アドニスたちの庭にて “真夏の金葡萄” 

 

          



 日程は進んで、半ばを過ぎて。競技が終わった部の選手たちの多くはそのまま地元へ帰って行くものなのだが、さすがは“団結力の白騎士”というところの面目躍如か。殆どの選手たちが、勝利の栄冠をいただいたまま現地に居残っている模様。そして、
「応援組へと回っているんだろうね。」
「まあ、宿泊施設にはそういう融通が利きそうなところを選んであるから、支障は出てないんだけれど。」
 そですね。最近のホテルや旅館は、不景気な時期に随分と経営方針をシェイプアップしたところが多いそうなので、曖昧な予定の客は嫌がる傾向にあったりもするそうですからね。ましてや夏休みと言えば掻き入れ時だし、学生が宿舎として泊まるよりファミリーがオプション利用しまくって泊まってくれた方が美味しいだろうに。
「おや。ウチはどちら様からも歓迎されてますよ。」
 …あっ、そうだったそうだった。あんたたちって一応はいいトコの子息たちだったですね。日頃があんまり気安いものだから、うかーっと忘れてましたわ。そりゃあ後々のお付き合いを考えたら、一般の学生さんとはちょっとだけ“対象”としては別格にもなるんでしょうよね。
「一応ってのは何なんでしょうか。」
 まま、お気になさらずに。
(笑)
「今のところ、完勝率は…93%ってとこか。」
「ええ。」
 キャスターボードに貼られた星取り表を見やって、桜庭会長と高見執行部長とが“うんうん”と頷き合っている。
「今年は昨年よりも出場競技が3つ、種目で5つ多いんですよね。」
「う〜ん。だから勝率に直すと微妙に違って来るんだな。」
 インターハイに代表を送り出すだけでも大したもの。だのに、そこでの勝ちも狙おうなんてことを当たり前の義務みたいに把握している辺り、物凄いガッコだよね、考えてみたら。
「そうなんですか?」
 だって高校生クラスの全国一だよ? そりゃあ、競技によってはレベル的に別の大会の方に重きを置くようなのもあるのかもしれないけどさ。インターハイに出ましたっていうだけでも、かなりの実力があったって事と同意になるんだからねぇ。(県代表として国体に出ましたと同様に。)学校のモットーとして“文武両道”を謡っているとはいえ、例えば…高校スポーツといえばの野球やサッカー、ラグビーで有名な学校にはやっぱり及ばない程度の、お気楽学校な筈なのにね。出場する競技ともなれば、その道でのトップクラスが揃っている学校だったということか。
「アーチェリーやフェンシングがあるんだからサ、馬術もあればいいのにね。」
「そうですね。今年だったら、絶好調の瀧くんがいますしね。」
 今日が決勝戦だったソフトテニスで優勝した桜庭さんのお言いようへ、高見さんもまったくだと頷いてらっしゃる強腰さには、
“…凄いなぁ、出ると勝つって決めつけてらっしゃる。”
 瀬那くん、乾いた笑い方しか出来なかったりするのだが。
「妖一も何かに出れば良かったのに。」
 部屋の中ほど、ソファーに落ち着いて、ノートPCへデータ入力中の金髪痩躯の諜報員さんの傍らへ、さかさかと歩み寄った会長様。そのまま背もたれへと腕を延べ、愛しい人のお顔を覗き込めば、
「あのな。部に入ってる暇があると思うか。」
「相変わらずアメフト優先なんだもんな〜〜〜。」
 すげなく言われてやっぱり撃沈。とはいえ、桜庭さんが薦めたのは決して身内への贔屓目・欲目からのことではなく、アメフト一筋とは言えきっちり鍛練を積んでいらっしゃる蛭魔さんのその能力には素晴らしいものがあるからで。
「妖一ってば、バランスよく何でも出来るんだもの、何に出たって良い線まで行く筈なのに。」
「器用貧乏だなんて言われたって嬉しかねぇよ。」
 打てば響くという反撃も相変わらずだが、PCの画面を覗き込むでなく…随分と間近から横顔をうっとりと眺めている桜庭さんからの視線を受け止めて、それを煩がりもしないままに作業を続けている彼なのは、
“無視してるとかいうんじゃないものな。”
 むしろ…仄かにだが蛭魔の肩から力が抜けたのがセナには判って、あやや ////// と頬が赤くなる。ソフトテニスの会場は、芸能活動もなさってらっしゃる桜庭さんのファンの女の子たちで終始満員だったそうで。サーブやスマッシュのフォームも優美に、決勝までの試合のすべて、連続ストレートでの完勝を果たした桜庭さんは、
『妖一と約束したの。せめて日本一なもんを1つくらいは持ってくれないとなって。』
 それでと、ただの優勝ではなくて、そんな“完勝”を目指したのだそうで。そういえば、桜庭さんも運動神経はすこぶる優れていらっしゃる。上背もあるのだし、動作も機敏と来て、たいがいのスポーツを素晴らしくこなせる方だが、同時に…特別なお勉強や政財界の方々とのお付き合いなどでお忙しい身でもいらっしゃるので、どんなにお好きなことであれ、集中してナンバーワンを目指すような打ち込み方は出来ない人でもあって。
“発破をかけられたからってだけで出来るもんじゃないのにね。”
 そして。優勝を決めてからというもの、応援の担当先に行く時を例外に、いつにも増して蛭魔さんの間近にいらっしゃる桜庭さんであり、そんな会長様に…こちらもいつものような照れ隠しの肘鉄食らわせない蛭魔さんであり。
“それって何だか…。///////
 良いムードですよねぇvvと、ほややんと見とれてしまったりするセナくんなのだが。それと同時に、胸が閊
つかえて溜息も出ちゃう。

  “いよいよ明日だよう。”

 残りの日程も大詰めとなり、進さんが出場している剣道部の試合も始まっていて。3日かけて男女の団体戦と個人戦がそれぞれ消化されるその間、試合への集中のため、此処を出て他の部員の皆さんと同じ宿舎へと移られてしまっている進さんで。勿論、セナくんは応援のリーダーから外していただき、毎日のように会場で必死にお祈りしながら見守っている。ホントはね、神頼みなんてするの、日頃から精励してらしたご自身の力で頑張ってらっしゃる進さんに対して、とっても失礼なことなんだけれど。これは自分のため。そうやってすがってないと、張り詰め過ぎて倒れそうになるからで。
『そんな息を詰めるほどの相手じゃないよ?』
 最初っからガッチガチに緊張していたセナくんへ、桜庭さんが宥めるようにそう仰有ったほどだったの。剣道の世界でも、もっと幅広い年齢層の方々がオープンに参加なさる、大きな規模の有名な全国大会というのがあるから、インターハイとか国体よりもそっちに重きを置く方も少なくはないそうだし、進さんも高校生になられたのでと、去年からそちらへも出場なさっているそうだけれど。セナくんにとっては初めて観る正式な大会の試合だったから、
『進さんが勝ちますように…。』
 ついつい、そんな風にお祈りしてしまってたの。ミッション系の学校なんだから別に構わないんじゃないのでしょうかとは、高見さんのお言葉で。
『セナくんが倒れてしまわないようにという、支えになっていただきましょう。』
 けれど、勝利をお祈りするなら、マリア様やイエス様ではなく、剣道の神様でないといけませんけれどもねと、付け足しても下さった。ああそういえば、道場には神棚があって日本の神様を祀ってあった。あれって…やっぱり天照大神様なのかなぁ?(少なくとも荒神様ではないと思うよ?
こらこら)そして、明日はいよいよ、

  “準々決勝だよ〜。”

 準々決勝、準決勝、決勝と、最後の3つの試合が待っている。フェンシングも決勝なので高見さんはそちらへ向かわれるそうで、桜庭さんと蛭魔さんはアーチェリーとバレーボールのそれぞれへ。会場もそれぞれに県外の遠くなので朝早くに出られるそうで、
「セナくん? いいですね? 応援のリーダーの方はこれまでのように剣道部の方に任せてありますから、心置きなく集中して観戦するんですよ?」
「そだよ? 僕らが行けない分も、負けたら承知しないぞ〜〜〜って勢いで、進の奴を応援してやってね。」
「ま、あの大魔神なら、このくらいのレベルなら圧勝だろうがよ。」
 皆さんからそれぞれらしいエールをちょうだいし、明日は早いからと皆して早い目にお部屋に下がることとなり…。



  “眠れないよう…。”

 広くて豪奢なお部屋にも慣れた筈なのにね。これまではネ、高い天井をノーブルに飾る、繊細な彫金模様の縁取りを眺めていれば、なんとなく“すぅ…っ”と眠れていたのに。今夜はネ、何でだか目が冴えて。天井の飾りも、お部屋のあちこちにおいてある優美な家具の様々な形も、何故かしら、今夜はくっきり見えるばかりで、それでますます落ち着けなくなるの。
“ボクが試合する訳じゃないのにぃ〜〜〜。”
 怖いのとドキドキするのと不安なのと。音楽のお歌の試験の前みたいなドキドキがして苦しい。進さんは絶対勝つに決まっているのに、何だか落ち着けない。
“うう〜〜〜〜。”
 あっち向いたりこっち向いたりしてもダメで。はふうと溜息をついて身を起こす。ふかふかのベッドから降りて、広い寝室をてことこと横切り、分厚いカーテンを掻き分けるみたいにして片方だけ開いて。バルコニーに出られるガラス扉を開いてみた。

  “……………。”

 高台にある広大な敷地の中の大きなお屋敷だから、周辺の家々の生活の気配なんてものは全く届かず。時折吹きゆく夜風が手入れの良い木々の梢を揺らして、そのざわめきがさわりさわりと聞こえるくらい。それに誘われるようにして、大理石のバルコニーへそろりと足を踏み出した。
“…あ、お星様が見えるや。”
 良いお天気が続いているもんね。明日も晴れそだな。ふわふかな髪や、淡い緑のストライプの入ったロングブラウスタイプのパジャマの襟元・裾を揺らす夜風が涼しい中。お空を見上げて…何か台本みたいなものを読んでるみたいな、実のない想いを胸の浅いところに取り留めなくも並べていると、


  ――― ♪♪♪〜♪


 あらら? 何処からか音楽が聞こえる。どなたかが まだ起きてらっしゃるのかな…って思ったのも束の間。お部屋からの着メロだと気がついて、あやや…と慌ててベッドまで駆け戻る。サイドテーブルに置いていた携帯電話へ、ビーチフラッグのダイビングもかくやという勢いで突っ込んでキャッチっ。勢い余ってベッドの上へ、ばふっと飛び込んだセナくん。羽毛のお布団や幾つも置いてあったクッションの中へと埋もれてしまい、

  ……………………………。

 あれれ? どうしたのかな? 妙に静かですよ? 大きなベッドの真ん中…ちょっと、端寄りに、もこりと盛り上がった小さなお山。お部屋の明かりを点けた訳ではなかったので、開いたまんまの窓からの月明かりが仄かに仄かに夏の夜陰を薄めているだけの、そんな覚束ない明るさの中に。羽毛の夏掛けのお山が出来てて、しーんとしていて。電話、間に合わなかったの?

  「………っ。////////

 おおっ☆ 場外からの声が聞こえたか、いきなりお布団が撥ね上げられて、真っ赤になったセナくんが再びお姿を現しました。携帯を当てたその頬が真っ赤です。
「………はい。あ、いいえ、いいえっ。」
 ぶんぶんと かぶりを振りつつ、ベッドの上から順番こに足を降ろして。ひたひたと裸足のまんまで、もう一度窓の方へと足を運んでゆく。

  【もう寝ていたのではないのか? 起こしたのなら済まない。】

 そうと訊かれてのお返事をしてから、
「あの…眠れなくて。」
 ついつい正直なところを答えてしまう。ドキドキしたのも不安だったのも、きっと…あんまり寂しかったから。そんな時に進さんのお声が聞けたものだから、不安が弾けたそのまま、とろとろ蕩け始めている途中。
【どうした。疲れているのか?】
 連日の“応援”への出動は結構ハード。それでなくたって今年の夏は暑く、自分は平気な進さんも、あちこちで人が運ばれているのを見るにつけ。一緒に応援にと駆け回っているセナくんへ、彼なりに注意するようにしていたそうで。この何日かは已ないことながら離れているので、そういったところが心配になったのかも。…って、大詰めの最終日を控えて余裕ですねぇ。そんな進さんに引き換え、
「そうじゃない、と思います。なんか、緊張しちゃってて。」
 自分が試合に立ち会うのじゃないのにね。進さんはこんなにも、他人へ気を回せるほどに落ち着いていらっしゃるのに。応援するだけのボクが、こんなで…反対に案じていただいてて どうするのと。深みのあるお声を聞きながら、奥の方から熱く熱くなってゆく小さなお胸を抱きしめつつ、くすすと柔らかく笑ったセナくんで。
【小早川?】
「ホントに、何でもないんです。」
 進さんには見えはしないのに、何度かかぶりを振って見せ、剣道の会場がある大社町は海にもっと近いので、潮騒の音とか聞こえるんじゃないですか? そうそう、砂浜をランニングとかなさるんですってね。足を取られて大変なのに、そうだから効果があるんだってって、桜庭さんが教えてくれましたよ? ゆるゆると蕩けて軽くなった心。大好きな人とのやっとの“つながり”で寂しがってた気持ちに気づいて。それでそれでちゃっかりと、すっかり凭れかかって甘えていたのにネ。

  【……………。】

 おやや? 進さんのお声が途切れてしまった。あんまり取り留めがなさすぎるお喋りは、耳に障るのかもなのかな?
「…進さん?」
 どうしたんだろうかと。再び、少しばかり及び腰の声を掛けてみたらば、

  【…すまない。】

 進さん、ぽつりと一言仰有って。
【何でもないって言われた途端にな。それで良い筈なのに、どうしてだか…残念な気もしたのだ。】
 こんなに短い間でも一緒に居られないことを辛く思うのは、自分の方だけだったかと。声を出さずに小さく苦笑なさった吐息だけが聞こえて。
「あ………。」
 セナくん、思わず言葉に詰まってしまった。
【…小早川?】
 呼ばれて、こくんと息を飲み、

   「…狡いです。」

 つい。言い返しちゃった。だってサ………全然“何でもない”なんかじゃないのに。平気だなんてとんでもないのに。進さんのお声を聞いた途端に、ホッとしたのと同時、どうしてだか涙が止まらなくなって。鼻声にならないように、聞こえないようにって、携帯を時々お顔から離しながらお話ししてたのに。なのに、平気だって言われたのが残念でだって。そんなのないですぅと、ぐすぐす・ふにぃ〜〜〜って今度こそ泣き出しちゃったセナくんを。どうやってあの進さんが、しかも電話越しという難しい条件の下で宥めたのかは………お月様と星影と、それからそれから。



  ――― ややっこしい喧嘩をしとる奴らだな〜。
       …妖一、立ち聞きはルール違反だってば。
       俺らの方が先に此処に出て来てたのにか?
       だ〜か〜ら〜。///////



  明日は早いんだろから、早く寝なさい、あんたたちも。
(苦笑)







   〜Fine〜 04.9.5.〜9.11.


  *途中、ちょこっと詰まりましたが、
   何とか収拾が…ついたんでしょうか、これで。(う〜ん)
   こんな痴話喧嘩した翌日に優勝したら、
   進さん、出雲の神様からの罰が当たりませんかね。
(笑)

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