉づきをした小さな口許は、詰まらなさそうに歪んでは白い歯が時々無残にもぎゅうとその唇を噛みしめていて。そんな仕草が ついつい出ては、その小さな体が持て余す心痛を如実に表してもいるこの少年。この春にこの学園の高等部へと進学して来たばかりの、小早川瀬那くんという一年生だ。幼稚舎から持ち上がり組の彼であり、お父様は正義漢として評判のいい、有名な弁護士さんだそうで。忙しいお父様を尊敬して育ったセナくん自身は、気立ての優しい大人しい子で、いかにも純粋培養されて来ましたという雰囲気の、少ぉし晩生おくてっぽい無邪気な新入生であり。すこぶる愛らしい容姿に、ちょっとばかり物怖じしやすいところが仇になって、初等科時代は"いじめられっ子"でもあったのだけれど。高学年に上がった頃から中等部時代にかけては どうしてだか。さほど渦中に巻き込まれることもなく、穏やかに過ごして来れたのだとか。

  『何だお前、気づいてなかったのか?』

 それって誰かが陰ながらフォローしてたんだよと、クラスメートの雷門くんが言う。彼は外部入学生なので、何がどうとか誰がどうという深い事情まではよくは知らないらしいのだけれど、いつだったか部活の後の先輩たちの会話に聞いたことがあるという。今年の1年には結構可愛い子が何人もいるだろう、うん多いよな、弟候補って感じの子だろう? …だけど。そういう子って下手すると取り合いにならないか。いやいや、何でも誰だったかには 中等部時代から目をかけてる奴がいるってよ。狙ってる奴らにしたら そいつの話も知ってるだろから、取り合いってのになる前に、その子の頭の上での話し合いって運びになるんじゃないか…って言ってた。それってお前のことじゃないのか?

  "ふみ…。"

 もしかして、それが関係している何かなのかな。そう思うと何だか気が重い。そう。この愛らしい一年生のセナくんに、何やら曖昧模糊とした不安の陰が差しかかりつつあるらしく。一昨日の晩には…その片鱗がとうとう形となったのか、彼本人の上へとちらっとその影が掠めたような、とある事件があったのだ。







            ◇



  『誰かが陰ながらフォローしてたんだよ』
  『中等部時代から目をかけてる奴がいるって』

 雷門くんからそんな話を聞いてはいたものの、セナ本人には…やっぱり、まるきり思い当たるところがなく。
『だって、それにしては誰も申し出ては来ないしサ。そんなの別の子の話だよ』
 ここの高等部の伝統の儀式の話を知らないセナではなかったものの、そんなのは特別な子が縁を結ぶ話。例えば生徒会長の桜庭さんのような、飛び抜けて綺麗な子や良い家柄の子が見初められるのであって、ごくごく一般人にすぎない自分なぞは関係ないってと笑い飛ばした。それから…新しい環境へと馴染むのに精一杯で毎日が忙しかったこともあり、そんな話も日が経つにつれて何となく忘れかけていて。新しい制服、科目の増えた授業や、様々な施設の多い、広々とした校舎に校庭。色々な行事に、中等部時代よりもずっと厳しそうな先生方、親切で大人っぽい諸先輩たち。そういった高等部のあれやこれやに やっと慣れて来た頃合いに。

  ――― 誰なのだかはっきりしない、Sという人から
       "至急 逢いたし"というメールがセナの携帯電話へと届いた。

 イニシャルのみの表記だし、メルアドにも覚えはなかったし。後で調べたら、これは偽名でも登録出来る種のものだそうで。相手の素性がとにかくまるきり分からない。無視してしまえば良かったのだが、もしかして自分が行くまでずっとずっと待っていたらどうしようと、そんな気持ちがどうしても浮かんでしまったものだから。待ち合わせの場所もそんなに遠くでなしと、結局出掛けることにしたセナであり。
"うわぁ…。"
 待ち合わせにと指定されたのは…喫茶店かなと思っていたら、繁華街の場末の、DJが人気で話題になっているという、若者向けのクラブだった。薄暗いような、でもところどころにはライトが当たって眩しいような不可思議な空間の中。大人びた いで立ちの、ちょぉっと派手めな人たちが雑然と入り交じって、踊っていたり喋っていたりする喧しいフロアの圧巻さに度肝を抜かれ、ややもすると呆然としてしまう。初めて来た場所で勝手も判らず、あややどうしようと困っていると、
「何でお前がここにいる」
 場違いも甚
はなはだしいと、見かねて声をかけてくれた人があって。
「…え? あっ。」
 金色の髪や鎖骨の合わせが浮いた白い胸元が尚のこと冴えて目立つ、黒いVネックのカットソーをインナーに。春向きの軽い生地ながらもつやのある真っ黒なジャケットを羽織り、腰のきゅうっと締まったボトムもやはり、黒のオイルコーティングをされた細身のパンツという、こちらさんはしっかり場慣れした雰囲気の姿をした、あの・蛭魔さんだったから、これにはあらためての萎縮をそのお顔へ浮かべて見せたセナだった。こんな風にすぐ間近に向かい合ったのも初めてではあったけれど、とても有名な人だったから、すぐに彼だと分かったし。鋭く切れ上がった目許や怖いくらいに整った綺麗なお顔は、何だかあんまりにも冴えすぎていて。鈍臭い相手が会話のちょっとした間合いに乗り遅れただけでも容赦なく怒鳴りつけそうな。揮発性の高い、怖そうな人という印象を与えられたものだから、その結果として、何となく…緊張してしまった彼であるらしく。そんなセナの手首を無造作に掴むと、
「ほら、こっち来い。」
 危なっかしくて見てられんとばかり、カウンターのマスターさんらしき人へと一瞥を送り、フロアの奥へと有無をも言わせず、どんどんセナを引っ張ってゆく蛭魔であり。ずかずか進んで一番奥まで辿り着くと、今度は上品なカーペットが敷かれた階段を上ってゆく。するとそこは…急に静かな空間になった。やわらかな間接照明が温かく灯された廊下を進むと、個室が並んでいる奥まったフロアへと出て。そのうちの1つへと慣れた様子で歩みを運び、ドアを開いた蛭魔に"入れ"と仕草で促された。
「…えと。」
 まだドキドキが止まらなくって、おっかなびっくりで従ったセナだったが、そこは…静かだった廊下に負けないほどに、きちんと整い、高級な調度の並んだ室内であり。どうやら"VIP専用"にと用意された個室の一つであるらしい。そんなお部屋に落ち着いて、さて。

  「何でこんなとこに、お前みたいなのがいる?」

 いかにも品の良さそうな、濃緑のブレザーに淡い浅葱色のシャツ、濃灰色のスラックスに、襟元にはニットタイまできちんと締めており。このまま室内楽のコンサート会場に紛れ込んでも、服装的には十分問題はないだろうというコーデュネイトであったがために、さっきまでいたフロアでは、ある意味、浮き上がりかかっていたほどで。まったくもって、毛色が違い過ぎること この上もない存在という手合い。おどおどと及び腰な態度といい、こういう系統の遊び場には、これまでの人生の中、一度として縁を結んだことがないと見えて、
"今時でもいるんだなぁ、こういう奴。"
 噂以上の純粋培養だねぇと。内心で苦笑が絶えないらしき蛭魔だったが、それはともかく。
「あの…。」
 怯えてばかりいても始まらない。防音されているのか、さっきまでいた騒がしいフロアとは別世界な室内であり、柔らかな照明や落ち着いたストリングスがかすかに流れるお部屋なのに ほだされたか。小さな下級生くんは、実は、と。差出人に覚えがないメールをもらって此処へ来たという事情を、恐る恐るながら彼に話し始めた。
「…メール?」
 蛭魔は綺麗な眉をしかめつつ どこかしら考え込むような顔になって見せる。住所や電話番号と違って、携帯電話のメルアドともなると、一般の高校生などにはなかなか調べにくいのではないかと思ったのだが、
"こいつほど無警戒な奴なら、聞けば簡単に教えるのかもしれないか。"
 例えば、連絡網とは別に緊急連絡用の名簿を作るからとか。いやいや、そんな建前もなく、ただ"教えてくれないか?"と訊いても、この子なら何の疑いも感じぬまま、素直に口にしそうで…可愛らしいやら危なっかしいやら。
"…ったくよ。"
 やれやれとため息をついた蛭魔だったが、しょぼんとしている小さなこの子自身には…簡単にこんな場所へ、しかも一人きりにて誘い出されている辺りがちょいと迂闊ながらも、全く罪のないことであり。むしろ、

  "奴がちゃっちゃとカタをつけときゃあ、
   こんな面倒なことだって起きやしねぇんだろうによ。"

 何ぁ〜んとなく。微妙な"心当たり"があるものだから。そして、それをこの自分がほじくり返すのはちょっとなぁという、派手な見栄えのこの青年にしては何とも繊細そうな気遣いを、奥歯の間にじんわりと噛みしめていたりもするものだから…話は少々ややこしいのであるらしく。

  「…ともかくお前は帰りな。今、迎えを呼んでやるから。」

 それが最も妥当な処理だなと、勝手に納得してうんうんと頷いて。自分の携帯を使って蛭魔は誰かに連絡を取ってくれた。お相手との気安そうな調子でのお話が済んでから、安心しな、お前んチの親御さんじゃねぇからと。にんまり微笑ったお顔はどこか軽快で悪戯っぽくて。何だかホッとして、勧められたジュースのストローに やっと唇をつけられるまでになったセナくんだったのだが。

  「お待たせ、セナくん♪」

 小半時もしてから現れた、彼が呼び立てた"お迎え"という顔触れは何と…生徒会長さんと副会長さんであり。しかも、
「いいな、きっちりと送ってやれよ、この甲斐性なし。」
 妖麗な金髪の君がそんなお言いようにて、セナを送って来いとの厳命を授けた相手というのが。こんな場所にあっても重厚にして荘厳な威容を帯びたままな、少しほど不機嫌そうな顔をした…黒髪の君の方だったので。

  "ひぃやぁああぁぁ〜〜〜っっ!"

 小さなセナくん、頭を抱えてその場で絶叫したい心境になってしまったのだった。






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