アドニスたちの庭にて “陽なたぼっこみたいなvv” 

 


          




   ――― ♪♪♪〜♪


 鼻歌ハミングも軽やかに、ふかふかの髪をひょこひょこと弾ませて。今にもスキップを踏み出しかねないほどの軽やかな足元が、いかにも上機嫌な心情を表して。緑陰館から本校舎へとゆるやかなカーブを描いて導かれている、ちょっとばかり薄くなった石畳の通路を歩むのは、今日もお元気な小早川さんチの瀬那くん。ここ、白騎士学園には幼稚舎から足掛け10年以上も通っていて、只今 高等部の一年生。広い敷地の中には、それぞれの学舎ごとに、四季折々の見ごたえあるお庭や並木が、バランスよく風雅に配されてあるのだけれど。
“此処のが一番、あちこちに思わぬ景色が隠れてて面白いんだよね。”
 だって、学園の中で一番古いのが高等部だそうだからね。学校の長い歴史を紐解けば、大学や中等部、初等科は後から出来たのだそうで。そんな関係からか、歴史のありそうな建物や施設、梅や桜の古木なんかが、ひょんなところに佇んでいたりして。
“一番好きなのは、やっぱりポプラだけどもvv”
 そのポプラも、秋の風にはたはた叩かれながら、梢を飾る葉が競うように色づき始めている。コートや手ぶくろが要るほどまでに“寒い”訳ではないのだけれど、それでもね。ポプラやカエデを追うように、校舎の傍のイチョウの葉っぱも少しずつ、きれいな金色に染まり始めたほど、随分と秋も深まったものだから。しゃきりと堅い直線で鎧われていて、ちょっぴり冷たい印象のある、濃紺の詰襟制服の下。今朝からは薄いニットのベストを着るようになったんだけれどね。その切っ掛け、お兄様との昨日のやりとりを。ふっと思い出すとね、その度に、
「………。///////
 こんなお顔、人に見られたらどうしよう。変な子ねぇって思われちゃうようと困るほど。やわらかな頬が ふにゃりvvとゆるんで、そのまま ついついお顔がほころんでしまうらしくって。
“お母さんにも“何かあったの?”って訊かれちゃったもんな。”
 何でもないないって首を振りすぎて、おとと…って目眩いがしたほど、誤魔化すのが大変だったったら。だってさ、だってね、まだまだ暖かいでしょう? 外に出て体を動かす分には、まだまだ十分暖かですぐにも汗をかいちゃうほどなんだのに。そやって言って、いつも油断して、夕方の寒さに震え上がったり汗を冷やしたりして、冬の初めにまず1回小さい風邪を引いちゃうのが、毎年の風物詩みたいなものだったのに。こんな早くからキチンと冬支度するなんてって、お母さんはそういう意味からも“今年はどうしたの?”って訊いたらしかったんだけれどもね。

  “だってさvv ///////

 だって昨日はね、放課後からのずっと、進さんがずっと、お膝に抱っこしていてくれたのvv 高見さんもいたのに、桜庭さんだって後から いらしたのにって、ちょこっと恥ずかしかったのだけれど。くしゃみしちゃったの、放っておけないからって言われて。それにね、くっついた進さんの頑丈で頼もしいお胸は、制服の丈夫な生地越しだったのに温かくて。それと、大好きな進さんのいい匂いもしたから。ふわって抱えられたら…もうもう自分からは離れられなくなっちゃって。/////// そうなっちゃうセナくんだってこと、もしかしなくとも気がついてるらしいお兄様だから、

  “この頃の進さんて、何だかちょっと狡いんだから。///////

 もうもうって、恥ずかしいようって、頬っぺが熱くなる。帰りもそのまま、駅まで手をつないでてくれたの。大きくて温かくって、少し乾いた感触がした進さんの手は、竹刀ダコで手のひらの頬っぺが少し堅いけど。頼もしくって、それにとっても優しいんだよ? あのね、これは内緒のお話。進さんて、最初はボクの手を触るのがとってもとっても怖かったんだって。あまりに小さい手だから…無闇なことをしては痛くはないだろうか壊さないだろうかって思うと、そりゃあとっても怖かったけれど。
『逃げ出そうとしているのをぎゅうって掴んで捕まえてる訳じゃないんでしょう?』
 高見さんからそう言われて、あ・そうかって怖くなくなったんだってvv そぉっとそぉっと、風や冷たさから守ってあげましょうねって、迷子にならないように杖になってあげましょうねって、そう思って触れてから、その後は…慣れるまでセナくんの方から握ってもらえば良いんですよって、教わったんだって。

  “高見さんって、いつも凄いなぁ。”(まったくだ。/笑)

 駅まで一緒で、ずっとずっとヌクヌクで、とってもとっても温かだったの。でもでも、ちゃんと冬支度も始めないとねって意識もした切っ掛けで。ずっとずっと寒いのは苦手だったけど、今年の冬は大丈夫。お兄様の進さんが傍に居て下さるから、きっととっても暖ったかい…vv






            ◇



 ……………以上。セナくんの、ほんわりピンクな“幸せモード・レポート”でございましたvv
こらこら だってこのまま進めていたらば、モニター前で胸焼けして沈没する人が続出、でしょうしねぇ。ウチのサイトが“甘味処”になりつつある自覚はありますが、それにしたってこれはあんまり。直前のお話のカラーとのギャップも大きすぎますので、ちょっぴしムード…もとえ、モード修正させていただきますです。


 昨日は大好きなお兄様の懐ろへと、暖かく庇われて過ごしたらしき、生徒会のマスコットの小さなセナくん。それでは今は? と言えば、その…生徒会の皆様が執務室にと使っておいでの旧校舎、シックな洋館仕様の“緑陰館”まで、お昼休みを利用して忘れ物を取りに行ってたところだそうで。執行部も実行委員会も、そして勿論、生徒会首脳部の皆様も。あと数日というところまで近づいた学園祭“白騎士祭”の準備にお忙しい時期ではあったけれど、お昼休みの途中という時間帯だったからか、緑陰館には まだどなたもいらっしゃらなくて。昨日、うっかり忘れちゃってた数学のノートもテーブルの上にすぐに見つかった。お兄様にせっかく難しい幾何の問題の解き方を習ったのにね。お浚いしようとしたらカバンに入ってなかったから、昨夜はこれでも落ち込んでたんですってよ? ご本人としては。それから、でもでも。ノートがなくても直に教わったことなんだからと、気を取り直したセナくん。宿題になってた数ページ分の設問を、何とか頑張って…教えていただいたコツを思い出しつつ解いてみて。う〜んって唸ったり、机の下で足踏みしたり、うんうんって頑張って頑張って、いつもなら諦めてる何倍も考えてみて。そいでね、あのね、ちゃんと一人で解けたから。早く答え合わせがしたくなり、一年生の校舎からは少し遠い緑陰館まで、お昼休みになってやっと足を運べたという訳だそうです、はい。少しまばらになって来た木洩れ陽の下を歩きながら、ぱらぱらっとめくって確かめた限りでは、ちゃんと手順は覚えてられてたらしくって。ああ、よかった。お兄様に教わったんだのに解けませんでしたじゃあ、進さんにだって恥ずかしいこと。情けない弟だなぁって…いや、そんな風に思うような人じゃあないけれど、それでもね。少しでも“自慢の弟”でありたいから、これで面目は立つよねと。ウキウキしつつ、本校舎へと戻りかかってたセナくんだったのだけれども。

  “…? あれれ?”

 途中の芝草の上に誰かいる。柵こそないけど、レンガの縁取りで囲まれた木立ちの周辺。一応は手入れもされてて、踏み込んではいけないゾーンなんだけれど。夏場は木陰になってて涼しげだったその空間。今のこの時期は、一足早く梢がすっきりしているゾーン一杯に秋の陽射しが降りそそいでおり。乾いた色合いの、それでも冬場も枯れない種の芝草の緑が、ふんわり柔らかそうなクッションをほかほかと明るく暖められているばかり。そして…その恩恵を堪能しないでどうするかと。制服のまま長々と横になってる人がいるのが、否応無く視野に飛び込んで来て。てことこ歩いてたセナの足を止めさせた。

  “蛭魔さんだ。”

 陽射しが暖かいからか、相変わらずに制服の前合わせを全開にしている人で、濃紺の合わせの間を内側から押し開くようにシャツの純白が大きく覗いているのが、陽を強く弾いて目映いほど。頭の後ろまで撓やかな両腕を回して、金色の髪の下に敷いた両手を手枕にして。やわらかく眸を閉じて…すうすうと眠っていらっしゃる。頭の先から足の爪先までのどこもかしこもを、陽に隈
くまなく晒しておいでで、随分と気持ち良さそうなお顔をしていらっしゃり、
“お昼寝、かなぁ?”
 日頃の彼は、その挑発的な気性を鮮やかに反映させてか、淡灰色の虹彩を浮かべた眸の目尻がきりきりと鋭く吊り上がってる、どこにも隙のない人なのだけれど。こうやって人のいないところで油断してたり、桜庭さんとかセナくんだとかだけと一緒にいる場で安心し切って気を許してる時なんかは、それは優しいお顔になるものだから。

  “…やっぱり綺麗だよなぁ。”

 いつもはとってもお元気で、怒っても楽しくても、同んなじ反応、セナくんのお尻を蹴り上げたり、桜庭さんに す〜ぐ拳骨を振り上げちゃうような過激な人なのにね。実は実は、面相筆でそぉっと引いたような細い線で縁取られたみたいな、繊細玲瓏なお顔をなさっていて。白い頬に軽く伏せられた瞼の縁のなめらかなラインだとか、優しく通った鼻梁の稜線の細さだとか。知的に引き締まった口許の、なのにしっとり艶がある緋色が妙になまめかしいところだとか。少し沈んだ色合いの金色に染められた髪が、陽を受けてきらきらと光っているのが、けれど不思議と違和感がないくらいの色白でいらっしゃり、柔らかそうな薄い耳朶に光る金色のリングピアスが、本来だったら不良っぽいアイテムな筈なのに…あんまり綺麗で神々しくさえ見えるから。
“桜庭さんが放っておけないって騒がれるのが、判る気がする。”
 少なくとも、こんなところに無造作に置いて、見張りもないままに放っておいちゃいけない綺麗さだもんねと。セナくんもまた、ついつい見とれてしまっていると。
「………ん。」
 さすがに、ものの気配には敏感な人だから。小さく唸ると同時に、その目許がうっすらと開き始めて。あやや、いけない。せっかく気持ちよくなさってらしたのに。不躾にじぃって見てたりしたもんだから、その視線で起こしてしまったんだと。小さなセナくん、ちょびっと焦った。寝起きが悪い人ではないことは、これまでに何度か…生徒会の皆様とのお泊まり付きのお出掛けをご一緒しているので、もう知っていたセナくんではあったのだけれども。何で目が覚めたんだろうか→おや、セナじゃないか→ああそうか、こいつの気配に起こされたのか…と、そんな連動想起の結果から怒られちゃわないかなって思って焦ったの。だって、蛭魔さんだってお忙しい方だから。昨日は緑陰館にもいらっしゃらなかったけれど、その分、何処かでお仕事をしてらしたのかも知れない。正式な生徒会の方ではない蛭魔さんだけれど、表立たないところで起こってた事件だとか根拠の怪しい噂だとか、びっくりするほどの規模とレベルで、きっちりと裏を取っての情報収集をこなしてらっしゃるそうだから。学校のお外でもそういう活動をなさってて、遅くまでかかってたからって今頃おネムになってらしたのかも。
“でも…。”
 だからって、あからさまに逃げ出すのはもっとお行儀が悪いような気がしたから。こちらは芝生のお外の遊歩道側に立ったまま、半分くらい起きかかってた金髪痩躯の諜報員様を、おどおどしつつも見やっていたセナくんだったのだけれども。
「………。」
「はい?」
 体の脇へ肘をつき、むくりと上体を起こしかけていた蛭魔さんが、まだ眸が開き切らないそのままで、何事か口にされたように見えた。むにむにと覚束無い動きをした口許だったのが見えたのに、お声の方は聞こえなかったからと。セナくん、屈みながら少しばかり身を乗り出して聞き返したらば、

  ――― え?

 中腰になった体勢へ、スルリとなめらかに伸ばされた腕。制服を着てはいらしたけれど、シャツだけという姿ではなかったのだけれど。あんまりほっそりなさってる人なものだから、そんなにも力があろうとは、正直、思ってなかったセナくんでもあり。不安定な体勢だったことも加わって、伸びて来た手ががっしと肩先を掴んだそのまま、ぐいーーーっと思い切り引っ張られたのにあっさりと引き倒された格好になった。
「わっ!」
 芝草は思っていた以上に柔らかく、しかもその上…選りにも選って蛭魔さんの体の上へと引き倒されたから。どこをぶつけたという衝撃もなかったセナくんだったが。(強いて挙げれば…物凄い勢いで蛭魔さんのお綺麗なお顔がアップになったのが、そのまま噛みつかれるんじゃないかって思えて、ちょこっと心臓に悪かったかなというところだったろうか。)
「あ、あ、すいませんっ!」
 もしかして、僕に掴まって起きようとなさってらしたんじゃないのかな? だったら…急に倒れ込んで来たのへ、さぞやビックリなさったろうに。どこか痛くはないですかって訊きながら、身を起こしかけたセナくんだったのだけれども。
「………。」
 ぼんやりしたままな蛭魔さんからは、お返事はなくて。その代わりみたいに…セナの小さな肩に掴まったままになってた白い手が、するんと、肩口の向こうへとすべって降りた。身を浮かせながら伸ばされた手は、左右から背中の中程までへと到達するとギュウウッとしがみついて来て。
“え? え? え?”
 一体何事が起こっているのだか、全く把握出来ないそのままに…真下からぶら下がられた重さに耐えかねたセナが、あっさりと潰れて墜落してしまう。上半身だけの、しかも横になった姿勢からという重みだったのだから、実のところは大したものではなかった筈なのだけれど。ほのかにミントの匂いがする温かい感触とか、しゃにむという感のあった性急なしがみつき方に、思わずドキドキしてしまった煽りもあってのことであり。
「あっ、す、すいませんっ!」
 ますます下敷きにしちゃったと。慌てたセナだということにさえ、気づいた彼だったのかどうか。

  「…蛭魔さん?」

 小さくてふかふかな後輩を、抱き枕か何かと勘違いでもしたのだろうか。頭が半分寝たままらしかった妖冶に綺麗な先輩さんは、その懐ろにやわらかなお友達を抱えたまんま、再びの転寝の旅へゆっくりと潜っていったらしかった。



  ――― 午後の授業への予鈴が軽やかに鳴り響いたのをB.G.M.にして。








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