アドニスたちの庭にて “薫衣香” (くぬえこう)
 


 五月末に真夏日を記録するほどの暑さがやって来たがため、例年より2週間も早くに"衣替え"してよしという指示が生活指導部の先生から下された。ここ、白騎士学園は一応は規律にうるさい学校だから、これは良い、これはダメという指示を学校サイドから発布してくれなければ…という、何とも柔順な層が多いためだが、

  『この暑さの中であんなゴツイの着ていたら、熱中症になって死んじゃうって。』

 生徒たちの模範たるべき生徒会長様あたりは、学校からの指示待ちをしていたような振りをして、実は…色合いは同じながら生地の軽い、特別製の"間服
あいふく"を誂えてらしたのだとか。何しろ初等科や中等部のブレザーからガラリと変わって、高等部の制服は濃紺の詰襟。これを暑い中できちんと着るというのは結構な拷問で、真夏日を記録したほどの陽射しも目映い中、襟のホックをきっちり上まで掛けていて平然としていた某副会長さんと執行部長さんは、

  『大丈夫なんですか? 脱水症状とか、起こされてないですか?』

 愛らしいマスコット少年からしきりと心配されていたらしい。………まずは驚いたり呆れたりしなかった辺りは、瀬那くんもどこかでかっ飛んでいるのかも知れないが。
う〜ん

  「お。セナくん、可愛いじゃないか。」

 夏服は、左の袖に校章のエンブレム・ワッペンが縫いつけられた純白の開襟シャツと、濃紺の軽い生地のズボン。一気に軽快ないで立ちになるその落差が大きくて、五月六月は建物の中や木陰だと涼しいからと、濃紺のサマーニットのカーディガンを併用しても良く。そのカーディガンの袖口が…小さな手のひらの半ばまで来ているほど大きいのへ、桜庭会長が目ざとく気がついた。濃色に映えてますます小さな手に見えて可愛いねという的確なご指摘へ"はやや…/////"と頬を染めて、
「あのあの、お母さ…母が、まだまだ大きくなるかもしれないからって、大きいのを誂えちゃったんですよう。」
 原作に倣って見ました。
(笑) 小学生じゃあるまいし、もう高校生なのに変ですよねという意味合いから、真っ赤になりつつ少年が紡いだ一言だったのだが、

  「………大きくなってしまうのか?」

 それを聞いた…いつも威風堂々としている進清十郎さんが、低いお声でそんな言いようをなさったものだから、
「あ…えと、どうでしょうか。」
 まだ判りませんようと、ぶんぶんと腕を振りつつ傍らに駆け寄って慌てて執り成したセナくんを見やりつつ、

  「別に あと何センチかくらいは伸びたって良いじゃないの。」
  「そうですよね、成長期なんですし。」

 むしろ、20センチ近くも身長差があるのって不便じゃないのかな。一体何に不便なんですか? またまた、高見くんたら、惚けちゃってサvv…と。冷たい麦茶で喉を潤していた会長さんと、銀縁のメガネも涼やかな執行部長さんが小さく苦笑をしつつの会話をしていたものの、

  「あんな、この世の終わりみたいな顔しなくたってさぁ。」

 あの図体で可愛い奴vv…と続いたこの一言には、

  「この世の終わりみたいな顔…?」

 やはり冷やし麦茶で涼んでいた、隠密さんこと蛭魔さんが…日頃は怜悧に冴えて切れ上がってる淡灰色の瞳を真ん丸く見開いた。
「…どの辺がそうだってんだ?」
 首を伸ばすようにして改めて眺めやった先。お部屋の向こう側の窓辺にて、寄って来た小さな弟くんに心配そうに見上げられ、稚いお顔を覗き込んでいる偉丈夫さんの横顔は、特に日頃と変わらない…憮然とした無表情なままにしか見えないのだが。大きく見開いてた目許を今度は一気に眇めて、怪訝そうなお顔になった妖一さんへ、
「ほら、いつもよりか眸の開き加減が大きいだろう? あれは愕然としてるってことだし。」
「そうそう。あと、口許が開いたままになってましたし。」
 そうと言われても。
「…開いたままに、なってたか?」
 きりりと冴えて凛然としていた、いつもの"仁王様"みたいなお顔とどう違ったのか。まだお付き合いの短い蛭魔さんには、見分けがつかないでいるらしい。色白なお顔に渋面を浮かべ、う〜んと唸ってしまった金髪痩躯の美人な恋人さんへ、
「別に妖一が進の表情の見分けなんかつかなくたって良いでしょ?」
 自分のやわらかな亜麻色の髪を綺麗な指で梳いて見せて、
「妖一は僕のことにだけ関心持ってりゃ良いのvv」
 おおう。そう来ますか、桜庭会長。限られた面子という条件づけの中でとはいえ、衆目のあるところでもいけしゃあしゃあと惚気ちゃう彼なのはいつものこと。そんなせいか…辛辣な恋人さんの側も相変わらずにつれなくて。テーブルに突いてた頬杖に支えられた、こちらさんも綺麗な手のひらの中へ、するんとした白い頬を埋めると、

  「やなこったな。」

 にべもないお返事がスパッと返って来た。

  「何でだよう。」
  「今はアメフトのことで頭も胸もいっぱいなんでな。」
  「アメフトは仕方ないけど、僕のこと、全然入る余地ないの?」
  「さてなぁ…。」

 つれない喧嘩に見えて、その実、相手の本音をどうやって引っ張り出すか、言ってほしい一言をどうやって口にさせるかを楽しむ掛け合い、つまりは単なる"痴話喧嘩"だと慣れている高見さんが、やれやれという苦笑を見せて肩をすくめて見せている。いやぁ、相変わらず平和な学校ですことvv





            ◇



 毎度お馴染みの生徒会棟"緑陰館"は、傍らに健やかに梢を伸ばすポプラの樹を従えて、お昼休みや放課後、自習時間などに集う生徒会首脳部の方々と、そんな彼らの親しいお友達…という呼称になっている大切な人たちとが、今日も今日とて穏やかに過ごす和やかな空気に満ちている。勿論、うだうだと茶飲み話ばかりしている訳ではなく、学校行事や生徒会の運営に関する様々な案件や、部や生徒から寄せられた希望や質問などについてを1つ1つ整理し、討議し、決裁を下し、執行部へ降ろしたり、先生方からの許可をいただく旨の書類を作成したりと、これで結構忙しいのだが。そこは敏腕な方々揃いなので…たまにブレーキかけちゃうお茶目な方がいるものの
(笑)、片っ端から効率的に処理してゆく手際のよさは、学園史上最年少の陣営であることを指導部の先生方にもついつい忘れさせるほどの有能振り。そんな彼らが足場にしている緑陰館の保持管理も彼らのお仕事なのでと、時々は大掃除を手掛けたりもするのだが、

  「…わあっvv

 お二階の広い執務室のお隣りに、本当に小さな、掃除用具くらいしか置けない"準備室"というのがあって。その天井には下から押し上げて開ける小さな扉がついていて、そこを開けてハシゴを降ろせば…屋根裏へ上がれる。ただの埃まるけな空間かと思っていたらば、天井は少ぉし低いがとても広くて天窓からの陽射しが明るい、いわゆるロフトになっていたのが、セナくんにはびっくり。
「窓があったんですねぇ。」
 スレート屋根に巧妙な角度で埋もれているので、外や下からは判りにくいが、嵌めごろしになっている結構大きな窓があり、
「外側からのお掃除はさすがに危険ですから業者さんに頼みますが、内側からの整理やお掃除はね、僕らでやっているんですよ。」
 ホウキにハタキにバケツと雑巾。壁際のスイッチをカチンと入れると、換気扇が回り出し、ほんのりと漂っていた埃の香りがぐんぐん吸い出されてゆく。
「ここは書類の一時的な保管や、雑具用の部屋です。」
 それと。時々誰かさんたちがこそりと密会してたりもするそうですが、まま、そんな事情は自然に察してくれれば良いこと。セナくんにはまだ教えなくともいいかしらと、高見さんもそうと判断なさり、
「空気交換は頻繁にやってますし、そんなに汚れてはいないでしょう?」
「はい。」
 今日はお天気が良いうちにと、本格的な梅雨に入る前に構えられた初夏の大掃除の日。下ろしたてのカーディガンは執務室へ脱いで来た。小柄なセナくんには、背丈の大きな先輩さんたちでは行き届かないところまでお掃除の手ももっと届くかもと、ここの簡単なお掃除が割り当てられて、今日初めて案内されたという訳なのだが、

  「あわ…っ!」

 不意に…二人の足元から大きな声がして。続けざまに"がったーんっ"という物音がしたから、
「今の音は…。」
「脚立を倒すかどうかしたみたいですね。」
 あややと困ったですねというお顔になったセナくんへ、高見さんもしょっぱそうなお顔をして見せる。あまり細かい作業には向かないタイプの3人だけが居残っている階下が、こちらの二人にはたいそう心配。本人たちは頑丈だったり運動神経が発達していたりするから大事はなかろうが、歴史的にも色々と謂れがあって価値のあるものとされているこの緑陰館に多大なる破損を加えたりしては…どんなお叱りを受けるやら。
「あのあの、此処はボク一人でも大丈夫ですから。」
「そうですか?」
 何をやらせても手際のいい高見さんは階下の監視役に降りた方が良いと、そうと勧めるセナくんであり。書類やお道具の位置は動かさないこと、当然のことながら、紙類は濡らさないことという簡単な注意を受けて、さあ、お仕事だとガッツポーズ。確かに、舞い上がるほどの埃もなく、様々な雑貨の類も整然と並んでいて、ハタキをかけて床をホウキで掃いて。棚へ雑巾をかけたら終わりだろうという目処は立ったが、

  「進〜っ。テーブル動かすぞ、そっち持って。」
  「お〜い、給湯室の冷蔵庫に得体の知れないもんが入っとるぞ?」
  「ワックスは業者の方がかけてくれるんでしたよね。」
  「うん。今週末に来てくれるんだって。」

 すぐ真下の執務室でも執行中のお掃除の物音や、そこで交わされている先輩さんたちのお声が届いて、

  "…ふふvv"

 最初は何だか微笑ましかったのだけれども。

  "???"

 何だか妙だなと、物足りないなと感じ出す。何でだろうか。ボクだけ一人で引き離されているから? いや、それはない。だって、

  「セナく〜んっ。大丈夫か〜い?」
  「あ、は〜いっ。」

 仕事の手間の合間合間に、桜庭さんや高見さんがお声をかけて下さるから、天井板で隔てられてはいても同じ作業中という一体感はある。

  "…あ、そうか。"

 じゃぶりと、バケツの水へと雑巾を浸しつつ…気がついた。

  "進さんの声がしないんだ。"

 相変わらずに寡黙で静謐な人だから。ただただ黙々と手を体を動かしているんだろうな。どうしてだか あまり足音も立てない人だから、あれほどの威容をたたえている人なのにね、そこに居るのか居ないのかが、これではちっとも判らない。

  "う〜ん、でもそれって…。"

 ああまで素晴らしいお兄様に守っていただいている"弟"としては、これではいけないことなのかな。ちゃんと感じられなきゃ失礼かな。だって…大好きな人であるには違いないのだし。///////

  "う〜ん、う〜ん。"

 どうしたもんだろうかと、精神集中の鍛練でも積まなきゃダメかしらなんて考えながら、雑巾をお水に浸けては絞りを何度も何度も繰り返していると、

  ――― ふわ…って。

 何かの気配がしたの。気配と、それからね。

  "………この匂いって。"

 大人の男の人の匂い。清潔そうな石鹸の匂いをベースに、ちょっぴり精悍で頼もしい匂い。そぉっと振り返れば、

  「あ…。///////

 やっぱり物音はしなかったのにね。床にあたる天井板に開いてた入り口から、半身を乗り出して、上がって来かかっていた進さんの姿がそこにはあって。
「あ、えと…。階下(した)の方は?」
 もう済んだのですか? 小首を傾げるようにして訊いてみれば、大きなお兄様はゆっくりとかぶりを振って見せる。
「手が足らんのでな。」
 やはり…細かいところに目が行って、ちょこまか・てきぱきと動くセナがいてくれた方が捗
はかどるから。手伝いに行って上のお片付けをちゃっちゃと済ませてもらって来いと、蛭魔さんから蹴られもって追い払われたのだそうで。今からお姑様に可愛がられてるお嫁様にすっかり頼っておられます、仁王様。(こらこら、誰がお姑様だ。/笑)
「判りましたvv
 あとちょっとですよと、やや小首を傾げたまま"にこりんvv"と微笑って見せた愛しい子の笑顔が、向背に煌めく天窓からの陽光に縁取られて…それは綺麗なものに見えたのだろう。

  「………。(///////)
←あっ

 やっぱり。判る人にしか判らない格好にて、ほんのりと頬を赤らめた仁王様。その口許を慌てて覆うと、顔を背けようと勢いよく立ち上がったものだから、


   ――― っ☆




        ◇



  「………何か、今。物凄い音がしなかった?」 
  「ええ。上からでしたよね。」
  「天井低いってのに、進の馬鹿が勢いよく立ち上がったんじゃないのか?」


  お姑様に全部。倍になってドン、10万点ってとこですかねvv
(笑)



  〜Fine〜  04.6.13.


  *このお話の進さんは、特に寡黙な人だと意識して書いております。
   そんなせいか、やたらと"仁王様"呼ばわりもしておりまして。
   そのうち、セナくんからのクレームが来るかも知れません。

  *おまけ話も書いてみました。
   よろしかったら、覗いてやってくださいませvv 

ご感想は こちらへvv**


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