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関東アメリカンフットボール高校選手権・春季大会東京地区トーナメントは、その日程を三回戦へまで進めており、
「不公平のないようにって、週末に一斉にかかっても大丈夫ってのがな。」
小さなボールを巡って、ただならない迫力でのクラッシュが連続する、瞬発力と体力が凄まじく必要とされるスポーツで。第4クォーターまでの2時間(ルール上のプレイタイムは15分×4)もの試合時間を考えれば、サッカーのJリーグ同様、連日連戦なんて到底無理だ…という理屈もあるけれど。それ以上に物を言っているのが、参加チーム数の少なさで。これが高校野球の地区予選なら、チーム数があまりに多いもんだから、毎日のように試合を組んで消化しないと到底おっつかないのだが。アメフト部のある学校というのは、まだまだ全体数が知れているので、一番集中しているだろう東京でも週に1回で十分消化出来る…という“現状”が窺える。でもまあ、一頃に比べれば格段に増えた方だし、テレビなどのメディアが頻繁に紹介するようになったり、タッチフットなど幼年層からでも入れる機会の普及もあって、
「お前らが高校に上がる頃には、もっとチーム数も増えてるだろうよ。」
ベンチに腰掛け、小さな手で掲げ持ったトーナメント表を眺めていた坊やの金髪頭を、真上から…その大きな手の片方だけでくしゃりと包み込んでしまった、キャプテンでラインバッカーのお兄さんへ、
「その前に“少子化”で高校の数自体が今より減ってたりしてな。」
「う…。」
すかさずこんな反駁が出来るほど、口が減らないところも相変わらず。でもね、他の人がそんな…気安く頭に触るなんて馴れ馴れしいことをしたならば。視線が触れたところからチリチリと凍りそうなほど、鋭くも殺傷率の高そうな、そりゃあ恐ろしい流し目で物も言わずにジロリと睨み上げたろに。雄々しき体躯も頼もしき、屈強精悍な長身の葉柱のお兄さんが相手だと、むしろ“もっと撫でろ”と言わんばかりの甘い眼差しになって、心なしか身を寄せてみたりするところが…判る人が限られる、微妙で、だからこそいじらしくもある懐きようであり。
“だよねぇ…。”
そうと判る人にしたって、こんな微笑ましい光景は滅多にない代物だからねと。いかにも正統派、正々堂々を謳ったスポーツマン精神とやらを染ませたような、目映い純白のユニフォームをずば抜けた長身にまとった、某アイドルさんが微笑ましげなお顔をして見せていて。
「…あ、ヒユ魔くんだvv」
その長身WRさんに手を引かれていた小さな男の子が、ぱたぱたと小さな手を振ってお友達へと無邪気なお声をかけた。
「お。」
会場内は注目カード目当ての観客も多いせいで、ざわざわと結構なにぎわいだったが、子供の声は張り上げれば案外通るし、ここいらは出場選手たちのみが着替えやミーティングをする“関係者以外は立ち入り禁止エリア”でもあったので、小さな坊やのお声はちゃんと相手へ届いたものの、
「…なんだ、その恰好は。」
ハイカラーの襟にウエストカットという、サテン地の真っ白な小じゃれたジャケットに、その裾からひらひらとはみ出したフリルがいっぱいの、ウルトラミニのワンピースを思わせるゴスロリ調のロングブラウス。膝下までの七分パンツはジャケットと同じ生地のかっちりしたもので、ちょっと見、デフォルメされた“SD闘牛士”のようないで立ちの、ちっちゃなちっちゃな男の子。闘牛士と違うのは、やっぱり小さなお手々に持っていたのが、真っ赤なマントとサーベル…ではなく、空気で膨らませたバルーンタイプの応援グッズの白い剣が2本で一対。どう見ても“普段着”でもなければ、こんなスポーツの集いよかオタクの集まるイベント会場向きの(こらこら)いで立ちだったが、
「あのね、ボクね、今日は応援団のますかっとなの。」
「………それも言うなら“マスコット”だ。」
訂正されて“あやや…//////”と首をすくめたのは、妖一坊やのクラスメートで、王城ホワイトナイツの“ますかっと”役も頑張っている(こらこら)、小早川さんチの瀬那くんで。そんな彼と一緒にいたのは、小さなセナくんをいつもいつも懐ろへと抱え上げ、宝珠のように大切に構っている“仁王様”…ではなく、
「どぉお、この衣装。可愛いだろうvv」
このお衣装へのお着替えを担当していたらしい…レギュラーWRが手づから何をしているのかな?の、桜庭春人くん、ジャリプロ所属の 16歳。そりゃあ嬉しそうに にこにこと笑いつつ、セナくんの小さな肩を支えている辺りから察するに、この“企画”のプロデューサーでもあるのだろう。
「もしかして“騎士”のコスプレか?」
「そだよvv」
悪びれもせず、むしろ爽やかに。こういうの着せたらセナくんて似合うんじゃないのかなって思ってサ、仕事で懇意にしてる衣装部の人に“子供用の良いのがないですか?”って探してもらったの。しゃあしゃあと言ってのけてるアイドルさんの横では、ふかふかの頬に当たるレースの襟の先っちょが擽ったいらしいセナくんが、だが、
「ヒユ魔くんも着ればいいのにvv」
まんざらでもないらしき言いようをするほどで。とはいえ、
「…あのな。」
セナくんがそういう恰好をしているのは、王城のチームマスコットがホワイトナイツ、騎士だからであり、
「ウチだとマスコットキャラは“ベロリン”だぞ?」
カメレオンをまんまデフォルメしたキャラクター。あれもあれなりに可愛いが、コスプレにと まとうとすれば…緑の着ぐるみになってしまう。皆まで聞かずともそれが判ってのことだろう。自慢の大きな手のひらで自分の口許を覆い、苦しげに笑いを噛み殺している葉柱のお兄さん。何とか隠してるつもりらしいが、すぐ傍らにいる坊やには…笑いに震えるその身が、二の腕や小さな肩に触れて伝わっているのですけれど。
「う〜〜〜。///////」
「わ、悪りぃ。」
そんな彼らを見やり、次に応援グッズのメガホンにプリントされた、問題のマスコットが遅ればせながら目に入った桜庭が、
「…それはそれで可愛いのでは。」
「笑顔が凍ってるぞ、桜庭。」
話を振った以上はフォローしないとと思ったアイドルさんだったらしいが、却って葉柱の笑いを増させただけだったようである。
◇
春の大会は全国大会まで行われる“本大会”ではないが、それでも公式戦には違いなく。関東地区の雄を決するところまでは上り詰めるのだし、秋季大会のシード校を決める参考にもされるだろうから、これはこれでやはり気は抜けない。3回戦まで勝ち上って来た顔触れともなると、強豪としての有名どころがそろそろ温存していたレギュラーを投入して来たりもするため、固定ファンがここぞと押しかけ、観客数も勢いアップするし、今のところはケーブルテレビばかりではあるが、試合を収録し放送してくれたりもするので、妙に華やかな弾みがつきもする。まま、そんなこんなも選手たちにとっては外野のにぎわいに過ぎなくて、
「いくぞっ!」
「おうっ!」
目の前に立ちはだかる相手を踏み越えてくぞと。殺気さえ籠もっているかのような、いつもの“ぶっ潰すっ!”という物騒なエールで気合いを入れて。フィールドへと飛び出して行った、まずはディフェンス担当のレギュラーたちへ、
「やれーっ! ぶっ殺せーっ!」
もっと過激な声援を送ってどうすんだと、ベンチに居残ってたオフェンス陣営の面子が苦笑する。いかにも子供という、可憐なボーイソプラノでのこのエール。声の主はと見やった先には、けぶるような金の髪もやわらかそうな、白磁の陶製人形を思わせる、色白で華奢な男の子がいる。ちょっぴり力んだ大きめの金茶の眸に、野ばらの蕾を思わせる、形の立った小さな口許。大きめのカメレオンズのTシャツの中で泳いでいるような、細っこい肩に薄い胸板も可憐で愛らしい、それはそれは綺麗な坊やだっていうのに、
「そこっ、何してやがるっ! レシーバーのチビにバンプかけろ、バンプっ!」
こうまで凄まじいお口の悪さですからねぇ。(苦笑) 観客の方々はさすがに馴染みがないものだから、あまりのギャップへ息を呑むほどギョッとするものの。もっと間近いレギュラーの面々にしてみれば、もうすっかりと聞き慣れたものになっており、
「むしろ、ハート飛ばして可愛く振る舞われた方があたふたしちまうって。」
「だよな〜。」
「その裏で一体何を企んでんだよう、勘弁してくれよう〜って気分になるからなぁ。」
………そいつは凄げぇや。(苦笑) 勿論のこと、そうと把握されてるだけはある妖一坊や、ただただお兄さんたちに勝ってほしいと漠然と思っているだけではない。我らが賊学カメレオンズは、あと3つ勝てば東京地区の決勝へ進出出来るところまで来ており、昨年の秋大会以上の評価を望むなら、今日は是が非でも勝っておきたい正念場。それもあっての気合いが入ってる坊やなもんだから、
「いけぇ〜〜〜っ、ルイぃ〜〜〜っ!!!」
細長いベロリンを模した応援用のスティックを、頭上でベシベシと容赦なく乱打してのエールにも、否が応にも熱が入る。冬も春も“最凶”とまで呼ばれる不良にあるまじきほど、そりゃあ根気よく鍛練を積んで来た彼らであって、
“それがあっさり倒されてたまるかよな。”
自分はあいにく、同じピッチには立てないからね。練習でさえ大して力にはなれない、小さな体や彼らとの年の差がこっちだって口惜しいけれど、どうにもなんないことに いつまでもこだわってたってしようがない。今の自分で出来ること、自分にしか出来ないこと、そっちを頑張って後押しすれば良い。昨秋、大会中に大喧嘩した彼らを叱ったように。ゲームごとに相手と彼ら双方のきめ細かい資料を提示して、ヒントを与えて僅かでも勝機を上げてやってるように。
「相変わらず目立つ長身がいないからって油断すんなっ。QBがずんと精度を上げてるし、守備では電撃突撃(ブリッツ)がガンガン来るぞっ。」
「おうっっ!」
「後衛(バックス)っ、チャンスがあれば幾らでもインターセプトかけろっっ。チビのデータによりゃあ、レフトが存外脆い。」
「押忍っっ!」
これが盛り場での喧嘩なら、強い奴とのタイマンの勝ち負けへ、執拗にこだわるのはあんまり利口ではないのかも。その場しのぎ上等、再戦の場でこそリベンジかけてやればいい。でも、こっちはトーナメントだから。一度負けたらそこで終わりだからね。秋がある? そんな逃げ道を最初から用意して試合にかかるよな奴は、こんなとこで俺たちとの“無駄な運動”なんかに付き合わなくていい。その“本番”のために、どっかで効率的な特訓にかかってな。俺らは今日こそが大事なんだから…と、気分はすっかり“毎試合完全燃焼”っていう スポ根仕様に塗り変わってる。ダサダサ上等、どうせ“不良”だって今時じゃねぇかんな。
「おっし、ウチの攻撃だっ。」
「連チャン ファーストダウンで押し切るぞっ!」
「おおっ!」
息の合ったフォーメイションも、流れるような連係も、毎日毎日刷り込むように繰り返した練習で、じっくりと身に染ませたるその成果。怒涛の攻撃は止まるところを知らなくて、気がつけば圧倒的な大差をつけて、見事、三回戦を突破していたカメレオンズでありました。
「YAーーーーHAーーーーっ!」
この結果でその雄叫びを聞くのって…何か違和感があるのは気のせいですかしら。(笑)
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