去年今年 (こぞことし)
 


          



 週の初めは割と暖かだったのに、週末になるとキンと冴え返るほどの寒波が訪れ、それがそのまま居着くのかと思えばまた緩む。そんな繰り返しの12月も、クリスマスを越えてしまうと、気候の挨拶どころではない慌ただしさに呑まれてしまって。だが、その活気がまた、何だかわくわくと心浮き立つ、そんな年の瀬。

  「あ、セナくん。お口の傍にネギの欠片
かけらがついてるわよ?」
  「え? え? え?」

 膝くらいまである高い框
かまちに広い三和土。いかにも古風な日本家屋という風情の色濃い 進家の玄関口にて。コート姿に手袋マフラー、きっちりと防寒態勢を整えて、では行って来ますと顔を上げたその途端、幼い子供を相手のようなご指摘が飛んで来て。あやあやと慌てた瀬那の童顔へ伸びたのが、たまきさんの白い指先。下唇の下辺りという微妙にくぼんだ位置で、背の低い彼のこんな位置を見やることはなかなかに難しいこと。たまきにしても、段差の低い位置へ下りた彼に目線を合わせて初めて気がついたらしく、
「ほら。さっき食べたお蕎麦のだvv」
 か〜わい〜いvvと相好を崩すお姉様に、真っ赤になってしまったセナだったが、助けを求めて視線を向けた清十郎さんまでもが…仄かに似たような傾向のお顔になっていたものだから、
「うう…。////////」
 ますます頬が赤くなる。お招き先での失敗だと思ったらしきセナだったが、周囲の方々は皆して、そんな風に思ってなぞいないことは明白で、
「小早川。」
 柔らかな猫っ毛をぽふぽふと、大きな手で撫でられて。見上げれば…その手の持ち主の細められた眼差しに暖かな気配。決して軽んじたのではないぞという奥深い表情を見つけて、
「…えと。/////」
 今度は純粋に含羞
はにかみに頬を染め、小さな顎を襟元のマフラーに埋める彼である。


 今年もいよいよ押し迫り、小さなセナくんは進さんのお宅へお昼過ぎからお邪魔していた。その敷地の中に何代も続く立派な道場を構え、地域に於いても古顔で通っていなさるお家柄から、氏子の総代も務めていらして。時節の折々には近所の子供たちが集まって様々な行事のお祭りに沸くお宅。大晦日の今日も、お庭でお餅つきが始まって、なかなかの盛況振りだった。そんな進家恒例の年越しの風景へ今年初めて加わったのが、大きな長男坊の小さなお友達である。
『父も母もぎりぎり最後まで仕事があって、その後は職場の人たちと忘年会になだれ込むらしいんです。』
 コンピューター系統の管理会社の主幹である父上と、中堅の雑誌社に務める母上と。お盆もお正月もない、でも やり甲斐のあるお仕事に従事している両親のこと、セナはとてもよく理解しているから。中学生になった辺りからはずっと毎年一人で…時々は優しい幼なじみのお姉さんチで除夜の鐘を聞いていたらしくって。そんな話をひょいと漏れ聞いてしまった清十郎さんが、そこは黙ってはいなかった。いや、黙ったまんまでいきなり迎えに来た彼で。
『今日はウチで過ごさないか?』
 どうしますか?と尋ねていつつも…態度はありありと"来なさい"という結論へ向かっていて。こんな押し迫った日に突然にお伺いするのはお邪魔ではないかと腰が引けていたセナへ、
『姉が煩いのだ』
 正確には、それが先ではなくて。昨夜の内にも母上に"小早川を連れて来るから"と言っておいたところが、今朝も早よから"セナくんは まだか、早く迎えに行け"と煩く応援
してくれた たまきさんだったのだそうで。そんな経緯があって半ば手を引かれるようにしてお伺いした進さんのお家は、既に始まっていたお餅つきに賑やかに沸いていて。よいしょの掛け声、嬌声を上げる子供たちの笑顔。蒸した餅米の匂いとか、程よく煮られた小豆の甘い香りとか。そんな中でセナも一緒になって、小餅を丸めたり つきたての柔らかなお餅を御馳走になったりして。子供たちに"小さいお兄ちゃん"と懐かれつつ、打ち粉に鼻の頭や頬を白くしながら、これまでにはない楽しい大晦日を過ごすことが出来た。そしてそのまま、お夕飯にはお爺様が打ったという美味しいお蕎麦と、お母様自慢の必殺技、具がいっぱいの五目稲荷を御馳走になり、
『明日は一緒にお雑煮を食べようね。おせちはあたしも手伝ったから美味しいのよ?』
 にっこり笑った たまきさんのお言葉にご家族の全員が"うんうん"と和やかに応じて、これはどうやら"お泊まり"も予定されているらしい運び。そのまま広い居間にて大晦日ならではな歌謡番組を一緒に観覧し、NHKの方の祭典が半ばに差しかかったところで"さぁてそろそろ…"とお爺様が立ち上がったのへ、
『???』
 小首を傾げたセナくんへ、
『神社の方へね、準備に行くのよ。』
 たまきさんが説明してくれた。こちら様は道場に神棚があるくらいで、昔から"神道"を信奉していらっしゃる。除夜の鐘を鳴らすのはお寺だが、初詣でには神社へだって参拝する方々が当然多いので、そういった人々とのご挨拶とか接待や何やというお世話にと、氏子の総代としてお運びになるのだそうで。こんな風に、いかにも日本の大晦日という雰囲気を味わうのは、セナには初めての体験であり、
"ふわあぁ〜〜〜。"
 何だか今日は色々なお初の体験ばかりをし、その小さなお口が開いたまんまになってた場面がすこぶる多かったような気もしたりする。
(笑) そうこうする内、歌の祭典も幕を閉じ、京都だろうかそれは静謐な寺院の様子がテレビ画面へ映し出されるに至って、
『二人してお参りに行って来たら?』
 お母様にそうと進められ、はいと良いお返事をしたセナであり。そうしてこの段の冒頭、進家玄関先の場面へと至ったりするのである。

  「ふや、寒い…。」

 ガラスのはまった格子の引き戸から玄関を出ると、外はもうすっかりと冬の夜の漆黒に塗り潰された空に見下ろされており、頭上にはセナも知っている三つ星の並んだオリオン座がちかりと瞬く。頬や耳朶に触れてく夜気も、寒天みたいにつるんと冷たくて素っ気ない。陽のあった内の暖色が一切廃されてしまった前庭の木立やさざんかの茂みなどが、それぞれの厚手の葉の表を、堅く冷たくつややかに月光の下にて光らせている。先に門の外へと出ていた、セナのアイボリーのコートが暗い中に小さく浮かんでいるのへ、こちらは黒いコートの進さんが追いつくと、そのまま…雄々しい腕がそぉっと間近へ引き寄せて、
「風邪を引かぬよう、早く切り上げような?」
 優しいお声で囁いてくれて。それぞれのコートという厚手の外套に鎧われている身がちょっぴり切なかったけど、傍らへ寄ればふわりと、進さんの頼もしい匂いがして。
「…はい。////////」
 こんなにずっと、進さんの傍らに居られるなんてと、それだけでも大晦日ってステキだななんて…ちょこっと順番が訝
おかしな喜び方をしているセナくんだったりするのであった。(笑)


 この町には妙寿院さんという枝下梅
しだれうめで有名なお寺さんもあって、そこからだろう鐘の音が響いてくる。参拝にと街路へ出ている人の数も結構あって、さわさわとしたざわめきの中、気の早い着物姿の足元からは草履の金具の音がちゃりちゃりと鳴って、なかなかの趣き。こちらの神社さんには、夏に花火を観に来た折にセナも足を運んだことがあるので、道筋にも何となく覚えがあって。ああそういえば、あの時は下駄の鼻緒で足を傷めて、進さんにおんぶしてもらったんだっけと。そんなことを思い出して頬を赤くする。はぐれないようにとつないだ手は、相変わらずに大きくて。手ぶくろ越しだからではない優しさで、柔らかくつないでくれているのが…心遣いは嬉しいけれど、
"去年の今頃は こうはいかなかったな。"
 強く掴みすぎてはハッとしてだろうか、引き寄せるだけ引き寄せるとパッと離してしまったり。ずっとつないでいてくれるようになるまで、少しほど"練習期間"があったような。あの、どこか拙い進さんはもう居ない。今は、
「………?」
 どうした?と、マメにこちらを覗き込んでくれる、気持ちだけでなく行動までもがまろやかに優しくなった進さんがいる。それをちょこっと"寂しいな"なんて感じてしまう自分だって、あの頃はきっと…進さんを悩ませるほどにびくびくと怯えていたんだろうにと思い出し、
「何でもありません。」
 白い吐息をまとわせた舌っ足らずなお声で応じて、にこりと楽しげに笑って見せる。頬や顎の細い線が、襟元のマフラーに埋まりそうになっている小さなお顔。いかにも幼
いとけない童顔だのに、それがふわりと微笑む喜色に触れると…何故だか動悸が弾む清十郎さんであるらしく。
「…そうか。」
 何でもないと言った人を、それでもぐいと間近に引き寄せて。そんな態度の割にお顔は真っ直ぐ前を向いたまま。神社までの道をいつになく温かな想いで辿る、鬼神様なのであったりする。…不埒なことを考えてて、神社さんで神罰が下らなきゃ良いけどもね。
(笑)







            



 さて、そんな場面から…ほんの少しほど時間を逆上って。こちらは、それはそれは広々としたフローリングの敷かれた居間の一角。暖房がかかっているからと、冬場のこの時間帯であるにしては随分と薄着なままに、一人でいる時は滅多に点けないテレビをぼんやり眺めている人物がある。その画面では、

  【…じゃあ、次はトールくんの新曲です。】

 恐らくは効果音か、それとも画面には見えないところでADが合図を送って沸かせているのか。どっと上がった拍手や笑い声の合間を縫って、次々に後輩さんたちを紹介してゆく彼の、ちょっと引きつったような愛想笑いが妙に気になって。最初の内は笑えたのが段々と気の毒になって来た。ドラマや何かの"演技"とも違う、コミュニケーションの一部。そこでまで"愛想"という自然な演技を必要とされる彼を見ているのが、何だか段々と居たたまれなくなる。そんな頃合いだったからか、
"お…。"
 テレビ画面の上、単調なテロップが浮かび上がった方へと注意がいった。

  《 雨太市○○○町◇◇で不審火。連続放火の疑いも。》

 おやと。綺麗な眉を寄せ、鋭い目許をついつい眇める。さすがは究極の地方ローカルなケーブルテレビで、あまりにも身近すぎる地域の情報だっただけに そちらに気を取られるのも容易くて。雨太市といえば、あの小さな主務くんやらワイドレシーバーくん、前のマネージャーさんが住んでいる土地だ。殊に○○○町というのはセナの自宅のある町名だったから。何気に開いたPCで検索すると、◇◇という辺りは結構近い所番地ではないか。

  "…おいおい、大丈夫なのかよ。"

 薄い口許をきゅうと引き締め、安否確認に電話を掛けてみようかとも思ったが。だが、本当に大変なら、避難や何やで忙しい最中だろうからと、それは辞めた。近いが別の場所だ。それに"連続放火"といっても、こんなニュースで扱われているほどということは、野次馬とかそれなりの人も出ていようし、そんな中で警戒もされていよう。速報テロップが既
とうに消えた画面では、

  【…それでは皆さん、よいお年をお迎え下さい。】

 ホッとしたように全開の笑顔になった彼の人が、大きく手を振っている。やっと終わった生放送。昨夜の遅くに掛かって来た電話で、今年の仕事はこれで終わりだと言っていた。それから、
『明日はね、両親ともに朝から親戚んチに行っちゃうんだ。でもボクまでが、それもテレビ局から向かうと、そっちのご近所にご迷惑がかかるから、悪いけど自宅でお正月しててちょうだいだって。やんなっちゃうよね。』
 むむうと膨れたお顔があっさりと脳裏に浮かびそうな、そんな言いようをしていたから、じゃあ、ウチへ来いと誘ったら、待ってましたとばかりにワクワクと喜んで見せた、超人気者のアイドルさんは、
『大丈夫。マスコミは海外脱出組とかレコ大とか紅白の方に集中してるし、ボクがこっち方面に帰るのは自然なことだから、誰も追ってなんか来ないしね。』
 大急ぎでお家まで向かうからねと、そっちこそを今日のメインイベントみたいに張り切っていた。

  "…やれやれだな。"

 甘えたで人懐っこい、まるでデッカイ座敷犬みたいな奴だよなと胸の裡
うちにて呟いて…自分の発想についつい吹き出す。さて、スタジオから此処まで、スタッフへの挨拶やら着替えやメイク落としやらにゴソゴソする時間も合わせたら1時間ちょっとほどはかかるのかな。9時を回った時計を壁に見上げて、金髪の美形さん、リモコンでテレビを消すと膝の上に開いていたノートパソコンの液晶に視線を落とし、だが、
「………。」
 何だか気が乗らないなと、パタンと閉じてテーブルへ避け、座面の低いビーズクッションのソファーから立ち上がる。スレンダーな肢体にぴったりと沿う、黒っぽいカシミヤのセーターとアイボリーのパンツ。上背とのバランスを見るとやや薄い肩に羽織っているのは、いつぞやの誰かさんの忘れ物のニットのカーディガンで、本人がいる時は彼が羽織ることもあり、何の気なしに襟を直すと…仄かに甘い花蜜の香がふわりと舞い上がってきて、そこにそのまま彼の体温まで感じて何だか擽ったい。背後から余裕で長い腕を回して来て、そぉっと抱きしめてくれる優しい人。

  "…早く来い、サクラ馬鹿。"

 いそいそと待ってるなんてちょっと癪だから憎まれめかして。されど…何となく浮き立つ気持ちは隠し切れなくて。逆上ればほんの数日前にも逢っているのに、それ以降が電話でのやり取りだけだったから…何となく。中途半端に浮き立ったまま捨て置かれたみたいで落ち着けなかった。

  "何となく、か。"

 認めるのは癪。でも、そんなつもりはないなんて、もはや言い切れない自分に気づく。来ないなら来ないで、逢えないなら逢えないで、別に構いはしないけど。約束されると易々と期待させられてしまう、柄になくも可愛らしい自分がいる。
「………。」
 V字に大きく開いたセーターの胸元。銀のチェーンに下げられた金色のリングがちかりと光る。グラスや何やを片付けようと、テーブルの上へ手を伸ばした仕草に浮いては 宙でゆらゆらと揺れて。端正な透かし彫りに光が乱反射してきらきらと、躍動的に美しい。まるで、何となく心浮かれている今の彼自身の横顔そのままに…。







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  *何だか慌ててのUPになってしまって、
   もしかしていつにもましての誤字脱字があったらすみませんです。
   あと1日できっちり書き終えられるんでしょうか。
おいおい
   頑張りますのでどかよろしくですvv