アドニスたちの庭にて “真夏の金葡萄” 

 

          



 八月の頭から約2週間の間に、陸上からサッカーやソフトボール、バスケットにウェィトリフティング、空手になぎなた、フェンシングに水泳に登山に弓道、ヨットにボクシングに自転車に相撲に柔道に、えっとえっと、まだまだあるぞと言うほどの種類の競技を消化するがため、半分以上の競技があちこちの会場で一斉に開始される。それに対応させるべく、競技へ参加する生徒たちの宿舎も競技種目によって各地に分散されており、応援に来た面々が投宿する宿は混乱を避けるためにと前以てやはり分担別に散らして手配したその上で。生徒会幹部の面々は、
「此処に泊まれば、少なくとも宿泊費は只だからね。」
 神話と大学生駅伝で有名な出雲市の高台、桜庭さんのお家の別荘に、その“本部”を設置することと相なった。此処もまた、そのまま普通の“豪邸”レベルのお屋敷で、見晴らしも素晴らしく空気もきれい。各人に1部屋ずつをいただいたその上で、たいそう広い執務室には、キチンとセットアップされた連携連絡用のPCやFAX、固定電話が数台ずつ準備されてある。
「島根で開催される競技が一番多いし、瀬戸の絶景で有名な尾道だと、残念ながら…車を乗りつけるのは難しいからね。」
 新規開発された土地ならそんなこともないのでしょうが、どうしても…細い道と果てしのない石段の町という印象が。
(う〜ん) 各地に分散している会場の殆どへ満遍なく出向くことになると思うと、一番優先すべきは機動力だから。
「津和野にも知り合いの旅館があるこたあるんだけれど、そっちにはサッカー部を行かせたよ。」
 勿論、観光で来た彼らではないので、
「さっそくだけど、柔道の応援に呉へ向かわせてるA班。会場へのアクセスがよく判らないって連絡があったみたいだよ。」
「おや。それはいけませんね。」
 さっそくのように、お部屋に用意されてあったFAXや、PC、携帯電話へと向かう皆様であり。
「岡山のヨットへは、執行部の▽▽くんと△△さんが率いてってくれてるから。」
「オーライ。じゃあ、そっちは結果報告だけ受ければいいな。」
 用意されたキャスターつきの大きな黒板には、日程表と星取り表が合体した大きな一覧表がさっそく貼ってあり、マジックインクで太々と区切られた升目の中には、引率担当者と連絡員の名前が細かく記されてある。
“…えと。”
 自分も何かしなくてはとキョロキョロしているセナくんへは、
「お前はこれだ。」
 ほいと渡されたのが…分担されてあった会場の地図。陸上へは後半からの参加で良いから、まずは松江のバスケット班の方へ進と出向けと前以て言われており、
「体育館だからって油断はするなよ。ちゃんと水分を取って、冷却材でおでこや首条も冷やすように。」
「はいっ。」
 炎天下のトラック競技への応援を連日させるのは可哀想だからと、そういう分担になったらしく、
「進の出場する剣道は最終日近くで良かったよな。」
「あ、ははは、はいっ。///////
 不意を突かれて腰が砕けた、可愛らしい弟くん。これだから からかい甲斐があるマスコットくんでもあるのだが、

  「冗談はともかく。応援の方、せいぜい頑張れよ?
   お前が応援してくれるんならって、頑張る輩が結構いるんだからな。」

  「はい?」

 冗談はともかくと仰有ったのだから“冗談”ではないのだろうけれど。

  “………ボクが応援するなら?”

 どういう意味でしょね、それって。






           ◇



 皆さんのお言いようは瀬那をからかうための冗談半分なものだと思っていた。所謂“マスコット”として何かと構って下さり、とても優しく接して下さる方々なので、

  ――― お前も必要とされているのだと、

 そんな風に認めてもらえるのが、人としていかに嬉しいことかをよくよくご存じだから。ざっかけない話の末をそうと持って行っただけなのだと。



“うわぁ〜、なんかドキドキだ〜〜。”
 進さんと二人して最初のリーダー役にと割り振られたのは、バスケットボールの応援で。足首近くまで裾のある、長くて真っ白な詰襟制服は、今話題のスーツなんかに使われている涼感生地をまんま使っているとかで、見た目ほど暑くはない。とはいえ…慣れない長さの慣れない制服に、やっぱり裾の長い鉢巻きを額へキュッと絞めた恰好は、それだけで…あんまり人前で何かをするのが得意ではない内気なセナには、随分と思い切った扮装であり、

  “えっと…えっと…。////////

 白騎士の生徒たちが応援のために着席している階段状の観客席へ向かったものの、やっぱり恥ずかしいようと、途中で足がすくんでしまいそうにもなってしまって。

  「…お。」
  「小早川だ。」
  「へぇ〜、あれが応援団仕様の制服か。」

 もじもじしているところへ注目が集まり、ますます恥ずかしくなってしまったが、

  ――― ピ・ピーーーーーッッ!

 そこへと鳴り響いたのが、鋭いまでの冴えたホイッスルの音。セナのちょうど真上から降った音は、進さんが咥えていた銀のホイッスルが立てたそれであり、お揃いの白い学ランにきりりと絞られた雄姿がそれは素敵で…じゃなくて。

  “そ、そうだった。”

 自分がしっかりしないと、進さんへもご迷惑がかかる。引っ込み思案はそうそう治せないけれど、今だけ勇気を振り絞らなきゃと、意を決し、観客席前の通路へと進み出る。

  「み、みなさんっ。」

 ぎゅうと握った二つの小さな拳。それを胸元へと引きつけて、真っ赤なお顔の小さな応援団員さんが懸命に皆さんへ声を掛けている。

  「頑張って応援しましょうっ! えと………白騎士、ファイトっ!」

 最後は金切り声みたいになっちゃったけれど、手前に座ってた二年の先輩さんがニコニコ笑って下さって。
「おーっしっ! 皆、リーダーに従えよっ!」
「おおっ!」
 元気な声が次々に連鎖となって広がってゆき、そこへ進さんの吹くホイッスルの切れが加わるから。何だか…勢いがあって好感の持てる雰囲気に落ち着けた模様。ほっとしたのも束の間で、
「相手側にはチアガールがいるぞ。リーダー、頑張って声出せよっ。」
「あっ、ははははいっ!」
 慌てて皆様の前の中央まで進み出て、昨日のうちに高見さんや桜庭さんから習った通りに、腕を振り上げて“ファイト白騎士・頑張れ白騎士っ”を連呼する。リーダーは応援団の方を向いていなければならないので、背後で展開されている試合はちっとも見えないけれど。歓声がしょっちゅう盛り上がるから、きっと優勢なんだとただただ信じて応援を続けて………。





            ◇



  「…そういえば、セナくんと進が向かってる会場はどうなってるの?」
  「ご心配なく、ダブルスコアで突っ走ってますよ。」
  「良かったぁ。」
  「白々しいこったな。」
  「何だよ、妖一。」
  「バスケ部つったら、チビのファンが一番多い部だろうが。」
  「おお、さすがは敏腕諜報員っ。」
  「その効果も多いに出てるみたいですよ。(くすすvv)」
  「しかも、応援団にもその部員のほとんどが混じってる。
   面食らうほど協力し倒すことはあっても、チビを困らせる筈がなかろうよ。」

 ははあ、そういう訳だったですか。そこまで周到とは、相変わらずに“恐るべし生徒会”ですのね。
(苦笑)

  「参加した種目の制覇は毎年の目標で、完遂率は95%だからね。」
  「それこそどんな手を使ってでも、だけどフェアに、頑張ってもらわねば♪」
  「………ややこしいんだか、判りやすいんだか。」

 そうですね、蛭魔さん。

  「ところで、妖一。ソフトテニスは6日からだからね。」
  「6日と言ったら空手が始まるよな。」
  「妖一〜〜〜っっ。」
  「………判った、判った。お前が出るんだったな。」

 判ったから、高見もいるトコで抱き着くのはやめれと、進歩がないやら彼ららしいやらな、こちらさんもこちらさんであるようです。








  *今、ふと思ったんですが、
   バスケットやサッカーの応援では
   審判の笛と紛らわしいからホイッスルはご法度だったような?
   別に規定はなかったのかな?


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