Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “思わぬ隠れんぼ”A
 



          




 学校関係者であれば、この倉庫については詳しかった筈であり。新任の先生や職員さんだったとしても…扉の外側に張られてあって、ドアが開いている時には自然と晒される格好になる、

  『児童が使用中は開放したままで』

 古くて重い扉が錆び付いておりますので…というオマケつきの、結構大きな“注意書きポスター”にも眸が行ったのだろうけれど。
“恐らくは部外者だろうな。”
 工事関係者か、もしくはPTAか。開けっ放しを放っておけない、そんな行儀のいい人が通りかかり、当たり前の反応としてしちゃったことなんだろなと、良い方に考えてやれるほどには…余裕のキャパが元から足りなかった妖一くんにしてみれば、

  “…ったくよっ!
   無事に出られたら絶対に犯人捜し出して、
   何かごっつい報復してやらにゃあ収まんねぇぞっ、ごらぁっっ!”

 おお、怖いったら。ついつい判りやすいほど むっかりしたものの、そこは切り替えの早い子でもあり、今はそれどころじゃあないと心頭滅却。そうそう、落ち着いて落ち着いて。
「どうしよう…。」
 鍵がかかった訳じゃあない。だからノブは普通に回るのだけれど、子供の力ではそこまでで。確か内側からは引いて開く筈の大きな扉は、二人掛かりでうんうんと、散々引いてもビクともしない。錆び付いているのに重ねて、少しほど枠が歪んでいるのかもしれなくて。力技でしか歯が立たないらしい、重くて大きな鉄の扉を前に、途方に暮れてしまったセナくんの、しょんぼりと肩が落ちた小さな背中を見やりつつ。妖一坊やはスカジャンのポッケから携帯電話を取り出している。締め切られても暗くはならず、見通しが良いままなのは、明かり取り用の天窓があるからで。位置を見上げれば…曇りガラスな上に、棚の上という高い場所。
“外からだと足元になっちまうんだろな。”
 そんなところ、まずは誰も覗き込んだりしなかろう。しかも、開ければ土が飛び込むからという対処であるらしい“嵌め殺しタイプ”で、随分と横に細長い。たとえガラスを中から割ったとて、小柄なセナでも出られはしなかろう。そしてそして、これが問題。

  「…っ☆」

 セナがひくりと肩を震わせたのは、不意にダガガガガ…ッという工事の騒音が始まったから。横目で見ながら昇降口へと回り込んだ時は気がつかなかったが、此処の位置からだと結構間近いところでの工事らしく。しかも…ちょうど今、お昼休みが終わったのだろう。文字通り、大地を震わす重低音が、それも何種類も重なって間断なく鳴り響いており、
“これじゃあどんなに叫んでも、外には聞こえねっての。”
 開いた携帯で時間を見てそれを予測し、あっさりとそっちを見切ったらしき妖一坊やだったのだけれど、
「………あ。」
 そんな坊やでも万能ではない。はっとしたのは、自分の携帯がふっと、ロウソクが力尽きて消えるように、機能停止状態になってしまったからで。
“バッテリーが上がってる?”
 そういや今日は、ガッコに着くまでの間中も何度も何度も葉柱のお兄さんへと電話をかけてた。それと、昨夜は昨夜でやっぱり他のご用でお電話を使ってた坊やであり、充電している暇がなくって。これは彼には珍しき失点。あ・痛た…☆、充電器なんか持って来てねぇしなと眉をしかめてしまったところを、これまた間の悪いことに、

  「………お電話、つながらないの?」

 そんなヒル魔くんの様子を見て、不安そうに訊いて来た小さなセナくん。こんな状態にある時に“困ったこと”が重なったなら、そのまま心細さも倍加するものだと判ってはいるのだが。何も言わない内から感じ取ったらしき彼だけに、
“下手に誤魔化しても詮無いか…。”
 ここは割り切った妖一くん。
「…ああ。」
 すんなりと頷いて見せ、是と認めた。たちまち…大きな瞳が潤みを強めたセナくんだったが、
「お前のケータイはどうしたよ。」
 今日はお勉強があっての登校じゃあない。だから、自分のような手ぶらで来ていても構わないのだが、小さなセナくんはジャケットや上着を着ていなかったから、もしかしてと すかさず訊いてみたのであって、
「えと、ボクのは図書室のカバンの中。」
 机の上へ置きっ放しにして来たの、そうと応じた小さな坊や。使える状態の筈だけれど、でも。ここからでは手が届かない所にあるので意味がない。そのくらいは判るからだろう、ますますしょぼぼんと小さな肩を落としたセナくんだったのだけれど、

  「じゃあ、大丈夫だな。」
  「………え?」

 意外なお言葉へ、うつむきかかってたお顔を上げる。そぉっと見やれば、ヒル魔くんはいつもの自信満々なお顔でいる。この使えん奴がって叱られるかと思ってたのにね。
「姉崎センセーはお前に“ちょっと待ってて”とかって言って職員室に行ったんだろ?」
 外部からのお電話。出たのはきっと事務員さんで、教職員でないと判らない御用のお電話だったに違いなく、
「うん。」
 素直に頷き、それからね。一緒にそこにいた訳じゃないのにどうして判るの? 凄いねぇって。現状を忘れて大きな瞳を見張ったセナくんへ、へへんと笑ってから、
「だったらきっと、センセーは図書室に戻って来る。センセーもお当番なんだから図書室の鍵をちゃんと閉めて帰らなきゃいけないし、お前は勝手に帰っちゃうような子じゃあないから尚のこと、御用が済んだら大急ぎで戻って来る筈だ。」
 その図書室に誰もいなくて、でも、セナのカバンだけが置いてあったら? 地下の倉庫へ仕舞うのよと説明したご本の山が消えていたら? 大人なんだから、そこから先の推量だって簡単に出来る筈で、まずはセナの行方を探すだろうし、此処にだって来るのが順番というもの。
“キュート・フェチで のほほんとして見えるけど、あれで芯はしっかりしてっからな。”
 こらこら、自分の担任の先生を掴まえて。
(苦笑) だから大丈夫だと、待たされてもせいぜい1時間足らずの話だろうよと先を読んだらしい妖一くん、ドアの前で立ち尽くすセナくんの手を引くと、
「ほら。」
 そんな薄暗いとこにいると気が滅入るぞと、奥まりはするが明るい方へと引っ張るようにして導いて。
「ガンガン喧しいが仕方がない。我慢して待ってようぜ。」
 削岩機の音やパワーショベルのエンジン音とか、1つ1つが実体化して見えて来るんじゃないかと思うほど、攻撃的に喧しい中、まだ俯いてるセナくんをすぐ傍らまで引き寄せて。ふわふかな髪を撫でてやり、な?と耳元で声をかければ、小さく…ではあったが こくりと頷いたお友達。ずっとずっと怒鳴りつけられてるみたいで落ち着けないし、何よりも心細いんだろうなと、それは重々判る。

  “皮肉なもんだな。”

 妖一坊やもそう思った。間近に確かに人はいる。それも、工事関係者の屈強で頼もしいお兄さんたちが何人も。なのに…どんなに叫んだところで、この大騒音の中では声が届かないこと請け合いで。そうなると、誰もいないよりも始末が悪い。無神経な喧しさが気持ちを削るし、どうして気がついてくれないのかと、却って焦燥感が煽られてしまう。そんな中、

  「今日はネ、お家に進さんが来るの。」

 くっつくほど間近になってるから聞こえたというくらいに小さな声で、ぽつりと。セナくんがそんなことを言い出した。
「今日、進さんのお家にお泊まりするの。」
 お庭にある大きな梅の木に、お花がいっぱい、そりゃあ綺麗に咲いてるからね、セナにも見せたいなって。お姉さんのたまきさんもセナに逢いたいって言ってるからね、だから遊びにおいでって言われてたの。そいで今日、お迎えに来てくりるの。そんな風に訥々と語り始めた小さなお友達。

  「セナ、カニさんしてれば良かったんだ。」
  「………え?」

 くすんと小さくしゃくり上げ、そんな唐突なことを言う。
「言われてないことまで しようとしたから、それで…。ヒユ魔くんまで閉じ込められちって…。」
 ふにに…と。語尾がかすかに湿っぽく濁って来て、でも、
「ごめんね…。ヒユ魔くん、泣き虫は嫌いだもんね。」
 泣かないもんと言いたげにカクンと俯いた小さなお友達。おいって言って覗き込んだらね、小さな手に自分で噛みついて、泣き声出さないようにって頑張ってたセナくんで。
「…バカやろ。」
 そんなことしないで良いって。自分の鼻先、少しだけ低いトコにあった頭をぎゅうって腕の中に抱っこしてあげた。頑張ってるのがあんまり健気だったのと、我慢してるその目許が今にも頬を伝いそうな涙をいっぱい溜めてて、そりゃあ重そうに濡れていたのがあんまり痛々しかったから。

  “…馬鹿は俺もだよな。”

 意固地にならず、ルイに“学校に行ってるから”っていうメール、素直に打っとけば良かったのかも。それか、最初からお当番に来ていれば。そしたらサ、もっと手際良く片付けられてて、今頃はお掃除終わったからって事で、お電話に出に行ったセンセーを見送りがてら、そのままセナと一緒に家へ帰れてたかもしれない。それからもう一回電話したなら、今度こそちゃんとルイにつながったかも。

  “なのに……。”

 たら・ればは大嫌いだけれど、今日ばっかりは…自分がお調子に乗ってたのも悪いって、お胸にツキツキと実感しちゃってね。
“くそぉ〜〜〜。”
 センセー、早く戻って来い。セナが泣いたらセンセーのせいなんだからなと。頭痛がして来そうなほどの大音響の中で、う〜〜〜っと唸りながら頑張ってた妖一くんだったのでありました。









            ◇



 車窓の外に流れるは、久々にすっきりと晴れ渡った目映いほどの明るい青空。丁寧に織った絹地を上手にムラなく染め上げたような正青がそりゃあ絶品な、吸い込まれそうな見事さであり、
“うっかりと寝坊してたのが悪かったんだろうよな。”
 今日はホントは何の予定もなかったのにね。朝一番に…といっても結構遅い時間になってはいたのだが、まだ寝ていたところを執事さんに優しく揺すり起こされて、それからそれから…。
「だ〜〜〜っ、大人しくしてないか、キングっ。」
「あんっ、おんっ!」
 広い車中でも油断は禁物。そりゃあお元気な仔犬のシェルティくんなので、ケージに押し込むのは可哀想だが、さりとて…後部座席に野放しにして置くと、すぐ前でハンドルを握っている運転手さんへ“構って構ってvv”とじゃれかかって大騒ぎをする、限りなく愛嬌のある困ったお子様で。
『だって、○○さんに久しぶりにお逢いしたんですもの。』
 向こう様もお忙しい都議夫人で、主人同士が同じ派閥でありながら、なのにというか、だからこそのお務めの分担のせいでか、お付き合いは古いのに最近すれ違いの多いお友達。なので。良い機会だから、ゆっくりとお話がしたいのようと言い出したお母様。ワンコの美容院までトリミングに連れて来ていた愛犬を“暇なら迎えに来てよ”と頼まれた。
『何で俺が。』
『あら、だって暇してるんでしょう?』
 こんな時間まで家にいるなんてね。ヨウイチくんからのお呼び出しもないなんて、とうとう飽きられちゃったのかしらね…なんて。要らん一言を付け足され、何だよそれ、行きゃあ良いんだろ行きゃあと。あっさり“売り言葉”を定価でお買い上げしてしまった次男坊であり。

 『ルイってサ、結構おばちゃんに丸め込まれて、良いように使われてるよな。』

 後日になって そうと呆れて下さった、金髪金眸の尖んがり坊っちゃんとの出会いにしたって。思い返せば、そのお母様の都合に乗せられての“お守り”が始まりだったような気もするのだが…。
“…ったくよう。”
 一応のお行儀は躾けられた上で、誰彼かまわず愛嬌を振り撒く可愛いキングは、自分も折りにつけ構い倒している愛犬であり。車にしても、お母様が帰るのに使う足とは別口の、しかも“運転手さん付き”のでお迎えに向かったので、総長さんご本人のお仕事はと言えば、シェルティくんがはしゃぎ過ぎぬよう、ただ傍らで見ているだけで良いというこのお使い。ちょいと面倒なだけで“重労働”という訳でもなく、以前の自分だったなら…特に異論も呈さぬまま、肅々と従ってたことだろに。はうはうとご機嫌さんなままに懐きまくって下さる愛犬を適当にいなしながら、あーうーと少々困り顔になっているのは、実を言うと。

  【 一体、何処で何してやがんだよっっ!】

 自分の携帯へ、それはそれは恐ろしいメールが立て続けに5通も届いていたから…というのが穿っている。ただの1通ならばともかくも、その前後にも同じ番号での着信記録がずらずらと並んでいて、いかに自分を捕まえたがってた坊っちゃんなのかが明白で。なのに繋がらなかった訳だから。
“こりゃあ、相当 怒ってやがるな。”
 恐らくは…目的地であるワンコの美容院へと到着し、ちょいと小広い店内までキングを受け取りに行ったほんの僅かな隙のこと。ちょっとの間のことと高を括って、ついつい車内に置きっ放しにしてしまってた丁度そのタイミングへ、まるで測ったかのような見事さにて、王子様からの連絡が来てしまったのだろうと思われて。しかもしかも、つい先程それに気づいた葉柱が、大慌てで折り返しに掛けてみたが…これがまた全く繋がらない。
【お掛けになった番号は…。】
 毎度お馴染みの、合成声での案内が返って来るばかりであり、
“捕まらないんで腹立てて、仕返しとばかりに電源を切ってやがるのかな。”
 だとすれば、今日に限って何と間の悪いことかと、ついつい溜息も出るというもの。昨日と打って変わってお天気が良いから、きっと“どっかに連れてけ”という、偉そうながらも彼なりの“おねだり”の電話だったに違いない。いつだって生意気で偉そうな小悪魔だけれど、不思議と出先で屈託なく笑う時の無邪気さには、強がりな虚勢も何も滲んではいないことが多くって。きっと…二人きりだから気兼ねが要らないその上に、葉柱を相手にして猫をかぶったり逆に強がったりしても今更だからと、開き直って伸び伸び過ごせる彼なんだろうなと思うとね。出掛けた先で楽しそうに笑う、単に普通の“子供”のお顔をする彼が、何とも可愛らしく思えてしまう総長さんであるらしく。
“そんな風にして過ごしたかったんだろうにな。”
 自分は相当に鈍感なのだそうで、それで時々メグなんぞに叱られたりもするのだけれど。坊やのように強がりな子供は、そんな態度と裏腹、ホントは甘えたいんだよ。でもでも、見栄を張りたい、子供扱いされるのからは卒業したい、そういう微妙なお年頃でもあるものだからね。大人からすりゃ他愛ないよな一言へも、随分と勇気を出してる時だってある。好きだよって一言にも、物凄く思い詰めた末にって時があるから。ちゃんと受け止めてやんないと、聞いてなかったもう一回なんて言われたら、もう良いってムキになっちゃうもんなんだよって。折に触れ、飲み会の時なんぞのどさくさに、さんざん説教されたから。わざわざ言われずとも…大体の感触で“意地っ張りな子供だ”と察知してはいたのだけれど、それが気の強さからではなく甘えたい心の裏返しなのだとは気がつかなくて。
“メグの奴、やっぱ教師になるつもりなんかな。”
 ………そうじゃないでしょうが、おいおい。
(苦笑) ホントは甘えた盛りな子供なのにね。大人ばかりと付き合いが深いものだから、妙に色々な機微のようなものを知っている子でもあり。そんな結果、今更みたいに子供っぽいことをするのへ、人一倍照れてしまう坊やなんだろうなと、少しずつながら判って来たところ。そんな風に解析してみて気がついたのが、
“俺らと変わんねぇんじゃんかよ。”
 自分たちの場合は、逆に子供っぽいからこその喧嘩腰。馬鹿にしてんのかこの野郎と、何にでもやたら挑発的になって突っ掛かってしまうのは、まんま抑えの利かない“子供”だからで………。どっちもどっちですな、そりゃ。
(笑)

  “お………。”

 とりあえず、陳謝に込めた誠意のバロメータになるのかどうかは怪しいが、何度もメールを入れるしかないかと、ごめんなさいのメールをまずは2通ほど打ってから。覚悟を決めつつ ぼんやりと眺めていた車窓の向こう、見慣れた風景が少しずつ近づいて来るのに気がついた。普段は反対方向から侵入して来る格好で、毎日のようにバイクで乗りつけてた いつもの道。坊やが通う小学校の前である。
“何だろ。工事でもしてんのかな。”
 休みの筈だが“どがががが…っ”という賑やかな音が絶え間なく鳴り響いており、金網フェンスの向こうには重機も何台か見えていて。そういや改修中とか言ってたな、春休み前からかかってんのか、人手を掛けられないからか、それとも塗料に合成ものをあんまり使えないから、その乾燥時間を織り込み直したら予定より大幅に工期が伸びたのか。特に関心もないまま、ぼんやりと眺めていると、

  「…………うう?」

 ピンッと耳を立てて何にか気を取られていたかと思ったら、
「キング?」
 今度は妙に興奮して、懸命にドアや窓ガラスを引っ掻き始めるシェルティくん。前脚を何度も何度も かしかしと擦りつけてるうちに、パワーウィンドウのボタンを叩いたらしく、
「あ…っ。」
 止める間もあらばこそ…窓がぐんぐんと開いてくのがそれでももどかしいと言わんばかり、焦りまくりの体
(てい)でふかふかな毛並みをくしゃくしゃにしつつ、首を外へと突き出して。開くのと競争するかのように身を乗り出し、あっと言う間に窓から外へと飛び出して行ったから、
「高階さんっ!」
「はいっ!」
 後ろのすったもんだに気づいていたらしい運転手さんが素早く車を停めて下さったのだが、こちらもまた停まるのを待ち切れずという勢いで、慌てて外へと降り立った。
「待てってっ! こら、キングっっ!」
 工事車が出入りするからか、校門は開放されていたが、傍らには警備員のおじさんが立っており、丁度昼食交替のためにと若いお兄さんが来ていて二人。いきなり駆け込んで来た犬と、それを追って来た青年と。何となく状況は判らんではないが、こんな御時勢なだけに、むやみやたらと部外者を侵入させては不味かろうと、若い方の警備員さんが首から提げてた笛を吹いた。
「こらっ。そこの君、止まりなさいっ!」
 今は通行止めとばかり、U字を引っ繰り返したような車止めが遮る行く手。そこをひょ〜いっと鮮やかに飛び越えた犬に続いて、追っ手のお兄さんもそれは颯爽と飛び越えてしまい、
「悪りぃっ。あいつ捕まえたら出てくからっ!」
 振り向きもせず、だが、工事の騒音にも勝っているほどの、張りのあるお声が返って来て、
「まぁま、あの子は大丈夫だから。」
 おじさんの方の警備員さんが、苦笑をして若いのを引き留めた。どうしてですかと怪訝そうな顔をする相棒へ、
「見るからに思い切り不審者だが、身元ははっきりしているからな。」
 実は毎日のようにお迎えに来るのを見かけており、随分以前に一応 素性を聞いてもいたからね。小さな男の子に顎で使われてるってことまで判っており、
“今日はワンちゃんか。”
 しょうがないなあと微笑ましげに笑ったおじさん、気立ては優しい良い子だよと、何だか却って分かりにくい説明をして、相棒の青年をますます混乱させていたりする。そちらは、まま さておいて。
「キングっ!」
 黒のレザーパンツにキルティングの裏地のついたバックスキンのブルゾン。前衛的なプリントがほどこされた丸首トレーナーの襟元にはゴールドのチェーンネックレス。がっつりとした精悍な体格ながら、動作は機敏で。髪は染めない漆黒のままながら、でもでも少々長いめで、整髪料にてビシィッとセットされてたりして。愛犬とジョギングしているスポーツマンなのか、それとも喧嘩慣れした不良かチンピラが、兄貴のカノジョの愛犬の世話を押しつけられたのか。どっちなんだか分かりにくい人物が、敷地を掘り返している現場に飛び込んで来たものだから、
「あっ、こらこら。」
「兄ちゃん、危ねぇぞ。」
「犬、それ連れて出てきなっ。」
 あちこちからそんな声が上がったものの、肝心のワンコには聞こえてはいない。聞こえていたって…恐らく意味は判っていない。つややかな毛並みを身に添わせ、疾風のように駆けてった彼は、校舎にそのまま突っ込まんという勢いで駆け寄ると、しばし“きょろきょろ”と戸惑うようにうろうろしてから、きゅ〜んきゅ〜んと鼻面を押し付けたのが…校舎の壁の一番下。
「ほら、キング。そんなところに何があるって…。」
 削岩機やパワーショベルの駆動音が喧しい真っ只中、とっととこんなところから脱出したかった総長さんだが、

  「………ん?」

 そんなキングが覗き込んでた先を見て。そこに嵌まってた幅の狭い曇りガラスに、何かの魔法みたいに誰の手も見えぬまま、サインペンらしき筆で連ねられ始めた文字があって…ギョッとした。



   ――― 地下室の倉庫。ドアが閉まってて子供では開きません。
        誰か、開けて助けて下さい!!







            ◇



 何故だか不意に、校庭からの工事の騒音が鳴りやんで。その代わりみたいにしきりと犬の吠える声がするものだから。
“何かあったのかしら。”
 表情をこわばらせて二階から下りて来たのは…姉崎先生だ。職員室へと掛かって来た電話は学校が教材購入を契約しているの業者の方からのものであり、注文があったチョークや何や、月曜に搬入に伺いますというご連絡と…特注もののグラフや表に使う小さめの黒板のサイズを確認したいという内容だったため。あらあら頼んだ先生からのお話が通ってませんでしたか? あ・そういえば、ちょっと待って下さいね、メモをお預かりしましたので…と、ばたばたした分、思ったより時間が掛かってしまって。やっと終わって図書室に戻ってみれば、セナくんのカバンしか残ってはおらず…ということから、蛭魔くんが推量したその通り、まさかと心配して下の倉庫まで様子を見に来たのが、たった今。
「…あ。」
 昇降口の手前、少しほど奥まった小路の突き当たりになってる倉庫の戸口前には、ブルゾンにレザーパンツ姿という大柄な青年がいて。体ごと押しつけるようにして、大きくて重い鉄の扉を懸命に押し開けようとしているところ。この人は誰かしら、それに滅多に閉めない扉が何でまた…と思ったのとほぼ同時、

  「開けてよう〜〜〜。」

 微かに微かに聞こえた小さなお声。ハッとしてそれからね、先生は“うんっ”と大きく頷いて意を決すると、背の高いお兄さんが頑張って押し開けようとしていたその扉に、自分も両腕を突っ張って、
「この扉は、下の蝶番が錆びていて、しかも斜めに歪んでいるんです。」
 だから、ノブのある側の下に力を集中させて、そのまま持ち上げるように押すんですと、的確なアドバイスを授けながら、
「行きますよっ!」
「あ…おうっ。」
 二人で呼吸を合わせて押せば、ぎぃと軋むような嫌な音が一瞬 響いてから、

  ――― ぎぎぎぎぎぎぎぎぃーーーーっっ、と。

 やっとのことで扉が開いた。そして、
「ふにゃん…。」
 中から最初に聞こえたのは、生まれたての仔猫が母親を探しているような頼りない声であり。
「セナくん。ごめんね、怖かったでしょう?」
「センセー?」
 名指しでのお声が掛けられたのへ、そぉっとお顔を上げたのは。総長さんにも見覚えがある、ふわふかな髪をした小さい坊や。知ってる先生が迎えに来てくれたんだとやっと分かったらしい坊やは、そのまま“ふにゃ〜ん”と泣き出して。ドアが開かなくなって怖かったの、勝手なことしてゴメンナサイと、引き寄せてもらった先生の懐ろの中、えくえくと泣きながら切れ切れに語り始めており。そして………、

  「……よぉ。」

 耳の良いキングが聞きつけたのは、もしかして。こっちの坊やのSOSだったんだろうなと、総長さんが思ったのは。セナくんほどではないながら、でもね、ちょっぴり…目許と小鼻が赤かった妖一くんだったから。気丈な彼は、小さなセナくんを励ましてたに違いなく。でもでも、すぐ間近で“怖いよう…”なんて泣かれたら。どんなに気の強い子であっても、多少は引き込まれてしまう筈。お膝に手をついて姿勢を下げて。小さなお顔を覗き込み、総長さんが一番最初に訊いたのは、

  「埃っぽい部屋みたいだな。目に染みたか。」

 え? 何のこと? 一瞬、その金茶の眸がゆらりと泳いでから…でもね。案じるような眼差しをしつつも、悪戯っぽく小さく笑ってる葉柱のお兄さんと眸が合うと、
「………うん。」
 上げてるのが疲れましたというような、それはそれは小さな所作で顎を引いて頷いて見せた坊や。傍へと寄ってきたキングに頬を舐められても表情が動かないくらい、どこか しおらしいのを幸いに。長い腕を伸ばすとひょいっと懐ろの中へと抱え上げ、跳ね上がってる金の髪を大きな手で撫でてやりつつ、
「先生さん、この子はもう帰っても良いんだろ?」
「え? あ、はい。」
 言われて見上げた先で、大きなお兄さんの胸元へと顔を伏せている男の子。お顔は見えないが、すんなりとした体格や目立つ髪の色から推察して、蛭魔くんだと判ったものの。どうして此処にこの子がいるのか、姉崎センセー、ちょこっと混乱したらしかったが。こちらさんも懐ろの中に受け止めたセナくんが、

  「…ヒユ魔くん。」

 彼らの方へとお顔を上げて…心配そうな“きゅう〜ん”というお声を出して見せたから。ええ構いませんよと、何とか笑顔を繕って。
「ありがとね? 蛭魔くん。」
 何がどうしてこうなっていたやら、まだまだ事情は半分も判らないながら。セナくんだけだったらどれほど怖がったことかと思えば、間の良いことに一緒にいてくれた彼へとお礼が言いたくなった彼女であったらしくって。………恐るべき女の勘ってやつですね。
おいおい そうしてそして…。













      「独りだったら平気だったのによ。」
      「おいおい、それって普通は逆だろが。」
      「だって、チビが泣くから…。」
      「釣られたってか?」
      「………………。」

little20.jpg

 


 お兄さんは深くは聞かず、でもね。いつまでも顔を上げない坊やの頭や肩や背中を、ずっとずっと撫でててくれたの。よく頑張ったねとか、こんの意地っ張りとか、言いたいことは一杯あったろうに。何であんなとこに居たとか、結局どんな用事があってメールして来たのかとか、訊きたいことだって一杯あったろうにネ。何も言わないで、温かいお胸にくるみ込むように抱っこしててくれて。


  「キングが気がついてくれたんだな。」
  「まぁな。」
  「じゃあ、キングに免じて、メール無視したの許してやる。」
  「…へいへい。」


 あくまで強気な坊やだったけれど、あのネ? お兄さんの懐ろからなかなか離れようとしないまんまだったし、そのまま、お呼ばれして葉柱さんチで遊んでもらうこととなった坊やだったそうで。しおらしいまんまでは、お兄さんも何だか調子が狂うらしいですから。どうか早く、お元気な君に戻って下さいね。




  〜Fine〜  05.2.25.〜3.03.

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  *相変わらずのドタバタが付いて回る彼らなようです。
   で、たまにはお兄さんの方に軍配を上げてみたりしてvv

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