アドニスたちの庭にて “真夏の金葡萄” 

 

          




 観測史上の最高の暑さというフレーズを、今年は一体何回聞いただろうか。網戸にして開いていた窓からそよぎ込む、それは涼しい夜風に頬を擽られながら、小さなボタンが居並ぶキーボードの下方、マウススペースを細い指先で撫でてみる。暦の上では既に“秋”で、殊に朝晩は随分と過ごしやすくなった。ほんの数日前のことなのに、それが嘘だったみたいな見事な切り替わりようで。

  “勿論、助かってはいるけどね。”

 昨年の冷夏から打って変わっての猛暑となったこの夏は、瀬那にとっては高校生としての初めての夏でもあり、そして。
“進さんと こんなにも間近で過ごせたなんてvv”
 それを持ち出すと、特に夏に限った話ではないのだけれどね。でもでも、あんまり嬉しいことだから、ついのこととて そういう思い出し方になってしまう彼であり。窓に近い机の上に開いたノートPCのモニター画面には、緑の多い風景の中、妙にはしゃいでる自分や生徒会の皆様方や、そして…。

  「えへへ…vv

 大好きなお兄様の凛々しいお顔とか精悍な道着姿とか…自分とのツーショットとか。デジカメや携帯で一杯撮った写真が所狭しと展開されており、楽しかったことばっかりが思い出されてしようがないセナくんなのである。






            ◇



 本年度の高校総体
インターハイは、中国地方、島根・鳥取・岡山・広島・山口にて催され。我らが白騎士学園・高等部も、全種目とまでは行かないながら、幾つかの競技へ代表選手を送り出した関係で、応援団が編成されもして。そちらへも“全校参加”と義務づけている訳ではないのだけれど、よほどの団結力が物を言ってか、毎年結構な人数が繰り出していて。

 「ブラスバンド部は全国大会が途中で微妙に重なるんですが、
  ぎりぎりまで参加してくれるそうですから、屋外競技へフルに回ってもらいます。」
 「開幕早々から日程や開始時間がかなり重なってるからね。」
 「ものによっては会場同士が相当離れてるからなぁ。
  応援団のスケジュールと連携させてる部分を、しっかり把握しておかないと。」
 「執行部の面々には、当日は主に連絡担当に駆け回ってもらいますので、
  現地での細やかな手配りや対処へは、別に担当者を立てなければなりませんね。」
 「あのあの、一年から陸上に出場する○○くんのいるクラスが、
  別口の応援団としてほとんど全員で来ることになってるそうなんですが。」
 「判りました。代表者に密に連絡を入れるようにと言っておきましょう。」
 「何ならこっちに混ざってもらっても いんだしね。」
 「資材や何やの荷物搬入は、一応もう締め切りましたが、
  大きなものが何かあるようなら早めに言ってもらって下さいね。
  何とか出来るものもあるかも知れませんから。」

 特に今年は、夏休みに入る前からの下準備がしっかり整っていたものだから。結構ばたばたとしていそうな…いかにも土壇場らしい、大変そうな台詞が飛び交ってた最終打ち合わせの場においても、
「あ、氷がもう解けちゃった。」
「はい、お持ちしますね。」
 実情的にはかなり落ち着いており。緑陰館2階の執務室では、大きな楕円のテーブルの周りに着いていた生徒会幹部の方々、必要書類の要所要所の最終的な読み合わせをしていただけで、雰囲気としては随分とリラックスして書類に目を通している模様。新しいアイスコーヒーを皆様に配り終え、さて…と息をついた小さな一年生くんへ、
「あ、そうだ。セナくん、あれ、持って来てくれた?」
「あれ、ですか? …あ、はいっ。」
 生徒会長の桜庭さんから不意にぼやかした訊き方をされて、一瞬、何のことやらとキョトンとしてしまったセナくんだったが、悪戯っぽくも意味深なウィンクを向けられ、はっと思い出して慌てて立ち上がった。
「えっと…。」
 脇卓の上へ置いていたカバンの中から、小さめの封筒を取り出し、それを会長さんへと差し出す“弟くん”へ、
「?」
 何の話だと凛々しい眉を寄せた、本来の“お兄様”である進さんの様子に気づいた桜庭さん、
「へへぇ〜、見たいでしょ。何たってセナくんの秘密なんだし。」
「…さ、桜庭さんっ☆ ///////
 そんな妙な言い方、辞めて下さいようと。あっさり真っ赤になった小さなセナくんの、まったくもって素直なこと。綺麗な指先で摘ままれたまま、ちらちらと振られている封筒へ奪還せんと手を伸ばしたものの、
「勿体ぶってんじゃねぇよ。」
「あっ。」
 もうちょっとというところで、横合いから伸びて来た別の手が先に奪い取る。封をしてはいなかったため、中身はあっさりと引っ張り出されて、
「肩幅に身丈、袖の長さ、胸囲に胴囲に…。」
 四つ折りにされた便箋に箇条書きになっていたのは、
「成程、ある意味じゃあ秘密だな。チビの3サイズだったとは。」
「違いますっ! //////
 ほれほれと小さなセナからは遥かに遠い頭上に再びかざされたそれを、取り返そうと駆け寄って来た小さな後輩さんの。懸命になりすぎるあまり…相手の体をよじ登ってでもと くっついて来た身を、わざわざもう一方の腕でコケないように抱えてやりながら、
「何なんだ、こりゃ。」
 顔だけ桜庭さんの方へと向けた蛭魔さんへ、
「見ての通り。お洋服の採寸表だよ。」
 おやや? 何かがちょっぴり面白くないらしく、お顔は笑っているが眸が…ちょっとばかり凍ったままに見えなくもない生徒会長さんだったので。当然というのか慣れたというのか、素早く気づいた蛭魔さんとしては、
“…しょうがない奴だよな、相変わらず。”
 このくらいのことで臍を曲げるとは大人げないと苦笑しながら、セナくんに便箋を返してやり、細腰を抱えかけてた手も離す。
「応援用の制服でも作るのか?」
「っていうか。ウチの伝統、白くて裾の長い詰め襟制服をね、生徒会幹部は着ることになってるんだよ。それで、セナくんのサイズを訊いといたの。」
 そのまま わざわざ傍らまで寄って来てくれた恋人さんへ、あっさりと機嫌が直った会長さんはそんな風に説明したのだが、
「…はい?」
 今度はセナくんがキョトンとした。
「あの、それってボクも着るんでしょうか?」
「当たり前でしょ?」
 だから寸法を訊いたんだものと、にっこり笑った桜庭さんと、それから、
「セナくんにもきっと、可愛らしく似合うことでしょうね。」
 さ、メモを渡して下さいなと手を差し出したのが高見さん。そんなの聞いてませんよう、お従兄弟さんが僕と同じくらいの体格だから、プレゼントの参考にしたくってって言われて計って来たんですのにと。

  “…おいおい、そんな言い訳を信じたのかよ。”

 蛭魔さんが呆れたほどに、あっさり丸め込まれたらしき…相変わらず素直なお子様であり。さあと優しく迫られて、渋々便箋を渡したセナくんへ、殊更ににっこり笑った高見さん。
「保管されている中に、サイズが合うのがあれば良いのですが。」
 何しろセナくんは、可憐なほどに小さい子ですからねぇと微笑めば、
「大丈夫だよう。まだ日はあるから、何なら仕立ててもらえば良いんだし。」
 勿論、生徒会の必要経費で落とせるしさと、笑った桜庭さんが、
「あ、妖一も着るんだよ?」
 そうと付け足したもんだから。

  「…あ"?」

 先程までは他人事として余裕だった蛭魔が…意表をつかれ、怪訝そうに眉を寄せる。
「なんで俺まで。」
「何でって、応援に行くのにもついて来てくれるんでしょ? だったらサ、同じ白いの着て応援の音頭取っちゃおうようvv
 きっと似合うと思うよ? いつもの濃色のも白いお顔を引き立てて、禁忌的なムードもあってキュンてしちゃうけど。白いのを翻すみたいに羽織った姿も凄艶に綺麗だと思うんだ、これがvv
「勝手に色々想像してんじゃねぇよ、このすけべえ。」
 ステキの綺麗のと連呼され、いつもの如くに容赦なく、白い拳骨が降っている。
「チビはともかく、俺は一応は部外者だぞ? だってのに そんなもん着てどうすんだっつってんだよ。」
 しかも…隠密というのか諜報員というのか。各部活や学年・クラス別の動向を、秘密裏に監視し、穏やかならざる動きへは言い逃れを許さぬようにと裏を取ったり、弱みを掴んでおいたりと、それは周到に情報を集めてしまえる凄腕の調査員を任じてらっしゃる方だから。そんな繋がりをわざわざ明かすような真似してどうすんだと呆れれば、
「え〜〜〜、どうせ気づいてる人はもう気づいてるってば。」
 こちらさんも相変わらずの能天気なお言いよう。
「なかなか一筋縄では行かない筋の連中には、既に妖一が痛いところをしっかと把握してんだし。そうでない人たちには…いっそバレてほしいしさ。」
 そうしとけば、晴れて公認の仲ってことになれて、誰かに奪られやしないかって心配もしなくても良くなるでしょ? なかなか本気らしい語調で仰有る桜庭会長へくっきりと背中を向けて、

  「馬鹿には付き合ってられん。」
  「わぁあぁぁ〜〜〜んんっっ。」

 すげない一言。あ〜あ、相変わらずにつれないのね、美人さん。でも、
“…ええ。公認の云々はともかく、蛭魔くんの立場が明らかになってしまうと、生徒会たるものが非合法な事をやってたんだという点まで晒されてしまいますしね。”
 そんなにも凄まじい諜報疑獄事件なんてのは、今のところは心当たりもないのだけれど。せっかく理想的に機能している今現在の生徒会や執行部をこのまま保持したいなら、彼には悪いが裏の仕事はそれなり続けてもらわねばならないし、秘密も貫徹厳守してもらわねば。蛭魔自身もそこのところは重々分かっているからこそ、こんな風にすげない素振りにて“取り合わないよ”と応対しているのだろう。
“そして…会長としては、そんな隠し事だらけの窮屈な“役目”を、蛭魔くんに課したくないんでしょうね。”
 大好きな人、大切な人。だからこそ、もっと伸び伸びしていて欲しいのにと。双方ともに、相手を大切にしていればこそ相容(い)れられない想いを、真っ向からぶつけ合っているという現状にある模様。

  “…はやや。”

 そんなお二人の心情は、やはり傍で見ていたセナくんにも伝わって。
“そっか。こんなにもお仲間なのに…。”
 表向きは…蛭魔さんが気まぐれに足を運んで掻き回しているだけとか何とか、そんな風に把握されてる間柄。髪を金に染め、耳にはピアス。制服を着崩し、授業中でも校内をふらふらしている、学園始まって以来の問題児。そんな表向きのお顔は全然“嘘っこ”で、悪戯も多いけどホントはそれはやさしく繊細な蛭魔さんであり。真面目なお仕事も散々サボりたがって遊び半分…に見せながら、実は実は誠実で頼もしい桜庭さんとは、今のように背中を向けつつも…ちゃ〜んと凭れてたり、見えなくとも笑ってるのがお互いに分かってたりするほど、それはそれは通じ合ってらっしゃるのにね。桜庭さんが歯痒いと思うのも、蛭魔さんがこのままの方が破綻がないと思っているのも、どっちも判るから………セナくんとしても焦れったくて。

  「???」

 ふみみ…と歯痒がってる弟くんんに気づいたお兄様にお顔を覗き込まれて、ちょっとあたふた。

  「…あ、えと。応援の方、ボクも頑張りますね? ///////
  「////////

 ふにゃんと、愛らしく笑った弟くんの笑顔に思わぬフェイントを掛けられたか。大きなお兄様、ふらりと倒れかかったそのままに、小さな肩をきゅううと懐ろに掻い込んでしまわれたのでしたvv ………って、おいおい。
(笑)








  *今頃にこのネタですいません。
   何かこの夏のお話って回顧形式が多いなぁ。
   そんなにも暑かったんで、筆が遅かったってことでしょね。

  *ところで。
   裾の長い白ランを羽織っている蛭魔さんというのは、
   最近通ってる別CPサイト様で堪能しまくってる筆者ですvv
   ウチだと指し詰め、別部屋の小さな蛭魔さんが着ちゃうかもですね。
  “ルイとお揃いだぞ♪”とか言ってvv(失礼しました…。)


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