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そっち系のはみ出し者には珍しくも、全く染めない自毛のまま。直毛の黒髪を強い加速の風にあおらせながら。長ランを翻して愛車のゼファーを飛ばして飛ばして、夕暮れ前には何とか辿り着いていた港町・横浜だったが、
“しまった、横浜ったって…。”
とっても広いです。(笑) 港町や中華街、賑やかなダウンタウンや港を望める公園なんかが有名だけれど、本牧や根岸まで南下すれば緑滴る別な空間が広がっておりますし、米軍基地や居留地もある。金沢・朝比奈まで下れば鎌倉へと続く、そこは歴史の散歩道…とガイドブックに書かれてたりしますしね。都心に近い海岸通りを山下公園へと進んではいたものの、このままで良いのかな、全然別なところにいるんじゃないのかなと、段々 心許ない気分になって来た。
“クッソォ〜〜〜。”
秋の陽はあっと言う間に沈むだろうから、そうなってしまってはもはや探しようがない。あの周到そうな歯医者さんのことだから、坊やから携帯も取り上げたままかもしれないし。だとすれば、そこへ連絡を入れたって繋がりはしないだろうし。どうしたもんかとテンションが下がって来たのに合わせてか、バイクの速度もどんどんと落ちる。とうとう路肩へ停止して、はぁあとやるせない溜息をついたその瞬間に。
――― 〜〜〜〜〜。
長ランのポケットへねじ込んであった携帯が“む"〜〜〜ん”とメールの着信を告げているのに気がついた。この取り込み中にどこの誰だと、それでも取り出して見てみれば。
「………っ☆」
送って来た相手が“ヒル魔ヨウイチ”となっている。またぞろあの いけ好かない野郎からの代筆かと思いもしたが、
“写真?”
添付されていたのが…どこぞかのファーストフードショップらしき店の写真。それと、
《 凄げぇ美味いぞvv 》
そんな手短なコメントのみ。言葉遣いには覚えがあって、これは坊や本人が打ったものに違いなく。
“…ということは。”
思案していたのも一時のこと。傍らの舗道を通りかかった学生風の青年の二の腕を取っ捕まえて、
「なあ、あんた。すまねぇが、これって何処にある店だか知ってるか?」
彼にしては、そして、こんな切羽詰まってる時にしては珍しいほど丁寧に、お伺いを立てていたのであった。
◇
ほくほくのハンバーガーが入った紙袋をお膝に、スポーツカーの助手席にちんまりと座って、そろそろ夕景が始まろうとしている海沿いのハイウェイをゆく。週末とはいえ平日なこともあってか、本牧の海岸線沿いの観光道路はそんなに混んでもおらず。ところどころの路肩やガードレール寄りに車を停めて、肩を寄せ合い、ムードに浸っているアベックの姿もちらほらと。
「今度は何処に行くんだ?」
「そうさな。三渓園前をぐるっと回って、根岸の手前で関内まで上がって帰るかな。」
寒くないかと備えつけてたらしきブランケットを掛けてくれる心遣いに、うくくvvとご機嫌そうに笑う。ホントはね、アメフトのゲームが中止になったのが凄い残念だったのにね。それを思えばこんな楽しく過ごせて良かったね…で、今日は済む筈だったのが。
「………っ! あっ!」
きっちりシートベルトを締めてる身だったから、前をばかり向いていた坊やだったのに。何にかハッと目覚ましい反応をして見せ、
「どした?」
トイレならもう少し我慢しなと続けかけた阿含の声を遮って、
「ルイだっ!」
…………… はい?
何か怪電波でもキャッチしましたか? そんな唐突さにて、坊やがシートの上で跳ね上がりかねないくらいの反応と共に“にこにこっ”と殊更お元気に笑ったものだから。何だ何だと阿含が前方の道路を首を伸ばして確認する。てっきり向こうからやって来た姿を見ての反応だと思ったからだが、対向車線にはオートバイどころか普通車の姿もなく。
「???」
一体何を見てのお言葉かいなと、坊やの不可解な反応へ怪訝そうなお顔をした歯科医師様の耳に………。
“…おいおい、ちょっと待て。”
遠い遠いところで頼りなげに飛んでいる、アブの羽音みたいなものが。言われてみれば聞こえてくる。こっちも結構な走行音を立てているスポーツカーに乗っているので、吹きつける風の音も相俟(あいま)って、なかなか聞き取りにくい音な筈だのに。まだバックミラーに点としてでさえ映らぬ段階で、坊やにはこれがそうだと…あのお兄さんのバイクのイグゾートノイズだと、聞き分けられるというのだろうか?
「…っ。」
そうこうする内にも、問題のイグゾートノイズはどんどんと大きくなりつつある。わくわくと楽しそうにしていた坊やが、シートへと安全ベルトで縫い止められた体をそれでもくるりと回し、幌のないままに大きく開けた視界を振り返って、ぶんぶんと大きく手を振った。
「ルイ〜〜〜っ!」
今や間違いなく聞こえているそれ。こちらへ向かって轟き迫るは、大型バイクのイグゾートノイズで。フロントグラスの上へと据えた、横長のバックミラーにも…見覚えがなくもない、カワサキゼファーの勇姿が映る。
“どうやって突き止めたんだか。”
彼へと送ったメールには、横浜としか記さなかったのに。あれでこうまでお見事に突き止めてしまえるとはねと、冷や汗が出そうになった阿含だったが、タネを明かせば実はあっけない話。坊やがメールで写真を送ったバーガーショップは、地元の人にはかなり有名な店であり、しかもその店の店員たちが、それは愛らしい金髪の小学生と妙な存在感のあるおしゃれなドレッドヘアの男性という、何とも印象的な組み合わせの客をしっかり覚えていた。外国人や観光客に慣れている彼らでさえ、互いに肘で突々き合ってまでして注目しちゃった不思議なカップルは、オープンカーで向こうへ行きましたよと、丁寧に教えてもらっての追跡だったので。そこからは一本道だった、このハイウェイを追って来れたということならしかったのだが、そんな詳細を知らない身には、神通力でも通じ合っているんだろうかと思ったほどの神憑り的な正確さであり、
“チッ。”
どうやって追えたかはともかくも、坊やの側でも…まだまだかすかな響きだった段階から、これは彼のバイクだと聞き分けてしまえた感覚を身につけており。目に見えない絆のようなもの。そんなことでまで新参者に負けるのは、何となく癪だと感じた洒落者のお医者様。ギアを切り替えると、坊やのスタジャンへと手を伸ばす。
「ほれ。ちゃんと前を向いてな。」
それでなくともシートベルトはあまり役をなしてはいない。真後ろを難無く振り返れたように、誰もいない座席に張られてあるのと大差ない状態なので、危ないぞと前を向かせて。そのままアクセルをググンと踏んだ彼であり。
「…阿含?」
車体がふわっと浮き上がったような気がしたほどの加速がかかって、顔へ体へ、吹きつけてくる風の強さが変わる。追って来ていたバイクの姿が、バックミラーの中で少しほど小さくなったから、これは…引き離されているということか? 広々とした道路はなだらかながらもカーブを描いており、そこへと突入するとちょっとしたジェットコースターのような遠心力で体が横へと持って行かれそうになる。
「うわぁあぁぁ〜〜〜vv」
こらこら。喜んでてどうしますか、妖一くん。(苦笑) 向こうもそれに気づいたか、少しばかり出遅れたが何のそのと、加速を始めてぐんぐんと間を詰めてくるから物凄く。地元の暴走族が呆気に取られて見送ったほどの、とんでもない加速に乗って飛んでった2台は、やがて何とか鼻先を並べた。すぐ隣りへとオートバイの車体を寄せて来たのは、やっぱり間違いなく葉柱さんチの次男坊で。凄い凄い、追いついたんだねと喜んで、
『ルイっ!』
声を掛けようとしかかったものの、
――― あれ?
真っ向から吹きつける痛いほどの風に、段々と呼吸が辛くなる。それほどに加速が凄まじいからで、何とか短い息をしていたものが、とうとう胸元を押さえて前へと倒れかかった坊やだったものだから。
「…っ!」
それに気づいた、そこはお医者様。速やかに減速すると、少し広めの路肩へと車を寄せた。無論のこと、そんな坊やの様子を間近に見てしまった総長さんも、焦りつつも後へと続いて。停車したその途端という勢いにて、
「てめえっ! こんな小さい子乗せといて、何てスピード出しやがるっ!」
喧嘩腰は喧嘩腰だが、人をコケにしてという啖呵ではなくって。開口一番に言うことがそれかい、と。ちょっぴり呆気に取られてしまった阿含には目もくれず、
「…おい、大丈夫か?」
小さな両手で胸元を押さえて、前へと身を倒しかけていた坊やに、気遣いの声を掛けてやっている。あまりに強い風が続けざまに叩きつけて来ていたことで、息が上手く吸い込めないまま呼吸が詰まったらしい坊やだったが、
「はあ…。」
やっとのことで息がつけたと、そんな風な声を洩らすと身を起こし、
「凄んげぇ面白かった〜〜〜っvv」
今のって“カーチェイス”だよなと、きゃはは…vvと小気味良い声を立てて、小さな足をばたつかせながらそれは軽やかに笑い出す、こちらさんも相変わらずの豪傑であることよ。一触即発、双方共に喧嘩腰になりかかっていたお兄さんたちが、その狭間で笑い続ける坊やの声を聞いているうち、二人ともに毒気を抜かれて。しかもその上、
「あっ、そうだ。ルイ、これ食えっ!」
「はぁあ?」
坊やがお兄さんのお顔の前、うんっと腕を伸ばして差し上げて見せたのが、テイクアウト用に包んでもらってたハンバーガーの紙袋。
「凄い美味いんだぞ?」
出来たてじゃないけど、そんでも美味いから食ってみろと。何が何やら展開が判らないままでいる総長さんへ、それは無邪気に言い出す小さな背中を眺めやり、ああそうかそうだったんだと、今頃気づいて…こちらは何とも言えない苦笑が洩れる歯医者さん。楽しくて楽しくてしようがなくっても、一緒にいない時でさえ、その人のこと、当たり前に忘れないでいるような存在。まだまだ子供で、その割にはあんまり何かに執着することの少ない、至ってクールな子だのにね。本人も気がついているのかどうかはともかくとして、いつの間にやら、このお兄さんを…そんなランクの存在だとして、大切に思っていただなんてね。
“…しゃあねぇか。”
大きな手を伸ばすと、座席の間にあったシートベルトの金具を受けるソケット部のボタンを押して。坊やの小さな体へと斜めにかかっていたベルトを外してやり、
「お迎えが来ちまっちゃあな。」
くすんと笑って葉柱の方へと顎をしゃくりつつの目配せを送る。ああうんとそれを拾って、坊やの体の両脇へと手をやり、ひょいと抱え上げたお兄さん。坊やもタイミングを合わせて脚を引き寄せて縮め、ドアを乗り越えるとゼファーのタンデムシートの後ろへとお引っ越し。そんな坊やの次に、ランドセルとスクールバッグとを差し出されて、それからね、
「良いか? 今日のところは妖一の良い耳に免じて引いてやるがな。」
いかにも含むところがありそうに、低いところから出した声。それをもっともっと低めてから、おもむろに一言。
「このままで済むと思うな?」
実は一度でいいから本当に言ってみたかったらしい、やっぱりお茶目な歯医者さん。じゃあなと 立てた二本指での軽い敬礼もどきの会釈を“ぴっ”と寄越すと、そのまま切り返し一発にて車道へ出てゆき。なめらかなボディラインを金色の夕陽に光らせて、夕景の中、颯爽と退場してゆくカッコよさよ。何処までジョークか、何処から本気か。結構いい年だろうに(笑)相変わらずに掴めない人なんで困ったもんだが、
「ルイ?」
どうしたんだと背後からのボーイソプラノのお声がかかって、何でもねぇよと身をよじる。頭に血が昇ったまま、ドタバタと追っかけてやっと捕まえた金髪金眸の王子様は、始まった黄昏の赤みがかった斜光に照らされ、それは綺麗な笑顔を見せており。そのまま“見ろよ”と、無邪気に手を伸べた先。そこに広がる海の上にて、壮大なまでのダイナミックさで始まっていた夕映えを、二人並んで堪能したのでありました。いやはやお疲れさまでした。風邪引かないように帰るんだよ?
〜Fine〜 04.11.25.〜11.26.
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*毎回ちらちらと美味しいトコ取りの歯医者さんに、
今話は どかんと頑張っていただきましたvv
結構腹黒です、やはり。
でも、そんな自分の頑張りぶりに、今はまだ酔ってらっしゃる段階ですんで、
坊やも無事でいられた訳で。
うかーっとしていると略奪されかねませんです。
総長さんもしっかりせねば。
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