Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 10

     “渚のハイウェイ・ランデヴーvvA
 

 


          




 賊徒学園高等部には、ここいらの繁華街などで勇名を馳せているチームがあって。結構な頭数を率いている当代の頭目は、まだ一年生でありながら…喧嘩の腕っ節のみならず、人望という面からも皆から慕われている大立者で。さほど揮発性が高い“キレ者”ではないタイプで、泰然とした貫禄も頼もしい、チームの面々にしても自慢の総長なのだけれど。唯一の…問題というか、これだけは治すなり隠すなりしといてほしいなと思う点があるとするなら、

  『そうっすね。そんな大したことじゃないっすが、
   何処ぞのチビさんを…凄げぇ大事にしている姿がちょっとねぇ。』
    ※プライバシー保護のため、一部、音声を変えてお送りしております。
(笑)

 まま、古い映画なんかではマフィアのボスがシャム猫を膝に抱いて撫でてやって、寛容なところもあるんだぜなんていう余裕を見せてたりもするそうだから。そんなのと同じだって思や良いことなんだしサ。その子の方も…お人形さんみたいな愛らしい見かけをしていながら、妙に要領の良い、屁理屈言いの小生意気な坊主なんだけれど。怒った総長に怖じけもしないで、真っ向から言い分を通そうとする頑迷さなんかは、いっそ頼もしいくらいの坊やだからね。幸せそうでいるのなら、別に周囲がとやかく言うことでもないのかも。ただ…出来れば。

  『カミングアウトは、お早めに願いたい…かな?』
    ※プライバシー保護のため、音声を変えてお送りしておりますったら。
(笑)

 そんな総長さんは、今日は朝から妙に御機嫌そうなご様子であり。さすがに皆に触れ回ってまではしていないのだけれど、今夜は坊やとアメフト観戦デートだから。
“デデデ、デートなんかじゃねぇってばよっ。///////
 …相変わらず純情なお人なところは、まるきり変わってないようでございますが。
(苦笑) あえての助言をするならば、そこは怒るトコだぞ、普通はよ。

  「ふあぁぁああ〜あ。」

 昼飯直後の5時間目。腹が膨れてしかもその上、陽あたりのいい席に座ったりしたならば、数学なんかが頭に入る筈もなく。机へ突っ伏してくうくうと、気持ちよく熟睡していた総長さんだったのだが、さすがにこの長身に机の椅子では窮屈だったか。授業終了のベルと共に、大欠伸をしつつ目覚めた彼であり。目が合って迫力のあるガンつけをされるよりは穏便だとでも思ってか、あまりに堂々としていた居眠りを注意しなかった教師殿が、あたふた教室から出て行くのを見送って。
“あと1時間か。”
 次は何だっけ。ああもう、眠いしタリィしな。部室で横んなってしっかり寝ちゃろうかな。何しろ今夜は待ちに待ったゲームがある。観戦中はさすがに興奮して眠くはならないだろうけど、終わった途端にダウンなんぞしたりしたなら、坊やを家まで送って行けないしなと。いろいろ算段しているお顔が、やっぱり緩んでしようがない。

  「葉柱くん、妙に御機嫌みたいだね。」
  「あれじゃないの?
   向かうところ敵なしなもんだから、我が世の春を満喫してるってやつ。」

 一般生徒にもその名と格とを知られている、一昔前の言いようで“総番”とか呼ばれそうな位置付けにある彼だから。怖いながらも興味はあるぞという辺りのお嬢さんたちが噂にしたりもするのだけれど、
「でもサ、葉柱くんてカノジョの噂は聞かないね。」
「え? A組の霧峰さんじゃないの?」
「違うらしいよ。何でも、メグさんよりも可愛くて怖〜い子なんだって。」
「そんな子なんて、いる?」
「だから浮気なんて出来っこないって、メグさん、笑ってたし。」
 それって女子大生とか? いやいや案外“おミズ”のお姉様かも。勝手な想像に沸いている女子の黄色い声に少しは頭も覚めて来て。
“今頃は一旦家の方に帰ってるのかな。”
 まだ低学年の坊やだから、昼以降の授業がある曜日は週に2日ほどしかないし、それにしたって自分らよりもずんと早くに“上がり”となる身。今日は確か4限までしかないとか言ってたな。こっちの授業が終わり次第、メールするからって言ってはあるが、向こうも気が逸っているかも知れないからな。予鈴じゃないが、先触れに何か一言、送っといてやろうかななんて思っているのが、読者の皆様には丸分かり。鼻の下、延ばしてますよ? 総長さん。
(笑) それもまた、致し方のない話か。何せ、彼の胸の裡(うち)にての、小さな坊やの何とも存在感を増したことよ。我が世の春とはよく言ったもので、あれほど…頭がよくて見栄えも綺麗で、我が強くてスパイシーで。生意気なくせして…こっそり寂しがり屋なところがまた、支えてやらにゃあとこっちの保護欲をくすぐる、何とも魅惑の男の子。

  “…そうなんだよな。男なんだよな〜。”

 それがどうした、白々しい。残念っ、なんとか斬りっとでも言いたいのかな? 喧嘩をしても心配させても、強がって見せつつ…どこか可憐で愛らしい。そんな坊やの思わぬ魅力にじわじわと搦め捕られ、既にすっぽり取っ捕まってて、抜け出せないほどハマッているくせに。

  “う…。///////

 それが証拠に、あの金茶の瞳と小さくて可憐な口許を閉じて、上向きに“ん〜vv”と構えられたりしたならば。一応は焦りつつも辺りを窺ってから、素早くキッスに及んでいる間柄だってこと、賊学のチームの皆々様にも…何となくながら知れ渡ってることだってのに。だからこその、

  『カミングアウトは、お早めに願いたい…かな?』
    ※プライバシー保護のため………。
(もう良いって/笑)

 机の横手に吊り下げた、画板かと見まごうばかりの薄さを誇る学生カバン。そこへと手を突っ込んで、格別スリムでコンパクトな携帯を取り出した。坊やとの連絡用にのみ使っているもので、

  『ちゃんと授業には出ろよ?
   つまんない素行の何かで試合に出られなくなったら馬鹿みたいだからな』

 そんな風に忠告した本人が、まさか授業がある時間帯にかけてくることはなかろうと。そう思っての“カバンにナイナイ”という処遇だったのだが。これをどれほどに後悔した葉柱だったかは、

  「……………? …っっ!!!!」

 三白眼をなお剥いて、ググッと目を見張った様があんまりにも怖かったと。隣りの席の柔道部の猛者が、びくうっと身を凍らせたほどだったから推して知るべし。何にかは不明ながら、小さな携帯の液晶画面をぎりぎりと睨みつけたまま。しばらくほどは…呪いでもかかっていたかのようにその場に固まったままにて、憤怒のオーラを周囲へ放っていた彼だったのだけれども、

  「…あんの歯医者めがっ!」

 キッと鋭くお顔を振り上げ、短い一言を発したそのまま席から立ち上がり、どたがたと足音も乱暴に、長ランの裾を翻して教室から速やかに飛び出して行った彼であり。
「…どうしたんだ? ヘッド。」
「さあ…。」
 背中を見送った格好になった、同じクラスだったチームのメンバーたちが小首を傾げる。

  「あの慌てようは尋常じゃなかった。」
  「いや、慌ててたんじゃなくて何かに怒ってたぞ。」
  「アンの春雨がどうとか言ってたな。」
  「葉柱さんって甘党だったか?」
  「う〜ん…。」

 あまりに素早い行動だったので、その雄叫びもよく聞き取れなかったし、そうなるに至った切っ掛けも判らない。
「次の授業、フケるのかな。」
「ここんトコは真面目だったのにな。」
 主人のいなくなった陽あたりのいい席へ、それとなく視線を集めた皆様だったけれど、そのお隣りへも目を転じていれば、多少のヒントは拾えたかもしれない。はあと溜息をついた柔道部のデカブツくんが、あんな怖い顔してメール読む奴は初めて見たと、教えてくれたろうからね。





 さて、こちらは教室から飛び出した総長さん。お怒りの勢いのまま、だかだかと足早に向かうは、学校まで乗って来たオートバイを停めてある教師用の駐車場。生徒用の駐輪場は細かい玉砂利敷きなので、そこへ滑り込ませるとボディに撥ねた小石が当たる。遅刻や無断早退などで出入りする生徒があるのへ、音でのチェックがしやすいからという対策からのことらしいのだが、それを嫌って…アスファルトで整備された教師用の駐車スペースにちゃっかりと、愛車のゼファーを停めている彼であり、その道中にて確かめたのが、

  【本日、▽▽▽スタジアムで予定されておりました、
   ◇◇◇◇ VS ○○○○のファイナル第一戦(17時 キックオフ)は、
   スタジアムの施設事故のため、延期となりました。】

 やはり、協会の公式サイト。これの直前に彼が目にし、こうまで怒ってしまったメールというのは、

  【着信;from ヒル魔ヨウイチ
   賊学の総長さんへ。
   今日の ◇◇◇◇のファイナル第一戦は中止だそうだ。
   よって、坊主は横浜で俺とのデートだ。悪く思うな。】

 文末に記された“A・GO・N”というのが、何のことやら咄嗟には判らなかったのだが、妖一坊や本人が打った文面にしては…葉柱を“賊学の総長さん”なんて呼ぶのは妙だし、どこぞの“坊主”を取り合ってた覚えもなし。ということは。この“坊主”は妖一坊や本人のことだと考えれば、あっと脳裏に閃いた人物が一人。こんな挑発的な口利きや強引さに覚えがある相手と言えば、
“あんの歯医者の野郎っ!”
 念のためにと坊やの携帯へこっちから掛けてみたが、電波が届かないか電源を切られているとの電子音声が空しく帰って来ただけであり、これは恐らく、坊やの携帯を取り上げてこの文章を打った際、ご丁寧にも電源を切ったドレッド頭の歯科医師さんであったのだろうと思われて。
“首都高か湾岸線か。”
 横浜へ向かったというのは偽りなき事実だと思う。勝手なメールを送らせるほど、あの医者殿に油断しまくっていた坊やでもない。カマを掛けるのが上手だとか、何かにつけて坊やの口からその名前が出て来るのが癪なもんだからと、ちょっとした意趣返しをしたのはつい先日だったけれど。まさかあれの仕返しに、坊やを…自分との先約があったってのに掻っ攫って行ったということか? しかも、こっちが授業に出ていて身体が塞がってる時間帯という隙を狙うとは、卑怯千万ではないか。

  “絶っ対、許さんっ!”

 セル一発でかかったエンジンに、滾
(たぎ)る意気込みをも乗せて。怒り心頭に達した総長さん。大きなゼファーの車体を押し出すと、一路、校門の方角へと向かったのでありました。






            ◇



 晩秋の港町・横浜は…やっぱり人出が多かった。お昼の“おもいッきりテレビ”のCM前などに映し出されるカットでお馴染みの山下公園には、赤い靴の少女の像やかもめの水兵さんの歌碑があり、白く塗られた柵の向こうには、レストランや博物館として公開されている“氷川丸”が係留されている船尾が見えたりもする。JRの横浜駅から2駅先、関内で降りれば、浜側には“馬車道”と呼ばれるモダンでシックな街並みがあって、横浜スタジアムもこちら側。逆へ向かえば、不思議な造形のウェルカムゲートをくぐって“伊勢佐木町”の、1.5kmもある商店街。

  「あ、あそこだっ!」

 コンバーチブルこと“オープンカー”は、爽やかな風に髪をなぶられる…程度だと思っていたらとんでもなくて。それなりのスピードを出せば、真っ向から受ける風の強さもそれなりに半端ではなく。手入れの悪い髪だと、もつれにもつれて物凄いことになってしまうそうだからご用心。
(苦笑) 潮風に賢そうなおでこを全開にされたのを物ともせず、キャッキャとはしゃいでいた坊やが、お目当てのハンバーガー屋を前方に見つけて指を差す。ジモティーたちに大評判のフィッシュバーガーは、何とか売り切れてはいなかったらしく。揚げたてのフリッターを挟んだ ほかほか熱々のを“気をつけてね”とお姉さんから渡されて、十分にふうふうと息を吹きかけてから むしゃりと一口。

 

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  「…っ☆ うまぁいvv

 ほかほかに熱い白身魚のほのかな塩味のついた淡白な味わいと、それをくるんだ衣のカリリというクリスピーな感触とが絶品だし。マヨネーズの酸味と微塵切りタマネギのアクセントが利いたタルタルソースと、鮮度抜群の千切りキャベツの、しゃっきりした歯ごたえとのバランスが何とも絶妙で。バンズの風味の濃厚さも、邪魔にならない程度に、でもその個性をしっかりと主張していて。
「ベーグルは今一つだなって思うんだけど、このパンだったら、俺、好きかも。」
 店の前のオープンカフェにて、にこにこと笑いながら幸せそうにハンバーガーにぱくつく坊やに、そうだろそうだろと、こちらさんもまた笑みが絶えない歯医者さん。心の中にてチラリとこぼしたのが、

  “ホンットに堪らん子だよな、こいつってば♪”

 この年齢で、そりゃあ豊かな知識や様々に深い造詣を持ち合わせている博学なところとか、一通りの大人の世界の機微というものをまで、とりあえずの肌合いにて把握している物凄さとか。そういった後天的な“上書き”も凄まじいが、それ以上に。ちょいと傲慢なところもなくはないほど強かで冷淡な、生まれついての“皇子様”な坊や。その気高い魂は、大人が相手でも一歩も引かない、子供だからと甘えない。少なくともそれが“逃げ”になる場面では、ムキになって踏ん張る頑迷さを持っており、そんな負けん気の強さにいつだってワクワクさせられ通しで、この先どんな青年へと育つのかが楽しみでしょうがない。
“中途半端な甘い子にはしたくねぇんだよな。”
 正直な話、このまま育てば凄げぇ存在になると思う。ただ はしっこいだけなのではなく、ただ機転が利く賢い子だってだけでもなく。過激で器用なお調子者に見せておいて、本質は繊細玲瓏。純粋無垢なところも多分に抱えていて、それがため、思わぬところに脆い面があり、そんな身を精一杯の背伸びでもって張り詰めさせている、ホントは一途で健気なところがまた堪らない。一点の曇りもない汚れなき純白が尊ばれるのは、何物にも侵されていない潔癖さが神々しいからではあるが。清楚な純潔には、その可憐で無垢なところを踏みにじりたいとする、邪
(よこし)まな欲望も集まりやすい。実は非力で、どす黒くも衝動的な暴力に遭えばひとたまりもなかろう可憐な子供。実を言えば、本人の強気によってではなく、相手の心理的な葛藤…軽薄な罪人とされたくはないという、モラルやプライドとの戦いによって守られている存在である、何とも危ういところがまた堪らない…のだそうで。
“ま。俺は、勿体ねぇって思うから…この手で壊したりはしねぇけどな。”
 そう思って。どちらかと言えば“Sっ気”の強いこの自分が、そんな自身にじりじりと我慢させてまで、好きなように良いように引っ張り回される道化に徹して、大人を屁とも思わぬ傲慢さに磨きを掛けさせ、ここまでの“生意気大王”に育んで来たってのに。

  “困った伏兵が飛び出して来やがってよ。”

 調子くれてるだけの“骨抜き軟派”が多いご時勢になりつつある今時には、古風なくらい純朴で不器用な一本気の。ちょっと昔のタイプの突っ張りくんが、坊やの前へと現れたもんだから。しかもしかも、そんな彼氏に何と何と坊やの側も…憎からずという態度を大きに示していたりするものだから。警戒という格好ででも関心を持たれている今はともかく。そのうちそっちの彼にこそとっぷり傾倒しちゃったらと思うと、何となく収まらない今日この頃な阿含であるらしく。

  「なあ、阿含。」
  「ん?」

 良からぬことを考えていたもんだから、それが顔に出てたかなと。傍目には判らない程度にびくついた彼だったものの、坊やには何にも感づかれてはいなかったらしく。
「も一個、買ってもいっか?」
「ああ、構わないぞ。」
 お母さんへのお土産かな。ほら、実はこんなにも優しい子。財布を渡されにっぱり笑って店へと駆けて行った小さな背中は見送ったけれど、そんな彼の手元までは見ていなかったものだから…。

  “…あ、そうだvv

 車に残して来た自分のランドセルではなく。ズボンのポケットに入れていた小さなアイテム。それを引っ張り出してた坊やだということには、全く気づかなかった歯医者さんであったのだった。






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