アドニスたちの庭にて “裏と表と?”
 

 

          




  ――― 翠したたる緑苑に、涼やかな爽風が吹きすぎる。
       まだやわらかな髪を揺らしながら、
       少しだけ背伸びした少年たちは、
       その爪先立った不安定な姿勢のままに走り出し、
       強がったり抗
あらがったり、
       口惜しげに こっそりと泣いたりしながら、
       少しずつ少しずつ、ホントの強さを手に入れる…。



 小早川瀬那くんは"白騎士学園"というミッションスクールの高等部に通っています。ここは幼稚舎から大学院までの一貫教育を謳った私立の総合学園で、全学部を通して男子校。寮はありませんが、結構遠いところが出身だというスポーツ関係の優秀な奨学生もいますし、それより何より、政財界の大立者や名のある旧家などという有名どころのご子息が多数通っていらっしゃることで世には知られているそうです。何も全部の生徒がそんなブルジョア階級の方ばかりということもないのですが、確かに綺羅々々しい方々もキャンパス内には多く見受けられますし、ご両親が"要人"と目される立場においでである関係から、警護の兼ね合いで車での通学を余儀なくされてらっしゃる方々も少なくはありません。そんな方々の中、ご自身の才覚や技量、資質にて、全生徒たちから一際厚い憧憬や尊敬、若しくは"一目"とやらを置かれている方々が、緑陰館という小さな校舎に集う"生徒会首脳部"の皆様で。学業はもとよりスポーツもきびきびとこなされ、見目もそれぞれに麗しく、人望厚く、誠実で頼もしい。そんな"白騎士生徒"の鑑のような方々の集われるところへ、この春先から…とある事情をくぐり抜けた結果として、ご一緒させていただけるようになったセナくんは、時々、クラスメートのお友達などから、皆さんのお話をせがまれたりもするそうです。

    「だって何か"かっけー"もんな。」
    「そうそう。桜庭さんはゲーノー人だし、
     進さんは中等部時代から通年の剣道のチャンピオンだしな。」
    「高見さんは今年もチェスの世界大会にエントリーしてんだろ?
     あれってレベル的には成年の部と大差ないんだってな。」
    「凄げぇじゃん、それ。」
    「そういう人って、どんな"のーみそ"してんだろ。」

 ………いや、こうまでお言葉がひどいとも思えませんが。(笑) 好奇心旺盛なお友達たちからの質問は続いて、

  「それと…あの人も出入りしてんだろ?」

 謎めきの麗人とされていらっしゃる、妖しいまでにお美しい二年生の蛭魔さんには、あまり詳細を知らない一年にしてみれば…謎が多すぎて近寄り難い反面、関心も相当に高まってしまう存在であるらしく、

    「なんかサ、駅向こうの繁華街で黒美嵯高校の顔役張ってる奴と、
     随分 仲が良いらしいって聞いたことあるぜ?」
    「あ、俺も俺も。」
    「あんな綺麗なのに喧嘩強えぇんだってな。」
    「そうそう。ここいら一帯の陰の顔って噂もあるんだってよ。」

 低められた声での このお説には、

  "………え?"

 訊かれていた側のセナくんのお顔がギョッとしたように凍りついたほどであり、

  "うわぁ〜、ボクって何にも知らないままなんだなぁ。"

 そうみたいですねぇ。
(苦笑) まま、それはそれだ。セナくんはあまり他人の詮索をするのは好きではない子だから仕方がない。こういう話題を持ちかけられると、皆さん、とってもお優しい方々ばかりだよと、いつも無難に答えて誤魔化しており。今日も今日とて そうやってクラスメートたちを煙に撒いてから教室を後にし、放課後の校庭をトコトコと歩む。春も盛りの陽射しは やたらにお元気で、爽やかな新緑を萌えさせている木立ちの下、モザイクみたいな木洩れ陽の下にあっても、紺色の詰襟制服の肩を目映いほど照らすのが暑いほどであり。だが、移動中はきちんと着付けることという校則があるため、脱いでひょいと肩に引っかけるなんてことは原則として出来ないことになっている。
"でも…暑いよなぁ。"
 カバンを持ち直し、はふうと前髪の陰へと小さな手を差し入れて。汗ばんだおでこを拭っていると、

  「そんな馬鹿正直にホックまで掛けて着てるからだ。」

 背後からのお声がかかって、
「はや?」
 振り返ったのとほぼ同時。ひんやりとした何かが、そのおでこに ひたりと触れた。あまりに唐突なことだったので、ひゃ〜っ☆ と飛び上がり掛けたセナくんだったが、

  「ほら。気持ち良いだろ?」

 額へ当てがってもらったのが、濡らしたハンドタオルだと気がついて。それで視野は塞がれちゃったものの、間近になった匂いに相手が誰だかも判った。
"このミントの匂いは…。"
 特に嗅覚が優れている訳でもないながら…きっと何につけ きゅって抱っこされる機会が多いからだろう。この人と生徒会長さんの匂いと温みは、何となく覚えてしまったセナであり、

  「蛭魔さん。」

 退けてもらったタオルの陰から"こんにちはvv"と良い子のご挨拶をするセナに、彼にしては愛想の良い"にやり"という笑みを見せて下さるのが、先程もクラスメートたちの話題に上っていた二年の蛭魔妖一さん。脱色させた金色の髪を整髪料でピンピンに尖らせていて、左右の耳朶にはリングピアスを数個ほど。細身の体をますます撓やかに見せる濃色の制服を、前を すっかりとはだけた着崩し方にて羽織っており、いかにも"不良でございます"というどこか反抗的な風体をして通している人だが、先生方からの非難は不思議と出ないそうで。それというのも、

  「実力テスト、2位だったそうですね。」

 凄いなぁとセナが大きな琥珀の瞳をキラキラと潤ませる。生徒数は結構いるし、レベルだって高い学校。なので、そこでそうまで上位でいるのはなかなか大変な筈なのに、
「それも、アメフトの試合と平行させてですもんね。」
 春季大会の真っ最中だから、週末はほとんどどこかの会場での試合に出掛けなければならない人なのに。そう。この彼もまたそれなりの"優等生"であり、それがために…先生方も多少の素行不良には目を瞑っていらっしゃるという順番なのだとか。

  『妖一はあれで"英才教育系のシンクタンク"にも籍を置いてるからね。』

 以前にちらっと桜庭さんから聞いた話によれば、この蛭魔さんはそもそもは、とあるアメフトのクラブチームの少年部にいたのだそうで。そこでのQBという重要なポジションを大人顔負けの頭脳と知慧にてそつなくこなし、リーグの中でも最下位の常連というほどに弱小だったチームを、あっと言う間に常勝軍団にまで叩き上げた恐るべき中学生だったのだとか。そんな才能の、特に機転と解析力とを買われて、英才教育のシンクタンクに"観察対象"として招かれた彼は、程なくしてスタッフと対等に論を交わせるまでになり、一転"スタッフ候補生"として、研究者の皆様方からその利発さと小生意気なところを可愛がられるようになった。そして、彼らの後押しや勧めがあって、高等部からという途中入学者としてこの白騎士学園へやって来たのだそうだ。アメフトの方は当然のこととして いまだ続けていらっしゃり、
「大会の方はまだ終わってないんだぜ。」
 ったく かったるくてよ、このガッコに部がありゃあ、試合の公休とかバシバシ取れて、練習だって移動時間がなくなる分、もっと楽に出来んのに。そんなご不満をこぼす彼だが、何かとお上品な学校なので…野球部やサッカー部、ラグビー部は辛うじてあるものの、アメフト部はまだない。何だったら自分で設立しちゃろうかとも思ったそうだが、
『入学して早々、しつこい野郎にずっとずっとつきまとわれたからなぁ。』
 それでそんな野望も断念せざるを得なかったのだとか。…考えてみれば、かなりお気の毒な人である。
(笑) 二人で並んで向かうは、ポプラの大樹の木陰に佇む、小さな小さな洋館のような校舎。今日も今日とて、生徒会の皆様がお顔を合わせての討議が始まる。議題は近づく"青葉祭"に関しての運営準備 etc.だとか。
「まあ、俺らにはあまり関係ないけどな。」
 討議や調整等などへ直接関わるのは"生徒会関係者"たちであって、この蛭魔やセナは直接的には"部外者"だ。それでもね。とっても居心地の良い場所だし、皆さんが招いて下さって可愛がって下さるし、それとあのあの。あの方と自然なこととして同じ空間にいられるのが嬉しいから。セナくんとしては、ただのお手伝いにだって頑張れてしまうらしい。
「…あ。桜庭さん、先にいらしてますよ?」
 見えて来た緑陰館の二階の窓から、亜麻色の髪をした背の高い先輩さんが手を振って下さっている。さあさ、今日も彼らの放課後が始まるみたいです。





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  *調子に乗っての第3弾でございますvv
   相変わらずな方々でございます、はい。