おまけ
――― なあ、桜庭。
んん? なぁに?
ずっと一緒だって、お前いつも言ってるよな。
うんっvv
………。
なになに? 妖一の方からも言ってくれるの?
…ば〜か。
◇
何とはなしに、車窓のガラス越しに見上げた秋の空。特に何をか探してのことではなく、瞳が漫然と捕らえている澄んだ色合いにも、実は関心など全く向いてはいない。
“はぁあ…。”
朝からずっと。いやいや、昨夜からのずっと。もう何度ついた溜息だろうか。昨日の放課後もまたまた、愛しい人からすっぽかされた。しかも、そのすっぽかし方が物凄い。訊いた話では授業中にそれは派手に飛び出してった妖一だそうで。体育の授業だったので丁度校庭にいて、そちらへ駆けて行った彼を見ていた瀬那くんの言によれば。結構な高さのあるフェンスをポーンと鮮やかに乗り越えてしまい、その先に待っていた他校の生徒が運転するオートバイに二人乗りして、あっと言う間にどこかへ消えたという。
“…そんなしてまで、すっぽかすなんてさ。”
決して素直な表現体ではないながら、それでも。忙しい時は必ず手を貸してくれた彼なのに。それより何より、同じ空間に自分と一緒にいることを彼の側でも心地よく思っていて、そんな時間を特別扱いにし、大事にしてくれているような雰囲気があったのに。一昨日といい、昨日といい、何の連絡もないままに捨て置かれているだなんて。両想いの恋人同士だという自負が固まって来ていただけに、尚のこと落ち着けない。一体何があったのか、何が自分よりも優先されたのか。知りたくて堪らなかったのだけれど、でも。自信がない裏返しみたいで、結局、昨夜は携帯を開くことも出来なかった桜庭である。そんなせいか、
“………あ。”
ちょっぴり意気消沈という体で、車から降りてとぼとぼと歩いていた校門からの道。生徒会長なんていう立場上、他の生徒たちから掛けられる朝のご挨拶には、心痛も隠してのそれなりの笑顔で応じなければならず。それがどうにも苦痛で堪らず、授業が始まるまで隠れていようかと見やったのが緑陰館へと至る道。その先に…見慣れた愛しい痩躯を素早く見つけた、自分の視覚感度の小憎らしさよ。そんな自分に向こうでも気がついたらしく、軽く顎をしゃくるような鷹揚な仕草で“ついて来い”と促された。
「……………。」
覚えのある古い温室。創立当時のまんまの旧式のそれで、天井からも壁からもガラスがほとんど落ちていて。危険だから近づいてはいけないとされているのだが、そんなお達しが出てからも結構な年数になるらしいのに、どうしてなのだか“取り壊しましょう・片付けましょう”という運びにはならないままな旧の施設。促されるままに此処までついて来たものの、なんとなく気まずくて、視線を逸らしたまま。辛うじて残っていたガラス越しに空を見上げていると、
「…訊かねぇんだな。」
意外なくらいに静かな声がして。自然なこととして、そちらへと顔を向ける。陽の出が遅くなってるせいだろうか。もうすっかりと明けている時間帯なのに、まだどこか…射し始めのそれのような。肌に ちりりと来る新湯さらゆのような、目映すぎる明るさの満ちた中。明るい金色に染め抜かれ、威勢よく立ち上げられた蛭魔の髪がきらきらとしていて。頬や額の白さも、何だか普段よりも眩しい気がして…真っ直ぐ見てられなくて。
「何を訊けって?」
時間稼ぎにもならない悪あがき。訊かれたそのままを放り返せば、
「昨日も、連絡なしでサボっちまったのによ。何も訊かねぇんだな。」
「………。」
実は考えあぐねていたこと。それをそのまま、しかも…悪びれもしないまま呆気なく訊き返されていて。あまりに単刀直入すぎる彼とは違い、事情を問い詰める電話もしなかった、妙に躊躇ばかりしていた自分だってことが急に後ろめたく思えてしまって。そんな戸惑いに襲われてしまい、返す言葉にますますと困っていると、
「勝手すぎるからな、俺は。」
薄い口唇の端をわずかに上げて、くすりと小さく笑って見せる人。細っこい腕や薄い肩を堅い直線が鎧うように包む、濃紺の詰襟制服が今日は妙によそよそしい装いに見える。自分と同じものな筈が、どうして…彼がまとうとこんなにも。妖冶さと紙一重の禁忌の香を馴染ませた、危なっかしいものになるのだろうか。中等部までの今時風の“ブレザータイプ”と打って変わってのこの制服を、初めて身に着つけて登校した朝は。まるで軍服みたいだと、その重々しさに思い切り閉口したのにね。はだけた前合わせから濃色とは対極の純白、下に着ていたシャツを大きく覗かせたまま、それは颯爽と歩いてた彼の痩躯を入学式中の構内に見つけたその途端。どれほど胸が騒いだ自分だったろうか。ああ、入学して来てくれたんだ。他の公立には行かなかったんだと、一気に気分が高揚したっけね。あの時は緋白咲きほころぶ、淡い桜が背景だった。今は鮮やかな金紅の錦を背景に、やっぱり艶やかな美貌の君で。鋭利な刃みたいに相変わらず隙のない、相手を逃さぬ綺麗な視線で真っ直ぐにこちらを見やると、
「そんな奴のことになんか。もう、関心もなくなっちまったろうよな。」
「そんなことないっ!」
何てことを勝手に言ってくれますかと、勢い込んで応じていて。
「ホントは…訊きたいことが一杯で。一杯ありすぎて、どれから訊いたら良いのか判らないほどなんだからっ。」
勢い込んだ語勢がそのまま、切羽詰まった気負いを感じさせる。そろそろ精悍さを滲ませ始めてもいる年頃の、それは健やかで自信に満ちた美貌の顔容かんばせを。今はたいそう切なげに歪め、それは綺麗で冷淡な、だけれど最愛の恋人へ…言葉では到底置き換えられないほどに大きく深いこの想いの丈を判ってくださいと、懸命に掻き口説く彼であり。だが…その勢いがふっと唐突に萎しぼんで。
「ごめん。今、僕、凄っごい怖い顔してると思う。」
見るからにしょんぼりと肩を落とした彼の姿には、あんまりにも見覚えがあって。奇しくもこの同じ場所での、去年の初夏の一幕を思い出してしまう蛭魔である。
“あん時は…凄げぇフェイントだったもんな。”
惚れ惚れするほどにかっちりと発達していて、十分すぎるほど上背のある誇らしげな肢体と。無心な横顔でさえ見とれるほどに端正な、瑞々しさと若さに華やいだ明るさとを満たした申し分のない美貌。陽あたりのいいところで伸び伸びと、いかにも恵まれて育ちましたという正統派の健やかさと美しさを、余すところなくたたえた風貌をした青年で。華やかで健康的で、あどけないほど明るい屈託のなさ。時折見せる少し我儘な振る舞いさえ、無邪気で陽気で罪がなく。心を許した限られた者にのみしか素顔も本音も見せてはならない、そんな“帝王”にならねばならない人物だからと、殊更に目映くまとった“作りもの”な部分も多少はあるのかもしれないが、それでも。目を奪われずにはおれない、注意を引かれずにはおれない何かがあって。選ばれた者、人々の上に立つ者。カリスマというものはこういうものかと、その分かりやすい実際例が等身大にて歩いてるよなもんだと、そんな印象をまざまざと受けたものだった。
――― よもや、そんな青年から。
あなたをこそと求められる立場になろうとは。どんなに冷淡にあしらっても諦めないで食いついて来たところは案外と粘り強かったし、それに…様々な力を持ってもいように、それらに物を言わせない態度はあくまでも一途で純情で。果ては、自分が強引なばっかりに友達が作れない妖一だと、何でも知りたがって聞きたがって邪魔ばかりして ごめんねごめんねと謝りながら、おいおいと泣き出した。そんな彼を宥めてやりつつ、ただの我儘で強引なばかりのお坊ちゃんじゃない、可愛いところも沢山ある奴なのだと知って苦笑が絶えなかった、去年の夏の日。その情景を思い出したと同時、そういえば…あの頃辺りから、ルイのこと、思い出さなくなってたなと。今更ながら気がついた蛭魔だったりしたのである。
――― もう誰も好きになんかならないだろうなって思ってた。
一番好きだった人から黙って置き去りにされたショックがあまりに大きかったせいか。誰かと接したとて、どうせ相手の思惑を引き留めたり縛ったりなんて出来はしないのだと、だからもう、大切な人なんて作らないと決めていた。自分さえどうでもいいと、どこか投げてさえいた、そんな可愛げのない自分なんかには、誰も近寄っては来ないだろうって思ったし。寄られても面倒なだけだって思っていたのにな。
『出来たのか?』
『………うん。』
最初は煙たかったのに、今ではこっちを見ててくれるだけで安心する。凄げぇお坊っちゃまで我儘で、そのくせ何〜んか頼りなくて、こっちからも支えてやんないといけないような奴で。ちっとも気が抜けないんだけど、そこがまた面白いんだよな。そう説明したら、ルイは微妙な顔をして…それから苦笑して見せた。
『…なんだよ。』
『いや…気づいてないなら良い。』
何だよ、そんな言い方して、却って気になるじゃないか。詰め寄ってじ〜〜〜っと睨みつけると、根負けしてか何を思った彼なのかを白状したのだが、
『今の評って、子供の頃のお前とまんま同んなじだぞ?』
『………っ☆』
昨夜、そうと言われた時は、実を言うとちょっぴりショックだったのだけれど。拗ねたようにしょげてしまった彼を前にすると、
“…成程ねぇ。”
ルイは自分を前にして、こんな気持ちでいたのだろうか。ああもう、この野郎めと。一応は一丁前でありながら、なのに可愛くって頼りなくって。このまま放っておけやしないじゃないかって、ついつい後ろ髪を引かれてしまう可愛くて…愛しい君。何とも擽ったい気分を頬張ったまま、
「あのな…?」
彼にこそ一番最初に聞いてほしかった話ではあるけれど。さあ、一体何から話そうか。心から嬉しいのに、それでいて…同時に困ってもいる。ちょっぴり切なくて でも至福。そんな複雑なエッセンスの利いた、それはそれは幸せなこの想いを、どうやって一番効果的に伝えてやろうかと考えあぐねている美人さん。そんな切なる気持ちを胸中に転がしていたがため、
“ふあぁ〜〜〜vv ////////”
これまでで初めてなくらいに素敵で綺麗な笑顔を桜庭くんに見せてくれてもいた、金髪痩躯の恋人さんだったのでありました。
〜Fine〜 04.11.14.〜11.24.
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*何のことはない、
こちらの二人までもが甘甘でラブラブなのだよと帰着する
ウチでは珍しくも何ともないお話でございましたが。(ううう…。)
葉柱さんのことをどんどんと誤解したままで突っ走ってる観のある
当サイトでございますので。(苦笑)
原作の彼や他所様のお話で、どうか引っ繰り返ってしまわれませんように。
(何でこんな暴投気味のお話になってしまうのかしら…。)
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