Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “銀杏の中に 楓が一葉”
 



          




 これも所謂“温暖化現象”というやつか、それとも単なる猛暑の名残りか。今年の秋もなかなかに、その足取りが遅々として捗らず。朝晩が冷えるようになりましたねぇという声が聞こえたかと思ったのも束の間で、妙に上着が邪魔になるような気候が、十一月に入ってもしばらく続いていたりもしたものの。一雨ごとに寒さが増すとの言葉の通り、山々の頂きから順番に、今や街路樹までもがしっかりと、その模様替えを終えつつあって。小さな町の林や並木も、錦秋絢爛、秋らしい風景に染まりつつある関東地方ではある様子。そんな晩秋の日和の中に、小さなその身を置いてた坊や。ふわふわな金の髪を額に透かして、高い高い秋の空を見上げていたれば、

  「…わっ。こら、キングっっ!」

 尖った口許に尖ったお耳。ちょっぴり取り澄ました感のある、ともすりゃ高貴さを滲ませたお顔をしている子なのにね。気のせいだろうか、目許には。“にゃは〜〜vv”という いかにもな喜色が満々としてもいて。手入れの行き届いた、真綿のようにふかふかの毛並みを優雅にまとった、その手足の先は小さくて。気品あふれる姿をしつつも…元気でやんちゃな腕白わんこ。今日は大好きな人が遊びに来ていることを、早々にも嗅ぎつけたらしくって。それは素早く軽快に、たかたか・たかたか駆けて来て。ジャンプ一番、わふっとじゃれたその結果、小さな坊やが圧し負かされて、掻き集めたばかりの落ち葉のお山に、埋まりそうになっている。
「お前は〜〜〜。」
 年配の方からは“小さいコリー”なんて言い方をされる、シェットランド・シープドッグこと“シェルティ”くんは、どちらかと言えば小型な方の犬であるのだが、小学生の、しかも小柄な坊やには結構な大きさでもあって。ふさふさのお尻尾をぶんぶん振って、あんおんっと楽しげに吠えながら駆けて来ての、不意な突進という奇襲に遭っては…さすがに堪らず。両手がホウキで塞がってた坊やが、自分の髪と同んなじ金色、正確にはレモンイエローに染まって散ってた、イチョウの葉っぱの落ち葉の上へ。バランスを崩してあっさりぽてんと、尻餅をついてしまっている。
「何してるかな、このヤロが〜〜〜。」
 このところの好天続きで、落ち葉もさほど濡れてはおらず。掻き集めてたお山の方も、空気を含んで わさりとばかり、小山のようにうずたかい格好にて盛り上げてあったので。その上へ倒れ込んだ妖一坊や、お尻も痛くはなかったものの。日頃いつだって油断なく構えている傾向
ふしの強い子だからね。そりゃあ見事に押し倒されてしまったというのが、気持ちの上で何とも不甲斐なかったに違いなく。そのまま乗り上がって押し倒しぃの、遊んで遊んでというペロペロ攻撃を繰り出すシェルティくんを、
「ほらほら。退
きな、キング。」
 掃除の邪魔だと、何とか抱えて引き剥がしてくださった、当家の次男坊のお兄さんと目が合ったのをいいことに、

  「ルイが傍にいたからだぞ。」
  「…何でそうなる。」

 当シリーズにおきましては、今更というか、性懲りのないパターンではあるものの。唐突にも理不尽な言いようを持ち出した坊やも坊やではあるが。それへと素晴らしい間合いで応じたその上、日本人には珍しい、くっきりとした三白眼を中心に、結構恐持てのするそのお顔の“凄味”のレベルを落としもしないで。しっかりくっきり睨み返している総長さんもまた…相変わらずに大人げない。
「だっておばちゃんが言ってたじゃんか。ルイがホウキ持ってるのを見つけると、何処に居たってす〜ぐに“構って♪”って飛んでくるキングだって。」
 カーキグリーンのコーデュロイで仕立てられた、この彼にはめずらしいオーバーオールという格好にはよくよく似
そぐう、いかにも子供らしいお顔になって“ぷぷう”と膨れた金髪の坊や、
「それってどうしてなんか、俺にもすぐに判ったぞ。」
 もしかして前にサ、ホウキでもってキングをじゃらして遊んでなかったか? 今だってルイってば、柄のところを短く持って、上の部分を妙にぴょこぴょこって振るからサ。それ見たキングがそん時んことを思い出すんだ、きっと。名推理をご披露した坊やへ、
「しょうがねぇだろが。」
 今日は朝から実家にいるからか、チャコール系統の色合いで合わせたトレーナーにワークパンツという姿のお兄さんの側もまた、眉を寄せ、口許をもまた尖らせ気味の、少々渋〜い表情となって見せ。
「俺は人より、ちこっとばかり腕が長いもんでな。」
 鋭く、思い通りに扱おうと思ったら。ホウキだってバットだって、クラブだってスティックだってバトンだって。人より心持ち短く持たねぇと、ビシッとシャープに振れねぇんだよ。
「………ルイ。結構いろいろ、やってた経歴があるんだな。」
「まあな。」
 ちなみに、野球とゴルフは親父が自分の趣味に付き合わせたがって、やらせたらしくてな。ラクロスとかホッケーは、おふくろが当時の流行に乗っかってチーム作ったのに付き合わされたからなんだが…と付け足して、
「あれもこれもと忙しくってよ。嫌気が差してたところを、兄貴に掻っ攫われて助かったんだが。」
 学齢前は病弱だったルイ坊や。茅ヶ崎の別邸にて過ごすことで、そりゃあお元気になれたものの、だからって“それ”じゃあ、なるほど堪ったもんじゃあなかったろうて。
「それで始めたのがアメフトだってか?」
「そういうこと。」
 何でだかえっへんと胸を張るお兄さんへ、
「まんまと斗影兄ちゃんが美味しいところを持ってった訳か。」
「………おい。」
 結局は家人の思惑で今の彼があるような言いようをされてはね。

  「ルイってば、最近は結構勘が良くなったよな。」
  「お陰様でな。」

 作者註;本音を訳すと、

  『こんなにも素早く、よく気がつけたな』
  『誰かさんによくよく訓練されて来たからな。』

 こんなところでしょうかしら。
(苦笑)







            ◇



 緑の多い街を秋ならではのとりどりに染め上げて、11月もそろそろ終わる。暇ならお手伝いをなさいと、腕っ節を見込まれたのか、それとも…一応は気を遣われたのか。かなり広大な広さを誇る、葉柱邸のお庭の“落ち葉かき”というお掃除を任されて。まさかに全部は無理だというの、お母様にも判ってらしたか。キングまで加わって、二人もつれ合うよに奮戦してると、お茶の時間に呼び戻されて。ちょこっとだけ同席していた夫人が出掛けたのを見送ったお二人、今はリビングの窓辺に立ってその庭を何ということもなく見渡している。
「小さかった頃は、この時期は焚き火とかしたんだがな。」
 あんな山ほどのゴミとして回収されることもなくと、落ち葉の詰まった回収袋を冷めた眼差しで見やったお兄さん。そうですよね、一昔前だったら、それがまた風情があったんですが。今はダイオキシンが撒き散らかされる恐れがあるからと、そこいらで勝手な焚き火をするのはご法度ですからね。
「煙草の先から出てるっていう、濃い煙? あれと焚き火からのダイオキシンとじゃ、どっちが毒性高いのかなぁ。」
「さてな。」
 だがまあ、例え煙草より低いにしたってだ。どっちとも体に悪いには違いないなら、無いに越したこたねぇだろよ。さすがはスポーツマンで、自分が喫煙なさらないお兄さんだからか、胸を張ってのすっぱりしたご意見であり、
「でもま、焚き火がそこまで害があるって言うんならって、ついつい思うのも判るけどもな。」
 どっちにしたって自然世界の決まりではなく、人の勝手な都合だからね。フロンが禁止になったのも、アスベストが人体に非常に危険と確定したのも、便利だと濫用した後のこと。
“誰ぞ確かめる奴はいなかったんだろうかね。”
 こういう話を聞くと、人間ってのは所詮その場しのぎしか出来ないんだろかとか、ついつい思ってしまう筆者だったりもいたしますが。まま、そういうお堅い話も、今はさておいて。
「………。」
 広いといってもどこぞの公会堂や迎賓館の庭ほどもある訳じゃあない。ただ、園遊会を季節毎に開いてたとして、それぞれの時期に合わせた風景が楽しめるほどには配置に凝ることが出来。茶室から望める位置には梅と紫陽花、東の四阿
あずまやの傍らには枝垂れ桜、一番豪奢なゲストルームからは楓の古木と南天が見下ろせて、母屋のリビングから一望出来るのは銀杏とその向こうの笹…というほどに、多彩な景色が楽しめるユニークさ。自分たちが奮戦していた銀杏の並木の辺りを見渡しながら、ついのこととて…坊やがぽつりと呟く。

  「明日は決勝か。」
  「そうだったな。」

 いよいよの関東大会決勝戦。12月のクリスマスボウルに出場する、関東地区代表が決まるのが、11月最後の日曜であり。残念ながら…葉柱が所属する賊学カメレオンズは、そこへまでは至れなかったから。
「…残念だったな。」
 あんまり触れないでいたけれど、いくら何でも もういいかとでも思ったか。他には人も居ない場所だしと、こそりと呟いた坊やの声へ。総長さんが…それこそ子供から気遣われたってことへだろうか、擽ったげにくすんと笑う。
「もういいさ。」
「…何だよそれ。」
 あんまり簡単に言われるのもな。それはそれで、何か気ぃ遣ってたのが馬鹿みたいじゃんかと膨れたのへ、

  「代わりに泣いてくれた奴がいたからな。」

 おやと。坊やが虚を突かれたようにその表情を止める。泣くほどに悔しかったことではあって。でもね、そんな彼の胸中を察して、代わりに泣いてくれた人がいただとぉ〜〜?
「…そんな奇特な奴がいたんか?」
「ああ。」
 だからもう平気なんだと、そういう理屈であるらしく。あまりに呆気なくもサバサバしているルイさんなのが。湿っぽいのもかなわないけど、でもさ、何だかサ。こっちは結構気を遣ってやってたのにと思うにつけ、蛭魔さんチの坊やとしては…何だかちょっくし納得が行かない。
「…何処の誰だよ。」
 俺の知ってる奴なんか? もしかして…女か? だとしたらば、気を遣ってたこと以上に収まらない、みたいな。そんな不可解な気持ちを抱えつつ、こっちに横顔をさらす格好で、お暢気にも西日を眺めやってるお兄さんをじぃっと、睨むように強く強く見つめていたらばね?

  「そいつってば、俺が気づいてないって思ってやがってな。」

 日頃いつだって偉そうにしてる上、妙に意地っ張りな奴だから。こっちが見てるところでは、いつもいつも過ぎるほどに強がってやがってよ。そん時も、当事者の俺らの方が辛いだろうって、そんな風に気を遣ってくれたらしかったんだけどもな? 何がそんなに楽しいのやら、嬉しそうに苦笑をしつつ、総長さんが話してくれたのは………。






            ◇



 長く培われた栄光の歴史もなく、厳しくも有能な指導者もいなければ飛び抜けた天才プレイヤーもいないまま。なのに、破竹の勢いにて勝ち進み、大舞台まで上り詰めた賊学カメレオンズの精鋭たちが負けたのは、関東大会 二回戦の準決勝戦。相手に不足はなかったよ。だって、神奈川1位の古豪で、あの王城ホワイトナイツを毎年毎年 苦衷に追い込んでた強豪チームだったから。ここに勝てたらそれこそ王城なんて屁の河童だぞなんていう、何だか妙なエールを小さなコーチ様からかけられて。意気軒昂にもフィールドへ、一斉に飛び出してった面々は。明らかに実力差があったけど、それでも死力を尽くして奮闘したし。最後の最後まで諦めないで、敵への突進を繰り返したし。結果としては、ダブルスコアどころじゃあない、3桁もの大量得点を奪われてしまったけれど。決死のタッチダウンとキックによるトライフォーポイントの計7点を、完全無欠だった筈な相手からもぎ取れて。何でも相手チームにとってはね? この春先の神奈川大会から通しての、初めての失点だったというお話だったから、
『これは奇跡だ、凄い金星だぞ』
 なんて。周囲の方々からは、微妙な言いようにてお褒めいただいたのだけど。そんな同情半分なお言葉は、却って…胸のもやもやに無神経にも曖昧な棘を混ぜられたようなものでもあって。慰めて下さっている相手へ牙を剥いてもしょうがないという分別は、辛うじてあったもんだから。例えて言うなら、挙げた拳の遣りどころがないかのように、仄かな憤懣抱えたままにて、言葉少なに会場から引き上げたカメレオンズの面々で。勝負の世界には付きものなことサと、自分で自分に言い訳しながら。けれども…あのね? 主将のお兄さんでもやっぱり、堪
こたえなかった訳ではない証拠。言葉少ななまんまに、ともすれば機械的、習慣になってたことだったからというようなノリにて。応援に来ていてくれた金髪坊やのお家まで、愛機のバイク、カワサキ・ゼファーを飛ばしてあげて。短い秋の日が、どんどん暮れてくそんな中。会場があった海辺の街から、彼らが暮らす市街地までの道程を、
「………。」
「………。」
 お互いに黙ったまんま、ただただ翔けて翔けての帰還を果たして。
「…じゃあな。」
「うん。」
「明日は…朝練もないから。」
「うん。」
 にっこり笑顔でお別れって訳には、さすがにいかない。とはいえ、そこは坊やの方でも察してくれたか。下手に過激なリアクションをしたり、激励の尻叩きをするでなく、お互いにちょっぴり沈んだお声だけをぎこちなく交わして、そいでね? 坊やはテラコッタのアプローチを駆け上がると、パタパタパタッて真っ直ぐお家へと入ってった。小さな背中がそそくさと、あまりに素っ気なく去って行ってしまったから。ああもう、遊んではくれないのかもな。自分にとってはこの秋の大会が、全国へ通じてた最後の大会だったから。それで途中敗退しちゃった以上、アメフトが好きだった坊やにしても、一緒にいる意味、なくなっちゃったかも知んないし…なんて。ちょっぴり寂しいそんなこと、思ってしまったお兄さんだったけど。

  「…あら? どうしたの? ヨウちゃん。」

 坊やを降ろすのに、一旦エンジンを停めたオートバイ。再びセルをかけようとして、でもね、ドアの向こうからのお声が届いて。葉柱のお兄さんの動作が止まる。どうやらお母さんの声だったけど、何にか気遣うような声音だったから。あれれぇ? 確かに少しほど元気がなかったようではあったけど、まさかそれって…負け試合を見たからしょげてただけじゃあなかったのかな? 吹きっ晒しの少し寒いスタジアムに2時間近くも立ってたから。帰りも海風の強い中、バイクで走っての道行だったから。それでもしかして、風邪でも拾わせてしまったのかな? 心配になっちゃって、それでついつい、お耳を欹
そばだてて聞いてたら。
「…あんな? ルイたち、な? ………。」
 坊やのお声も聞こえたけれど、そっちはすぐに…涙に呑まれてしまい。後はただただ、嗚咽やせぐり上げる声ばかりが聞こえて来た。そうね、頑張ってたのにねとか、ヨウちゃんも応援してたものねとか、お母さんが何とか宥めてあげてる声がしていて………。

  “………なんだよ。”

 後輩の中には泣き出した連中だっていた。練習がない時なんかは、褒められることではないながら…繁華街にてゴロ巻いてるような“族”の一員でもある、そんな恐持ての顔触ればかりだってのにね。これまでがあまりに順調だったから、あまりに歯が立たなかった格の違いへ、悔しいのと同時、同じ高校生だってのにっていう、情けないって気持ちも多々あったろうしね。そんな中にあって、凄惨な試合の最中もきりっと唇を噛み締めて戦況をじっと見つめてた坊やだったし。ゲームが終了してからも…ちょっとは呆然としていた感もあったものの、こんな小さい子が毅然としていたのが、さすが日頃の“偉そう”は伊達じゃあないねと、銀やメグなぞは感心し直していたほどだったけど。ドアの脇に細い幅にて設けられてた、切子ガラスの明かり取り。そこに映ってた小さな影が、しきりと肩を震わせては、声を上げて泣いているから。
“………。”
 もしかせずとも、自分らが泣かしたようなもの。謝らなきゃいけないか、そこまで戻ろうか。呆然としたまま、踏み出しかけてた足を、いやいや、いけないと何とか引き留め、手のひらを伏せてたバイクのシート、無意識のうちにも見下ろしてしまう。海を横手に眺めながら、幹線道路を翔った帰り道。何とか頑張って頑張って。恐らくは“お兄さんの前では泣かないぞ”って我慢して。今やっと、堰を切ったように泣き出しちゃった坊やだろから。あんな小さい子が、頑張って通した意地みたいなもの、あっさりと摘み取っては仁義にもとる。小さく息をついてから、オートバイを押してその場を離れた。
“…畜生め。”
 これじゃあ俺は、泣くにも泣けない。坊やはきっと、主将の葉柱だけは辛くても愚痴も言えなきゃ泣けもしない立場にあろうと察したからこそ、一緒に我慢してくれたのだろう。ホントはああまで泣きたかったのに、ずっとずっと我慢していた気丈な坊や。今やっと、自分の分まで泣いてる彼なら、やっぱりここは…泣くに泣けない。しょうがねぇよな、まったくよと。泣けない代わりに無性に苦笑があふれて来て止まず、夕陽の金色が町並みを染める中、困ったなあと複雑な表情をしたままに、バイクを押して歩き続けた葉柱さんであったそうな。





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