Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “過ぎたるは、玻璃色の夏”
 



          




 カレンダーはいよいよの真夏たる八月に突入し。ともすれば夜明け前の四時台、明るんではいるものの、まだ黎明の時間帯からというほどの朝も早よから。しゃんしゃんしゃんしゃん・じーわじーわ…と、やたら威勢のいい蝉の大合唱に叩き起こされている今日この頃。どちらかというと宵っ張りな金髪坊やとしては、それでなくとも夏休み中なんだから、普段であれば八時台まではぐずぐず寝ているものが…この仕打ち。叩き起こされたとはいえ、まだどこか、頭の方はとろとろと微睡んでいる段階であり。広々していて涼しいところを探しての寝返りも打ち放題という、寝心地のいいベッドの中、
「お〜い。まだ寝ておくか?」
 すぐ傍らから掛けられる声にも、聞こえなかったと流しても構わないとするような、むしろ も一度寝かしつけたいかのような低さと穏やかさ。きっと…寝てたきゃ寝てて良いんだぞという気遣いが込められているのだろうが、
「…ん〜、起きる〜。」
 一日の始まり、置いてかれるのは癪だから。半覚醒状態の意識を、負けん気の強い意志が強引に鷲掴みにし、自分で自分を引っ張り上げるようにして身を起こす。元気なんて表現じゃ追いつかないほどの溌剌とした気概をたたえ、大きく力んで張りのある筈の目許が、今はまだ“開店前です準備中です”状態で瞼が上がり切らないまま。それでも洗面所まで、お兄さんのパジャマの裾を掴んで、とぽとぽとついて来たところはなかなか偉い。寝癖のついたやわらかな髪をちょいと渦巻かせたまんま、子供用の小さな歯ブラシに、大人と同じミント味の歯磨きを乗っけてもらい、ふにふに・もしゅもしゅ、歯を磨く。光をたくさん取り入れられるようにという設計から、東を向いた洗面所の大窓からは、朝日と共に特に大きく喧しく、蝉たちの合唱の声が乱入して来ており、
「ここいらって田舎だしなぁ。」
 クラシカルな意匠の枠を額縁に見立てて、大きな窓を立派な絵画に見せるほど、これまたご立派な大樹の梢が潮風に煽られて揺れている。辺りの空気を青々と染めているほどに緑が多い土地だから、それで蝉もたわわに実っちゃうんだろな、これが梅雨どきだとカエルの合唱が大漁なんだろかと、農作物扱いで評すれば、
「カエルも今時分だぞ。」
 この辺は海に近すぎて田圃がないから聞こえないが、も少し山の方へ行けば夜中にゲロゲロそりゃあ喧しいらしいと、妙なフォローを入れて下さる葉柱のお兄さん、
「それに、ここ何年かは都心の街路樹でも蝉が大量発生してるって話だぜ?」
 あれですかね、ヒートアイランド現象を押さえようと、植樹が進んでるせいなんでしょうか。カブトムシはデリケートなので、里から山へどんどんと分布範囲を狭めつつ、外来種に押されまくりと聞いてますが、同じように土の中で冬を越す虫同士でもセミは随分と逞しいんですねぇ。
「…セミの話はもういいって。」
 さすがに顔を洗うともう、眠気はどこへやらで意識もしっかと冴えて来て。セット前のサラサラストレートの黒髪が顔の前へと落ちるのを、面倒そうに大きな手で掻き上げるお兄さんの広い背中へ、弾みをつけてぴょ〜いっと飛びつくと、
「皆が来んの、何時頃なんだ?」
 後ろから首っ玉にしがみつき、なあなあと楽しげに訊くお声も軽やかなもの。上背が随分とあるので、着ているものによっては…ともすればヒョロっとして見えるお兄さんは、だが。飛んで来るもの突っ込んで来るもの、通しはせんぞと立ちはだかるところの“攻撃的防御担当”という、俊敏さと逞しさが必須のポジションにて、チームを引っ張る大黒柱さんなだけに。肩も腰も、背中も腹も、それはがっつり鍛えていらっしゃり。小柄な小学校低学年生が飛びついて来たくらいでは全く揺るがぬ頼もしさで、そのまま坊やがよじ登るに任せて“おんぶ態勢”に入ってくれて、
「今朝一番に来てたメールでは、全員がこっちに着くのは夕方回りそうだとよ。」
「え〜〜〜? なんで?」
 期末考査で赤点を取ってしまった者が強制的に受けさせられる補習とやらは、一昨日の土曜で終わったんじゃないのかと。そんな詳細まで、わざわざ訊かずとも知っているからこその、坊やの“え〜?”へ、
「それがな。昨日の昼によ、駅前商店街主催で何とかカーニバルたらいうイベントがあったんだと。」
 寝室まで戻るお廊下をのんびりと歩き始めたお兄さん。語る前から“くつくつ”と可笑しそうに笑っており、
「そん中に、毎年恒例の“アームレスリング大会”があってな。ウチの面々が挑戦して、何とトリプル・フィニッシュ決めたらしくて。」
 おおう、1位から3位まで独占ですか。凄い凄いvv 補習明けの羽伸ばしとはいえ、なかなかに頼もしいじゃありませんか。とはいえ、
「………で?」
 何でそれが今日の予定へまで食い込んでいるのでしょうかしらと。何となくの嫌な予感を抱えつつも、一応のこととして問いただせば、
「それで妙に盛り上がっちまったらしくてよ。そのまま“祝杯だ〜”ってノリへ突入しちまったらしい。」
「お〜い。」
 何やってんだかなぁと、お兄さんの大きな肩へ後ろからぱふりとお顔をくっつける。もしかしてそれって、未成年がやっちゃっちゃいけない行為の結果の“二日酔い”なので、皆して半日ほど使いものにならない…ということでしょうか?
「…ったくよぉ。煙草は誰もやってねぇから偉いなって思ってたけど、酒の方がむしろバレやすいし、協会へご注進とかされたら一発で出場停止なんだぞ?」
 目の前の葉柱がやったというものでもないことだのに、判ってんのか?と、首っ玉にしがみついてた小ぶりな腕をきゅう〜っと絞めちゃうお茶目をして見せ、
「こらこら、俺に言っても始まらねぇだろが。」
 苦しいからやめろと制すれば、腕こそ緩めてくれたものの、
「きっとアレだ。ルイも俺もこっちに来てるってんで気が緩んだんだぜ?」
 ぷんぷくぷーと膨れてしまい。

  「あ、でも待てよ?
   メグさんが点呼取って率いて来るって段取りだったんだよな?」

  「ああ。だから、今頃は 順番に電話口まで呼び出されてて、
   メグからせいぜい こっぴどく叱り飛ばされてる最中だろうよ。」

 都内へ残して来たお茶目なメンバーたちと、そんな彼らの尻を叩いているのだろう頼もしい姐御の苦労を慮りつつ。しょーがねー奴らだよなーと一丁前に呆れてる坊やが、ぐりぐりとおでこを肩口に擦りつけて来る何げない仕草に…仔猫のそれのような愛らしい甘えを感じ、
“………。///////
 ああいかん、口許が緩んで来そうになってるぞと。お互いのお顔が見えない位置どりなのを幸いに、何とか誤魔化しつつも堪
(こら)えている総長さんであったりし。坊やからは何とか隠し通せたようだけど、
「あらまあ…。」
 朝一番から楽しそうですことと、朝のお食事の支度のフィニッシュに入っていた賄い担当の小母様が、キッチンからたまたま見かけた格好のルイ坊っちゃまの楽しげなお顔へ、思わずの苦笑を洩らしてらしたそうですよ。






            ◇



 蛭魔さんチの妖一坊やと、葉柱さんトコのお兄さんは、只今、いつもの地元のテリトリーから少しばかり離れて、南神奈川は湘南の、海岸近くの小ぎれいな別荘に滞在中。七月最後の週末から昨日にかけては、坊やと大の仲良しなセナくんとその保護者の進さんというゲストを迎え、此処、葉柱のお兄さんチの海辺の別邸にて、二泊三日の“ワクワク・ダブルデート”というイベントを組んだ。
「…お前、もしかしてネーミングのセンスないだろ。」
「うっせぇなっ。///////
 進清十郎さんは、奇しくも葉柱のお兄さんと同じポジションのラインバッカーさんで、高校生アメフト界での優勝候補の常連、常勝・王城高校のホワイトナイツというチームの不動のレギュラー。よって夏休みは、富士山麓にある王城の総合運動施設で催される“全体合宿”に参加するとかで。同じ王城の選手である桜庭さんから、八月中を目一杯それへとあてるらしいという彼らのスケジュールを聞いてあったものだから、それじゃあその前に、心残りのないように遊んでおこうよと、妖一坊やが計画を仕切って誘ったもので。
“全くの他人事じゃあないんだしな。”
 日本のアメフト界の高校選手権、全国大会決勝戦
(クリスマスボウル)を頂点に据える秋季大会に向け、体力や集中力を高め、戦術を磨くことを目標とした合宿を夏休みに張るのは、何も彼らだけじゃあない。葉柱のお兄さん率いる“賊学カメレオンズ”だって、今度こそはという目標も高く、八月中はアメフト三昧になる予定であるが。妖一坊やは自らも“コーチ”として参加するつもり満々でいるのに引き換え、普通一般的な七歳児のセナは、遠いわハードなスケジュールだわな、王城の本格的な合宿になぞ、到底お邪魔するなんて出来なかろうから。となると、せっかくの夏休みなのに、大好きな進さんとずっとずっと逢えないまんまになっちゃうらしいので。
“それでって気ぃ遣ってやるところは、優しいもんだよな。”
 ちゃんとクラスメートにもお友達が多いセナだけれど、それでもね? 彼があの、こういうことにはあまり気の利かないお不動様にどれほど懐いているのかを、自分だけはよ〜く知っているから。去年のクリスマス前なんか、逢えないのが寂しいと泣いちゃったのも知っているからね? しょうがねぇな一肌脱いでやろうじゃんと、そんな風に思ったヨウイチ坊やなのに違いなく。だっていうのに表面的には…憎まれ口を利きながら、髪の毛を引っ張ることもありながらという“意地悪”と並行させちゃうもんだから、せっかくの親切心がそりゃあ判りにくいやり方なのは、もしかしたら“照れ”があってのことかも知れずで。もうもうそこまで知ってしまったからにはね? 言いたい放題で暴れん坊の、我儘勝手な小悪魔…という一番最初の印象も、葉柱さんにしてみりゃ もはや跡形もなかったりするそうで。
“いやいや、我儘勝手なところは相変わらず健在だって。”
 おやや、そうなんですか?
(苦笑)

  「…うわー凄げぇー、タイプ違う〜〜〜。」

 賊学の方の今年の夏の予定は、去年と違い、この湘南の海辺での合宿ということになっており。先に来ていた二人は、後から来ることになっていたメンバーを待っての待機状態。とはいえ、朝一番の連絡で、どうやら今日もフリーに過ごせそうだとあって、朝食前にちょっくら近間のジョギングコースを走って来てから、じゃあ今日も昼過ぎには泳ぎに行こうかいなどと予定を決めて、さて。
「?? あ、こら。何を勝手に見てんだよ。」
 海側に向いた中庭へと続くテラスへ出られる大窓を開け放ち、そよぎ込む潮風と環境音として耳にも馴染んだ蝉の合唱とを感じつつ、伸び伸びと過ごせる広めのリビングへ。先に食事を終えた坊やが、勝手知ったる何とやらでとっとと飛び込んでいたのを追って来て見れば。ソファー前のローテーブルに広げられていたのは室内の書架に収めてあった数冊のアルバムであり、そのページの大部分を占めている被写体の…見覚えがあり過ぎる小学生の姿へ、坊やがしきりと感嘆の声を上げている。
「なあなあ、これって…。」
「悪かったな、俺だよ俺。」
 当然と言や当然のことだが、葉柱のお兄さんにも妖一坊やと同じ年頃の時代はあった訳で。この別邸で遊んだ時のものばかりなのだろう、やたらと海や夏の風景が多いアルバムに収められた“ルイ坊っちゃん”のお写真は、結構ふくふくしたお顔の、いかにも愛らしい所作・表情のものばかりが天こ盛り。今でこそ…上半身の重厚な筋骨を包む漆黒のタンクトップに、頑丈そうな腰回りを引き締める濃藍のジーンズをびしりとはきこなしている、それはそれは雄々しき青年の。そんな体躯にようよう見合って、ともすれば恐持てして見えさえする精悍で男臭いその顔立ちも。幼かった頃の縮尺だと、不思議と…勝気で腕白そうではありながらも、どこかその。長いめのショートカットのサラサラな黒髪も、きょろりと大きい眸や色白な肌も、所謂“愛らしい”というカテゴリーに分けられて然るべきな印象をたたえているから…摩訶不思議。
(こらこら)
「…そっか、この手の顔は育つとこうなるのか。」
 俺も気をつけないとな〜と、何をどう判った上でのお言葉なのやら。間違いなく“褒めてはいない”というのだけは明白であり、
「こないだも、ルイんチのおばちゃんに言われたんだ。」
 ルイちゃんもネ? 小さかった頃はそりゃあ可愛かったのに…何をどう間違えてあんなむさ苦しい子になっちゃったのかしらって。
『ヨウイチくんは、可愛いままでいてね?』
『は〜いvv』
 そういうやりとりがあったんだぞと、肴にされたご本人へしゃあしゃあと話すところが…何ともはや。相変わらずの猫かぶり野郎がと、向かい側のソファーへ腰掛けた葉柱の目許が眇められたのは言うまでもない。
「でも、何かやたらとルイの写真ばっかじゃねぇか?」
 斗影の兄ちゃんのアルバムは別のトコにしまってんのか? 小首を傾げて訊いてくる坊やへ、
「いや。兄貴はあんまり此処には来なかったんだ。」
 自分だって、最近…ここ何年かはあまり来なくなっていた。ちょっぴり交通が不便で、食料や消耗品といった生活物資も、数年ほど前までは遠い町まで買い出しに出ないと揃わない片田舎だったから。
「俺は静養にってことで来てた身で。あんまりバタバタはしゃがせると意味がないからってことで、ほとんど一人で過ごしてたかな?」
 おや、それは初耳だと。坊やが金茶の眸を大きく見張る。
「喘息とまでは行かなかったが、気管支が弱くてな。風邪の流行る季節にはしょっちゅう臥せってた。」
 まだ保育園に上がるより前からのこと。特に体力がない訳でもなかったのに、ある冬に突然呼吸がつらくなり、それからは事ある毎、熱を出しやすい脆弱さが露になった。
「で? か弱かったお坊ちゃんは、何やって丈夫になったんだ?」
 今こうまで元気なのだからと、だからこそのおどけるような口調で問えば、この野郎と目許を眇めたお兄さんから、
「水泳だよ。」
 放るようなお答えが返って来る。いつもいつも渚で遊んでたしな、潮風を吸ってたのも良い方へ効いたらしくて、中学に上がる頃には標準以上の体力と抵抗力が身についていたそうで。
「そんな訳だったんで、此処には俺が居たって形跡ばっかしか残ってねぇ。」
 もう少し東京に近い方に、コンドミニアムってのかな夏場だけ使ってたリゾート向けのマンションがあって。そっちの方が便利だったから、兄貴はそっちで夏休みを過ごしてた筈だ。そうと続ければ、
「…ふ〜ん。」
 議員さんってそんな儲かるのかな。そうと言いたげなお顔になった坊やであり。
「全部が全部、私的な財産じゃねぇんだよ。」
 同じ政党とか党派の知り合いが遊説の足場にするのへって提供したり、懇親会なんかの会場に使ったり。ウチのこういう不動産資産ってのは、大概そういうカラーのものばっかりだと。小学生相手に言う方も言う方だが、
「でも名義はサ、事務所のってんじゃなく、葉柱のおっちゃん、あ…まだ現役の爺ちゃんのかな? になってんだろ?」
 そうでなきゃ、息子の私用でホイホイ使わせるようなおっちゃんじゃあないもんなと、こちらさんもなかなか子供離れした見解を述べるところが末恐ろしく。

  「…何でお前、ウチの爺さんのことまで知ってやがんだ。」
  「こないだルイんチで遊んでもらったもん。」

 ルイがおばちゃんの御用でお使いに行ってた時だぞ。オセロで遊んでもらったんだけど、あの年で凄げぇ強ぇえからさ。甘く見てたら連敗しちまった。そしたら爺ちゃん、
『今から素を隠しとるとは、今日びの子供はおマセじゃの』
 爺ぃに花を持たせてくれてありがとなって、小遣いくれたぞ?と。言いようと裏腹、わざと負けてくれたんだよな、いい子だなと、子供に花を持たせてくれたところまで、なんてしっかりした爺ちゃんだと感銘を受けたらしく。それで印象深く覚えていたらしい。
“…ああ、それでか。”
 葉柱の方でも思い当たることはあるらしく。きっとその日のことだろう、久々に祖父母も来ていての三代が揃った夕餉の場にて、
『お前、あんな小さい子にも頼もしい友達を選んでおるのだな』
 そんな風にお褒めのお言葉をいただき。けれどでも、誰のことを言われたのかなと、その時はピンと来なくって。しょうことなく何だか曖昧な返事をしていたと思う。
“こうまで鈍いとはな。”
 それ自体も何日前の会話だか。仄めかしや示唆ってのには相変わらずに弱いなぁと、我ながらつくづくと実感する。如才がない気性というのか、抜け目なく油断なく研ぎ澄まされた感性というやつに、今のところは縁の薄い葉柱であり。兄とは年が離れて生まれたその上、体が弱かったことから“いい子いい子”と甘やかされた弊害、心理面な駆け引きという、これもまた社会における戦闘には必須の能力が今イチ鋭く冴えないのが玉に瑕だよなと、政治家には向いていないのだろう人の良さを、結構前から既に何かと実感していたりもする彼なのだが。
“………まあ、いんだけどもよ。”
 そういうことには器用そうな、その気になりゃあ…成年になるのを待たずして、政財界のみに限った話じゃあなく、どんな世界でも易々と牛耳れるだけの手腕を身につけそうな、自分なんかよりもよっぽど頼もしい存在が間近にいる。今から逃げ道を用意するとか、そういうつもりじゃあないけれど、どうやら自分は…集団の頭に立って指図をするより、与えられた使命を水準以上のレベルで完遂して、その能力を評価されるという快感に弱いらしいと気づいたところ。勿論、誰でも良いのではなくて。途轍もないことばかりを思いつく、飛び切りの破天荒野郎がいい。無茶や無謀を思いついては、負けず嫌いな自分を“出来っこないかな?”なんて挑発することで巧妙に煽って、思い切った行動へと突っ走らせる。そんな火付け役に躍らされているのが、結構 面白くてしようがないから、あのね? 誰かさんからいいように顎で使われてる振りをして、実は自分も…達成感という充実を目指して、楽しんでいたりするお兄さんであるらしく、
“とはいえ、あんまり危ねぇことへは用心しねぇとなんねぇが。”
 ご本人までもが危険へ身を晒すことを厭わないのが唯一の困りもの。もう一年も前の話になる、あの家電センターでの物騒な鬼ごっこといい、別荘荒らしを捕まえるための罠といい、はたまた、やっちゃん相手の挑発半分だった小芝居といい。とんでもなく危ない段取りほど、相手も何だ子供かって油断するだろから…なんて言いもって、自分がその小さな体で手掛けてしまう子だからね。そのたびに結構ハラハラさせられもしたし、恐らくは…この自分が知らないだけな武勇伝も たんとたんと控えているのに違いない。本人は話題にするのさえ嫌がる対象だけれども、只今失踪中だという“冒険野郎”のお父さんと、どこか似ている気がしてならず。血筋ってあるんだなと、妙な感心をしたこともあるほどで。

  「なあなあ、ルイ。この子。」

 ちょいとトリップしていたところへ、当の坊やから肩を揺すられ、我に返った。何だと意識を差し向ければ、アルバムの中ほど、水着姿のルイ坊っちゃんが水泳に勤しんでいる写真のページ。ともすれば自分の背丈と同じくらいはあろうかというほどの、大きな浮輪に乗っかっているところとか、木陰で目を伏せ、お昼寝中という愛らしいスナップなどなどが並ぶ中、坊やが人差し指にて指さしていたのは、同い年くらいの子供らと一緒に写っている何枚か。
「この子だけ、どの写真にも一緒に写ってる。」
「そうか?」
 ずっとこの地にいた訳じゃあない。長期休暇にだけ東京からやって来るお坊ちゃまだったからね。来始めたばかりの本当に小さかった頃は、疲れやすかったこともあって、顔見知りはいたけれどあんまり親しく遊んだ子は少なくて。今こうやって写真で見ても、こんな子いたかな?という顔触れが大半だったりするのだが。

  「………あ。」

 坊やの白い指がお顔の間際を指してる子に限っては、見てすぐという反射で葉柱の記憶の中、あっさりと浮かんだ存在であったらしい。それと分かるほどに表情を弾かれた後、
「そっか、居たな、こいつ。」
 探すことさえ忘れていた“探しもの”を思わぬところで見つけたかのように、あ〜あ〜と感嘆の声を上げ。それからね? お顔が心なしか、柔らかくほぐれたみたいで。
“………何だよ、その反応。”
 いやに取り澄ましたお顔の、自分くらいの男の子。妖一坊やが気に入らないのは、同じフレームの中に一緒に写ってる小学生のルイもまた、他の写真はそうでもないのに…ちゃんとカメラの方を向いてるものが大半だのに。彼と一緒の写真だけは、撮ってる人の方を向かず、その子の方ばかりを見ている気がする。それで無性に気になった坊やなのに、そこへの彼のこの反応がまた、まんざらでもないことを思い出してますと言わんばかりで気に入らない。
“…だから、誰だって訊いてんだろがよ。”
 子供にしては細くて形の良い爪を、ついつい立て気味にしてトントンと、写真をつついて見せたところが。その手をそぉっと上から掴み取り、
「こらこら、ここいらのはデジカメで撮ったやつじゃあないから、傷をつけんな。」
 膨大なフィルムを何処へしまったかも判らないのだからと言いたい彼なのだろうけれど、何だか、その写真を、写っているその少年を傷つけるなと言われたみたいで。
「…もういいっ!」
 掴まれた手、振り払って。テーブルの傍らから立ち上がったその途端、
「………つっ☆」
 しまった抜かった、正座していたようなものだったから、あのね? 
「どした。」
 身を起こしたそのまま、同じ勢いでへたり込んだ坊やだと見て取って、立ち眩みでもしたかと立ち上がったお兄さんが寄って来る。
「触んなってばっ。」
 意地を張って腕を振り回してみたものの、喧嘩やアメフトでの攻勢に大きく物をいう武器でもある長い腕には、到底太刀打ちが出来なくて。
「暴れてんじゃねぇよ。」
 軽々と捕まってしまい、余裕で懐ろに掻い込まれ。あらためて“どうした?”とお顔を覗き込まれて。

  「う〜〜〜〜。////////

 どうしてこんな。ここってこんなにも。良い匂いがして温かいのかなぁ。抵抗の素振りを見たからだろうか、逃がさないぞと構えてのこと。よくよく絞られた胸や腹の筋骨の充実が、タンクトップ一枚という隔てしかない、ほとんど直接に頬へと触れていて。そこへと軽く押しつけるよに、坊やの頭を押さえてる大きな手のひらの、強引ながらも優しい手加減が嬉しいやら擽ったいやら。お膝の上に抱えられ、長い腕での拘束の中。でもね、あんまり優しい空間だから。捕まえられたというよりも、どうどう落ち着けと宥められてる気がして止まず。
「どっか痛いのか? 目眩がしたのか?」
 頭のすぐ傍らから“んん?”なんて低い声が囁くのが、心地よくってしようがなくて。

  ――― ああ、今は俺だけのもんだもんなと。

 こんな頼もしい人が、よしよしって自分にだけ構けてくれてる優越感に、総身が甘く痺れそうになる。頭を撫でるのも上手だもんな。髪を梳いて下まで埋まり、地肌に触れて来る指の感触なんか、凄っげぇ気持ちよくってドキドキしちまう。
「ヨウイチ?」
「…何でもねぇ。」
 あのな? 足が痺れてただけ。だから触んなよ…って、こらっ、痛ぇんだから触んなってばっ! 打って変わって 再びもがいて暴れ始める小さな温みへ、いかにも愉快だと笑って見せた葉柱であり、
「なあって。それよか、この子っ。」
 それ以上いじったら承知せんぞと振り切るついで、話を戻した妖一くんへ、ああとやっとこ思い出し、
「原尾…王成
(きみなり)つったかな? ここでだけ顔合わせて春休みや夏休みだけ遊んでた奴だよ。」
 どこか つんと取り澄ましたような面差しが、こんな幼さで既に板についた感のある男の子。葉柱だとて、一応はそれなりの格がある名家の子だろうに。威厳というのか存在感というのか、厳格さでコーティングされている素養の強度では…恐らくは気迫負けしてたんだろなと、写真越しの過去だってのにあっさり察しがつくような取り合わせ。やたらと目線の強い子である彼へと、何故だか…かっくりこと愛らしい仕草にて、小首を傾げてはその視線を向けていることの多いルイ坊やであり。
「………なんか、凄げぇ仲良さそうなんですけど。」
「よせやい。」
 ギリギリのどさくさに紛らわせるようにして、坊やがぽろりと零した一言へ。ああなんだと、胸の底でチラリと感じた感触を擽ったく転がしながら、
「凄んげぇ苛めっ子でよ、いや、そうじゃねぇか。口が立ちすぎるのか、手痛い物言いしか出来ねぇ奴で………。」
 説明していた、その声がふと止まる。

  「……………。」
  「何だよ。」

 まだ何も知らない無垢さから来る、素直で廉直な強さではなくって。何物にも屈せぬままに何物をも貫き通すような、確固たる自負に支えられた強い眸の光。堂々と胸を張るのと同じ勢いで力んで凛然と、子供のそれとは思えぬほどの立派な心意気があってこそ、揺るがず瞬く、強い意志の光。写真の中に焼きつけられた、旧知の少年とまるで同んなじ、そりゃあ強情で力のある瞳が、今も此処に…間近にあって、自分をしっかと見やっているではないかと気づいて。

  “そっか。俺ってそういうタイプに縁がある性分をしているのかも。”

 こらこら、そんな妙ちくりんな“宿命”があって堪りますかいな。強いて言うなら、好みのタイプかどうかってな問題ではないかとvv

  「…っ☆ /////// ばっ、何言ってんだっ、あんた! そんなの、あのなっ!」
  「ルイ、どした? 何言ってるんだか判んねぇぞ?」

 まあまあ。皆さん、ここらで少々落ち着きましょうや。
(笑)






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  *びしりと…を変換したら“美尻と”と出たウチのワープロは、
   使い手の感覚に凄まじくそぐったいい子だと思われます。
(笑)
   雷避けにコンセント抜いてたから、学習した結果とも思えないしなぁ…。