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春も盛りで、昼間なぞは初夏を思わせるほどの陽気となり。夕方も随分と遅くまで陽が伸びて来た今日この頃。ここ数年ほど月極駐車場と空き地だった土地が、綺麗に均され新規の造成地へと変身し、先月辺りから八棟ほどの分譲住宅が建設中となっている。外観からして1軒1軒バラバラな、個性的なデザイナーズハウスとかいう代物だからか、建築を担当している工務店もまたそれぞれに違うところが請け負っているらしく。中でも一番にどっしりとした風格のありそうな、和風モダンとかいう謳い文句のついてる物件を作業している顔触れは、その筋でも有名な超一流が揃った一団で。腕も良いなら仕事ぶりにも妥協がなくて、そうともなると、職人気質(かたぎ)だの名人気質だの、プライドやら誇りやらが強い人たちなもんだから、頑迷で偏屈なおじさんたちの衝突が多くって。作業の方もお天気と気分任せのものとなるんじゃなかろうか…と思われがちだが、豈(あに)はからんや。此処はアットホームなチームワークも“売り”の工務店だとかで、丁寧なのに手際もよくて。流行の工場建築にはさすがに及ばないが、手作業でこの機動力は今時希少と、オーナーの皆様からは好印象しか聞かれない点を持て囃されてもいるらしく。よって、業界では此処への依頼を取れることこそがステータスとされているとかいう話だが、
“当の本人たちはそんなの全然知らねぇってのがまた、穿ってるよな。”
よって、そういう立場を上手いこと使い回して儲けようとか、もっと宣伝しようとか、店の規模を広げようだなんて方面へも思い切り無頓着で、これっぽっちも野心がない。そんな不器用さから、請け負う仕事の大きさなりランクなりの幅がランダムなのも、枠に嵌まらぬ彼ららしいのかも知れず、
“俺に広報とか任せれば、あんな小さい店、一気に自社ビルに出来んのにな。”
だ〜か〜ら。そうしてしまうと一律仕事が増えて、しかも小さいのは弾かれた偏ったもんばっかになるだろうから。色々こなせるっていう丁寧さの水準が保てなくなるっつってるだろうがと、連れてってもらった花見の席で懇々と説教されたのはつい先週。今日はこれで終しまいなのか、現場からぞろぞろと出て来た面子の中に、そのお顔を見つけた坊や。退屈そうに腰掛けてたバス停のベンチから立ち上がると、パタパタとそっちへ駆け寄ってゆく。
「ムサシっ!」
ライトバンの後部ハッチを開けて、荷台へ工具や塗料の缶を積んでいた男性が、疲れも見せない反応で、声がした方へと顔を上げ、駆けて来た坊やにその口許をほころばせる。骨張った顔立ちにもいかにも“職人”という重厚感の滲む、何とも渋い精悍さ。頭に巻いてた汗臭いタオルや無精髭までもが、男臭さという“かっこいい”を構成する必須の要素と化しており。ランニングシャツの胸と背中とをぐいと押し上げ、肩には安定感を齎してあまりある、隆と張った実用型筋肉の充実ぶりが、坊やにとっては眩しいくらい。したたかに引き絞られた腰や、強靭そうな芯のがっつりと通っていそうな背条の頼もしさ。やっぱ男は身体が資本だよなぁと、駆け寄って来たそのまま、惚れ惚れしつつも見上げた坊やへ、
「何だ、珍しいトコで会うな。」
事務所へ持ち帰る工具たちを積み終えて、ハッチを閉めつつの気さくなお声。家まで送ろうかと、骨太な親指を立てて車を示せば、小さな坊やがそりゃあ素直に“うん”と頷く。黄昏間近い斜光を受けているせいか、ふわふわとけぶるような淡い色合いに染まった金の髪に、少しほど力んでぱっちりと見開かれた瞳も愛らしい、まるでお人形さんのように夢見るような風貌をした坊やだが、
「そうそう。阿含がな、そろそろ検診に伺いますから覚悟しとけ、だとよ。」
「げぇ〜〜〜っ。退院したんか、あいつ。」
一体なんて口を利くんだか。(笑)
「退院はとっくにしてたろうが?」
「聞いてないもん、俺。」
冬場にスキー場で脚を折ってしまった、彼らに共通の知己の話。骨折ったって単純骨折っていう軽いやつだったらしいから、骨もすぐにくっついたらしいし、病院にいたのは半月ほどって話だがと。小さい体へのシートベルトを確認しながら話してやれば、
「そっか、俺に連絡して来なかったのは、油断させるためだな。」
毎年の“歯科検診”で、本人たちにとっては壮絶な“バトル”を繰り広げてる彼らなもんだから。それへの下準備かなと、うむむと唸りもって一丁前にも腕を組んで見せる可愛らしい子。学生時代からの腐れ縁がある友人の一粒種であり、姿の愛らしさに輪をかけて…何とも個性的で味のある、魅力的な性格をしていることから、知己たちの間でも殊更に可愛がられている彼なのだが。小生意気で大人顔負けのやり手でも、そこはやっぱり子供だからか、さっきから名前が上がっている“阿含”という男だけは…歯医者という肩書のせいか、妙に嫌って見せており、
「そんなに嫌ってやるもんじゃないぞ?」
ギア操作をし、車を出しつつ、さりげなくもフォローをしてやった武蔵さん。というのも、
「お前の歯並びがそんだけ綺麗なのだって、幼稚園時代の生え替わりのみそっ歯を奴にきちんと手当てしてもらったからだろが。」
「うう…。」
そうなんですってねぇ。乳歯から永久歯に生え替わる時に“虫歯じゃないんだから”とばかり、あまりに放ったらかしでいると、見るも無残な“乱杭歯”にだってなりかねないのだそうで。
“大体、あいつが柄じゃあない“歯医者”なんかになったのだって。”
高校時代に早くも子持ちになった友人の、そりゃあ愛らしい赤ちゃんが、先々で痛い思いをして泣かされないようにってのが発端だと。どこまで本当の話だか、彼の実の兄上から聞いたことがあるほどで。
“…ま。そんなして嫌われてることをさえ、どっかで楽しんでる風ではある、ややっこしい奴だがな。”
結構 図太いお兄さんだから、気の利かない自分なんぞの余計な助言も要らないかと。むうと膨れてしまった坊やへ、別な話を振ってみる。
「いつもの兄ちゃんはどうしたんだ?」
自宅や学校のある地元の隣り町。こんな遠いところまで足を延ばしているともなれば、彼が日頃から懇意にしている、あのオートバイ乗りの青年をついつい連想しもするほどに、馴染んで久しい間柄。裾の長い白地の詰襟、所謂“白ラン”とかいう学生服を特攻服代わりに翻し、改造ゼファーを誇らしげに転がしている、いかにもやんちゃそうな高校生だが、実は実は。アメフトには真摯に打ち込む、生真面目なところだって持ち合わせてる男衆。そんな手合いまで懐柔し、顎で使って脚代わりにしている坊やである…という解釈をされてたものが、どうもそうではないらしく。
「ルイはガッコで練習してるぞ?」
春大会もいよいよの3回戦を控えてて、皆して気を抜けない状態にあっからなと、またまた感慨深げに腕を組み、うんうん頷いてみせる坊やであったりし。そんな彼らの邪魔はしたくねぇからなと、この、凄まじいまでに我の強い坊やが何と気遣いを見せている辺りが、まずは珍しい相性の君。
“訳知り顔の大人たちにばかり縁の多い子だからな。”
冗談抜きに、それだけ経験値に差があってこその大人と子供。利発で勘のいいところが見どころがあるとばかり、周囲の大人たちが様々に英才教育を成してしまったような子ではあるが、それでも霞まなかった芯の素直さは…どうやら同じように純粋(ピュア)な相手に惹かれたらしく。引く手数多(あまた)なお誘いを蹴ってまで、あの未熟者へと傾倒し倒しているこの一年であり。
“チームの方への入れ込みようも、随分と本気な様子だしな。”
去年が初戦だった新生・賊学カメレオンズは、判定に不服だったからと、なんとレフリーを袋叩きにしてしまったとかで。そのまま“試合没収・不戦敗”なんてな、何とも呆れた結果に終わったそうだが。その後、心を入れ替えたか、それともやっとこ目が覚めたのか。夏は合宿を張っての猛特訓に明け暮れて過ごした、遅咲きの荒武者たち。秋の本大会ではなかなかの成績を収め、終わってみれば都大会でのベスト4。プレーオフで勝っていれば、全国大会決勝の“クリスマス・ボウル”へと続く関東大会にまで進めたほどという大躍進ぶり。ツキの女神に好かれたラッキーバンチだろうなんて、失礼な言い方をする手合いもあるらしいが。冗談じゃない、実力だかんねと、この春もそのままのモチベーションを保っての連勝中で、
「俺はあすこの高校へ“偵察(スカウティング)”に来てたんだ。」
ちょうど校門の前を通り過ぎた学校を、小さな白い手で指さした小悪魔坊や。昨秋からの絶好調ぶりが、下馬評が言うような“ツキの女神”がいてのことなら、それってこの子のことかも知れないねというほどに。相手チームへの対抗策を練るための完璧な資料を整理したり、チームの弱点を叩き直すトレーニング法に知恵を絞ったりと、骨身を惜しまず協力して下さったのが、この…チャイルドシートがもしかしたら必要かもしんないほど、ちょこりとした体格の小学生の坊やであったりし。
“他にだっていくらでも、好奇心の矛先はあったろうにな。”
元からアメフトは大好きだった坊やだが、今更、しかも弱小チームへ加担せずとも、知り合いの中にはあの、常勝・王城ホワイトナイツに籍を置く子たちもいるのにね。集中力が萎えそうになれば、しっかりせんかと尻を叩いて。昨秋の大会の半ばでは、出場資格を剥奪されかねないような乱闘騒ぎを起こしたのへと本気で怒って見せたりもして。懸命に後押しを続けている肩入れの凄まじさであり、
“そこまで入れ込んでいようとはな。”
こんな骨折りもちっとも苦じゃないと、お膝の上で資料の収集に使ったらしいデジカメをいじりつつ、ご機嫌さんでいるから可愛いもの。………だがだが、
「来る時はどうしたよ。」
「ん〜、雨太署のキョウコちゃんのミニパトに乗っけてもらったvv」
「…ほほお。」
これですもの、奥様。そんなとんでもないことをケロッと言えて、しかもそれを聞いた大工のお兄さんが“しょうがない奴だなぁ”と苦笑しつつ、でも動じていない。そのくらい、この彼には日常的なことだからで、
「今年はサ、どこの交通課でもあんまり人事異動がなかったらしくってさ。」
オフ会に混ぜてもらってシフト表とか貰えたから、何だったらコピーしてやるぞ? なんでそんなもんが俺に必要になんだよと言い返せば、何言ってんだ、そろそろ身を固める算段くらいしろよな、婦警さんたちだったら身元はこれ以上ないくらいちゃんとしてるし、ムサシくらいがっつり体格が出来てる奴なら頼もしいから、こっちだって勧め甲斐があるってもんだしよと。放っておけば見合いの手回しまでしかねない“やり手”だから困ったもの。
“見かけとのギャップがこんだけ大きいなんてなぁ。”
運転の傍ら、横目でチロッと見やったならば…大人用とて座面が深い助手席で、仔猫が何にか夢中になっているかのような仕草にて、懸命に背中や首を延ばすようにして進行方向を楽しげに眺めている様子なぞ、姿こそ少々飛び抜けて愛らしいものの、ごくごく普通の無邪気な小学生にしか見えないのにね。口を開けば…大人に向かってでも対等に“たまには垢抜けたカッコをしろ”だの“そろそろ身を固めろ”だのと、こまっちゃくれたことを矢継ぎ早に言いもする、トンガラシみたいな小悪魔坊や。一体どんな大人になるやら、その先行きが頼もしいやら末恐ろしいやら。黄昏時だがまだまだ仄明るい街路の中、塾へ急ぐのか、小学生たちがレッスンバッグを振り回しながら駆けてゆくのを見送って、
「…ほれ、着いたぞ。」
30分とかからずに辿り着いた蛭魔さんチの自宅前。ありがとなとシートベルトを外したものの、ああと何をか思い出し、
「なあ、ムサシ。今日は何か予定があんのか?」
「?? 特にはないが。」
怪訝そうに首を傾げると、手元でピピピと携帯を操作し、
「なあなあ、寄ってけよ。今日は母ちゃんが、薩摩揚げ一杯作ってるんだってば。」
ほら、こないだムサシの名義で巨深水産の株主になっただろ? そしたら株主への優待配付ですっていって、白身魚や海産物の天こ盛りが送られて来てサ。それってホントはムサシのもんなんだしと、笑って太っとい腕を取っ捕まえる。
「お前、そんなことへ俺の名前を…。」
だって子供じゃ買えないんだもんよ。今は無茶苦茶“無名”だけれど、高見センセーんトコの研究所が技術協力しててさ、漁獲高が格段に上がる“新兵器”を搭載した新造船を投入するって話だし、経営陣にも雪光んトコの兄ちゃんが加わってるから、これはもう買うしかないって銘柄だったんだよと、門外漢の武蔵には何が何やら、ちんぷんかんぷんなお言いようを並べられ。
「たっくさんありますから、どうぞ食べてって下さいな。」
さっきの電話はお母様への呼び出しだったか、玄関からわざわざ出て来て下さったエプロン姿の母上からまで勧められては、断るのが苦手な大工さん、しょうことなしにバンから降りて、すいませんねと頭を下げる。
「ほら、早く早くvv」
何とも香ばしい良い匂いのするお宅へと二人掛かりで招かれて、春のうららの夕暮れ時は、どこか懐かしいトーンの色彩の中、甘い風とともにゆっくりと暮れてゆくのでありました。
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*あああ、本題に入れませんでしたね。
新学期ということで、こちらさんもお浚いがてらに今までの解説を少々。
坊やがルイさんと知り合ったのって夏休み前だから、
正確には、まだ1年経ってないんですけどもね。
後半は本題に入りますんで。
総長もちゃんと出て来ますんでしばしお待ちを。
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